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追憶の宝石  作者: ま行
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取り戻した絆

 俺は昼休みに北村に呼び出されていた。橋田がいつも以上に俺のことを睨みつけてくるので、正直逃げ出せる理由が出来てありがたかった。


 がしかし俺のそんな希望は簡単に打ち砕かれる、北村に呼び出された場所にはすでに橋田と川井が居た。俺は思わず「げっ」と声を上げてしまった。


「やあやあ尾上、お前が来るとは思わなかった。中々捕まらないから助かったぜ」

「俺は一人が好きなんだ」

「そうはいかんぞ、俺はお前に聞かなきゃならん事が…」


 橋田が俺に因縁をつけていると、後ろから北村が橋田の頭にチョップをかました。


「話が進まないでしょ、あんたの為に尾上に来てもらったんだから感謝しなさい」

「感謝ぁ?」

「文句があるなら私はもう帰る、行こう尾上」


 本当に帰ろうとする北村を橋田が慌てて止めた。


「ごめんなさい!待ってください!」

「分かればよろしい」


 北村は強いな、そんな感想をぼんやりと思っていると川井が俺に話しかけてきた。


「なあ、本当に五十嵐とデートしたのか?」

「まあ約束したし」

「それってどっちからだったんだ?」

「それは五十嵐からだけど」


 川井はそれを聞いてから改めて橋田の事を見ていた。何を考えているかは知らないけれど、何だか難しそうな顔をしている。


「どうかしたか?」

「ん、いや何でもない。それより北村の話を聞こう」


 それもそうか、俺は北村に話しかけた。


「北村、俺は何で呼び出されたんだ?」

「待たせてごめんね、取り敢えず雫から聞けた事から話そうかな」


 俺たちは座り込むと北村が話すのを待った。




「結論から言うと透の事は聞き出せなかった」

「えっ?」


 驚きの声を上げたのは橋田だった。俺はその可能性も予想していたので、北村でも駄目だったかという気持ちが強い。


「やっぱり話題に出しづらいか?」

「正直今のままだとね、まずは雫が透達と仲直りしてもらわないと。自然な感じで聞けないのよ」


 確かに今の気まずい状況で橋田の事どう思ってる?なんて聞いても困惑させるだけだろう、俺もどう聞けばいいかは思いつかない。


「しかしこう言っては何だが、俺たちは五十嵐に何か嫌われるような事をしてしまったか?心配が行き過ぎたのは分かるけれど、五十嵐を害そうとしたつもりはないぞ」


 川井の言い分は至極真っ当だった。事情を知らなければ五十嵐の態度には不信感を抱いて当然だと思う、それに川井の方は俺を殴る等の直接的な行動には出ていない。


「それは雫も分かってると思う、でも、雫には雫の事情があったのも理解してあげて」

「川井、俺からも頼む。ここまでややこしくなったのは俺の責任でもあるから」


 皆の関係は遠からず破綻しただろうけれど、それを早めてしまったのは俺が取ったあの時の態度だったのは否めない、五十嵐の交友関係を壊してしまう事は俺からしても本望じゃない。


「そうか、二人がそこまで言うのなら分かった。透もそれでいいだろ?」

「…少し教えて欲しい。俺が尾上を殴ったのが原因か?」


 橋田の問いかけに俺が答えた。


「あれは直接的な原因じゃない、色んな事情が重なったから今こうなってるんだ。五十嵐はお前の行動を咎めても、お前の気持ちを理解しないような奴じゃない」

「…何でお前にそんな事が分かるのかは置いておいて、それが本当なら多少救われる気がするよ」


 どうやら橋田はあの時の行動を本当に悔やんでいるようだった。川井が言う通り根はいい奴ってのは間違いないと思う、短慮は短慮だけれど、ああして真っ直ぐな行動を取れるのは俺からしたら羨ましい。


「よし!ここからは落ち込むだけはやめだ!北村、俺たちはどうしたらいい?指示に従うよ」


 橋田は自らの両頬をパンパンと叩いて気持ちを切り替えたようだ、もう一点の曇もない目をしている。一度やると決めると一直線なのは本当に橋田の長所だ。


「取り敢えず雫にはもう仲直りした方がいいって話は通してあるんだ。雫も同じ気持ちだって確認できたから、話自体はスムーズにいくと思う」

「手回しがいいな」


 俺がそう言うと北村はふふんと自慢げに鼻を鳴らした。


「今のままがよくないってのは私も思ってたからね、ギクシャクするのは雫の本望じゃないし、透とも和也ともまた仲良くしたいよ」

「…北村」

「悪いな、本来なら俺と透が行動するべきなのに」

「そこは持ちつ持たれつでしょ」


 北村達が楽しそうに会話しているのを、俺はすぐ近くで聞いているようで遠い場所にいるように感じていた。やっぱり友人を長く続けているとこうしたやり取りもすごく自然だ、俺にはこんな交友関係を築けないから、自分勝手だと分かっていてもないものねだりをしてしまいそうになる。


「尾上、それで頼みたい事があるんだけど」

「まあ俺に出来る事なら協力するけど、何か役に立ちそうか?」


 呼ばれたからには役目があるのだろうが、俺がなにかに役に立つのだろうか。余計にこじれないかが心配だ。


「実は尾上を呼んだのは、私っていうより雫なんだよね。その場にいて欲しいらしくて」

「五十嵐が?」

「じゃないと話さないって聞かないから」


 橋田からの視線は無視するとして、五十嵐がそうまで言うのはちょっと意外だった。何か考えがあるのかもしれないけれど、一人だと不安だと言うような奴でもないのに。


 それならそれで俺はいるだけで良さそうだから楽でいい、後は上手く話がまとまってくれるのを願うばかりだ。




 放課後になり教室にグループの皆が集う、そして俺は針の筵の真っ只中に居た。


 何故か分からないけれど、東西南北ズと橋川コンビで分かれて座っていて、俺は五十嵐と一緒に東西南北ズ側に居た。女子に囲まれる機会が滅多にないので、緊張で膝が震えていた。


 隣に五十嵐がいるのは多少救いではあるのだが、さっきから何故か俺の制服の裾をギュッと掴んだまま離さない、そのせいでまた橋田が俺を睨んでいた。


「透その顔止めて」


 五十嵐が鋭い一言を飛ばした。目に見える程橋田はしゅんと肩を落としている。


「五十嵐今日は話し合いの場を設けてくれてありがとう、心中複雑だっただろうが、こうして機会をくれる事を嬉しく思う」


 そんな中でも川井は冷静だ、実は一番こいつが大物かもしれないと最近思い始めている。


「ううん、私こそ二人に謝らないと。今まで二人の事避けててごめんなさい」

「やっぱり避けられてはいたのか…」


 橋田はその事実を聞いて落胆と動揺が隠しきれないようだった。好きな女性と小中高とずっと一緒だった訳だし、落ち込むのも無理はないのかもしれない。叔父さんが梢さんにこんな扱いを受けたら、細かい砂となって消えてしまうだろう。


「でも別に嫌いになったから避けてたって訳じゃないよ!ただ、その…」


 裾を掴んだ手の力が強まった。俺がこの場に居てほしいと言った五十嵐の理由がそれだけで理解出来た。俺は二人に向かって言う。


「結晶解離病をいつどんな条件で起きるか誰にも分からない、本人は尚更だ。失ったことを自覚する事がまず難しいからな。だから、どれだけ付き合いが長かろうとも明日になったら五十嵐の中から二人の記憶が消えている可能性だってある。その可能性と今後向き合い続ける覚悟はあるか?」


 記憶が消えてしまった時、失われた方のショックを俺は体感している。同時に失った方のショックも俺は知っていた。口先だけでは信用を勝ち取るのは難しい。


「俺は正直、五十嵐とは付き合いが浅い。でも皆で一緒に居た時間が気に入っていた。だから役に立つか分からんがこれを書いてきた」


 そう言って川井が五十嵐に手渡したのは、証明写真の貼られた履歴書だった。


「本来の使い方とはかけ離れているが、俺の遍歴や友人になった時の事、理由やら経緯やら書いておいた。消えてもまた知ってもらえればいい、俺はそこまで気にしないぞ」

「…ありがとう和也、大切にするね。本当にごめんなさい」

「謝るなよ、友達だろ?」


 五十嵐は川井と握手を交わした。履歴書という発想はとてもユニークだ、そして分かりやすい上に川井の事をよく表していた。


「ほら透、お前も行け」


 川井に促され橋田が立ち上がった。五十嵐の目の前まで来て、ゆっくりと話し始める。


「俺は何かを用意するとか、記録に書き留めるとかは出来なかった。雫との付き合いは俺が一番長い、一杯ありすぎて書ききれなかった」

「そうだね、私もきっと同じ事を思うよ」

「だから俺は決めた。俺は雫にとっての生き字引になる!俺さえ居ればどんな記憶だって引き出せるように、俺が必ず覚えておく、必ずだ!」


 橋田は興奮して前に体を乗り出した。覚悟とやる気を見せる表情に、堂々とそう言い切れる姿には謎の信頼感があった。


「何だか本当に透らしいね、でもいいの?さっきも尾上くんが言ったように、明日、ううんもしかしたら一時間後には私の記憶から透が消えてしまうかもしれないのに」

「一つ記憶が消えたとしても、俺はその一つに加えて十個雫の記憶を言ってやるさ、長い付き合いなんだ、お互いの恥ずかしい思い出だって知ってるだろ?そうやって何度でも俺は雫の記憶に入り込んでやる、嫌とは言わせないぞ!」

「透は本当に、どこまでいっても透だね。ぎくしゃくさせてごめんね、またよろしくお願いします」


 五十嵐から差し出された手を橋田は嬉しそうに握り返した。橋田の満面の笑みを見ていると、これでやっと雨降って地固まったと実感できた。一連の出来事でバラバラになりかけたけれど、五十嵐が自ら孤立する事は防げそうだ、俺はその事に一番安堵感を覚えていた。

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