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追憶の宝石  作者: ま行
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心配と不安

 あの夜の会話のお陰で北村さんに対する恐怖心はすっかりなくなった。話しかける時も気が引ける事もなく、寧ろ俺の方から話しかける事が出来た。


「北村さんおはよう」

「おう、おはよ」


 偶々廊下で一緒になったのでそのまま一緒に教室まで向かう事にした。誰かと一緒に歩くなんて昔の俺から思えばとんでもない事だと思う。


「尾上あんたさあ」

「何?」

「そろそろ敬語とかやめたら?私はタメ口なのにあんたはさん付けって不自然じゃない?」

「そ、そうかなあ」

「大体あんた雫にはタメ口使ってるじゃん、何の差よそれ」


 指摘されて初めて気がついたが、確かに五十嵐と話す時に敬語をあまり使わないかもしれない。何故だろうと自分でも思うが、理由はよく分からなかった。


「言われてみると確かに、じゃあその、北村、でいいか?」

「そうそう、そんな感じで。美香達にもタメ口でいいよもう、私の方からも言っておくし」

「美香、美香、ええっと東野さんだ!」

「あんたその人の顔と名前覚えられないのどうにかしなよ。私らは知ってるからいいけど、いつか苦労するよ」


 北村の言う事はもっともだと思う、俺もどうにかしたいとは思っているのだが、中々一朝一夕でどうにかなるものでもない。


「頑張って関連付ければ覚えられる」

「ふーん、じゃあ私の名前は?どう関連付けてる?」

「北村結衣、真剣な顔すると怖い人」


 北村に膝裏をげしっと蹴られた。バランスを崩して危うく転びそうになる。


「何すんだよ!」

「ハッキリ言い過ぎなんだよお前は」

「北村に言われたかないね」

「それは言えてるかもね」


 こうして自然と雑談が出来るくらいに距離感を詰められた所で、北村がぽつりと話し始めた。


「皆とも相談したけど、私らそろそろ雫とちゃんと話すよ」


 それを聞いて俺もいよいよかと思った。元々東西南北ズに結晶解離病についての説明をしていたのもそれが目的だ、皆の知識量が申し分なくなった今、話をするのなら早いほうがいいだろう。


「なあ北村、その、大丈夫か?」

「大丈夫って何よ」

「話した結果五十嵐が皆から距離を置きたいって言ったとしたら、俺はその五十嵐の意見を尊重するつもりだ。もう前みたいな友人関係には戻れないかもしれないぞ」


 五十嵐の気持ちが分かるのは五十嵐だけだ、だから俺にも結果がどうなるのかは分からない。そしてそれが北村達の望む結果になるのかはもっと分からなかった。


「心配してくれるんだ?」

「そりゃあれだけ付き合ったしな」

「それはどうも、でも心配はいらない。どんな結果だったとしても私達は受け入れるし、雫の気持ちが一番なのは一緒だよ」


 そう言った北村の表情は穏やかだった。そんなに柔和な笑顔も出来るのかと、俺はそんな関係ない事を考えてしまった。


 しかしその瞳は真剣そのものだ、それだけの覚悟と勇気があるのだと俺はその瞳から感じ取った。ならばもうこれ以上俺が何かを言うのは野暮というものだろう。


「分かった。もう何も言わない。だけど上手くいく事を願ってるし、前よりもっといい関係になれるって俺は信じてるよ」


 今までの関係が間違っていたとは言わない、だけど今の彼女達ならもっと輝く何かを見つけられると思っていた。




 俺は授業の間の時間に次の授業の準備をしていると、五十嵐の元に東西南北ズが向かっていくのを横目で見た。恐らく話し合う為の約束を取り付けているのだろう、五十嵐もきっと無下にはしない、俺は視線を前に戻して準備に戻ると、席の前に誰かが立っているのに気がついた。


 顔を上げるとそこには橋田がいた。仁王立ちで腕組みをして俺の事を睨みつけている。


「おい尾上、ちょっといいか?」


 何だが似たような事が最近あったぞ、俺はそう思いつつ言った。


「何か話があるのかもしれないけれど無理だ」

「何だと?結衣達とは話せても俺とは話せないってのか?」

「勘違いしているみたいだけど俺が今断るのはもう授業が始まるからだよ」


 橋田が振り返ると教室に教師が丁度入ってくる所だった。俺はそれに目をやってから橋田の顔を見ると、気まずそうに彼は席に戻っていった。


 どんな事があっても橋田の要求に時間を使って授業をサボる事は絶対にありえない、五十嵐の時でさえ罪悪感があったのだから、橋田でその気持ちを味わうなんてごめんだ。


 しかし授業が終わってからまた橋田が俺の前に立った。次は教室を移動しなければいけないから早く行動したいのだが、流石に目の前に堂々と立たれると無視も出来ない。


「一体何だよ?」

「お前とは一度しっかりと話をしておきたいと思っていてな」

「俺からは特にないけれど」

「放課後時間空いてるか?」

「悪いが先約が入ってるんだ。お前の為に割く時間はない」


 今日はアルバイトはないけれど俺の帰宅時間は全部五十嵐の為のものだ。そうでなくとも一度殴られた事のある橋田とあまり仲良くしたくないなと、俺は思っている。


「取り敢えず移動があるからまた後でな」

「あっおい待て!」


 引き止める橋田を振り切って俺は教室を出た。ぶっちゃけ苦手だし、何だったら北村より怖いと思っている。一度暴力を食らっているし、態度も高圧的だからだ。


 後ろについてこられないようにささっと移動する、向こうも慌てて教室を飛び出してきていたので俺も迅速に動いた。後ろを何度も確認してついてきていない事を確認すると、ようやくほっと一息ついた。


「よっ!大変だったね」

「うわあ!!」


 何故か目の前で待ち構えていた五十嵐に声をかけられて俺は尻もちをついた。


「失礼だなあ、そんなに驚く事ないでしょ?」

「突然すぎるからだ!」


 五十嵐から差し伸べられた手をとって俺は立ち上がった。尻をパンパンと叩いて埃を落とし息を整える。


「はあぁぁびっくりした…」

「ごめんて、でも透を振り切った後の方がよかったでしょ?」

「ああ、だから待ち伏せてたのか」


 理由もなくこんな事はしないだろうとは思っていたけれど、タイミングを見計らってくれていたということか、実際ありがたいことはありがたい。


「しかし何で俺の行く所が分かったんだ?」

「初歩的なことだよ尾上くん」

「参りました名探偵さん。それで名探偵さん話はなあに?」


 きょとんと目を丸くして五十嵐は俺の事を見る。


「何で話があるって分かったの?」

「初歩的なことだよ五十嵐くん。俺をからかいたいだけなら大げさだし、驚かせるならもっと手をかけるだろ?何か聞いて欲しいことがあるけれど、言い難いか照れくさいから誤魔化してると見た」


 俺が自慢げにふふんと鼻を鳴らすと、五十嵐はふふっと微笑んで笑いながら言った。


「分かっちゃうんだなあ尾上くんには」

「そうは言っても五十嵐の事だけだけどな。それで、どうした?」

「うん、その、今日は放課後付き合ってもらわなくていいから」


 その言葉だけで俺は全部察せた。北村達との話が今日あるんだ、どう言ったものか迷ったが取り敢えず一言だけ言っておいた。


「分かった。五十嵐、納得できる形を探せよ。俺はそれが一番だと信じてるからな」


 これでは俺が北村達と関わりがあったと白状したようなものだが、北村の事を聞いた時に五十嵐には恐らく殆どバレていたと思うし、言わずにもいられなかった。


「大丈夫だよ。色々とありがとうね尾上くん」


 そう言って小さく手を振り去っていく五十嵐の背を俺は見送った。一緒に教室移動しているとまた何を言われるか分かったものではない、見えなくなった所で俺も移動しようかと思った時に、背後から肩をがっと掴まれた。


「尾上見つけたぞ、もう逃げんじゃねえぞ放課後予定空いてるよなあ?」

「橋田、盗み聞きは趣味が悪いぞ」


 恐るべき執念で追いかけてきた橋田に捕まって、俺は折角空いた予定を橋田によって埋められてしまった。

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