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追憶の宝石  作者: ま行
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些細で大きな変化

 色々と騒動があったが、結局俺はなし崩し的に五十嵐達のグループの一員、というより仲のいい対象が彼らしかいないという状況になった。


 俺は最初ここまで親しくするつもりはないと拒んだが、五十嵐に説得される形で押し切られてしまった。


「もし私が皆と一緒にいた時に記憶が消えたら、即対処出来るのは尾上くんだけだよ。後、これは私の個人的な我が儘だけど、見捨てないで欲しいな」


 見捨てるつもりなんて毛頭ないのだが、あの寂しげな表情を見せられては俺も何も言えなくなってしまう。それに俺としても、彼らと一緒にいる事にそれほど抵抗感がなくなってきた所だった。


 交友関係を広げるいい機会かもしれない、そう思って俺は皆とより一緒に行動するようになっていた。まあ東西南北ズと川井は歓迎ムードだったのだが、橋田だけは唯一、今だ俺の事をライバル扱いしている。


 それでも俺は何とかやっていた。過去の出来事がぼやかして、自分の今の状況を細かに説明したのもよかったのかもしれない。俺がしんどそうにしている時には、それを察して離れたり気遣ったりしてくれた。


 皆付き合ってみるといい人たちだった。前はキーキーうるさい猿共だと思っていたものだが、単純に俺が人を知ろうとしていないだけだった。その人がどんな人間なのかは外から見ているだけでは何も分からない、俺は自分のうぬぼれを恥じて反省していた。


 そんな事を考えていると、休み時間に西が話しかけてきた。


「ねえ光輔、ちょっと聞いていい?」

「いいけど何?」

「さっきの授業のここの所なんだけどさ…」

「ああここはな」


 俺は皆からよく勉強の相談を受けるようになっていた。特に東西南北ズは一度皆で結晶解離病の勉強会をやっていた事もあってよく尋ねてくる。


 そして驚く程すんなりと皆俺の呼び方が変わった。五十嵐意外の皆は俺を下の名前で呼んでくる、仲良くなった途端ここまで懐に入り込んでくるのかと、最初こそ驚いて戸惑ったものの、慣れればただの呼称なので気にならなくなった。


「あー、そっかそっか。成る程分かった気がする」

「ここは混同しやすいから注意しておけよ」

「ありがとう、助かったよ。あの先生言い回しが独特て内容頭に入ってこないのよね」


 こうした雑談一つとっても、昔の俺だったら考えられない。多分冷たい言葉で適当に返して追い払っていたと思う。妙な仲間意識を持たれて寄りかかられても邪魔なだけだと考えていたからだ。


 この変化が、俺にとっていい方向に働いているのかは分からない。だけどそれほど悪くないなと思っているのが今の気持ちだった。自分の感情の変化と成長が感じて取れた。


 西と暫し雑談を交わしていると、東野と南部が寄ってきた。


「二人で何話してるの?」

「ああ、美香に六月。ちょっと光輔に勉強教えてもらってた」

「光輔くんの教え方分かりやすいもんね」

「そうか?授業内容をそのまま反復してるだけなんだがな」


 何で仲間内で集まっているやつらは声が大きくなるのかと思っていたが、いざ自分がそっちの身になってみるとちょっと理由が分かった。


 話が分かる者同士で集まっていると居心地がいい、そして盛り上がってくると段々周りに対する遠慮と配慮を忘れがちになってしまう、いや、周りが目に入らなくなると言った方が正しいか。


 居場所が確保されるだけでここまで周りが気にならなくなる事を知った時、五十嵐がずっと甘んじてきてしまったと言っていた意味が分かった。確かにこれは自分以外の誰かに目を向けにくくなってしまう。


 五十嵐はそれでも尚自分以外の誰かを気にかけていた訳だ、それは気持ちが何処かでパンクしてもおかしくない、まして自分から作った場所ではなく置かれた場所なら尚更だ。俺は五十嵐の事をそう慮っていた。




 学校が終わり五十嵐と隣り合って帰り道を歩いている。今日はバイトがない日だから五十嵐を駅に送ったらそのまま俺も帰るつもりだった。


「ねえ尾上くん、ちょっといいかな?」

「どうした?」

「ヤドリギ寄って行かない?時間があればだけど」


 喫茶ヤドリギへの誘いか、別にすぐに帰っても遅く帰っても俺のやる事は変わらない、断る理由もないので俺はそれを承諾した。


 しかし、確信は持てないが五十嵐に元気がない気がする。もしかしてまた記憶が失われてしまったのだろうか、それとも別のトラブルがあったのかもしれない。俺は心配になってちょっとだけ足を進める速度が早まった。


「皆ずるいよ」

「へ?」


 席についてそうそうに五十嵐がそう言った。皆とは?ずるいとは?そんな疑問が俺の頭の中で渦巻いた。


「待て待て五十嵐、一体何の事を言っているのか分からん」


 俺がそう言うと、五十嵐は自分の両頬をぷくっと膨らませて抗議の目を俺に向けた。何が何だか分からないけれど、何かに怒っている事は分かった。


「皆ずるいよ!あっという間に尾上くんと仲良くなっちゃって!私はこんなに時間かかったのに!」


 抗議の内容があまりにも予想外で俺は目を丸くした。


「何だ?急に何の話をしてる?」

「尾上くんも尾上くんだよ!あんな簡単に皆と仲良くなっちゃってさ!私とのことは遊びだったって言うの!?」


 声を荒げ立ち上がる五十嵐にざわつく店内、とんでもない事を言い出した五十嵐に俺は冷や汗が止まらなくなった。


「ちょっ、ちょちょ、ちょっと一回落ち着こう!な?水飲んでさほら」


 収集がつかなくなる前に五十嵐を落ち着かせる、周りからの奇異の目は避けられないが、取り敢えず五十嵐を座らせる事には成功してほっとした。


 が、ほっとしたのもつかの間で、今度はマスターが飛んできた。


「どうした雫ちゃん!?光輔に何かされたのか!?」


 状況はどんどん混沌としていく、俺はもう自分では手に負えないと悟り呆然と窓の外の景色を眺めていた。




「それで?落ち着いたか?」


 俺の問いかけに五十嵐は無言だが頷いた。取り敢えず話が出来るくらいには落ち着きを取り戻したらしい。


「じゃあ聞くぞ?五十嵐は何に対してずるいと言っていたんだ?」

「皆、結衣も美香も梨々子も六月も透も和也も、全員ずるい」

「で?何がずるいんだ?」


 俯いてむすっとした顔をした五十嵐の顔を覗き込んで聞いた。


「呼び方。私だけ違う」

「呼び方?皆が俺の事を下の名前で呼ぶ事か?」

「そう、皆すぐに下の名前で呼んでずるい。ずるい、ずるい、ずるい!」


 言葉の途中からまた興奮し始めた五十嵐をもう一度宥め、水を飲ませて落ち着かせる。呼び方一つでここまで荒れるとは思わなかった。


「まあ待てって、俺だって別に下の名前で呼んでくれって頼んだ訳じゃない。あいつら距離感の詰め方が早いんだ」

「それはそうだけど…」

「そんなに言うなら五十嵐も下の名前で呼べばいいじゃないか、俺は構わないぞ」


 寧ろ彼らからそう呼ばれるより、五十嵐からそう呼ばれる方が自然な気がする。付き合いの長さで言えば五十嵐との時間の方が長いのだし。


「それは、その、何ていうか。は、恥ずかしくない?」

「別にたかが呼び方だろ?」

「尾上くんはそうかもしれないけどさぁ」


 五十嵐にしては歯切れ悪くぶつくさと色々言っている、仕方がないそう思って俺は口を開いた。


「俺から先に雫って呼べば恥ずかしくないだろ?」

「うぇ!?」


 驚いた五十嵐が素っ頓狂な声を上げる、しかし自分で言っておきながら意外と恥ずかしい、耳が熱くなるのを感じた。


「それで、俺は五十嵐の事を雫って呼んでいいのか?」


 照れ隠しにごほんと一つ咳払いをして聞いた。


「雫って呼んでくれるの?」

「呼んでいいならな」

「いいに決まってる!よろしくね光輔くん!」


 五十嵐、もとい雫から下の名前で呼ばれると何故か頭のてっぺんまで熱くなるのを感じた。意外と恥ずかしい、もしかしたら早まったかもしれない。


 しかし呼び方一つ変えただけで雫はあっという間に上機嫌になっている。鼻歌を歌いながら機嫌よくニコニコとしている彼女を見ると、それならそれでいいかと俺も納得することにした。

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