消えない記憶
映画を見終えた俺たちは、暫し二人で辺りを散策し、面白そうな物が並べられているお店や、アパレルショップに立ち寄ったりして楽しんだ。
レストランで昼食を取る時には、映画の感想の言い合いで盛り上がった。子供向け映画でもしっかり見ると意外な発見がある、五十嵐と俺で見た所の感想が違うのもまた面白かった。
その後も二人でぶらぶらと散歩をしていたが、何となしに向かった先はやっぱりいつもの場所だった。
「いらっしゃい、お、光輔に雫ちゃんじゃねえか!いらっしゃいいらっしゃい!」
喫茶ヤドリギに顔を出すと、マスターは嬉しそうに手招きした。俺たちが席につくと自ら水を運んでくる。
「雫ちゃん、今日はとびきり可愛いじゃない。もしかして光輔とデートかい?」
「分かっちゃいます?」
「分かる分かる!おいちゃん何でも分かっちゃうもの!光輔も隅に置けないなあオイ!」
何でマスターが上機嫌になるのかはさておき、確かに今日は五十嵐の言う通りデートだ。その約束で行動を共にしたのだから間違いあるまい。
「マスター、私はいつものやつください」
「俺はアイスティーをお願いします」
「うんうん、おいちゃんに任せなさい。とびきりのものを淹れてきてあげるからな」
機嫌よくカウンターに引っ込む背中に、五十嵐が微笑みながら手を振っていた。何がそんなに楽しいんだか、そんな事を思いつつも俺も少し楽しいと思っていた。
「しかし尾上くんにこんな才能があったなんてねえ」
「何の話だ?」
「初デートって言ってたのにこんなに楽しませてくれるなんて思ってもみなかったよ。本当に初デート?」
五十嵐は悪戯っぼい笑みを浮かべて俺に聞いてくる。
「本当に初めてだってば、今回は五十嵐から注文もあったし色々勉強や準備したってだけ、まあ楽しんでくれたようで何よりだよ」
「そりゃもうすっごく楽しかったよ!本当に楽しかった…」
最後の方で五十嵐の口調に少し元気がなくなる。
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない。私映画館行くの久しぶりだったかも」
「俺もだよ、最近は行かなくても見れる手段が増えてきたからな」
少し態度に引っかかる所はあったが、五十嵐がすぐに取り繕ったのでそれ以上は聞かない事にした。何だかあまり触れてほしくなさそうだった。五十嵐と話していると何となくその感じが分かる。
「おまたせしました!これは俺からのサービスな」
そうこうしている内にマスターが飲み物を運んできた。またケーキ付きだ、今日のはいちごのショートケーキだった。相変わらず良く出来ている。
邪魔者はこれで失礼と言ってマスターは足早にまた引っ込んで行った。ニヤニヤと笑っていて実に楽しそうだ、また色々と聞かれるんだろうなと思って俺はちょっとだけうんざりした。
「そういえば尾上くん、映画館での事なんだけど」
「ああそうだった。ハンカチ借りたままだ、洗って返すよ」
「それは別にいいんだけど、それよりあの時何かあった?」
俺はショートケーキにフォークを入れながら、あの時思い出していた事を話した。大切な記憶、楽しかった思い出、だけどそれを閉じ込めてしまった自分の話をした。
「そっか、そんな事があったんだ」
五十嵐もケーキを口に運びながら言った。
「あの時の俺が父さんと被ってな、何かちょっと寂しくなったのかもしれない」
「寂しい?」
「もうあの時の俺も父さんも母さんもいないからさ、記憶にもこの世界にも」
俺はケーキのいちごにフォークを刺して口にいれた。甘さより酸味が強いいちごの味が口に広がる。
「でも思い出せてよかったよ、もうこの思い出を持っていられるのは俺しかいないんだから、あのまま忘れていたら本当に消えてしまう。だから五十嵐に感謝しないとな」
そう言って五十嵐に笑いかけたが、彼女の表情は浮かなかった。
「悪い暗い話になっちゃったな」
「違う、違うよ尾上くん」
「違うって何が?」
「尾上くんはまだ受け止めきれてないかもしれないけれど、お父さんもお母さんもまだ生きているでしょう?いないなんて言わないで」
その言葉に俺は頭をガツンと殴られた気分がした。何より五十嵐から言われたという事実が大きい、彼女は結晶解離病を患う当事者だ。
幾ら俺の事情もあるとは言え無神経だった。いなくなるなんて言い方はあまりにも酷だ。
「ごめんなさい」
「あっ!いや、そんな謝らなくても!」
「いいや、今のは俺が悪かった。それに五十嵐に言う通りだ、父さんも母さんもまだ生きている、俺の心が拒んでいるだけだ」
俺は改めて深く反省した。五十嵐に対しての謝罪の気持ちもそうだが、何より父さんと母さんに申し訳なくて一杯だった。二人は俺を受け入れる為に今も努力してくれているというのに、俺がそんな事を言っちゃ駄目だ。
「そんな、本当にそんな深刻に考えないで。尾上くんの事情だってあるのに、私、そんなつもりじゃ」
「大丈夫だよ、それより五十嵐。デートはまだ終わってないからな、ここでちょっと休んだら最後の所に行こう」
これ以上空気が重くなる前に俺は努めて明るく切り替えた。折角の初デートの思い出をこれ以上壊したくはない、五十嵐もそんな俺の様子を察したのか、いつもの調子の雑談に戻った。
店を出て俺が最後に五十嵐を連れて来た所は外谷さんの店だった。
「こんにちは外谷さん」
俺が声をかけると奥から外谷さんがぬっと顔を覗かせた。
「待ってたぜこうちゃん、雫ちゃんもこんにちは。そろそろかと思ってたら時間通りだ」
「よかった。例の物って用意出来てます?」
「勿論だぜ、取ってくるから待ってな」
外谷さんはそう言ってまた店の奥へと引っ込んでいった。何が起きているのか分からない様子の五十嵐に俺は声をかける。
「実は外谷さんに頼んである物を用意してもらったんだ。どうやって手に入れてるのか分からないけど、流石外谷さんだな」
「ある物?」
「まあちょっと待ってみよう」
そう待たずとも外谷さんは物を持って出てきた。そしてカウンターの上にそれを広げて俺たちに見せてくれた。
「これって!?」
「そう、これが五十嵐の見たがってたメモリージュエルだ」
ネックレスにイヤリング、指輪にブローチなど、様々な宝飾品が並べられている。ここまで集めて欲しいとは言わなかったのだけれど、外谷さんも相当気合を入れてくれたと感じた。
「手にとって見てみな」
「えっ、でも高価な物じゃないんですか?」
「大丈夫大丈夫、これはメモリージュエルでも安物。そもそもあんまり高値がつかないんだメモリージュエルは」
俺は真っ先に手に取らせてもらった。ルーペを取り出して使われている宝石を見てみる。
「うん、記憶の宝石だ」
「分かるの?」
「綺麗過ぎるんだよ記憶の宝石は、天然の物はどれだけクオリティが高くても傷や内包物がある、人口石や加工石は一見見分けがつかないけれど、記憶の宝石は透明度が高い。本物より本物すぎるから市場価値がつかないんだ」
そもそも記憶の宝石の流通を見過ごせば、天然の宝石の利権を握っている人たちが黙っちゃいない、明確に区別をつけられて徹底的に別物として扱われているのがメモリージュエルだ。
「それに、他意は一切ないんだが、どうしても人から出来た物って事でそれを嫌がる人もいるのさ。だから流通も少ないし安い。俺は伝手があったから手に入れられたけど」
外谷さんは一番言い難い所を率先して五十嵐に説明してくれた。俺から言うつもりだったのに気を利かせてくれたのだろう。
「でも雫ちゃん、君も見てみなよ。俺は宝石の価値なんざ一つも分からないけど、どれも本当に綺麗なもんだぜ」
五十嵐は外谷さんから渡されたネックレスを手に取った。トップの石はエメラルドだ、深い緑色で照りもよく、透き通った純粋な宝石、目を奪われるような美しさだった。
「本当に、すごく綺麗…」
五十嵐は手に取ったネックレスを大事そうに触って見ていた。その目は好奇心と期待に満ちているように思えた。
「外谷さんこれ買いたいです」
「いいよ、元から安いけど割り引いちゃる」
俺はルビーのついた小さなピンキーリングを買った。そして五十嵐に声をかけた。
「五十嵐」
「え?」
「手出してみ」
夢中になって見ていた五十嵐は首を傾げながら俺に両手を出してきた。どっちにつければいいか分からなかったので、取り敢えず右手の小指にリングをはめた。
「尾上くんこれって?」
「プレゼント、見たがってたし手元に一つあってもいいだろ?つけなくてもこれでいつでも観察できるし、それにえっと」
俺は途端に恥ずかしくなってきて言葉がしどろもどろになってきた。どうにでもなれと開き直って言う。
「兎に角!それがあればこの思い出だって印象に残る、例え消えたとしても絶対に取り戻せる!だから貰ってくれ!」
元から渡すつもりだったのにどうしてこんなに緊張するのか分からず、思わず大声になってしまった。五十嵐は右手にはめられたリングを見て、大切そうにそれを触った。
「ありがとう尾上くん、そうだね、これがあればきっと私忘れないよ。今日の事絶対に消えてなくならない」
そんなやり取りをしている中、にやけた顔をした外谷さんの咳払いで俺たちは途端に現実に引き戻された。お礼もそこそこにして、俺たちは店を出て、俺は五十嵐が家に帰るのを駅まで見送った。




