陰謀と成長
迎賓館では酒席が続いていた。
官吏長は問いただすように“寛治”に言った。
「お前どういうつもりだ?」
「あんな依頼書、前代未聞だぞ。局連中があわてて飛び込んできよった」
寛治は盃を手に軽く言う。
「よい手だと思ったんだがね」
「彩花の婿にあれ以上の子は望めんよ」「商人に興味ないみたいだが才は十分だ」
「彩花がここまで心を開くとは思いもしなかったよ」
「父としては少し悔しいがね」「可愛い息子ができたと思えばイーブンかな」
酒のせいか饒舌だった。しかし官吏長も引かない。
「あの子は商人には向かんよ。」「刀剣士が嫌になるようなら局でもらう」
「だがそうすると兄上の目に止まっちゃうんだよなあ」
「それがネックか」
などと丈瑠の話に花が咲く。でも丈瑠君は大人の私たちの枠組みには収まらないようなきもするんだよな等と評価はうなぎのぼりだ。まあ、無理強いはお互いやめようという紳士協定が結ばれ、場は和やかに進み夜は更けていくのであった。
丈瑠と彩花はそんな事に気が付きようもなく部屋に到着し、それぞれの自室に入った。
時間も時間だ、寝床は女中さんによって整えられていた。仕切り襖が軽く開き、彩花さんが声をかけてきた。
「丈瑠さん、今日もお願いできますか?」
眠くはあったが了承の意を伝え、彩花さんの部屋に行く。既に床の中に入っている彩花さんが手を差しできた。そしてはにかみながら僕に向かってこう話した。
「実は少し心配でした。依頼が達成されたらお屋敷からいなくなってしまうのではって」
「身体の調子も良くなってきたけど、香菜さんいないし」
「また“あの目”を見てしまったらと思うと怖くって」
やはり怖いものは怖いらしい。それが普通なのかもしれないと手を取りながら考えていた。
すると僕に怖いものがあるかと聞いてきた。う~~ん、どうだろう。暫く考えても答えが出ない僕に向かって彩花さんはこう言った。
「丈瑠さんは強いですもんね」クスリと笑いながら冗談めかして言ってきた。
僕にとって怖いものは一人ぼっちの孤独だろうか?人って誰かに認めてもらえないと
存在できないのかもしれない。自己主張するのだってそういうことだろう。
“僕はここにいます。”って言っても誰もいない世の中だったら恐ろしいかもしれない。
だから先ず、僕がほかの人を認めるんです。そして僕のことも認めてもらえるように頑張る。
そうすれば怖くないのかなと思います。と伝えると。
「私は丈瑠さんを認めてますよ」「丈瑠さんは?」
そんなの答えるまでないでしょうと言うと膨れられた。しっかりしてはいるが子供だから
感情表現は意外とストレートなんだよな~と考えているとジト目で睨んでくる。
最初の頃を考えれば明らかに子供らしい表情だ。安心した。
そのまま他愛もない会話を続けている内に、彩花さんは眠りについていった。
一定のリズムで繰り返される彩花さんの寝息を聞いていた僕はいつの間にか
彼女の横で眠りについていた。
明け方には気づいて逃げるように部屋に戻ったのは彩花さんには内緒である。
そしてそんな日が4年も続くことになる。
丈瑠14歳 彩花14歳
見た目も大きく変わったので昔を知ってる人はそういえば面影あるねって感じみたいだ。
特に彩花は蛹から蝶が羽化したような変貌を見せた。今では昔の怯えた様相もなく普通の女性となんら変わらない。また、僕らはいつの間にか名前を呼び捨てで呼びあうようになっており、周囲からは完全に許嫁扱いの対応をされている。
官吏長が来られた10歳のあの日以降を思い出す。あの日を起点に何もかもが変わった。
先ず、翌日朝 旦那様に呼ばれ最後の報酬についての話があった。結論から言うと宝剣を授けるとのことだった。但し、僕が15歳になるまでに迷宮で鍛錬を積み、結果を残すよう条件を追加された。それって契約違反じゃと思ったが“要相談”であった。拒否権やネゴは行使できるだろうが、せっかくのチャンスだ。ぜひ頂きたい。
それと僕の扱いは鈴森家の食客になるそうだ。というのは、依頼自体は官吏長と旦那様との
暗黙了解で受領され公にはできないからだそうだ。仮に特例を認めてしまうと違法なことをする依頼主に口実を与えなかねないのでそうなったらしい。
そこまで聞いて問題がなければ官吏局に行ってこいと送り出された。
しかし、問題もあった。彩花の同席を無視したことだ、これは僕のせいじゃないとかぶりを振ったが泣かれて大変な思いをした。何か考えあったのだろうか?恐ろしい。
そして官吏長直々に受理していただき屋敷に戻ったというのがあの後の顛末だ。
その後に起こったことは寒波が五郎予想通りきたことだろうか?7日ほど降り続け
ほぼすべての家が埋没した。基本平屋が多いせいもあるが、官吏局でさえ出入り口が2階からになったほどだ。倒壊なども多く、刀剣士が緊急で駆り出されることが続くような異常事態だった。
2年目には特に大事はなかったが、彩花に背を抜かれたことぐらいか。その頃には今のようにかなり元気になり、一緒に街に買い物ができるほど積極性が出てきた。
ほぼ毎日付き合うことになり、周囲には冷やかされ恥ずかしい思いはしたが毎回笑顔を堪能できたので良しとした。でも買い物時間が長く二度とごめんだが!
そうこうしてるうちに街中では公認カップル扱いになってしまったわけで、3年目に入る頃には旦那様より婚約の打診を正式に彩花の前でされたので困った。まじで。。
でも僕も彩花が好きなので時間は欲しいが婚約の公表を承知した。
彩花の泣き顔は久しぶりに見たが昔のままのような気がしたのを覚えている。
そして3年目に入りさらに周囲の目が変わった。婚約公表の噂が原因だろうが
一番は彩花の美しさだ。買い物に付き合わされる度に針の筵を歩いてるような気分になった。同性からの視線が痛すぎ、優越感は最初で掻き消えた。しかし、女性の変容は凄まじいたった数年でここまで変わるのである。僕は変われたのだろうか?そんな素朴な疑問が沸き上がる。そして暫く止めていた迷宮深度をいっきに10階層まで進めた。
止めていた理由はとくにはないが、ドロップアイテムがその時の自分にあってなかった。
石傀儡などのゴーレムみたいなものをはじめドロップアイテムのほとんどが刀剣強化素材だったのだ。鍛冶屋のオヤジさんの話だと僕が持つ刀剣はすでに限界に近いとのことで、砥ぎ直しなどのメンテナンス以上はできないと断れてしまった。強化素材は確かにありがたいがムキになって集めるほどではなかったから深度は下げなかった。しかし、迷宮探索を進める理由ができてしまった。
“買い物に付き合いたくない”この一心で迷宮探索に励み簡単に10階層まで到達してしまった。深度表にも名前が記載されるようになり全体の中の上くらいの位置にいる。
これが成果といえるか分からないが、暫くしたらまた下へ進もうと思っていた。
そして今、
14歳を迎えた僕はようやく彩花の背をほんのちょっと追い抜いた。これが一番の成果と言えよう。しかし、彩花の美貌はとどまることを知らない。身体つきも女性らしくなっている。最近は仕切り襖は閉じられたままだ。一度、声をかけて無造作に開けたら死ぬほど泣かれた。婚約者ということで最後はお赦しをえたが、眼福だったのは言うまでのない
そしてある日のことである。最近の日課になっている庭での修練を彩花が縁側に座り頬杖をつき眺めていた時だ。
「ねえ、丈瑠。。。何か特別な練習してるの?」
「途中で姿が見えなくなるんだけどどうして?」
言ってる意味が分からないのだけど詳しく教えてくれるかと聞き返すと、どうやら構えたところは見えるのだが走りこんで抜刀している姿が見えずに振りおわった姿で現れるそうだ。刀剣強化は前のままのはずだ何もしてない。どういうことだ?まったく理解できない。
しばらく思案していると彩花が突拍子のないことを言い出した。
「わたしも刀剣士になろうかな」
絶句してしまった。決して買い物の付き合いから逃げる口実を失いかけているからではない。神に誓って。いや、旦那様が許すわけないでしょう、と思っていたがあっさり許可されてしまった。僕は断固抗議した。戦えるわけがないと決めつけていたのと彼女の安全をどうするんだとか、婚約者を巻き込みたくないとか、ありとあらゆる理由つけ旦那様が考えを変えて下さることに一縷の望みをかけたのだった。
「丈瑠が守れば良かろう」
話は一瞬で打ち切られた。迎賓館の裏手に道場があるのは知っていた。鈴森家で務める方が暇を見つけては鍛錬されていたからだ。強制ではないがほとんどの方がたまに打ち合っていた。男性だけかと思えば女中さんも見かけることがあったのも記憶にある。
そしてそこで彩花に手合わせしてやれということらしい。彩花はにっこり笑って言う。
「真面目に相手をしてくれないと泣きますよ」
男はいくつでも女の涙に弱いというが、これは真理かもしれん。諦めの境地で首肯するしかなく、道場で彩花を待つと袴姿の彩花が新鮮で見惚れてしまった。白髪に近い金髪と袴姿のコントラストは素晴らしいが、さてどうしたものか。。。
2刻は打ち合っただろう。
彩花は薙刀を手に必死に打ち込んでくる。刀剣と間合いが違うので最初は困惑したが、
もう慣れた。受けはするが全て木刀で受け流して行く。こちらからは打撃は加えない
加減が難しいからだ、自分の身体能力が判断つかない状況なので手は出せない。
彩花に指摘されてなければ気が付くことはなかったと思う。
やがて彩花は畳に膝をついた。もう立ち上がる元気もないらしい。しかし泣く元気は残っていたようだ。ポロポロと唇を噛みしめ悔しそうに泣いていた。
こりゃ降参だ。彩花と声をかける。
「なに?」
彩花が刀剣士になりたいのなら応援するよ。それに旦那様にも守れって言われたしね。
僕が彩花を守るというと、彩花は更に泣いてしまった。うれし涙ではなさそうだ。
「守ってもらうだけは嫌なの」「傍で力になりたい」「一緒に歩いていたい」
しゃくりあげながら、彩花は切実な願いを口にした。僕にできることは背中をさすりながら
うんと返事をし、彼女が落ち着くのを待つしかなかった。
その後、オンブを所望され更衣場まで運ばされたのは役得かもしれない。
翌朝、彩花を伴い官吏局へ赴く。刀剣士への申請のためだ。
申請は誰でもできる。名前と年齢のみ申請書に書くだけだ。申請書を提出し、受理が終わるのと同時に官吏長が姿を見せた。
「驚いた。大きくなって綺麗になったことは噂で聞いていたが、まさか刀剣士とは」
彩花は俯き加減で恥ずかしそうに僕を見てからこう言った。
「今度は私が少しでも力になりたいんです」
僕は頬をかきつつ恥かしくてたまらなかった。だってここ公共の場だよ。
官吏長から激励の言葉をいただいた後、彩花を伴って鍛冶屋のオヤジさんの所へ向かうことにした。