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追憶の宝石  作者: ま行
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幸福な経験

 デート当日、待ち合わせ場所に十分だけ早く来た。俺は時間を何度か腕時計で確認すると、少しだけそわそわとした気持ちで待った。


 こうして女性とデートするという経験は勿論初めてだ、そしてまさかその初めての相手が五十嵐になるとは思わなかった。このまま一生デートなどせずに終えると思っていたから貴重な経験だ。


 痒くもないのに背中がむずむずとする、自分では落ち着いているつもりでも、何度も何度も無意味に手遊びをした。想像以上に緊張するものなのだなと思っていた。


 プランも決めろと言われてから、俺はその手の情報が載っている雑誌や本を読み漁り、ネットで検索し、脳内で何度もシュミレーションを重ねた。正解とは言えないだろうが、それなりに努力はしたと思う。


「尾上くんっ」


 名前を呼ばれて俺はばっと顔を上げた。そして一瞬で目を奪われた。


 目の前にいるのは勿論五十嵐だったのだが、それはもう何から何までいつもの五十嵐とは違った。俺の見たことのない五十嵐が居た。


 美しく彩られた派手すぎない化粧、いつもふわふわとしている薄茶色の艷やかな髪は更に優雅に巻かれている、服装も何度か見たことのあるものより明らかに力が入っていた。


「尾上くん早かったね、待たせちゃったかな?」

「…可愛い」

「へっ!?」


 ぼっと顔を赤くする五十嵐を見て、俺も一気に自分の顔が赤面するのが分かった。つい本音がぽろっと漏れてしまった。


「あっえっと、その、ほらデートでは相手を褒める事が大事って雑誌とかに書いてあってそれで」

「あ、う、うん。そっか、あ、ありがとう」


 言葉が見つからなくて暫く見つめ合う時間が出来てしまう、いや、俺は五十嵐に見とれていた。だから言葉が出なかったのだ。そして咄嗟に取り繕ってしまった発言を後悔する。


「悪い間違えた。本当にちゃんと可愛いと思った。言わされたんじゃない、本心からだ」

「…ぷっふふ、あははっ」


 笑い出した五十嵐に俺は困惑した。変な事を言っただろうか、もしかして気に障っただろうか。


「何か変な事言ったか?」

「ごめんごめん。違うの、本当に嬉しいよ、ありがとう。さっきのでも嬉しかったのに、態々言い直すのが尾上くんらしいなって思ってさ」

「焦って取り繕ってしまったからな、でも本心をきちんと伝えた方がいいと思ったんだ」

「ふふっ、そうだと思ったよ」


 くすくすと笑う五十嵐を見て、俺も普段と変わらないペースを取り戻しつつあった。美しい見た目に若干気圧されたが、いつもの五十嵐に変わりはない。


 俺は立ち上がって時間を確認すると、思っているより全然進んでいない事に気がついた。待たせる訳にはいかないと早めに来たつもりだったが、五十嵐の到着も予想より早かった。


「何だ、五十嵐も早く来たんだな」


 俺がそう言うと五十嵐が顔を赤らめて恥ずかしそうに顔を背けた。


「初デートだし、楽しみだったし、何か家出るまでも落ち着かなくて」

「えっ初デート?五十嵐が?」

「そうだけど、何か意外?」


 意外も意外だ。いくらでもお誘いがあっただろうと思うのだが、断っていたのだろうか。


 逆にこれだけ美人であると誘う勇気も出ないのかもしれない、俺だって五十嵐から言われなかったら絶対にこんな機会はなかったと断言出来る。こうして関わりが出来た今でも信じられない。


 でも今はそんな事言っている場合ではない、俺は五十嵐に向き直って言った。


「じゃあ初デート同士行きましょうか?」

「そうね、エスコートしてくださる?」


 それは馬鹿馬鹿しくて下らないやり取りだったが、二人の緊張感を解くには充分だった。




 俺は五十嵐を連れ立って映画館を訪れた。映画館に来るなんてすごく久しぶりだ、ロビーで感じられる独特の空気感は、ディスクや配信サービスでは味わえない。


 様々な映画のポスターや、モニターにコマーシャルが映し出されている。多様なジャンルの作品が目白押しだ。


 五十嵐は目を輝かせながらキョロキョロと辺りを見ている。


「五十嵐、見たい作品あるか?」

「あれ?尾上くん見たいものあったんじゃないの?」

「いや着いてから決めようかと思ってた。五十嵐の好きなジャンルとかも知らないしな」


 それに見たいものを決めずに入る方が面白い、映画鑑賞はノリとフィーリングだ。面白そうに見えなかった作品が面白かったり、見てみたくて仕方がなかった作品が微妙だったりするところがいい。


「そうだなぁ、じゃあこれ!」


 五十嵐がノリノリで指さした映画のポスターは子供向けのアニメ作品だった。ロボットと少年の友情を描いた作品で、仲間たちと様々な世界で大冒険を繰り広げる。毎週のテレビシリーズは長年続く長寿番組だ。


「これ?本当にこれでいいのか?」

「うん、見てたら懐かしくなっちゃって。子供の頃はよく映画館まで見に来てた」


 俺たちは時間を確認すると、そう待つこともなく上映が始まるのを知った。チケットを買ってポップコーン等を見て回る、五十嵐がどうしてもこれがいいとねだるので、とても大きなセットの物を買った。二種類の味が楽しめる、塩味とキャラメル味で丁度いいとは思うのだが。


「食いきれるかこれ」

「へーきへーき!二人ならいけるって」


 ドリンクも買って入場する、大きなスクリーンと劇場の匂いと雰囲気はここでしか味わえない。


 隣り合って座ると思いの外距離感が近くてドキッとする。初めて身内以外と隣り合うとこんな気分になるのか、新鮮ながらもどこか気まずい。


 一方五十嵐はうきうきとした顔でポップコーンを口にぽいぽいと運んでいる、緊張しているのは俺だけか、そう思って俺もポップコーンに手を伸ばした。


「甘いのとしょっぱいのを交互に食べるのが醍醐味だよね!」

「それには俺も同意だな、久しぶりに食べたけど美味い」

「ここでしか味わえない感覚だよねえ」


 映画の上映まで、俺たちは普段どおりの雑談を楽しんで待っていた。子供連れの家族が多くて声の大きさをそれほど気にしなくていい、俺たちの声より子供たちの声の方が遥かに大きいからだ。


 館内の照明が落とされて、スクリーンに映像が映し出される。始まったよと言ってはしゃぐ五十嵐に微笑み、俺たちはスクリーンに目を向けた。




 子供向けアニメの懐かしいやり取りが繰り広げられる、主人公は面倒くさがりで弱気な性格、ただここ一番で勇気を出す事の出来る優しい男の子だ。


 ロボットはタイムトラベルの際に事故に遭い、偶々主人公に助けられてそのまま一緒に生活を送る事になる。ロボットとしての知恵と、自ら作り上げる道具を使って主人公の事を助ける。時には喧嘩をし、時には遠くから見守る、友達であり家族のような存在だ。


 映画の内容は非常に分かりやすく作られている、子供たちが楽しめるように話の流れがしっかりしているし、ピンチも盛り上がりもしっかりと描かれている。些細なギャグシーンで笑い声が上がる所を見ると、ちゃんとツボを抑えているようだ。


 なにせ隣で見ている五十嵐も笑っている、俺はそんな五十嵐を見て口元が緩んだ。


 見進めていくと本当に懐かしい気持ちで一杯になる。ここまで強烈な郷愁にかられるのは何故だろう、そう思って見ているとあるシーンに目が止まった。


「僕が君を見捨てるなんてあるわけないじゃないか!」


 主人公が崖から落ちそうになったロボットの手を掴んでいた。このシーンに何故かとても見覚えがあった。


 そうだ、段々と思い出してきた。ずっと前、父さんと母さんに連れられてこのシリーズの映画を見に行った事がある。その時に似たようなシーンがあった。


 俺が父さんにどうしても見に行きたいと強くねだって連れてきてもらった。母さんは皆で食べようと言って大きなポップコーンを買ってくれた。俺が一人で殆ど食べてしまったけれど、父さんと母さんは嬉しそうに目を細めていた。


 映画を見て面白かった。だけどもっと面白かったのは、父さんが感動のシーンで俺より泣いていた事だった。母さんから受け取ったハンカチで涙を拭っても止まらなくて、俺は感動のシーンなのにアハハと声を出してしまった。


 すかさず両親が俺の口を塞いだ、館内に笑い声が響く前に抑えてくれた。俺たち家族はそんなことがまたおかしくって皆で静かにクスクスと笑いあった。


 楽しい思い出だった筈なのに、どうして忘れてしまっていたのだろう。俺は記憶が消える訳でもないのに、こんな、大切な思い出を。


「尾上くん」


 五十嵐の呼びかけにハッとして我に返る、顔を見ると五十嵐の目には涙が潤んでいた。しかしハンカチを俺に渡して言った。


「尾上くん、分かるよ。今のシーン感動したよね、だけどそんなボロボロ泣いちゃって、よかったらこれ使って?」


 俺は自分の頬を触ると、確かに涙で濡れていた。それにまだまだ止まらずに溢れてくる、俺は五十嵐から借りたハンカチで涙を拭うとフフッと笑ってしまった。


 泣いているのに笑っている、そんな俺の様子を見て五十嵐は不思議そうな顔をしていた。俺は五十嵐に後で話すよと言ってスクリーンを指さした。


「さあ、最後まで見よう」


 涙はまだまだ溢れてくるけれど、ちっとも悲しくは無かった。暖かな感情に包まれて、俺たちは最後まで映画を見続けた。

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