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追憶の宝石  作者: ま行
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頑なな態度

 橋田の宣言を聞かされた上で、俺はまだどう言ったらいいものかと困っていた。こんなこと聞かされるのは初めての事だし、そもそも協力って何をしたらいいのかも分からない。


 そして一番問題なのはこれだ。


「普通に嫌なんだけど」

「何ィッ!?」


 本当に何の奇をてらうこともなく協力したくなかった。というよりも何故俺が橋田の恋路に手を貸さなければならないのか、そんなのは二人の問題であって俺の問題じゃあない。


「どうしても嫌か?」


 川井にそう聞かれて俺は頷いた。


「手を貸す理由もない。川井はあるように思えるか?」

「ないな。仕方ないな透、諦めるしかないようだ」


 やっぱり川井の方は割りと話が通じる、俺はじゃあと言って立ち上がろうとした。しかしそんな俺を引き止めるべく橋田が取った行動は、思いもしない事だった。


「この通りだ!頼む!協力して欲しい!」


 橋田は膝も手も額も廊下に付けて頭を下げた。土下座してまでのことかと思った俺は頭を上げさせようとしたが、橋田は頑なに頭を下げ続けた。


「おい橋田やめろって、何もそこまでしなくても」

「いや止めない!俺はお前が同意するまでここを一歩も動かないぞ!」

「なら俺はこのままお前を置いて帰るだけだ、意味ないからやめろ」

「帰るなら帰ればいい!俺はそれでも待ち続ける!」


 何なんだこいつは、まったくもって話にならない。流石にもう付き合いきれない、俺は立ち上がると川井に言った。


「俺は帰る、川井はどうするんだ?」

「俺は透の気が済むまで付き合うよ、こんな奴だけど俺にとっては大事な親友なんでね」

「そうか、じゃあな」


 俺は途中で何度も振り返った。流石にもう土下座はやめているだろうと思ったのに、橋田はずっと頭を下げ続けていた。なんて強情な男なんだ、結局姿が遠く小さく見えるようになる時までずっと土下座をしていた。




 ああもう、なんで俺がこんな思いをせねばならんのだ。玄関まで来た道を早足で引き返しながら俺はそう思っていた。


 橋田は、放っておけば本当にずっと土下座していそうだった。それくらいの覚悟が感じ取れた。俺に何をさせたいのか、何で協力しなければいけないのか、その疑念は未だ払拭されないが、橋田をあのままにしておくのも気が引けて俺は足を早めた。


 戻ってきた俺は廊下が騒がしいのに気がついた。悪いこともしていないのに思わず身を隠すと、影から顔を覗かせてそっと様子を伺った。


「橋田、お前こんなところで何してるんだ?」

「土下座です!」

「それは見れば分かるよ。どうしてこんな事してるんだ?」

「お願いを聞いてもらう為です!」

「川井相手にか?」

「いえ、俺は透の頼み事なら大体は聞きます」

「じゃあ一体何でこんな事になっているんだ。見つけたのが俺だったからいいものの、他の先生方に見つかったら何を言われるか」


 中々混沌とした状況になっている。どうやらあの後担任の林先生がここを通りがかったらしく、橋田はずっと土下座を続けていたみたいだ。


 こんな事で先生の手を煩わせる訳にはいかない、ただでさえ最近は色々とお世話になっているのだし、今俺が出ていけば取り敢えず先生は解放される。


「あのー、林先生ちょっといいですか?」

「ん?おお、尾上じゃないか。どうしたんだ?」

「ええまあ、実は彼の土下座の理由は俺にあるんです。だから俺が話を聞くので大丈夫です」

「はあ!?おい、トラブルか?だったらちゃんと先生に言えよ?」


 トラブルと言えばトラブルなのだが、態々先生に出てきてもらうような問題ではない。俺は何とかこの場を収める為の言い訳を考えた。


「実はですね、今度のテストで目標点を取れなかった場合、橋田が両親からきつい行動制限を受けるそうでして。ほら彼、成績はいつもぎりぎりの方でしょ?だから俺に相談してきたんです。面倒だからと一度は断ってしまいましたが、意固地になってしまって」

「ははあ成る程、しかしだからと言ってここまでやるか?」


 先生のご指摘ごもっともである。しかしここは納得して引いてもらうしかない。


「俺もそう思うのですが、何分今回橋田の両親は本気だそうで、お小遣いの大幅な減額に、ハードスケジュールで有名な塾への入会を強制されるそうなんです。流石にこれを無下にするのは酷かと俺も思い直しまして、一度は帰ろうかと思った所を戻ってきたんです」


 厳しいか?いや疑問に思うまでもなく厳しいだろう、でも今俺の口から出る精一杯のでまかせだった。後はもう頼むから納得してくれと祈るしかない。


「そうか…、あのな橋田、分からない所があったら遠慮なく先生達に聞きにきていいんだからな。何も土下座する事ない、勉強法だって一緒に考えてあげるからな、あまり無理を言って誰かを困らせては駄目だぞ」


 そう言って林先生は橋田の肩をぽんぽんと優しく叩いた。事情を汲んでくれたのかそのまま立ち去ってくれて俺はほっと胸をなでおろした。


「いやあお見事ですな」


 川井はぱちぱちと小さく手を鳴らした。


「言ってる場合か、まったく何で俺がここまでせにゃならんのだ」

「それはもっともな事だが、こうなったら透はてこでも動かないぞ」


 それはもう見た上に体感させられれば充分に伝わった。俺はもう諦めて橋田の肩を叩いた。


「分かった。俺に出来る事なら協力する。だけど今日はもう限界だ、帰りたいからまた今度にしてくれ」

「本当か!?」


 ガバっと顔を上げた橋田に俺は頷いた。メモを取り出してさらさらと自分の連絡先を記入すると橋田と川井に手渡した。


「悪いが本当にもう限界なんだ。協力は約束するからもう勘弁してもらっていいか?じゃあな、ちゃんと帰れよ?」


 俺はそれだけ言うと二人の前を後にした。ここまでやれば流石にもう土下座を続ける事はないだろう、厄介な事に巻き込まれたなと俺は空を見上げながら思った。




 家に帰り適当に着替えて身の回りの物を整頓すると、俺はベッドに倒れ込んだ。疲労していたのか、そのまま眠りに落ちてしまいそうになる。


 いかんと思い俺は頭をぶんぶんと振ると、スマホを操作して五十嵐に電話をかけた。呼び出し音が鳴って終わらない内に五十嵐は通話に出た。


「もしもし?電話は珍しいね尾上くん」

「そうだな」

「どうしたの?私の声が聞きたくなったとか?」

「冗談ではなく今日はそうだ、元々電話しようとは思っていたけれど声が聞きたくなった」


 自分の体験した事を誰かに話したくて仕方がなかった。勿論橋田の重要な事は省くけれど、五十嵐に聞いてもらうのが一番いいと思った。


「あれ?五十嵐?」

「あっとごめん、大丈夫大丈夫!」


 五十嵐の声が聞こえなくなったので通話が切れたのかと思い確認した。少し慌て気味な五十嵐の声が聞こえてくる。


「都合悪いか?」

「大丈夫だって!それより本題は?」


 俺の事を話したいのは山々だが、まずはこちらが最優先だろう。


「その、北村達とはどうなった?大丈夫だったか?」


 今日の話し合いの結果如何によっては、今後の関係性がガラリと変わってしまうだろう。無くす必要はないとは言ったが、それが五十嵐を苦しめるのなら話は別だ。北村達なら上手くやれると思っているが、心配は心配だった。


「ああそれね、うん、もう大丈夫。寧ろ前よりもっとちゃんと話せたような気がするんだ」


 通話越しで五十嵐の表情は分からないが、その声はとても穏やかに聞こえてきた。それならば大丈夫だろう、俺も一安心した。


「それは何よりだ」

「でも文句も言わせてもらうね、何か皆尾上くんについてあれこれ聞いてくるんですけど!何で私が色々説明しなきゃなんないの!」

「そんな事俺に言われても…」

「という訳で今度の休みにはデートに付き合ってもらいます。拒否権はなし!プランも尾上くんが考えてよね!」

「はあ!?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは、俺は耳から離したスマホをもう一度つけて抗議する。


「な、何だよそれ!何で俺が!」

「うん?いいのかな?私に何の相談もなしに、当事者不在のまま四人と色々とやり取りをしていた尾上くん、断れるのかなあ?」

「ぐ、ぐぐ…」


 まるで先程の橋田のように俺は言葉に詰まった。確かに五十嵐のいない所で五十嵐の話を進めたのは事実だ、個人的な内容を話してはいないとは言え、不義理と言えば不義理だろう。


「分かった。分かったよ。その代わり俺の話も聞いてくれるか?」

「言質取った!例え記憶が失われてもすぐに取り戻せるように紙に書いて貼り出しておくからね!絶対逃げられないから!」

「逃げないって…」


 まったくと思いつつも俺はちょっとずつ五十嵐のペースに乗せられて元気が出てきた。空元気かもしれないけれど、やっぱり五十嵐の声が聞けてよかったと俺は思った。

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