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追憶の宝石  作者: ま行
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不穏

 授業の合間、昼休み、学校で設けられるあらゆる隙間の時間を、俺は今橋田に殆ど奪われていた。


 度々橋田と川井が俺の元を訪れてがっちりと固め身動きを封じられる。俺はもうすでに橋田に約束した事を後悔し始めていた。


 話題に上がる事と言えば五十嵐の事で、如何にして近づくかや、以前のような関係にまで戻すか等の事をぐちぐちと話された。


 俺は俺で面倒だったので適当にあしらっていたのがよくなかった。橋田は聞いてもらえていると勘違いしたのか、あれはどうだこれはどうだと、次々と作戦を練っては俺に報告してきた。


「もういい加減ハッキリ言わせてもらう。橋田、お前はもう五十嵐とは以前のような関係には戻れない」


 昼休み、三人で昼食をとっている時に俺は言った。


「な、何でだよ!?」

「そもそもだが、以前と同じ関係ってなんだ?」

「それは、前みたいに気兼ねなく話をしたり、遊んだり、連絡を頻繁にとったり…」


 それを聞いて俺は溜息をついた。橋田は根本的に分かっていない。五十嵐がそれを疎ましく感じていた事はいい、それは他ならぬ五十嵐本人が隠していた事だし気づけなくても分かる。


「あのな橋田、お前五十嵐の事がずっと好きだったんだろう?何故今更になって恋人になりたいのか知らないけれど、恋人と友人では明確に人間関係が変わる。そうは思わないか?」

「た、確かに…」

「前提がもう間違ってるんだって、お前はもう覚悟を決めたのなら以前には戻れない。受け入れられるか、拒否られるかだ」


 結局もう梢さんに言われた事をそのまま告げた。兎に角橋田は関係性を壊さないまま維持したいという魂胆が見える、でもそんなものは無理だ。恋愛経験のない俺でも想像すれば分かる。


「俺も尾上の意見に賛成だな、透は色々と考えてるみたいだが、一旦関係性を変えたならそう簡単に元には戻らないだろ」

「和也!お前も尾上の味方をするのか」

「そうじゃないけれど、このまま行動せずにうだうだやってると誰かに掻っ攫われるぞ」


 川井の言葉に橋田は口ごもる。その考えが橋田に無かった訳ではないだろう、しかし俺に五十嵐を好いていると宣言するだけにあれだけの時間がかかったのが橋田だ、本人に伝えるとなればどれだけ時間がかかるだろう。


「だけど、実際問題今雫から避けられてる事を解決しないと」

「まあそうだけどな」


 そう思うと北村達は立派だった。早々に自分たちの感情と問題点に折り合いをつけて、これから必要になるであろう知識を身につける事に尽力した。橋田と違って関係性の発展を願ってのことではなく修復を思っての事だったが、結果的には前よりも良好な関係を築けている。


「しょうがない力を借りるか」


 俺はスマホを取り出してすっと操作を始めた。ある人にメッセージを制作して送信する。上手くいくかは分からないが、俺から五十嵐に話すよりはずっといいと思う。


「尾上、誰に力を借りるんだ?」


 川井はスマホを仕舞った俺に聞いてきた。


「北村だよ、それとなく橋田の事について探ってもらおう。俺は五十嵐に聞いたら絶対ボロが出るし、川井も橋田と同じく避けられ気味、だったら同性の友人から聞いてもらった方が可能性あると思わないか?」




 放課後になり、俺は五十嵐に声をかけた。


「五十嵐すまない、帰るまでちょっと待っててくれないか?」

「いいけど、どうかしたの?」

「先生への提出物の事をすっかり忘れていてな、帰る前に届けてくる。確認に時間がかかるかもしれんが、待つだろ?」

「当然」


 まあそうだろうなと思い、俺は提出する書類を取り出して五十嵐に見せた。


「アルバイトについての報告書でな、勤務日数やら時間やらを報告せにゃならん。無理なシフトを組まされていないかとか、まあ監視の意味もあるんだろう」


 学生バイトはトラブルも多いと聞く、学校側としては無用なトラブルを避ける為にも打てる手を打つのだろう。そしてこういう作業を面倒くさがるようなずぼらな人間は、トラブルのリスク有りとふるいに掛けるのだ。


「分かってたけれど、意外と面倒なんだね」

「面倒にしてアルバイトするやる気を削ぐ狙いもあるんだろう、勉学が疎かになっては意味がないからな、どちらも両立できると有言実行出来る者にしか権利を渡したくないんじゃないか?」


 成る程と呟きながら五十嵐はうんうんと頷いていた。口からぽんと出てきた理屈だが、案外納得させられるものだ。


「というわけでそんな面倒を片付けてくる。すぐに戻るように努力はするよ」

「うん、いってらっしゃい」


 手を振る五十嵐に俺も手を振り返して教室を出た。


 五十嵐に言っていた事はほぼすべて本当の事だ、この書類も提出しなければいけないことだし、確認の為に時間がかかる事も本当。


 だけど俺は別に提出を忘れていた訳ではない、敢えて遅らせたのだった。その目的は時間稼ぎだ、この間に橋田と川井は北村に事情を説明している最中だろう。


 俺は林先生に書類を渡すと、確認の時間まですこし出てもいいですかと許可をとった。叔父さん達に連絡を入れておきたいと適当に誤魔化してその場を離れる。


 そして近くで話を進めていた北村達と合流した。


「どこまで聞いた?」

「多分全部、これから何して欲しいかって聞く所」


 丁度いいタイミングで合流できた。橋田がとっとと北村に気持ちを話しておいてくれて助かった。


「ごねなかった?」


 俺の問いかけに川井が答えた。


「ごねたけど北村のお陰ですぐ済んだ」


 その様子がありありと頭の中で想像出来る。北村が橋田の尻を叩いて、しゃんとしろと叱りつける様が見えた。


「失礼な事考えてない?」

「とんでもございません北村様。それで要件なんだけど、五十嵐の橋田評をそれとなく聞いてみて欲しいんだ」


 俺が北村と普通に会話している様子を見て、橋田は目を丸くしながら言った。


「お前たち、いつの間にそんな仲良くなってたんだ?」

「話が長くなるから説明は省く!で、やれそうか北村?」


 色々話し始めたらきりがない、俺も五十嵐を待たせているから手早く終わらせたかった。


「まあ透の頼みだし聞いてあげるけど、援護が欲しいな」

「具体的には?」

「美香達にも話して協力してもらう、私一人が聞いても不自然だし、折角また仲良くなれたのに不信感もってほしくない」


 確かにそれは北村の言う通りだった。俺は橋田に目配せをする、暫し迷って目をパチパチとさせてから橋田は頷いた。


「よしじゃあそれでお願い、一番は五十嵐を最優先にな」

「こうやってこそこそするの好きじゃないしよくないと思うけど、透の考えも分かるし、何とかやってみる。でも期待しないでね」

「北村にしては弱気だな」

「理由があるの、雫が浮かれながらデートの約束したって言ってたから。この様子だと相手は透じゃないでしょ?」


 その言葉を聞いて橋田は膝から崩れ落ちた。あんなに綺麗に落胆する人間を見たのは初めての事だった。


「透!傷は深いけどしっかりしろ!まだ負けてないって!」

「お前それ慰めになってると思うか?」

「なってないとは思うけど、無言で肩叩かれるよりいいだろ?」


 橋田は改めてがくりと落ち込んだ。この空気の中非常に言い出しにくい事だったが、俺は無言で手を上げて言った。


「ごめん、それ相手俺だ」




 橋田に胸ぐらを掴まれるのは二度目だった。ぐわんぐわんと揺らされながら抗議される。


「何でだよ!何で言わなかったんだ!」

「待て待て聞いてくれって!お前が考えてるような事じゃないんだって!」

「デートに何もくそもあるかあ!」


 聞く耳持たず泣きながら俺に掴みかかる橋田を川井が引き剥がしてくれた。一瞬くらっときた俺は、背中を北村に支えてもらった。


「大丈夫?」

「ああ、ありがとう北村」


 泣きながら力なく崩れ落ちる橋田に俺は言った。


「聞けよ橋田、これはな、所謂試験みたいなもんだ。五十嵐から俺に課される試験」

「何だよそれ…」

「俺はな、五十嵐と約束したんだ。結晶解離病について聞く事と力になる事を。五十嵐は俺を試しているんだ、様々な経験を積ませて信用に足る人間かどうかを」


 俺は五十嵐と話していくなかで段々彼女の事を掴んできた。今回の事もきっとそうに違いない、俺にはその自信があった。


「おい尾上!いるか?」


 職員室から林先生が顔を覗かせて俺の事を呼んだ。


「兎に角お前が考えてるようなものじゃない、それは安心しろ。じゃあな」


 俺は手短に橋田にそう伝えると職員室に向かった。何だかややこしい話になってきてしまったが、橋田の考えているような関係にはならないと断言できた。


 何故なら俺はそれを望んでいないからだった。誰かにとって特別になる事も、誰かを特別に思う事もまっぴらごめんだ。頭の片隅でちりちりと燃えるような怒りが俺の中で燻っている。

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