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追憶の宝石  作者: ま行
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友人 西梨々子の教え

 喫茶ヤドリギでのアルバイト中、常連のお客様の中に西が加わった。誰かと一緒に来るのではなく一人で来る。どうやらヤドリギの雰囲気やマスターのコーヒーが気に入ったらしく、通いつめるようになった。


 そして不思議な事に、雫が席に座っていたとしても、後から来た西は相席せずに一人で座る。その事に雫も疑問や不満を抱いていないばかりか、寧ろ楽しそうにしていた。


 友人の筈なのに何でだろうか、俺はそんな疑問で頭の中が一杯だった。アルバイトを終えて、雫に事情を説明して先に帰ってもらった。どうしてもその理由が聞いてみたくて、俺は西の所に行った。


「おっ、光輔帰らないのか?」

「ええまあ、ココアお願いできますか?」


 俺はマスターに注文すると、そのままカウンター席に座っている西の隣に腰掛けた。


「隣いいか?」

「勿論どうぞ、遠慮する間柄でもないでしょ」


 西は俺の方には目もくれず、手に持った文庫本のページをめくった。コーヒーを飲みながら本を読むのが西のヤドリギでの過ごし方だった。


「なんだお前、梨々子ちゃんに話でもあるのか?浮気か浮気か?」

「あんまりそうやってからかうなら梢さんに言いつけますよ」


 俺のその言葉を聞いてマスターは顔を真っ青にして引っ込んだ。マスターこと中井さんは叔父さんの理容室の常連で、そこに中井さんの奥さんも通っている。


 梢さん経由で奥さんに色々とバレるので、中井さんは迂闊なことは出来ないと戦々恐々としている。主婦たちの横の繋がりは洒落にならないらしい、俺からすれば怒られるような事をしなければいいのにと思うのだが、そう上手くはいかないのだろう。


「なあに?光輔は私の事が好きなの?でも残念、私はもう他に好きな人がいるの」

「からかうなっての」


 西は中井さんの言葉に乗っかってくすくすと笑った。そして文庫本に栞を挟むと、本を閉じて机の上に置いた。


「で、どうしたの?光輔の方から来るなんて珍しいね」

「ちょっと聞きたい事があって。あ、その前に、この間はありがとうな。水族館楽しかった。駿太さんにもお礼を言っておいてくれ」

「ああ、いいよいいよ。本当に私が行きたかったってのもあったから。それより光輔何かふれあいコーナーの飼育員さんにすごく気に入られたらしいけど何したの?」


 気に入られた?何でだろうかと俺は頭をひねる。


「特に何もしてないぞ、東野と一緒になって展示されてる生き物について話してたら、いつの間にか人だかりが出来てたけど」

「何か子どもたちも巻き込んで生き物講座みたいなのが開かれたって聞いたけど?」

「ああそうそう、それを見て近くに居た飼育員さんが来てくれたから、色々と質問したんだ。そしたら何か盛り上がっちゃって、飼育員さんがヒトデについて熱弁していたな」


 あれは面白かった。普段は知り得ない生態について深く知る機会を得て、俺は大満足だった。


「それだよそれ、それが気に入られたの」

「何でだ?」

「誰よりも興味津々で、質問の内容も鋭くて、教えれば教える程吸収していくって言ってたってさ。是非うちに来てほしいって」


 そこまで評価されているとは驚きだった。


「ありがたい話だが、俺にはもう進む道があるからな」

「知ってる。だから無理だよって言っておいた。話が逸れちゃったね、用件はなあに?」


 いけない、このまま延々と話が逸れていく所だった。西が切り替えてくれたお陰で俺も本題を思い出した。


「なあ西って最近よくヤドリギに来るだろ?」

「そうね、コーヒーも美味しいし雰囲気も好き」

「その時にさ、大体雫も居るのに、どうして二人は一緒に座ったり時間を同じくしないんだ?また何か仲違いでもあったか?」


 俺のその質問を聞いて西は目を丸くすると、次の瞬間にはぷっと吹き出してけらけらと笑った。何で笑ったのか分からないくて俺がオロオロしていると、西は笑って目に浮かんだ涙を指で拭って話し始めた。


「光輔らしい質問だね、ふふっ、心配してくれてありがとう。でも別に仲違いしたとかじゃないから安心していいよ」

「そうなのか?」

「そうだよ。大体学校では雫と一緒にいる所見てるでしょ?」


 それはそうだが、雫は学校では見せない一面があったし、そのせいで東西南北ズとはわだかまりが出来た事もある。それが元に戻ってしまうのは嫌だった。


「前の一件があるから、俺も色々と勘ぐってしまうんだ。何もないならそれが一番いいのだが、それでもな」

「本当にあんたらしいわ。ちょっと前は何考えてるか分からない奴だったのに、人の関係ってのは分からないものね」

「それはお互い様だ」

「ふふふっそうだね」


 西はカップに残っていたコーヒーを飲み干すと、マスターにおかわりを頼んだ。コーヒーの到着を待ってから、俺の質問に答え始めた。


「光輔の言うような仲違いは一切ないよ、寧ろ雫との関係は前よりもっと良くなった。本音で色々話せるしね、結衣も美香も六月も同じように思ってるよ」

「じゃあ何で」

「質問を返すけど、光輔は本当に心を許せる友達がいたとして、その人と四六時中一緒にいたい?」


 それは、正直嫌だ。プライベートだってあるし、一人の時間も欲しい。寧ろ一人でいられる時間の方が俺は好きだ。


 俺は西の質問に首を横に振った。


「だよね、どんなに仲良くてもさ、ここは触れてほしくないなって思うことや、言われるとカチンと来る事ってあると思う。その見極めをして、距離感を保ってるのが今の私と雫って訳」

「うーん…」


 それでも挨拶を交わすこともなく、同じ空間にいて別々に過ごして、何も言わずに別れるというのは寂しく思えた。


「そうだなあ、これは私が思ってる雫の気持ちだから、本当の所は分からないよ?だから鵜呑みにしないでね」


 西はそう前置いて話す。


「雫って多分、ここの事すごく気に入ってるんじゃないかな?あの時私達がヤドリギに来たのは偶然だったけど、雫は複雑そうな顔してたから」


 確かに雫は喫茶ヤドリギを最後の砦と称していた。特別な人としか来ないとも言っていた。


「でも雫はお客さんで、他のお客さんを選ぶ権利なんてないでしょ?そんな失礼なことできないよね」

「それはそうだ、お客様にもマスターにも失礼だ」

「そうそう。それが分かってるからこそ、ここで私達と会った時嫌だったんじゃないかな?でもさ、雫には悪いんだけど、私もここ気に入っちゃってさ。どうしてもまた来たかったの」


 成る程、段々読めてきた。つまりはこうだ。


「雫の特別な時間を邪魔しない為に、敢えて距離を置いて過ごす気遣いって事か?」

「そゆこと!二人の間の暗黙の了解ってやつ?だから私も雫も納得してるって訳よ。ずっと一緒に引っ付いてるのが親友って訳じゃないでしょ?」


 ようやく合点がいき、俺は頭の中の靄が晴れていくようだった。友人だからこそ、お互いを思いやるからこそ、敢えて距離を置くというのも大切なコミュニケーションなのだ。


「すごく納得した。西は教えるのが上手いな」

「こんな事でよければいくらでも聞いてよ、私、光輔には返しきれない程の恩があるんだし」

「恩?」

「雫とこうしてまた仲良くなれたのは、何よりも光輔のお陰だからね。それに勉強とかも教えて貰ってるし」

「でもあれは西達が頑張ったからで…」

「頑張れたのは光輔が結晶解離病について沢山教えてくれたから、病気を知る事もそうだけど、それを通じてもっと雫の事を知ったの。だから皆にとって光輔は恩人なんだよ」


 そう言われるとこそばゆい、褒められると、嬉しさと気恥ずかしさに心がざわつく、でも、とても暖かい気持ちになれた。


「という訳で、私はこれからもちょくちょくヤドリギに来るけれど気にする必要ナーシ!店員さんとしてはしっかりしてよね」

「それは勿論、仕事だからな」

「うんうん、頼むよ光輔。エプロンとシャツ姿も様になってるし格好いいよ」

「だからからかうなってば」


 疑問が解けるのと同時に、人付き合いの形の一つを西から教えてもらった。俺に足りないものを、周りの人はどんどん俺に教えてくれる。交流によってもたらされるものに俺は心の中で感謝をしていた。

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