五十嵐雫の友人
私は結衣達四人と久しぶりの放課後の帰り道の時間を過ごしていた。
本当は結衣や透達と過ごした時間の方が長いのだが、ここ最近は割りと濃い時間を尾上くんと過ごしていたせいか、何だかとても久しぶりで懐かしく感じる。
それ以上に私が結衣達皆を避けていたのも大きな理由なのだが、でも、何だかどういう風に接して話していたのかが、記憶が抜け落ちた訳でもないのに忘れてしまった。
「ねえ雫、ちょっと止まってくれない?」
呼び止められた私が後ろを振り返ると、皆とちょっと距離が出来てしまっていた。会話もせずに黙々と歩いてしまっていたみたいだ、それに加えてぼーっとしていたのか、私は慌てて皆の所まで戻った。
「ごめんね先に行っちゃって」
「いやいいんだ。私達も中々切り出せなかったし」
結衣がずいっと前に出た。私はそれを身構えるでもなくただ見ている。
「何処か話ができそうないい場所ないかな?」
「私に聞くの?」
「雫が一番安心出来て話が聞ける場所を選んでよ」
まあ確かに結衣達に連れられて何処かへ行くよりも、自分で場所を決められた方がいいかもしれない。だけどそう言われた所でぱっと思いつくような場所もないなと首を捻る。
そうして思いついたのが、尾上くんともよく行くあの駅前公園だった。ここなら話を聞くのにもいい、外なら近くで聞き耳を立てるような人もいないだろうし。
東屋が空いていたので、そこに皆で腰を下ろす。何の話なのかは大体予測がついているけれど、聞いて、ちゃんと考えて答えをだそう。それがきっとお互いにとって一番いい事だ。
「雫と公園に来るのはすごく久しぶりだね」
結衣にそう言われて私も返す。
「小学生の頃は遊び場と言ったら公園だったもんね」
「皆でよく集まってたよな」
私は懐かしくなって顔がほころぶ、結衣とは小学校からの付き合いだから、思えば随分長く一緒にいたことになる。
「私達は小学校が皆と違ったけど、やっぱり公園とかで走り回ってたよ」
「まあ美香ちゃんはお化粧道具が欲しくって、私はそっちによく付き合わされたけど」
「何よ六月だって欲しいからってお小遣いねだってたでしょ」
声をあげて私達は笑った。そういえばこんな他愛のない会話をしていたな、そんな感想が心の中に浮かんだ。ああ、やっぱり私はもう…。
「いいなあ皆は小さい頃の接点があって、私だけ皆の輪の中に入ったのは一人で中学からだもん」
「ああ梨々子は印象的な出会いだったね」
「特別に仲良くしてあげますわ。だっけ?何その言葉使いって思ったよ」
「余計な事は思い出さなくていいの!!あの頃は漫画に出てくる高飛車なお嬢様キャラに憧れてて」
「中学生なんてそんなものだって、恥ずかしがらないでいいですわ」
「もう!!」
暫く私達は人目も気にせずわいわいと談笑した。それはとても楽しい時間で、私達が確かに友達だったと再確認させてくれるようで、だけど私は何処か遠くからそれを眺めているようにも感じられた。
この気持ちのズレはなんだろう、確かに感じる違和感に、私は半ば諦め気味になっていた。やっぱりもう、上手く友人でいられない。そんな気がしてならなかった。
「雫、皆、そろそろ本題に入ろうか」
結衣は名残惜しそうにそう言った。皆もまだ言葉を続けようと口をぱくぱくとさせたけれど、見つからなかったのかきゅっと口を閉じて黙った。
先程の空気が一転して重く私達にのしかかる。さっきの笑顔が嘘のように真面目な表情になっていた。
「雫まずは私達皆から言いたい事があって」
皆はお互いの目を見てタイミングを見計らうと、一斉に頭を下げて言った。
「ごめんなさい!」
その謝罪の勢いに私は慌てた。そして思ってもみなかった皆からの謝罪に戸惑った。
「ちょ、ちょっと、どうしたの皆?」
私が頭を上げてと言ったのに、結衣は頭を下げたまま話し始める。
「謝らなきゃいけないの雫、私最低な事を考えた。雫に嫌われても仕方がないよ、許してくれるとは思わない。けど本当にごめんなさい」
「だから一体何の話なの?」
動揺する私を見て、六月がやっと顔を上げて話してくれた。
「私達全員、雫ちゃんが大変な病気になったって聞いた時に最低な事を考えたの。私はこれで雫ちゃんだけが目立つような事がなくなるって思った。きっとその内皆から煙たがられて存在感がなくなるって」
概ね予想通りの事だったが、まさか六月がそこまでの事を考えているとは思わなかった。驚いていると、今度は美香と梨々子が顔を上げた。
「私は雫が病気になったなら、これでもう雫目当てに寄り付く男子が減るって思った。間をとりなしてくれとか都合のいい使われ方をしないって」
「中心人物から雫が外れたら、今度は私が中心になれるって思った。何で誰も彼も雫の事を優遇するのって悔しくって」
美香も梨々子も、やはり同じような悩みを抱えていた。尾上くんも私も皆の態度をお為ごかしだと見抜いていたけれど、ここまでハッキリと言われるとびっくりする。
「私は、私はいつも周りからの雫の二番手みたいな扱いが嫌だった。二番手でもないか、腰巾着みたいに思われてたかもしれない。雫が病気になったなら、それを一番近くで支える私はもう誰からもそんな扱いはされないって思った。馬鹿だよ、雫の気持ちなんて何も考えずに自分の事ばっかり」
「結衣…」
「私雫が私の事助けてくれた事今でも覚えてる。それを恩に感じてる。それなのにこんな醜い感情、見抜かれて当然だし嫌われて当たり前だよ」
結衣も皆も、そんな悩みを抱えているなんて知らなかった。喜んでいるんじゃないかと私は尾上くんに言ったけれど違ったんだ。皆もそれぞれの気持ちで悩んでいた。私がただ流されるままでいたから、周りの人達も苦しむ事になった。
「私達皆、尾上に頼んで結晶解離病について勉強した。知れば知るほど残酷で理不尽な難病だって理解した。それなのに私達、厄介な病気に罹った雫になんて酷い事を思っちゃったのか。本当にごめんなさい」
結衣の謝罪に合わせて他の皆も口々に謝罪した。私はそれを受けてどうすればいいのか分からずに困惑した。
でも尾上くんは言ってくれた。私が納得できる形を探せって、それが一番いいって、私は彼の言葉を信じる。
「皆、もう謝らなくていいよ。結晶解離病について勉強してくれたのだって私の為だよね、皆のその気持ちが嬉しいよ。この先友達を続けるにはって、そんな事を考えてくれたんでしょ?」
私は一息おいてから大きく息を吸い込んだ。くっとお腹に力を入れて言葉を話す。
「だけど私、やっぱり前みたいな関係には戻らない方がいいと思うな。私がいる事で皆はまた苦しむ事になるだろうし」
「そ、そんなことない!雫と友達に戻れるなら、それだけで私は」
「そうじゃなくて!そういうんじゃなくてさ、私はもうこれからいつ皆の事が記憶から抜け落ちるか分からないんだよ?思い出も何もかも全部消えてしまうかもしれない、それがどんなに残酷な事か私は知ってるの」
尾上くんはその事で今も苦しんでいる、それでも自分の身を削ってまで結晶解離病にしがみつこうともがいている、それはきっと孤独で苦しいのに。
「私がいたって事を皆が覚えていてくれたなら、私はそれで充分だよ。いつどうなるか分からない私と一緒にいるより、皆もっと別の素敵な友人が見つかるよ」
だからもう、そう私が言葉を続けようとした時に、皆は鞄の中から二、三冊ノートを取り出して机の上に出した。
「これは私達が雫と過ごした記憶を思い出せるだけすべて書き出したもの、些細な出来事も書けるだけ書き出した。それぞれで見合ってすり合わせて、それぞれの雫の記憶を記録にした」
結衣の言葉に美香が続いた。
「どんな小さな事でも残しておけばきっと雫の役に立つって尾上から聞いてから、皆で話し合って完成させたの」
そう言って美香が見せてくれたノートの内容は、本当に小さな出来事から何からまで逃さず記されていた。六月は私の手にそっと触れて言った。
「雫ちゃん、私達はずっと友達でいたいって覚悟を決めたよ。そんな資格ないのは分かってる。だけど勇気を出して踏み込みたいって思ったの」
六月の手は小さく震えていた。梨々子は六月の手の上に重ねて私の手に触れた。
「私馬鹿で最低な考えをする奴だけど、今ちゃんと雫と友達になりたいって気持ちは本物だって心から言えるよ」
美香も結衣も重ねた手に触れた。そして結衣は私の目を見据えて言った。
「一人にならないで雫、もう絶対一人にしないから。私達がずっと一緒にいるよ。都合のいい事言ってるのは分かってる、だけど、叶うならもう一度友達になろう」
言葉が見つからなかった。皆の覚悟や勇気、そして行動を目の前にして、どうするべきなのかが分からなくなった。だけど、今の気持ちを表現するのなら、きっとこれしかないと思う。
「よろしくお願いします」
私はこれまで友達になって欲しいなんて言ってこなかった。常に誰かがいつの間にか居て、何となく用意された席に座っていた。
でも今度は違う、私は自ら輪の中へと椅子を運んでこう言うんだ「仲間に入れて」と、皆が用意してくれた暖かい場所へ私も居たい。




