一粒の価値と一山の価値
お読みいただき有り難う御座います。
パッと読める軽い話で御座います。
入学式の日、電車が遅れて慌てて走って、ついには転けた時に手を貸してくれた。
そんな、ちょっとした事で彼が好きになって、アプローチして、お付き合いして。
きっかけは私からだったけど、きっと想ってくれてると信じてた。
「何?待ち合わせ?誰と?」
「あー、麻由美って一応彼女……らしきヤツ?」
らしき、ヤツ。
それを聞いた途端。
ぱしゅっ、と鳴る音と共に空気が抜けて、ドロッとした何かで汚れた気がした。
「え、彼女らしきって何。お試し中的な?」
「あーそんな感じ?彼女程度、何処にでもいるし」
その言葉に頷いたのは、相手への追従だったのか。
私には晒さなかった本心が滲み出たものなのか。
彼の背中からは、エスパーじゃない私には何も読み取れない。
分からなかった。
何でか頭に浮かんだのは、前に楽しみに買った大好きなショートケーキ。
大好きな苺を慎重に落とさないようにしたのに、器に移し損ねて、どろりと零れた生クリームがすうっと服に溶けて張り付く感覚が甦る。
……似てる汚れが、心に線を引いていく。
何だろう、これ。
悲しみなのか、失望なのか。
何時もは心に入れれば直ぐに蕩ける甘さのクリームのような彼の声が、私の心を汚して行った。
「上野上さんの友達だっけ、彼女」
「そう、上野上翼ちゃん。可愛いよなー。でも、俺程度に引っ掛かるのは……あの程度かな。でも翼ちゃんとはシンパシー感じるんだよなあ」
「シンパシーって」
「絶対翼ちゃんと合う気がするんだよなー。何つって!」
そうか。翼と同じだったんだ……。
私は彼にとって何処にでもいる、替わりの利くお得品だったんだなあ。
確かに、人より優れたところは無いし、どんなに頑張っても五段階評価で3か4。
個性的か?そうでないかならそうでない方に入るよね。
……私、何で昨日若年ザクッシー~お金の話し合い戦術号~買ったんだろう。
何で中学生時代から追っ掛けてる少女漫画の新刊買わなかったんだろう。
ザクッシー、バイト帰りで疲れてて鞄にひん曲げて詰め込んで……滅茶苦茶重かったのに。
……酔った勢いでも、プロポーズ。嬉しかったのになあ。おれの一部になれーって。
あれ? 一部? それ、プロポーズ、なのかな。
……考えてみれば、付き合ってって言われたのも酔った時。おつまみ150円の居酒屋で、テキトーに。
……そうか、思い出すと私、テキトーにされてるよなあ。
ああ、待ち合わせなのに、相手をディスる姿勢がもう……。それすらも今の私には受け止めきれない。
……うん?
何で、受け止めるの?受け止めなけりゃいいじゃない。
もう帰ろう。
今日は会いたくないし、明日もきっと会いたくない。
やだ、もう。私ばっかり。会う約束もお店の手配もテーマパークやイベントのチケット取りも……全部、私だ。
「あ、すみません」
ぶつかりそうになって、ふと見たら……お洒落な果物屋さんの、ショーケース。
綺麗な桐の箱に納められたキラキラ瑞々しく光る一粒の苺に、お日様みたいな鮮紅に光るオレンジ。
一個一個に値段の付いた果物……いや、フルーツって……お値段お高いんだなあ。
前に何時果物買ったかなあ……。子供の頃、八百屋さんの店先の一山幾らのミカンしか思い浮かばないや。
私の価値って、彼にとって一山幾らの価値だったのかなあ。
ああ、不審だったかな。レジのお兄さんと目が合っちゃった。
几帳面に磨かれたガラスには、キラキラとは程遠い萎んだ目の私。みすぼらしいよね。
……でも、一生懸命お化粧して、でも歯に口紅が付いた残念な私。……化粧品メーカーに勤めてて何時もバッチリな翼には程遠い。
この口紅、翼に選んで貰った中から悩んで買ったんだったかなあ。
違うのだっけ。
別のシリーズと比べて……妥協したヤツだっけ。
『あれが良かったけど、あの程度で妥協した』
彼も、私で妥協したのかな。
鞄の中でメッセージ受信音がブーブー鳴っている。
そう言えば……すっぽかされた事何回か有ったなあ。
あの時はヘラヘラして誤魔化されたけど、自分がされるのはヤなんだ。
もうどうでも良いかなあ
もういいかなあ。
踵を返して、元の道を行くしかないのよね……。
私では、彼が翼が良いなら……どうひっくり返っても翼には勝てないよ。
「もしもし!? 何で来ないんだよふざけ」
「私より翼の方がいいんだよね?別れよ」
「えっ!? は?」
「翼の趣味と合うんでしょ? 悪いけど無理だよ」
「は、えっ、ちょ……いや、翼ちゃんはその……何だよ妬いてんのか? その位で? ウザいんだけど」
やっぱりなの!? もう無理だ。
辛い程鳴り続けるメッセージを削除して、ブロックした。
心折れるよ、辛すぎる。
それなのに、こんな時に他の着信が……ああ、翼なんだ。
どうしよう、翼は何にも悪くないのに……何てタイミングなんだよう。
「ひっ、ひっく」
「あっ、麻由美! ……えっ!?」
「翼、彼と別れることにした」
「えっ、どうして!?」
「待ち合わせで、友達と話してたのをつい立ち聞きしたの。彼、翼と一緒の趣味なんだって。
私、知らなくて。そう言ってくれたら良かったのに」
「……そんな……」
ああ、ゴメンね翼……。悲しませるつもりは無かったんだ。でも、でも……!!
「麻由美の彼氏、趣味を隠して付き合ってたってこと!? 酷いよ……」
「良いんだよ、翼。ごめんね、友達なら翼を受け入れられても……正直恋人なら無理だもん……」
「分かるよ。麻由美。私だって麻由美が恋人なら無理だもん!! だけど、麻由美の彼はダメだよ!!
自分の趣味を言わずに麻由美を騙すなんて許せないよ!!!」
私達は電話越しにわんわん泣き合って……色んな人から不審な目で見られたと思う。
ああ、スマホが涙とファンデーションでドロドロ……。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うう……」
フルーツ屋さんのお兄さんが、私にハンカチを差し出してくれている。
あ、さっきレジにいた人だ。結構奥だったのに……。聞こえちゃってたんだ。カサイって、名札がパツパツのサイズ合ってないエプロンから外れそう。
それが何だか面白くて、関係ない人なのについ、悲しみが零れてしまった。
「か、カレ、カレ……彼氏に七股の性癖だってぶっちゃけられて」
「それは別れて正解ですよ」
……真顔のイケメンって結構怖いかも。
それから紆余曲折有って、私の彼はフルーツ店でバイトする社会人のお兄さん、笠井さんになった。
……顔はちょっと怖めだけど、ホントに優しくて私だけを大事にしてくれる。
「麻由美、今日は家に来るか? 週末の旅行の計画をしよう」
「えっ、良いんですか? 行きます!」
ああ、幸せ!! あの一粒で光るショーケースの苺みたいに大事にされてる!!
もう、偶にチラチラ見てくる元彼が全く気にならない!
だって! 私は他の子と一山で括られて愛されたくないもん!
元彼は……世間体を気にしてか、未だに七股趣味を隠してるみたい。
翼ちゃんが怒ってたよ。やっぱり恋人には誠実に付き合わなきゃいけないって。
……七股の誠実が私には何だか分かんないけどね。
価値観って、心って不思議。
翼ちゃんは仁義溢れる良い子なのですが七股女です。ハーレムの主のチートとか持ってるタイプです。
元彼氏は多分七股嗜好では無くゲスいだけです。