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追憶の宝石  作者: ま行
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この日の為に

 皆で水族館へと遊びに行く事になった当日、俺は困りに困って橋田と川井にお願いして駅で待ち合わせる事にしてもらった。


 俺が困った理由は現地集合という事だった。地図を見せてもらったものの、絶対に一人でたどり着ける訳がない。事情を説明してついてきてもらう事にした。


 駅前では橋田がすでに居た。


「遅えぞ」

「何を言うか五分前行動だ」

「俺はなあ、今日の事を思うと気が気じゃなかったんだ。じっとしてられないんだぞ」


 橋田がソワソワとしているのは、ある計画のせいだろう。しかしそれで俺に当てつけられても困る。


「お前が上手くやるかどうかはお前次第何だぞ。俺たちは場を整えるかもしれんが、後のことは分からん。緊張やむなしだが、あまり肩肘張るなよ」

「分かってるよ、それに、あの、感謝もしてる」

「感謝なら北村達にするんだな、この計画はあいつらがノリノリで立てたものだし」


 計画というのは水族館で橋田と雫を二人きりにするというものだった。西が親戚のお兄さんに協力をお願いして、上手いことバラけるきっかけを作る手筈だ。川井は北村と南部、俺は東野と一緒に別の場所に向かい、残るは橋田と雫というわけだ。


 この話し合いは実に楽しげに繰り広げられていた。俺と言えば川井と一緒にまた滝を眺めるが如く次々と現れる文字を見送り、橋田は当事者の為か色々と口出しをされていて大変そうだった。


「しかし不安だ、上手くいくのか?」

「そんなもの今から心配した所でしょうがあるまい、やってみて掴んでけ」


 橋田の想いが本物であれば無碍にされる事は絶対にないだろう、この作戦でどう関係が転ぶのかは分からないが、一応心の中では応援していた。


 それはやはり、橋田の過去話を聞いた所が大きい。どれだけ真剣に雫を好きかが分かったし、それをはっきりと口に出して言える橋田を俺は尊敬していた。


 人間本当の気持ちを簡単に口に出したり、行動に起こしたりするのは難しいものだ。どうしてもどこか取り繕ってしまうし、何か言い訳を見つけてしまう。橋田のように真っ直ぐに好意を示す事が出来るのは、純粋にすごい事だと思った。


 それにしても言う相手は俺たちにではなく本人に直接だ。それが出来なければ話にならないし、橋田も分かっているから緊張もするのだろう。でも、こればかりは賽を振るわなければ話にならない。


 橋田の弱気な発言に付き合っている内に川井が合流してきた。俺たちは一緒に電車に乗り込むと、現地で待っている筈の皆の所に向かった。




「遅いぞ男子!」

「悪い!これは尾上のせいだ」

「言い訳できないな、本当に俺のせいだから」


 俺は地図アプリで、今自分がどちらを向いているのか分かるのが面白くて、一度ふらっと二人の向かう先とは別の道に入ってしまった。


 橋田がすぐに気がついてくれて事なきを得たが、それから俺はスマホを没収されてただひたすらに二人の後をついていった。


「まあ許してやってくれ、方向音痴だと聞いていたのに目を離した俺たちも悪い」


 川井がフォローを入れてくれる。本当にいいヤツだと思う反面、面目なさが先に立つ。


「まあ遅れたって言っても五分だしね、そんな待ってないし許そう」

「かたじけない北村」


 俺たちはそれからぞろぞろと歩いて水族館へと入った。入場すると、ほのかに暗い空間に水槽がずらずらと並んでいる。水槽の光は青くて神秘的だ、何処か非日常感ある空間に胸が高鳴る。


 俺は早速色々と見て回りたかったが、まずは西の親戚のお兄さんに挨拶する事になった。西の友達という事でチケット代を割り引いてくれた。その感謝をしなければならない。


 しかしいつもは制服姿しか見たことのない皆を見ていると、結構新鮮だなと感じていた。見慣れないし当たり前なのだが、服装一つとっても個性が結構出る。男の方はそうでもないが、橋田は多分気合が入っていると思う。


 北村はシンプルにTシャツにジーンズだが、背が高くすらりとした体型で足が長いので、雑誌のモデル見たいに見える。


 西は街でよく見かけるようなファッションをそのままという見た目だが、着る人が着ると全然違って見えるんだなと思わせる、ファッションなんて一つも分からないが、よく見かけるとは感じさせなかった。


 反面東野は露出度が少し高くて個性的だ、とても派手と言っていい。所謂ギャルファッションというのだろうか、ただ見ていても魅力的というよりも、東野は恥ずかしくないのかなという感想しかない。


 南部は気質通りなゆるふわな見た目だ、童顔なのも相まっていつもよりちょっと幼く見える。ただまあ素直に似合っているなと思えるのは彼女ならではなのであろう。


 今まで雫の姿しか見たことがなかったので、こうして個性が現れるのが見て取れると面白い、動物や魚の生態系みたいだなと何処かそう思っていた。


「あっ駿太兄さん!」


 西が話に言う親戚を兄を見つけたのか声を出して手を上げた。それに気がついたのか、スタッフの一人がこっちを見て手を振って近づいてきた。


「よう梨々子来たか、お友達もこんにちは」


 俺たちは西に紹介されてそれぞれ挨拶する西駿太にししゅんたさんはこの水族館の飼育員をやっているそうだ、柔和な顔つきで如何にもいい人という印象を受けた。


「分からない事があれば聞いてね、何が見たいか言ってくれれば案内するよ」


 そう言われたので俺はすかさず手を上げた。


「はい!メンダコは見れますか?」

「メンダコなんてよく知ってるね、ここでは見れないねえ」


 出鼻をくじかれた。そうか見れないのか、俺は目的も忘れて肩を落とした。北村に横腹を肘でどつかれた。


「兄さん、私前から聞いていた先輩に会いたいんだけど」

「おっそうか、なら梨々子は後で俺についてこいよ。他の皆は?」

「クラゲって何処で見れますか?」


 北村が手を上げて質問した。恐らく計画が動き出したのだろう、俺も続いて聞いた。


「ふれあいコーナーはありますか?」

「君はさっきから中々通だね、勿論あるよ」

「じゃあ私もそっちに行こうかな、そういうの好き」


 東野の発言に一瞬本当かと耳を疑ったが、そういえば東野は俺についてくる手筈だったのを思い出した。ついつい水族館にテンションが上がってしまって忘れてしまいそうになる。


「折角一緒に来たけど、それぞれ見たいものが違うようだな。俺もクラゲ見に行きたいから、ここは一旦それぞれ行きたい場所に行かないか?」

「いいね、じゃあ私も和也くんについて行こうかな。堪能したら連絡して集合しよ」


 川井と南部がそれぞれに援護射撃をする。流れるような連携プレーに、心の中で称賛の拍手を送った。


 ここまでお膳立てしたのだから、もう橋田は行くしかないだろう。今だと言わんばかりに声を上げた。


「雫は!…もしよかったら俺と行かないか?駿太さん、ここの水族館大きな水槽があるんですよね?」

「ああ、自慢のやつがあるよ。大きいし迫力もあるよ」


 橋田が勇気を出していった。


「な、どうかな?」

「え?えっと…」


 雫がちらりとこちらを見てきた。どうすればいいかと伺うような視線だ、しかしそれは俺が決める事じゃない、気は進まないが俺は言った。


「俺は大きな魚より小さいヒトデに触りたい、橋田と行ってきたらどうだ?」

「…そう、だね、じゃあ私は透と一緒に行こうかな」


 少しだけ雫が寂しそうな表情をしたのが気になったが、今日この日は橋田の為に皆で協力して作った日だ。俺は心を鬼にしてふいと顔を背け、駿太さんに聞いたふれあいコーナーへと足を向けた。


「あっちょっと、ふれあいコーナーそっちじゃないよ!こっちだって!」


 俺は無言のまま踵を返して再び案内された方へと歩みを進めた。恥ずかしくて言葉を発せなかっただけだが、何とか誤魔化した。


「光輔、そっちじゃないってば。もういいから私についてきて」


 また間違えていたらしく、俺は東野に手を引かれるがままについて行った。俺は一人にされなくてよかったと心の中で強く思った。

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