10-4 由貴4
(何の話をしてるんだろう、本気で気になる・・・それに今回に限っては自分にも興味を持って良い正当な権利がほんの少し位はあると思う・・・)
鹿島君は由貴とハルカの話が聞こえ、尚且つ自分の存在は二人に露見しない都合の良い席があるだろうかと、ガラス張りの店の外からカフェ店内を見回してみた。が、そんな追跡者に一方的に有利な席がいつも必ずあるはずが無い。由貴とハルカの喜びようからして、二人はもっと前前から会いたがっていたのにしばらく会えなかったのが今日やっとこさお互いの都合が付いて久しぶりに会えた、という雰囲気だった。二人とも話すネタをたっぷり蓄えていて、お喋りにいくらでも時間を費やすに違いない。このままこのカフェで女子会を始められたのでは全てを聞き逃してしまう。
(どうか店を移してくれますよう・・・)鹿島君は普段は無神論者だったが、この時はもしかしたらどこかで横目でこっちを見てるかもしれない神様にちょっと祈ってみた。次の瞬間、たまには神の存在を信じてみるのも良いいもんだ、と分かる出来事が起きた。願いは叶い、由貴が荷物を纏めてコーヒーカップを返却口に返しに行き、ハルカと連れ立ってデリカフェの外へ出て来たのだ。
こんなこともあろうかと思って、鞄に忍ばせて持って来ていた帽子を目深に被り、この三日間で劇的に熟達してきた尾行の腕前を発揮して、付かず離れず、今日だけは(見付かっても構わないかな・・・)等という甘い半端な気持ちじゃなく本気で、二人の後を追いだした。
二人は各自携帯で何か表示して、エレベーターに乗ると立ち止まって自動的に運ばれながら、画面を見せ合い、指差しあって、その何やらについて熱心にあれこれ話しながら歩いていた。グランフロントに向かってるのかなと鹿島君は推測した。由貴はパート先での今日のまかないを辞退して遅めのランチか早めのディナーをハルカととるつもりなのだろう・・・そう思っていたのが、二人が「ここだここだ」、という風に指で差しながら早足になって列の最後尾に駆け寄ったのはグランフロントへの渡り廊下を渡る手前の地下のフルーツパーラーだった。
看板に凄い苺パフェの写真がドーンと載っている。大粒の苺の量がパック一つ分くらいの、そしてそれよりも一回り大きいの、さらにもっと大きいの、と三段階あるようだ。ハルカが看板の一番大きい苺パフェの写真を興奮気味に撫で撫でし、
「整理券・・・」がどうのこうのと言うのが聞こえたので、そうか由貴のパート中にハルカが整理券を取っていて二人ともこれを食べるんだな、と鹿島君には分かった。普通サイズのパフェでも充分に大きそうだったが、ハルカが指で看板の写真を撫で回している最大のパフェはパフェグラスの中にも満杯の苺をミッチリ押し込め、グラスから溢れて苺を積み上げ、さらにその上にチョコレートの板をバランス良く乗っけて、もういっちょ苺の山を積み上げて限界ギリギリを越えて反則の域までこれでもかこれでもかと、大人が本気を出してズルをしたジェンガみたいに苺を盛っていた。都会的で洗練されたお上品なパフェではない、『嫌というまで喰らえっ』と苺農家が苺攻撃で既成の苺パフェの概念をぶち壊そうとした遠慮無き苺のてんこ盛り爆弾だ。
小さな店だったが、どうやって厨房からテーブルまでこんな凄い危うい高さもある代物を運ぶのかも見物だ。看板には『4種の苺・パック三個分!!デラックス苺山・雪崩パニック』と銘打ってある。もはや大食いの域を越えアトラクション扱いだ。パフェグラスの下の受け皿にも苺とブルーベリー、バナナ、オレンジ、チョコレートとクリームが撒き散らされている。
鹿島君は偽物の葉を付けた本物の幹の観葉植物と壁の間に凭れ、二人が出てくるまでそこで待つことにした。丁度良い具合に向かいの自動ドアに由貴とハルカの着ているコートの影がうっすらと映り込んでいた。ココア色と黒のコート。もっと鮮明に、正面を向いた自分も壁に凭れて映っていた。
俺は何をやってるんだろう、と己を情けなく鑑みる領域は既に越えていた。今は、連れない愛人や数年ぶりに見た自分の妹をストーカーするのが彼の人生の現時点での最重要項目であり、これは笑い事では無く真面目に取り組み成果を得ねばならぬ自分にしか出来ない任務だった。
パーラーへ入店待ちの列が店内に飲み込まれていき、彼の秘密の恋人と妹はちょうど会話だけが鹿島君の耳に届くテーブルに案内されてきた。神様も野次馬心を理解しておいでのようだ。
まだお尻が座面に接地しない内から、ココア色を脱ぎ深緑のニットワンピース姿になった由貴が言った。
「『シュワシュワ女峰入りシャンパン』とかも美味しそう」
「この際だから乾杯しよう!」
「『果樹園主の密造酒』って何だろう?」
「飲んでみよ?二杯目に」
「あ、これも気になる・・・『シンプル・濁り桃・泥沼』」
「三杯目決定!」
ハルカの声には少なからぬ媚びが含まれていた。その他大勢がペチャクチャお喋りしている雑音の中からも、耳が聞き忘れるはずの無い妹の声は切り抜いて聞き取ることが出来たが、そんな風な艶のある甘えた声で喋るのは聞いた覚えが無かった。妹が高校生になった位の頃『あの子彼氏が出来たらしいよ』等と母から電話で聞かされたときには鹿島君は既にとっくに生家を出ていたし、結婚前の妹とそのお相手の恋人との顔合わせにも誘われはしたが仕事が忙しくて彼は辞退した。結婚式には参列したが、新郎の一目惚れからの熱烈猛アタックで付き合いが開始し成婚に至った妹夫妻の関係性では、明らかに妹は媚びない態度なのに対し、常にご機嫌伺い口調で目がメロメロにとろけている妹の旦那は完全に尻に敷かれていた。
由貴とハルカのこの後の会話を盗み聞いていても、どうも心を奪われ言いなりになりがちなのは妹の方で、由貴はこの二人の関係性においてはリードする事に慣れきっているみたいだった。
(どうせあなたは自分で選べないでしょ、私が何でも決めてあげるからね、いつも通り)という馴れ合いが相手の選択を待たない由貴の喋り方から聞き取れた。二人の間柄は長そうだった。積極的に会いたがったのも由貴では無くハルカの方みたいな印象を受けた。自分のために時間をとってくれたことに感謝してこの時間を貴重なものと思っている様子がハルカの方に強かった。
ガラスに映るぼんやりとした由貴の人影とハルカの人影の前に、山と雪崩の苺パフェが運ばれてきた。夢のような真っ赤なてんこ盛りパフェ。パフェも輪郭がぼやけているせいで、真っ赤な大きな塊に見える。二人の顔二つ分くらいありそうなデカさ。「キャア~」「わぁ~」と嬉しそうだが、二人それぞれの前に一つずつそんな巨大なものを頼んで本当に食べきれるのか?こんなの食べたら一年分の苺を一度に吸収したことになりそうだ。
二人はひとしきりパフェやパフェと共に写真を取り合い、より良い写りのために角度をずらしたり顔を近づけすぎたりして苺が転がるたびキャッキャと叫び、楽しくて仕方なさそうにコロコロ笑い転げた。
鹿嶋くんは千葉の寮に住んでいた頃を思い出した。保育園付属の小学校がすぐ近所にあって、毎年プール開きの日がハッキリ分かった。子供達の歓声で。近くに天国でもできたっけ?と思うほど、いつまでもいつまでもやまない嬉しそうな笑い声に、終いにこっちまでニコニコ元気になってしまうのだ。
(『小さい子ってなんであんなに可愛いの?本当に天使だねぇ』と目を細め、雪はその頃から憑りつかれたように子供を欲しがった。けれど、結局最後まで赤ちゃんは出来なかった。何度かは着床したようで、生理が二、三ヶ月止まったり検査薬で妊娠の印が出たりした事はあったが、結局いつもまた生理が始まって、落ち込んでどんより無口になる雪を『次だ次。まだ若いんだから』と慰めていた。当時は愛し合い方も妊娠を意識していた。バトンを渡すように出来るだけ彼女の奥深くへ子種を放出し、その後、彼は彼女の両足首を掴んで持ち上げ、妻の体を逆さ吊りにして、より精子が中へいきわたるようにブランブラン揺すった。楽しいやら怖いやらでキャアキャア笑う雪は自分がまだ幼い子供みたいだった。鹿嶋くんが疲れて雪の脚を布団の上に下ろした後も、しばらくは一人で壁に向かって逆立ちしたりブリッジみたいな姿勢でいたりして、『浸透中』と言うので、ベッドまで鹿嶋くんが飲み物を運んであげた。『シャワー浴びる?今日は凄い汗かいたよ』と湯船に湯を張って誘っても、雪は首を振った。『今立ち上がったら外へトロトロ全部出てきちゃうから』と言って。汚れたんじゃなく神聖なものなのだと信じていて、枕をお尻の下に入れ、腰を浮かせて精子をお腹の中に留まる姿勢にしたまま朝まで眠った。時々、子供ができないのは自分のせいだろうなぁと呟いていた。『仕事でピル飲んでたから…』でももう飲んでないんだし、と鹿島くんが言うと、首を横に振り、『ピル飲むの止めても一年以上は赤ちゃん作らない方が良いの。“お城”や風俗業界では有名な話だよ。長くピルを飲んでた子ほど、業界を辞めてもしばらくの間は赤ちゃん作っちゃダメだって。健康体で生まれてくる率が下がるの。薬の影響ってかなり長く人体に残留してるってことなんだよ…』
二人は結婚してからもしばらくは避妊していた。でも雪が『もう良し』とコンドームの箱を捨てて解禁してからも、すぐできると思っていた赤ちゃんは全然できなかった。根気よくずっと続けていればいつかそのうちできるもんだろうと、鹿島くんはそこまで深刻に悩んでいなかったが、雪は少しずつ少しずつ焦りを募らせていたのかも知れない。彼女が使っていた小部屋の鏡台の横には妊活の本の山が少しずつ高さを増しながら積み上がり、まだ見ぬ赤ちゃんのための小っちゃい可愛らしい靴下や帽子や振ると色んな音がする柔らかいオモチャ等が彼女の引き出しの中に集められ始めていた。雪の言動はもう永久に赤ちゃんは諦めてしまったようだったり、また希望を持ち直したり、を忙しなく繰り返していた。いつか使うことになるかもしれない可愛らしいベビー用品の前を素通りできず、何度も引き返しては手に取り、ウロウロして迷って、ついには買ってしまう彼女の買い物の様子が鹿嶋くんには鮮明に思い描けた…)
「同時に同じ物を頼むのって良いよね、同時に来てすぐに食べ始められて」とハルカ。
「結構待てない子だもんね、ハルカちゃん。私となら気を遣わず何でも自分の頼んだものが来たらすぐ食べ始めてくれていいのに」
「誰といる時よりも由貴さんと一緒の時が一番気を遣わなくて楽だよ」
「そう?」
由貴とハルカの陰は苺の山をスプーンで掬ったりフォークで刺したり手で摘まんだりしてパクパク食べ進めた。一向に真っ赤な苺の山は減ってないように見えた。
最初のうち二人はどうでもいいような取り留めもない話をしていた。鹿嶋くんの話題も少しだけ出てきた。ハルカは彼に呼びかけるときは「お兄」と呼ぶけれど、鹿嶋くんが居ないところでは「あの人」とか「兄」と彼の事を呼ぶ。由貴は『鹿嶋くんとは同窓会で再会してから何回か飲みに行ったよ、』とハルカには本当のようなうそのような事を言った。
「彼、もう結婚しないのかな?」と由貴。
「しないんじゃない?」ハルカはどうでも良さそうだ。
「こういう大食いみたいなもの食べる時って、やっぱり男の人とは行けないよねぇ。女同士じゃないと本領発揮できないというか。」と由貴。
「旦那さんとだったら小さいパフェ頼んでるよね」
「男の人って食べるの早過ぎだし」
「噛まずに飲んでるよね」
女性たち二人はお酒も進み、話題は徐々に聞いてはいけなそうだけれども聞き捨てならない夫婦の営みをめぐる悩み相談に移ろっていった。
「由貴ちゃんナプキン持ってる?あとでお手洗い行った時貸してもらえると助かるなぁ」
「今は無いかな…タンポンならあったかな…」
「生理じゃないの。タンポンは駄目」
「え?じゃあ何?」
「傷付いたみたい。昨日の夜旦那が激しくて…途中『痛い痛い』って注意したんだけど止めてくれなくて…タンポン入れたら傷口が開いちゃいそう」
「自販機があるおトイレこの近くでどこだったっけ」
「まだもうしばらくは大丈夫だよ。念のために持ち歩いてる一枚を今は敷いてるから」
「じゃあ後でね。…ずっと言ってるよね、旦那さん激し過ぎって」
「痛いんだよなぁ。物も大きい癖に。何度言っても治らないの。毎晩やりたがるし」
「ずっと言ってるね」
「ずっと改善してくれないんだもん。もうヒリヒリズキズキして…」
「考えてみたんだけど、あなたの旦那さん、毎晩お酒飲むよね?」
「飲む飲む」
「お酒飲んだ日にも必ず中で『出そう』とするでしょ?」
「うん」
「外で出してもらえば?」
「そんなことどうやって?そんなことできるんですか?」
「できるはず」
ハルカは考え込んで黙った。口とスプーンと頭の中だけ黙々と動かしてるみたいだった。由貴が説明を続けた。
「お酒飲むと男の人っていきにくくなるらしいよ。いきにくいのに頑張って出そう出そうと必死にガンガン突いてくるから、それでハルちゃんは痛いんじゃない?…それに、毎晩お酒飲んでたら、お酒飲まなければもっとスムーズに早めに出せるかもしれないって事も分からないんじゃない?」
ハルカは黙っている。
「外に出してもらいなよ。お酒を飲む前に済ましてもらうか。」
「んんんー……お酒飲んでる日はしないって、何度も約束してもらったんだけど…飲んだらやりたくなるみたい…」
「最後は外で出してもらいなよ、じゃあ。せめて」
「んんん…」
「赤ちゃん作りたがってるの?」
「そうみたい」
「ああぁー…」今度は由貴が考え込んだ。
「まぁ、私も旦那とお酒飲むし」ハルカが慰めるように話をまとめた。「私も、いつもその時その場では痛いなんてあんまり思わないの。その瞬間は私だって燃えてるから『もっとして!もっとして!破壊して!貫いてぇっ!!』って感じ。でも、後になってから、歩きだしたりすると、ヒリヒリズキズキしたりして歩きにくくて、ボディソープの泡がビリビリ沁みたりして『くっそおお、あいつのせいだああ』って思うだけ…」
「うん。まぁ…後から来るよね…」
「『その時に言ってくれ』って私も言われるんだけど…」
「『痛くても良い!』って思ってるよね、そらその時は…優しくゆっくり慎重にしてくれたらしてくれたで、『もっと情熱込めてやろうよ!』って思うよね…確かに…」
「ねーっ!」
「気を遣われてるのが伝わってくるとこっちもスイッチ入りにくくて燃え上がりにくくて濡れにくくてそれはそれで痛いしね」
「ねーっ!難しいよねー…」
二人は悩みながら苺をパクパク食べ、お酒をお代わりした。酔って声が大きくなり話がそういう方向に流れるのか、二人して酔っぱらってしまってストップをかける人間がいないため、性的な話が止まらない。二人とも日頃からの不満はとにかくその一点に集中しているようだ。聞いている鹿嶋くんの方が恥ずかしくなってきて脇に背中に汗をかき、顔が熱かった。
「由貴さんの彼氏さんは外で出すんですか?」
「出たら出たで良いし、出ないなら出ないで良い、ただ繋がってたい、繋がり合える幸せを長持ちさせたい、…って発想みたいよ…」
(俺のことかな…)鹿島くんは眼鏡を外し額に滲む汗を手で拭った。
「私も彼に同感なの。私の彼は『出す』って事にそんなに執着してないみたい。多分。聞いてみたことはないけど。繋がった後は、出来るだけ長くそのまま繋がりを感じていたい、はぐれたジグソーパズルの1ピースがもう1ピースと出会ったみたいに、肌の表面と体内とで出来るだけの接着面をギューッと合わせて、溶け込んで一つになってしまえたら良いのに・・・って。私もそれで幸せだから…」
「由貴さんが結婚してるの知ってるから中で出すのは遠慮してるんじゃないですか?」
「そうかなぁ?」
「月に一度か二度しか会えないんですよね?」
「うん。もっと会いたいけどね。でも、のめり込み過ぎるのが怖いから…どうしてもどうしても会いたくて会いたくてたまらなくなった時に一回だけしか会わないのが良いと思うから…これは非日常なんだって、自分に言い聞かせて生きないと…日常的にしょっちゅう会えるからって会うようになったら、罪を罪とも思わないどうしようもない駄目な人間になってしまう気がするの…」
(なるほどなぁ)と鹿島くんは思った。(自分に厳しい由貴らしい考え方だ…)
「じゃあやっぱり、会えた時には物凄いんじゃないのかなぁって想像しちゃうけど…何度も連発でいっぱいいっぱいやっちゃうとか…」
「うーん…」
「一回じゃ済まないでしょう?だって…相手の人も由貴さんに会いたくて溜まってるでしょう…」
「私の他に相手がいるかもしれないし。彼は独り身だから私が縛ることはできないしね…」
(僕の事だろうか…?)と鹿島くんは再び思った。
「同い年なんですよね?中年って言ってもまだ30代でしょ?私が男だったら由貴さんみたいな人に待ちに待ってやっと会えたのに、たったの一回じゃ済まないと思うけどなぁ」
ハルカが手を伸ばして由貴の顎に付いていたらしいクリームを指で拭い、その指をペロリと舐めた。
「一回とか、何回とかって、若い男の人寄りの数え方だよね」と由貴。
「男の人が射精した回数で区切ると、一回したとか二回めだとかそういう数え方になるけど、女として私は(愛し合えてるなああ)って十分に感じられたかどうかの方が重要な気がする。回数じゃなくて、密度とか、深度とか、熱量とか。濃さ。身も世も無く果てしなく燃え上がり、一緒に気が付いたらコトンと気絶するように眠りに落ちてしまってて、どちらかの寝返りで不意に同時に目が覚めると、手足がまだ絡みつき合ってて、『どっちが先に寝落ちしたんだったっけ?』なんて確かめ合えたり・・・お互いに体がスッキリして同時に気怠くて、相手も満ち足りた余韻に浸って(もう何もしたくないなぁ)と考えてるのが自分の体の事みたいにハッキリ分かったり…家に帰る前にはシャワーで彼の香りを全て洗い流して落とさなければならないんだけれど、でも出会えて、抱き締め合えた時に、香水付けないはずの彼の首筋や体中から立ち上る香りが私の体内に入り、導火線に火を付けるの。(嗚呼、嗚呼、この香り。私の彼の・・・間違いない・・・)って泣けそうになるの。
会うときにジップロックの袋を持って行って、彼の下着をこっそり盗んで持って帰りたいくらいよ。これ、冗談じゃ無く真剣に何度も計画練ったことあるの。パンツが本当に無くなったらきっと彼困るだろうし探し回るだろうから、新しいパンツをプレゼントしてね、そして履いてきたのを頂戴、って、何度言おうかと・・・そのためにジップロックも鞄に入れてるの。常に。ほら(由貴は鞄を持ち上げ、ハルカにチラッと留め口付きの透明なビニール袋を見せた。)でもまだ下着をプレゼントするところまでしか勇気が出せてない・・・」
「『履いて来たパンツ頂戴!』って、確かに・・・なかなか言いにくいよねぇ・・・」
「・・・ねぇ。何か良い方法無いかしら?・・・」
鹿島君は冷や汗を拭いながら(なるほど・・・)と理解した。なんで下着ばっかりいつもプレゼントしてくれるのか、俺のパンツはゴムが伸びてヨレヨレで可哀想に見えるのか?といつも不思議だったのだ。(由貴に会う日は一応いつも勝負パンツ履いて来てるのに。)と思っていたのだ。
「旦那さんにバレるリスクも脳裏を過りますよねぇ・・・」
「そうなの・・・でも何であんなに好きな人の体臭って良いものなのかなぁ?・・・安らげると同時に雌に火を付けるよねぇ」
「ねー!!!・・・共感が凄い!!!できる!
あのね、昔、大好きで大好きで死ぬほど片思いして奇跡みたいに付き合えた高校のバスケ部のモテ先輩がいて・・・一週間くらいしか付き合ってる期間は無かったのに、まぁ片思い期間を含めると三年間くらいは恋してて。彼の汗の香りが染み付いたシャツだとかタオルとかが売れそうなくらいモテる先輩で、何故だか私もそういうシャツやらタオル持ってて。そうそう、ジップロックに入れて家の机の鍵がかかる引き出しに入れてた!苦手な数学の試験勉強の合間とか、しょっちゅう嗅いで自分を奮い立たせて・・・彼の香りにすら恋してたの!それなのに、その先輩、付き合ってみたら分かったんだけど、ひっくり返るほどのナルシストで超絶浮気男で、私の他に何十股もかけてるのが分かり、しかも私に『俺のことが好きなんだろ?一週間以内にやらせてくれないなら二軍に回すか友達に紹介するぜ』みたいな事言ってきて、キモくてショックで一気に嫌いになっちゃったの!その時彼は部活帰りで、そよ風が吹いてて、私は風下、彼は風上だった。プ~ンと汗の匂いがしたの。そしたらあんなにも良い匂いだと思ってたその先輩の汗の匂いが、めっちゃくそ臭いの!ビックリするくらい!!嗚呼、嫌いになるって、こんなにも一気に何もかも全部を大っ嫌いになるって事なんだなぁあ、恋の魔法が解けるってこういう事なんだなぁあ!と思い知ったの。あの臭さにはたまげたわ!」
由貴は大きな苺を一口で頬張った後で(今笑ってはいけない・・・!)と思ったから余計に笑えてきたのか、口元を押さえてクスクス笑いを堪えようとしていた。ハルカは首を傾げた。
「・・・あれ?私達何の話してたんだっけ?」
「・・・何話してたんだったかな?」由貴も首を傾げた。
鹿島君も考え込んだ。
「そうだ!セックスの善し悪しは回数で数えるもんじゃない、って話してたんだった」
「そうね・・・善し悪しというか、セックスそのものだよね。(ああ、自分達、いっぱい愛し合ったんだなぁ)ってより深く感じられる事が重要なのであって、ただ単純に相手がいった回数を数えるよりも重視すべき点なんじゃないかというお話ね。…回数もまぁ、重ねる事も大事かもしれないけどね。」
「確かに。旦那が本当に最後までいったのかどうかって、正直こっちには全然分からないし…本人にさえ分かってないような時だってあるし。終わって、立ち上がったら、普通ドロ―ッと脚の間から出て来るものが全然出て来ないから、『本当にいった?』って聞くと、『多分。ちょっと今日のは俺にもよく分からんかった。もしかしたら出てないかも。でも気は済んだ』とか言う事よくあるもん」
「本当?勢いよくビュッビュッて来たら(ああ、今出たんだなぁ)って分かる時ない?」
ハルカは頭を捻ってしばらく(うーん…そんな事あったかなぁ…)と言う顔をして思い出そうとしていたが、結局思い出せなかったようだ。
「…私もお酒飲んじゃってるからかなぁ…感覚が鈍いのかなぁ…なんだか由貴さんと彼氏さんは繊細な愛し合い方してるみたい…」
「乱れる時もあるよ。相手によっても違うかな…」
「私は旦那としかしたことないからなぁ。なんやかんや言っても。もう少しくらい経験してから結婚したかったなぁとか、これからでも違う人としてみることに憧れたり妄想したりすることはあっても、やっぱり現実には…」
「ハルカちゃんは旦那さんに溺愛されてるからね。それが一番幸せなことだよ」
「由貴さんは幸せ?」
「月に一度か二度は。」
「彼氏さんに会える日ですか?」
「そう。その時は『もう死んでも構わない!今死にたい!』って思えるほど幸福の絶頂なんだけど、そう思えるのは日頃がどん底に寂しいおかげなのかもしれない。“幸せ”って長く続くと感覚が麻痺して“当たり前”になっちゃうから…気を付けてね?ハルちゃん…あなたは今幸せよ。私から見たら…
…ふう。これが最後の一粒」
由貴は長いパフェスプーンの尖った先端に最後の一粒の苺を突き刺し、口に運んだ。
「食べたねー」
「ちょっと飲み過ぎたし」
「トイレ行こう。ナプキンを買って」
由貴とハルカが立ち上がり、鹿嶋君も壁に凭れていた背中を起こした。パーラーを出た二人が腕を組んで通り抜けた自動ドアを、彼も間に一組のカップルを通してから、通り抜けた。
二人は何事か途切れなくペチャクチャ話しながら、特に目的地は決めてなかったみたいに、組んだ腕を引っ張り合って進路を決め、なんとなくルクアの方へ行こうとして何事かの理由でいきなり気を変え、鹿嶋くんの背筋をヒヤッとさせる急な回れ右の方向転換をして、彼の真横を通って、引き返した。
(バレたか!?…バレなかったようだ…)鹿嶋くんの留まりかけた心臓は不整脈の後にまた正しくドキドキ打ち出した。
二人は有難いことに追跡を断念せざるを得ないエレベーターは使わず、エスカレーターで一つ二つ上の階に上った。ぐるッとフロアを一回りし、渡り廊下を渡って大丸にも触手を伸ばした。
こっちの店を覗いて興味深げに詳細に一つ一つ手に取り品定めに時間がかかりそうな片方、その店には心惹かれる予感が無かったのか、隣の別の店で暇つぶしをしてる内に欲しい物を見付けて試着室に入ってしまうもう片方。最初の方が自分の好みの店にあまり思わしい物が無かったのか先に出てきてしまい、待っていたはずの相方をキョロキョロ探して、(トイレにでも行ったのかな?)とそちらへ向かいかけ逸れてしまいそうになる。…でも、鹿嶋くんが教えてやることはできない。…
(ああ、ああ、逸れちゃう…)とドキドキしながら観察していると、仲良しが試着室からLINEしたのか、離れて行きかけていた片割れが携帯を見てピタッと立ち止まり、突然引き返して来る。迷いなく店の奥に突き進んで行き、店員さんとも何やらやり取りの末、自分も一着持って、同じ試着室にスルリと入ってしまう。だいぶ経って(あの試着室はどこか異世界にでも通じてるのか?二人はマジシャンの助手のように消えちゃったの?パラレルワールドを冒険してるんだろうか?一着を着替えるだけの話だぞ?)と鹿島くんが本気で不安になって来た頃、ようやく揃ってカーテンから出て来る。それぞれ自分が持って入ったワンピースではなく相手が持って入ったはずのをすっかり気に入ってしまって着ている。広くて明るい外の鏡に全身を映し、相手の前で一回転して見せ、店員と一緒になって相手を誉めそやし、店の回し者みたいに互いにその服を買わせようとすすめ合う。それに合う羽織だとか靴だとか似たようなちょっと違うワンピースだとかを店員さんが両手に抱えて持って来ようとするのを、(もういいもういい)と手を振って、今度は買わない口実のその服の粗探しをし合う。また窮屈な小部屋へ二人で引っ込む。
店から出てきた二人は、結局最初に着て来た服のまま、手には互いの手があるだけで、どちらも新しい服は何も買わなかったようだ。
ある程度の年を重ねると女性が買い物デートに恋人を誘わなくなるのはこのためだろうと鹿島くんは納得した。雪にも、喜ばせようとして、何か欲しい物を買ってあげると急に言っても、一日中デパートを三館も四館も上から下まで引き回され、その挙句『あれはどんなだったかな、もう一度見たい』などと言われてもう三館四館さっき見た同じデパートに後戻りしたり、終いにはネットで買える物を調べ始めたりして、それでも結局どこも閉店の21時までなんにも欲しい物が見付からなくて二人して泣きそうになった経験がある。『僕の休みの日には限りがあるから…』と、同じくらいガッカリして疲れて不貞腐れてしまった雪にせめても彼女の機嫌だけでも持ち直してもらいたいと思って、プレゼントに想定していたのは3~5万円位だったからと相談して現金で4万円渡してあげた。それでいくらか雪の表情は明るさを取り戻した。『今度本当に本当に欲しい物が見付かった時に使うね』と言いながらお金を自分の財布にしまってニヤリとした。『多分生理周期と関係があると思うの。何見ても(あ、これ買っとこう~)ってポンポン買っちゃう日もあれば、何見ても、それが例え今切れかかってて絶対必要な洗剤とか歯磨き粉とか生活必需品でも、(なんだか今日はやめとこうかなぁ買うの…)って気分の日もあるの』と言い訳しだした。そんなこと言われても生理周期なんて一度も体験したことがない鹿嶋くんによく理解できるわけがない。
『ちんぷんかんぷんだ…』と疲れ果てて笑いながら溜息を吐いた。
『つまり、あなたに出してもらうお金だから間違ったものを絶対に選びたくなかったの。全部見てから確実に一番良いのを買いたかったの。それで今日は慎重になり過ぎて先に日が暮れちゃった』と彼女は言ってくれたが、『今度からは下見させて。『前もって大体このくらいの金額で欲しい物を決めておいてね』って、ずーっと前から教えておいて?そしたら女友達とゆ~っくり時間かけてああでもないこうでもないって言ってとことん気が済むまで探せるから。探してる時間が一番楽しいプレゼントなのにあなたが隣で眉間の皴を深めていってるとこっちもどんどん焦って気を遣ってしんどくなっていくんだから』と念押しされた。
雪とハルカはヘップファイブの何階かの女子トイレに消えた。鹿嶋くんはその隙に(絶対に自分の方が早いから大丈夫だ)と踏んで自分も急いでトイレに行き、膀胱をスッキリ空にしてついでに喫煙室で一服までした。肺も煙で満たしリフレッシュさせて喫煙所を出、男女トイレへの通路の出入り口が見える廊下の壁に凭れて待っていた。
(まさか見逃しちゃったか…?)と不安になりだした頃、やっと由貴とハルカはお喋りしながら出てきた。
(女子トイレの中の設備に彼は詳しくはないが、女子トイレにはあって男子トイレには無い、女性達を長居させる何らかのトリックがきっとあるに違いない、とは前前から薄々とは気付いていた。着脱が複雑な衣装、入念な化粧直し、着崩れた身だしなみのチェック、そういうもろもろが更に増長させる待ちの列の長さ、すべてを鑑みても、まだ腑に落ちない。由貴とハルカはメイクポーチを交換でもして相手の化粧道具で土台から顔作りをやり直して来たのかも知れない。
『このマスカラ最近買ったの。めっちゃおススメ!』とか
『そのポーチは?』
『これは香水のオマケで貰ったの』
『良いなぁあ』
『時々キャンペーンやってるよ。今URL送るね…送っといたよ』
『それは何?』
『あ、これ良いよ!めっちゃ!今はまってる睫美容液!ちょっとやってみる?目を閉じて…』
『そう言えば目元のメイク変えたね。良いねぇ。今流行ってるの?それ』
『やってあげようか』
『うん。お願い…後で写真も撮って…家に帰ってから自分でも再現できるように…』とか…
きっとそういうやり取りを女同士楽しんで一通りやって来たのだろう。いかに恋人を外に待たせていると分かっている状況での女性のお手洗いが大慌てでなされるものなのか、これで立証された。やっとこさ鹿嶋くんにも理解できた。デパートでの買い物は男も気を遣ったり待ちくたびれたりしているが、女性の方も気を遣って精一杯頑張って急いでいなかったわけではなかったのだ!!)
(もうそろそろ疲れて来たなぁ・・・これ以上二人の後を追いかけ回してももう新しい事はなんにも起こらなそうだ…隠れようがなくて距離を詰められないから話の内容も全然聞けないし…)見付かる前にこの辺で今日は引き上げようか…と鹿島くんは、ハルカの買い替えた携帯電話のカバーにどれを買うかでいつまでも悩んで動かなくなってしまった由貴と妹を首の骨をポキポキ鳴らしながら眺めた。
尾行も三日もやると飽きて退屈になって来たのかも知れない。仲良さそうな二人に時々ヤキモチのような、(由貴さんも由貴さんだな、こんなしょうもないハルカの買い物に付き合ってあげてる時間があるなら僕にもう少しだけ割いてくれても良いのに…)とか捻くれた気分になって来そうだった。
もう帰ろうかなぁ、と考え始めた時、二人は急に動き出した。今回もこの店でも何も買わずだ。
エスカレーターに乗る二人を鹿嶋くんは大胆にもすぐ真後ろに乗って追跡した。低めた声で話すハルカの本人が思っている以上にかなりよく通る声が研ぎ澄まされた鹿嶋くんの耳に入って来た。
「でもその由貴さんの彼、チャラい人だったらこう考えてるかもしれませんよね…『タダで抱ける既婚女サイコ~!鬱陶しくなったらパッパと捨てれば良いし、もう結婚してるから俺が責任取らなくて良いじゃん、ヤッピ~!』そんなことないですか?その彼?由貴さん、騙されてない?最悪、性病とか移されないようにしないと…」
「避妊はしてるよ・・・彼はそんな人じゃないと思ってるけど、・・・でももしそうだとしても、騙しきってくれるなら、そんなふうに私の事考えてくれてる方がむしろ…気が楽かもしれないな。彼の貴重な時間を私は割いてもらってるんだから…あの人に出会えてなかったら私は死んだも同然だったんだから…」
(鹿嶋くんは切なくなった。)俺の事だろうか…由貴の頭に浮かんでるのは…?
「由貴さん…恋してるんですね…自分を大切にしてくださいね…」
「大切にしてもらってるよ。十分。もうこれ以上なんて望みようがないほど…」
喉の奥に甘くて苦い味がした。コソコソ隠れ続けてなどいないで、今すぐに由貴を抱きしめに姿を現したかった。
「せめて私ならお金貰いたいです。その彼、タダでいつも由貴さんの事好き勝手してるんですよね?」
由貴はふっと笑った。
「お金払わなくちゃいけないとしたら私の方だな。」
「そんなわけないじゃないですか!私が由貴さんの立場だったら多分…タダで浮気するよりはいっその事、お金稼げる職として性を売り出すかもしれないなぁ…だって一石二鳥じゃないですか?欲しかった愛を受け取れて、お金も貰えて…その方がもしかしたら娘ちゃんも自分一人の手で育てていけるかもしれない…」
「まぁ色々考え方の違いは私達の間にもあるよね」
由貴の語調にはなんとなくこの会話を早く打ち切りたがっている緊張感が漂った。ハルカよりも先に鹿嶋くんがすぐそれを察知したが、妹はまだ言いたいことが残っていたようだ。
「由貴さんは風俗業の女性に偏見があるの?私には…」
声が大きいぞ!と鹿島くんは手が届く距離にある妹の後頭部をペチンと叩いてやりたくなった。全身の毛穴がまた全開になって汗がどっと出始めた。妹は相当酔っているようだ。
「いいえ」由貴も一段声が大きくなった。珍しい事にいつでも冷静な由貴が今は少し熱くなっている。
「人が何を生業にしようが私には関係ない。ただ、自分にその発想がないだけ、彼女達を見下してるわけじゃない。愛情やら体を売り買いさせる店に面接の電話をかけてそこで働こう、そうすればこちらも愛されるから、と言う発想は私にはなかった。今もない。その選択肢がもともと私の中にはただないだけの事。偏見なんか持ってないよ」
「私はやってみたかったなぁ、キャバクラとかでも働いたことがないの。結婚前にいっぺん短い期間でも良いからやっておけば良かったぁあ。男達をお手玉するって言うの?こう…」
ハルカは右手の手のひらを上に向けてコロコロ転がす仕草をした。
「やりたいなら今からでもやれば良いじゃない。飲み屋さん位なら…」
「飲み屋さんじゃなくても、もっとエッチなお店とかでも・・・そういうところで働いてた友達がいて、前に話したよね、源氏名が由貴さんと同じ・・・」
「聞いたよ。お兄さんの元カノでしょ。それと元奥さん?」
「二人とも、どんなヤバイ人達なのかと身構えてたら、話すと凄く良い人達だったから。仲良くなってから、『良いですね、モテモテですね~』って羨ましがったら、『実際のモテるって事とはまた違う話だからねー』って。謙虚な人達だったよ。嫌うなら嫌ってくれて構わないからね、って向こうも心積もりしてきてるみたいな緊張感最初はあったけど、なんとなく凄味もあって・・・体って一番魂に近いものを時間単位で区切って売ってる人達だから、肝が据わってるのか、普通の人が普通に生きてるだけでは見られないような人間の裏側とかどうしようもなさとか社会の日の当たってない面とかも若い内から散々見てきて、辛酸舐め尽くしてきて、もう怖いものもあんまり無くて、どこか達観してる感じがしたよ。でもそれを言葉にしてわざわざ分からず屋な人に伝える必要も無いと思ってるみたいな・・・『花魁って体は売ってもプライドは高くて気に入らない相手には口も利かなかったの。客が選べる位の高い花魁はね』って、雪さんは言ってた、そういう感じが雪さんにはあったなぁ・・・プライドが急に物凄く高くなったり、物凄く物腰も低く卑屈なほどになったり、情緒不安定なところも無きにしも非ずだけど、まだ半分は幻想の中を生きてきた人みたいだった・・・(お兄は雪女と結婚したんだなぁ)って・・・」
「分からなくもないよ。私も、訳あってお金が無くて学費稼ぎたいとか子供のためとかで、そういう職場に勤めたら、そらグッと我慢してやり過ごす客もいれば、(嗚呼このお客さんとは別の場所で出会えてたらなぁ)と思える良いお客さんも出てくるだろうし、そう思ってる相手の人もこっちを気に入ってくれて何度も指名されて繰り返し来てくれたりしたら、好きにもなるでしょう。結婚だって同じ事だとこの頃ではよく思う。お金や生活のためにグッと我慢しなくちゃいけない相手が一人なのか複数人なのか、って違いしかない。結局は全く同じ事。愛って幻だからねー・・・」
「やりがいも哀しみも、『他の仕事と一緒だよ』って二人とも言ってましたよ。お金を介したサービスの売買を一つ超えたところにある、『ありがとう、』っていう感謝の応酬なんだぁ、って・・・『例えば靴屋さんが、お客さんの足にピッタリのサイズや注文のデザインを一生懸命親身になって探し回ってくれたら、例え買いたい靴がその時は店に無かったとしても、ありがとうね、って言うのと同じで・・・店員なんだからそれくらいやれや、遅せぇなぁ、何?この辺擦り切れてるじゃん、安くしてよ!とか言ってきたら、(うわぁ他の人に買って貰いたいからサッサと帰って欲しい、この人にはもう二度と来て欲しくない・・・)と思うのとおんなじ事だよ、』って・・・」
「値切られたら辛いでしょうね、売り物が自分の身なだけに・・・」
「『慣れる』って言ってたよ。そういうもんだって、すぐに慣れるって。公には出来ない職業だから、物凄く高値か買い叩かれるか。でも相場がやっぱり無難なんだと・・・」
「そういう話を聞いてると耳から悲しくなってくる。やっぱりまだ・・・慣れるのもまた辛い話だよね・・・私もだんだんと考えが変わってきた。若い頃には世間知らずで全く理解できなかったことも、今では・・・でも、母親として娘を持つ立場から、また違う視点も得て、やっぱり言えることは、娘にも今の私と同じように生涯関係無い世界線であって欲しい。やっぱりどんなに苦労しても貧しくてもその環境に足を踏み込んで欲しくない。そのために私がそれまがいのことをやることになったとしても、娘だけは・・・って思う。うちの父親も母親も私にそういう教育だったからかなぁ。」
「旦那さんの元を飛び出して、働き出してみようとは考えないのは、じゃあ、同じ事だと分かってるからなんだね?」
「そうなのかもしれない。今でも、希望が捨てきれない事がある。一度は身を焦がす恋をして『この人しかいない!!』と思って結婚した相手だしね・・・挫折も妥協も打算もありはしても・・・私も靴屋さんとか“お城“で働く女性達と一緒で、もしも今夜、旦那さんが家に帰ってきて、たまには嫁も抱いてみるかぁって気を起こし私を対象に溜まってたものを解き放てたって分かったら、こちらが例え全くそういう気分じゃ無くったって、(ああ自分も女としてこの人の役に立つことができたんだなぁ)って感じられるでしょうし。必要とし合えてると確認できたら、例えちょっとくらい怪我したって良い。ハルちゃんが羨ましいくらい。悩みを半分分けしたいよね、私達・・・」
「なんやかんや言って旦那さんを愛してます?由貴さん・・・」
鹿島君もうん、と頷いてしまった。旦那さんを愛してるのか?やっぱり?由貴さん・・・
「愛してるというか、諦めてるというか。一回りして。私は終身契約を誓ってしまったから。愛し続ける努力を怠らないという契約を私だけは守り続けてるだけ。結婚とは努力して継続するものよ。恋とか愛とか、ぽや~っふわふわ~っとした柔らかいただの感情では無いの。家ぐるみの、血が滲んでも涙が溢れても名と名誉と墓石にかけて逃げ出すことは叶わない責務なの。私にとっては。旦那さんは結構年上だけど、介護されるときになったら私の手に戻ってくるでしょう。その時思い知らせてやるわ。それまでにもし『他の子好きになっちゃったから・・・』なんて理由で離婚を迫られたら、命以外の何を差し出されても許すことは出来ない。そういう女と結婚しちゃった彼の宿命ね。切腹して、一緒に死んで貰うわ。」
「怖~い!由貴さんだって浮気してるくせに!彼氏さんにも愛され旦那さんにも生活面でしっかり愛され、なんかヤキモチ焼けます!私も由貴さんの事好き勝手したい!モミモミしたい!!また温泉行きましょう?!」
「そうだね。ハルちゃんマッサージ上手だもんね」
「そのネックレスは誰に貰ったんですか?ハートのペンダント。前から気になってたんですよねー。旦那さん?」
鹿嶋くんは耳をよりそばだてた。
「昔付き合ってた人。バイクの事故で半身が動かなくなって、『別れなさい』って相手のお母様に凄く言われたの。『あなたにはこれからがあるんだし、うちの子も迷いが出てしまうから』って…もうお見舞いに来ないでって。」
「そうなんですね…」
「私の身の回りには病気の子や怪我する人が多いわ。私そういう星のもとに生まれたのかなぁ?父も祖母も…」
「そのバイクの彼は飛ばし屋だったんですか?」
「まぁちょっとそういうところもあったかもしれないけど、…その日は真面目に家の手伝いをしてただけだったの。バイクの荷台にケースを積み上げてね。地元の茶道教室に入荷する和菓子を届けに行くところだったの。明け方で…突っ込んできたジープの運転手は『もうとっくに酒は抜けてると思ってた』って言ってたらしい。最初は。だけど、本当は朝まで飲み明かしてたの…その人の方はエアバックが開いて、全然怪我してなかった。かすり傷一つ無し。もう次の日から普通に何不自由なく働いてたそうよ。私の彼は人生を変えられてしまったけれど…」
「和菓子屋さんに入浴介助に言ってるって、言ってましたね?その彼のところですか?」
「そう」
「…そっかぁ…」
「あなたのお兄さんの次に付き合った人よ…」
(そうだったのか…)鹿嶋くんも妹と同じ感想しか出て来なかった。心境は複雑だった。ますます。
人には何層もの過去がある…語りつくせぬ心の動き、思い出も思い出す日の心模様によっても同じ日の出来事を全く違う風に思い出す。良い思い出として思い浮かべることもあれば恨みがましく思い起こされることもある。あの日あの時あの場所に行かなければ出会わずに済んだのと思える人、その同じ相手に対して、また別の日には、出会えていて良かったのだと感謝の念しか抱かなかったり…
過去は決して一つではない。今のこの一瞬を通り過ぎれば、縦にも横にも広がりをみせる。未来と同じように。来た道を振り返れば、過去もまた新たな可能性を含み続けているのが見える…通って来た道も、通ってきたように見える道も、その時は選ばず通らなかった道も、何者かによって隠されてしまった道も…
あの時もしも別の選択をしていれば…
しかしもう二度と掴み直すことはできない。一度語ってしまった嘘の物語をそう簡単には修正することができなくなるように。
「今付き合ってる彼からは何かプレゼント貰いましたか?もうすぐホワイトデーですよね?」
「そうね」
「私はハリーウィンストンをおねだりしてるんです。毎年。」
「毎年買ってもらえてないね」
「薄給ですもん。ケチだし。うちの旦那さん。飲み代に全部消えちゃう…」
「昔ある女優さんが『結婚指輪はどこのブランドが良い?』って旦那さんに聞かれて、『じゃがりこ一年分の方が欲しい』て答えたってテレビでやってたよ」
「えええー?私はじゃがりこはじゃがりこで年中食べさせてもらって、指輪は指輪でちゃんとしたのが欲しい!」
「ハルちゃんは女優よりも欲張りね。もう指輪なら全部の指にはめられるくらい持ってるじゃない?」
「なんか指輪が好きなんですよねー」
「私はネックレスも指輪も一つずつ持ってるから…他に欲しい物が無いなぁ」
「イヤリングは?」
「落とすと不吉じゃない?」
「ちょうど飽きた頃に片っぽ無くなるんですよ!だからちょうど良いんです!また買ってもらうために古いのがどっか行っちゃったんだって考えたら良いんですよ!無くしたって事は新しいの買ってもらえるって吉兆です!」
「ハルちゃんはポジティブだねー。会うと元気が貰える。歩くパワースポットみたいな人」
「どっかの外国の男性は女性に会うたび花束を渡す習慣があるでしょう?どうせ枯れちゃうのに。でもそれは、花瓶の花がまだ枯れないうちにまた僕が買ってきてあげるよ、キミの花瓶はこれから先いつでも満開だよって約束の印なんです!見習え、日本男児ども!特に飲んだくれのうちの亭主よ!
イヤリング見に行きましょう!別にそんなに高い物貰わなくったって良いんですよ!安い物ならしょっちゅう何でもない日にだって買ってもらいやすいから!」
「ハリーウィンストンは高くないの?」
「私を生涯独り占めにできる値段としては激安でしょ!」
「そうね。ほんとにその通り」
「しょっちゅう買ってもらいたいくらい!」
「そうね…しょっちゅう言っておけばそのうち一回くらい買ってもらえるかもね」
「そしたら次に欲しいブランドももう決まってるんです。ブルガリの…」
由貴とハルカは夢中でペチャクチャお喋りしながら地下鉄に降りていき、ちょうどホームに滑り込んできたメトロに駆け込んだ。
心斎橋で地上に上がり、数店のアクセサリーショップを冷かして回った。
鹿嶋くんは思いがけない収穫を得た。
ブランドショップストリート。ちょっと試しに、どれどれ今の流行は?買うつもりはないけれど…参考までに…と覗いて見てみれば、結構本気で欲しい物も一つ二つ現れてきてしまうようで、由貴が物欲しそうに一番熱っぽい目でジィッと視線を注ぎ、店員にショーウィンドウから出してもらって手に取り、つくづくと眺め、ひっくり返して見たり値札を何度も確かめては切なげなハの字の眉をして、それでも試着までしてうっとり鏡に映し、返したくなさそうにまた店員の手に返してショーケースに戻されるのを名残惜しそうにいつまでも見詰めていたイヤリングを、鹿嶋くんは(買ってあげよう。)と心に決めていた。
(あれがいくらするのか知らないが…そうだ、由貴も部長も言ってた通り、彼女がいなかったら今も俺は毎週末お金を払って売春婦を買っていたんだ、その浮いた金を還元してあげよう…ポイントも貯まりそうだし…雰囲気的に安くはなさそうな店構えだけど、由貴さんという女性に付けてもらうのに恥ずかしくないそれなりの相応しい物をあげたい。僕が一緒にいない夜にも、彼女の身近にいつも置いてもらえるような品…彼女が鏡を見る度に僕を思い出してくれるように…例えば僕たちが別れた後も、娘さんや孫娘や孫嫁に『お婆ちゃんが愛された証』として語り継がれ大事に受け継いでもらうに耐える永遠の品…本物の一品…彼女の身に何か凄く困った事態が起きた時には、それを売って一時を凌いでもらえるような一応の意味も成す価値あるお守りとして…こちらの愛の重みに匹敵する重たい贈り物・・・)
(…そう言えばボーナスや短期出張の度に雪に一年に一つ二つずつ買ってあげていたネックレス、ブレスレット、ピアス、アンクレットは、『形見』と言われて彼女の従姉に全部貰われてしまったな…)鹿嶋くんは思い出し苦笑した。(『形見』と言えば外向きには体裁が良いがあれはちょっと強引な遺品の横取りだったな…。まぁいいや、あの従姉は雪にかなり雰囲気が似ていたし、アクセサリーも欲しがる人の手首や足首でキラキラ輝いて活躍できる方が良いだろう。…あの時は何も考えられる状態じゃなくて、『全部あげます』と言った俺の手に、結婚指輪だけは『これはあなたが…』と言って握らせてくれたし…それに何と言ってもやっぱり、彼女は雪の面影がこの地上で一番濃い、幼少期には雪とよく遊んでいた人だ…ほんのちょっとだけ欲張りなのも、微笑ましい程度だ…)
チョコレートのお返しには同じ値段くらいのお菓子を返すと言うのが幼稚園までの子供の発想だが、小学生以上の女の子達は海老で釣れる鯛を求めてチョコレートをばらまいているのだ。大人になるにつれ鹿嶋くんにも彼女らの魂胆がよく分かって来た。
(男の子はみーんな一応好き!でも、一番私を甘やかしてくれる男の子に決める!さぁ、だぁれ?誰が私の撒き餌に一番素敵なお返しで応えてくれるの?一番分かってらっしゃるのはだぁれ??)
女の子は一歳からもう自分が女の子だとしっかり理解し始める。
そして結局、モテるやつのやり方も決まってる。自分から騙されに行くのだ。目を瞑って命懸けで突進していくのだ。身ぐるみはがされる覚悟でなければ一番欲しい女の子には届かない。持ち上げて持ち上げて、恋の崖から突き落とし自分の物にしてしまってから、釣った魚をガッチリ囲って餌をたっぷりやり続ける、この手の男が結局は一番モテている。
一部の負けん気の強い女性、自分で自分の欲しい物を一つ残らず手に入れないと気が済まない女性、常に天秤や摺り切りで平等を測りたがる人、気を遣ってしまいすぎる女性は、チョコレートのお返しに釣り合わない高価すぎるダイヤモンドを嫌がるかもしれない。でも由貴は鹿嶋くんの気持ちを汲み取ってきっと受け取ってくれるだろう。ビックリさせることが出来そうだ。
『どうしてこれを…?まるでどこかから見てたみたい!怖い!怖いくらい嬉しい!ありがとう!!』
いつもよりも嬉しそうな100万カラットの笑顔を見せてくれるかもしれない。いつもよりも熱い口づけを顔中にしてくれるかも…
母親を含め、女性へのサプライズは昔からドキドキものだった。自分がつけて欲しい、彼女に似合いそうだと思ったものを渡しても、相手が本気で喜んでくれてるんだかどうなんだか実際反応がいまいちよく分からない。女性は気まぐれで、喜ぶ演技もガッカリしたフリをするのも上手で、『これが欲しい』と言ってたはずの本当に欲しい物を自分で自分に既にプレゼントしてしまっていたり、サプライズが大好きだったり大嫌いだったりする…『これよりもあったの方が良かった・・・』と言ったり、『やっぱりこれが一番綺麗・・・』と言ったり、日によって言う事もコロコロ変わる…
半日近く付け回して見ていたが、由貴とハルカは結局ジロジロ物色したイヤリングもピアスもコートも帽子も化粧品も指輪も何も一つも買わず、それぞれ5束でいくらとかの旦那の靴下と下着をワゴンセールから選んで一緒にまとめ買いしたくらいで、自分達にはジューススタンドで搾りたてのオレンジジュースを買い、まだペチャクチャ見てきた品の良し悪し等について盛んにお喋りしながら、ぶらぶら歩いて、パーキングに停めていた車(ハルカの旦那と共用のステーションワゴン)に乗ってドライブに出かけ、鹿嶋くんの尾行はそこで終わりを迎えた。
収穫したお腹いっぱいの情報を抱え、最後に忘れないうちに今日を締めくくるあのイヤリングを手に入れておこうと、鹿嶋くんは由貴が見惚れていたショーウィンドウの店に戻った。中を覗き、多分これかなぁ、由貴が手にとって眺めていたのは…と思う品を見定めた。
(それは長さの違う三連のとても小さなシャンデリアみたいなイヤーカフだった。一粒のダイヤが馬鹿でかくない、粒の揃った品の良い大きさで、バラバラにゆらゆら揺れて、由貴が好きそうなシンプルで華のあるデザインだった。由貴の厚みの薄い、冬はすぐに凍ってしまいそうなくらい冷たくなる白い耳朶にそれが付いて髪の中でキラキラ光を跳ねて揺れていたら、バッチリよく似合いそうだ。今まだ持ってないのが不思議なくらい由貴に似合いそうだ。他所ではあまり見かけることが無いデザインでもある。シンプルなのに。流石僕の選んだ子が選ぶ品だ。僕たちはセンスが近い。このイヤーカフは由貴のためにデザインされ制作されたのだ・・・)
こちらを意識している白手袋のドアマンの方を向いて、頷いて合図し、店内に入って行きかけた時、ふとガラスに映る女性と目が合った。一瞬よりも短い刹那の事だ。気に止まる視界の端の動きに引き戻されるように、鹿嶋くんは運命の女神が彼の両頬を挟んで首をそちらに向けさせたように、引っ張られたみたいに背後を振り返った。
階段に既に一歩足をかけていたが、そのまま止まって目を凝らした。今、誰か知っている人がすぐ後ろを通り過ぎたような気がしたのだ。それは綺麗な後ろ姿の女性だった。スラリと高身長。白檀の髪留めで緩く纏められた美しい金髪。ポケットに両手を突っ込み、早くもこの場からスタスタ歩み去ろうとしている。鹿島君が振り返るまでは彼女の方が自分の横顔を盗み見ていたような気がした。彼が振り向く気配を察知して、一瞬前に急いで顔を逸らし、逃げるように今、歩き出したばかりのような、どうもそんな感じがした。怪しまれない程度に足早に、後ろめたさを出さないように最速で、彼女は逃げ去ろうとしている。いつもいつも、彼女はハッキリと彼の前に姿を現さない。
(あの人に似過ぎてる・・・)鹿島君は女性の後ろ姿から目が離せなくなり、自分でもほとんど何をしているのか気が付かないほど自然に、ソロリと無意識のうちに階段から片足を下ろし、目を動く標的に照準を合わせたまま、今度はその謎の女を追い始めた。夢の中に落ち込んでいくような感覚・・・目以外自分の存在が無くなり、視力に全神経が集結していくよう・・・歩き続けているはずの足も感覚を失い、宙を漂う魂となって、彼女の元へ飛んでいくよう・・・
(凄く似てる・・・本人かもしれない!追い越し、追い抜いて、顔を確認しなくては・・・!ユキ?キミなのか?)
そもそもの物語の始まり、彼の人生の軌道を大きく形成した最初の少女、数十年の時を経る中、夢にも現実にも度々姿を現し、残り香だけ嗅がせ、存在せずして果てしなく存在し続けた人・・・
街灯に灯りが点った。曇りがちな空には半月が見え隠れしていた。
(君を思う度、小学校の夏休みの宿題で暗記させられた百人一首の一句を思い出す、追いついて腕を掴んだらその事も話してやろう・・・雲隠れにしはしないぞ、今宵こそは・・・)
続く