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お城  作者: みぃ
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電話番キミヨさん 2

 “お城”の電話番キミヨさんは南国訛りのゆったりした話し方と、商売人にはちょっと向かない大らかさ、温かく艶のある声で人気の名物受付嬢だ。直接客の相手をする第一線からは退いた今も、まだ枯れるには早すぎる甘く熟した40歳。熟女好きにはたまらない、まだまだこれからの可愛いおばさんだ。

今日もキミヨさん目当ての予約をするでも無い話したいだけおじさんから電話がかかってくる。

「あんたまだまだ若いじゃない、あんたよりもっと歳食ってるのも現役でやってるじゃない、現場へ帰っておいでよ。あんたじゃなきゃ儂ぁ勃起せんのじゃ!」

昔の常連さんはそう言って誘ってくれる。

「ちょっと飽きちゃったんですよ。若い頃から現場では働き過ぎて、もういいかなぁって。でも、こっちでちょっと本腰入れて頑張ってみて、事務仕事でもやっていけるようになってみたいんです。人生をかけた第二の挑戦。応援してくれるでしょう?優しい長谷さんなら・・・」

「応援はしとるよ。いつも。あんたが儂を忘れとる時でも、こっちは想っとるんやけんど・・・」

「でも、ここでどう頑張っても自分がどうしても事務仕事に向いてないって分かったら、また現場に戻らなくちゃいけないかも・・・その時は甘えさせて貰いたいなぁ。懐かしい、長谷さんの温かい胸で・・・」

思わせぶりに、また現場に戻る可能性も匂わせつつ、新しい職場でも頑張りながら、万一の時は帰り道への梯子もまだ捨ててしまいはしない。そこはフワフワと今にも消えてしまいそうな風前の灯火のか弱さに見えても、これまで40年、なんとかかんとか生き抜いてきただけのことはある。キミヨさんの話術、処世術である。

「おう、良いよ良いよ。そっちでも頑張りなはれ!学生時代にも一応就活はしとったやろ。再就職じゃ。でも、たまには長谷の爺を思い出して、昔っからあんたを応援してやっとるよしみで、たまにはお茶くらいしよ!」

「そうですねぇ。」

「今度の休みは?」

「日曜、それから11月からは月曜もお休みになりました」

「よしよし。また改めてあんたのLINEに連絡入れとくからの。遅くなっても良いから、たまには返事返してな」

「でも長谷さん、辞める前に紹介してあげた、私の妹分のスミレとは、その後どうなってるんですか?ちゃんと可愛がってあげてるなら私はもう・・・」

「スミレ?・・・あぁ、何かそんなのもいたなぁ、そう言えば・・・あんたが『私の次はこの子を可愛がってやったって下さい』言うて、無理矢理押し付けてきたんやろ。垢抜けん子を。『あたしの妹分、妹分』やってあんたは言いなさるけど、背徳感が半端な過ぎてよ!逆にあかんわ!あんたらの世界ではそう言う、辞めるとき妹に客を受け継がせておらんようなる、みたいな伝統があるんかも知れんけんど、こっちは嫌や!スミレがあんたの妹分や可愛がってる子やて、言うことは、スミレとのことはぜーんぶ、あんたに筒抜けや、ちゅうことやないかいな!そんなん嫌や!

あんたは『可愛がったってぇな』言うけど、あんたより可愛がりすぎても、『あら、長谷さん、私にはお金ないお金ない言うてティファニーのピアスしか買ってくれへんかったのに、スミレにはエルメス買ってあげはったんやね・・・長谷さん、・・・なんでなん・・・?』とか言われるやん?」

「言いません、そんなこと。タイミングもありますよね?お金って本間に有るときは有るけど無いときは無い・・・そないツーツーの間でもあらへんし。スミレとは。もう・・・働く立場も違うから・・・お客様の話なんて個人的なこと、そんなにしません。あの子も今や押しも押されもせん売れっ子で、垢抜けて、忙しなって・・・」

「じゃあもうそんなに応援してやる必要も無いやん」

「まぁ、そうですけど・・・あの子、羨ましがってましたねん。『キミ姐さんによう会いに来はるあの長谷さん、ダンディやわぁ。うちの父方のお爺ちゃんによう似て、柔らかそうな蜘蛛の巣みたいなあのフワフワ頭のてっぺんに乗った一握りの癖毛の白髪が可愛いわぁ、私も撫で撫でしてみたいんです、』『姐さんと長谷さんみたいな良い関係のお客様、私にもできるんでしょうか?』言うて、よう長谷さんの事欲しがって言いよったから・・・それが私には印象に残ってるんです。

 あの子、足の裏まで生麩みたいに柔らこうて、コチョコチョこちょばしたら涙流して『やめてぇやめてぇ』言うて、ヒーヒー笑って命乞いみたいに必死になって『勘弁してぇ』言うて、可愛らしかったでしょ?あんなこしょばがりな子、後にも先にも見たこと無いわ。・・・私のんかあの子のんか分からん涎で薔薇色の唇から尖った顎の先までキラキラ光らせて・・・あの子の愛用の金ラメ入りのリップグロスには内側から血色良うさせるための生姜や唐辛子や米糠の成分が入ってるんです。あのスパイシーな味がまた食べたい・・・意外にバニラアイスに合うんですよね、あの子にバニラのアイス買ってやって、その後『ちょっと頂戴』言うて、あの子が食べ終わってカップやコーンに無くなった頃合い見計らって言うてやるんです、『もお、姐さん、また意地悪してー。食べ終わったの見て言うてるやろ』言うて、目キラキラさせて、スミレも満更じゃ無い、『姐さんの分取っといてくれへんかったん、口の中の味でええから味わせて。私はその方が良い、太らんから』言うて、チューチューさせて貰いよったわ、よう・・・あの子の冷たいピンク色の舌と口の中が気持ち良くて、ミルクとスミレとスパイスの味がして・・・

 ・・・あかん、あたしが会いたぁなって来てもた・・・癖になるんですよね、あの子の笑い方。笑い上戸で。『やめてやめて姐さん』て口では言いながら、泣いて悦んで『もっとしてもっとぉ』って本心では訴えてるみたいで・・・イジメ甲斐がある言うんか・・・」

「もう忘れた。スミレのことは。儂はあんたが良いんや。自分でSっけがある思うてるあんたを組伏して、ちょっと強引にやるんが儂は好きやった。今じゃそんなこともうできんかも知らんけど。スミレとのことは無かったことになっとる。儂の中では。あんたが仰山、必死に頼むさかい、あんたのために儂も男や、そこまで言うならと、いっぺんやってはみたけどな。あのスミレもあんたの手前、一生懸命やったんやろな。まだ姐さん姐さん言うて、右も左も分からんひよっこで、道標になってくれるあんたを好きやった儂を好きやったんやろ、あの子かて。でも、あの子もあの子自身を好きなファンが今はたんとおるんやろ?儂なんか求めてへんやろ。儂もよう思い出されへん。あんたとのことは思い出せるけどな。思い出したくないときも、家内と面と向こうて飯食うて何か喋っとる時でも、フッとあんたの媚態を思い出してまうことあるのに・・・」

「スミレでなくても、他に若い子も長谷さん好みのモッチリした肌のつきたてのお餅みたいにお尻のプルンと大きな柔らかい子も、あれから続々入店して来てますが・・・」

「いらんいらん!今更新しい子や若すぎる子やらと一からまた仲良くなるには年取りすぎた。面倒臭い!儂にはあんたで充分!ちょっとシワシワタルタルになったなぁと思っても、それが儂と歩んできたあんたの尻や!儂はずうっと一筋、あんたが好きなんじゃ、言わせるな」

「わぁあ!・・・ありがとう・・・私も大好きです・・・長谷さんの事(キミヨさんは涙ぐみ、ここはグッと声を潜めながら)じゃあ、どうしても他の女の子の予約は取らないと言うことでしたら、この電話はお店の予約受け付け専用なので、私的会話はこの辺で・・・」

「そうやな。またな。あんたこれから朝までか?受付の仕事。えらいこっちゃな、ようやるわ、頑張れよ、夜勤!他の電話番のおばちゃん達とも仲良うやれよ!ボチボチとな。バチバチじゃなくてボチボチと、やど。あんた、なかなかポケーッとぼんやりして見えてパチンと一回、闘争心のスイッチ入ってもうたら、もうバッチバチに根性入ってギラギラ、周り中敵だらけ、『てっぺん取ったるうぅう、伝説に爪痕残したるぅう!!』言うて、敵と後悔と後にようさん作ってまうことあるからな。まぁ性分なんやろうけど。そこはよう気を付けて!俺のLINE見とけよ!返信せぇよ!後生やから。じゃあな!そう言う事で!」

「長谷さんはもう寝るの?お休みなさい」

「儂は九時には寝るさかい。あんたの夢を見てシコシコするよ。一人寂しく。じゃあな!」

「はぁい」

通話が切れた。

『通話は10分まで』というルールが新設されたのは、キミヨさんがここに来てからだった。

昔のキミヨの馴染み客がせめてもと声だけでも聞きたがり、声を聞き話し出せばお互い愛しさが込み上げ募る話は長くなり、“お城”の待機中の女の子達と客を繋ぐ窓口であるはずの電話がずっと話し中になって塞がってしまい営業妨害になるからと、この新ルールはキミヨさんのために設けられたルールだった。

「あんたが来るまでこんな貼り紙貼る必要なかったんだよ、」とあけすけに物を言う昔から受付で働くおばちゃんが入りたてのキミヨさんに『10分まで』と書かれた紙をブラックとゴールドに輝く爪で指さして教えてくれたものだ。

 四つあるデスクのそれぞれの電話が「キミちゃんを出してよ」という話したいだけの昔の馴染み客で全部塞がってしまったときには、流石に他の三人みんなから

「だから現場からこっちに流れてきた者は・・・」とか

「上も何を考えてるんだか」とか

「ちょっと考えりゃ分かりそうな物なのに、阿呆なんかねぇ?経営陣も・・・」とか嫌みを言われ泣きそうな気分になった。

でも現場を離れ電話番としてもうすぐ一年が経つ今では、仕事も覚え、周りからの信頼もなんとか勝ち取り、そんな熱心な迷惑客もキミヨさんの個人携帯に連絡してくるか、“城”の着信から拒否されて、現役を退いてすぐの名残も薄まってきた。

 懐かしい人からの通話を切ったキミヨさんは、椅子の背に細い背中を凭せ掛け、左右を見回す。鞄の中の携帯電話をちょっと確認してみる。こちらにも「お休み、あんたは頑張りなはれ、じゃあ」と長谷さんから通知が来ていた。返事が打てない今はまだ既読にはせずに、エールを受け止め、携帯を鞄に戻し、“城”への着信を待つ。

ピリリリリ・・・

電話が鳴ったが、先に取られてしまった。

 窓の外を見る。さっきまで眩しかった西日も淡く薄れ、一番星が煌めく空も地上も、刻々と覆い尽くす夜が深まっていく。緩やかな丘の下、城がそびえる足元の城下町は、1時間早く夜に沈む。ヒタヒタ押し寄せる潮のように夜はやがてこの城も覆い尽くすだろう。建ち並ぶビルの輪郭は夜に溶かされ、キラキラ煌めく無数の窓の明かりが闇に浮かぶランタンのように美しい。

 勝負はこれから。まだ始まったばかりだ。


 単なる時給制だと仕事に張り合いがなくなるため、四人いる受付嬢はそれぞれ分担して受け持っている四つの棟の総合売り上げの順位で給料が上下する。横並びになることは一度も無い。だから、女の子達の待機時間ができるだけ少なくなるよう、パズルのようにピタリといかに隙間無く客を入れてあげられるか計算し、女の子の売り上げも伸ばしてやり、部屋や女の子が有り余ってブラブラしている時間を最小限に減らし、尚且つ自分の受け持つ棟の順位を押し上げて、できることなら優勝させて一番高い時給を勝ち取りたい。受付にも競争社会の波は押し寄せている。

 昔、(それにやる気の無い同業他社の店では、)接客に向かなかった女の子をスパッとクビにしてしまうのが酷だからと、(人事の偉い人のタイプだったからかも知れないが)やる気の無い子を一律時給千円で雇って電話を任せていた事があったらしい。最悪な受付嬢は、ただ電話の前に座って爪を眺めたり雑誌をめくったりしているだけで、電話が鳴ってもピッと通話を切ってしまい、全然仕事をしなかったとか。もっと最悪なのは、目の前の電話で外国に行ってしまった恋人に電話を掛けて5時間もの長電話をして、通話料が凄いことになってしまったり。ただ椅子に座って電話番をしているフリをしてるだけでも、バレるまでは給料が出るからやりたい放題だったみたいだ。

そこまで極めつきの怠け者でなくても、自分の収入が上がるわけではないのなら、誰もそう必死になることもない。例えば、

『はい、もしもし』と電話に出るとする。

『・・・ザー・・・もしも・・・・・・時から・・・予約した・・・と申す・・・で・・・ザー・・・』

『あのー、よく聞こえませんが。もしもーし!もしもーし!』

『・・・ザー・・・今で・・・車の中で・・・折り返・・・ザー・・・』

と言う、多分電車か駅のホームかどこか電波状況の悪いところからの着信だった場合、頑張っても頑張らなくても時給が固定制で変動が無いならば、

『あー、電波悪いですねー。聞き取れませーん。すんませーん。電車を降りてからかけ直して下さーい!切りますねー!』

とかいう塩対応になる。待機中の女の子達が待機し続けようが、“城”が儲からなかろうが、そんなこと自分にサラサラ関係ないからだ。

でも、時給に頑張りが反映されるなら、人は頑張る。机を並べて共に働く他の受付嬢三人、(時間交代の4人も合わせると7人)と比較され競わさせられ順位を付けて評価されるなら、一番になりたい、最悪でもビリにはなりたくない、と皆が思い、切磋琢磨し創意工夫して、一本でも多く予約を取ろう、取り逃がさないようにしよう、ご贔屓のお客様を大切にしよう、言葉遣いに気を付けよう、・・・等と気が引き締まる。

『聞き取りにくいですねー、申し訳ございませーん。今着信が入りましたので、一旦お切りしますが、必ずこちらからすぐ折り返しお電話させていただきますので、お待ちくださいねー!それまで、他のお店に予約しないよう!では、一旦切らせて頂きまーす!』

とか、

『文章でやり取りしましょうか!このお電話番号にショートメッセージを送信してもよろしいでしょうか!』

とか言う一生懸命な対応に変わる。

(今月はあたし、やる気ないし・・・先月頑張ったからもう良いわぁ・・・)なんて気を抜いてると、昼勤務の同じ棟のもう一人の子に、

「私の給料にも響くんでしっかりやって下さい!」

と引き継ぎの時に怒られる。

夜勤と昼勤務、それに交代できる要員として常時電話番には10人程度の人員が勤めている。

 透明な柱を中心に据えた四人の電話番のうち、他の二人の電話は全て話し中。柱の真裏に位置する受付嬢はこちらからも向こうからも、椅子から立ち上がらなければ顔を見ることができない。『受付嬢』と言っても、四人いるうちの二人は男だ。お客様の中には、女性とイチャイチャしたい願望があって電話を掛けてきても、女性が電話に出ると相手が女の声だったと言うだけで(どう思われるか心配!恥ずかしい!!)と声が出なくなってしまうシャイボーイもいる。そんな男の子も電話受付の時点で気を遣わなくて済むように、そこはちゃんと計算がされている。

 ピリリリリ・・・

「はい。お電話ありがとうございます。お城の4番電話担当です。」

今度はキヨミさんが電話を取ることができた。

「はああああー、・・・ああああああー、・・・俺ぇ、今すっごい、エッチ・・・エッチな気分・・・はああああああああ・・・お姉さんとおおおおお、セックスが・・・セックス・・・濃厚な・・・セェエエエックスウウウウウ、できる?お姉さああああああん・・・」

「申し訳ございませんがわたくしは電話受付担当なので・・・」

「オシッコ・・・オシッコが漏れちゃうよおおおおお・・・」

「して来て下さい。そしてもうちょっと酔いを醒ましてからお電話お待ちしております」

「ううううう・・・お姉さんんんんんん、・・・パンツ何色おおおおお?」

「履いておりません」

「う・・・え・・・えええええええええッ!?お姉さんパンツ履かないの?!なんでなんで・・・俺と・・・俺とセックスしやすいようにだね?お姉さ・・・」

プツッ。キミさんは容赦なく通話終了ボタンを押した。こんな変態電話にでも、1年前まではオドオドと(いつになったら予約時間と指名の女の子の名前を喋ってくれるんだろう?)と考え、

「はぁ。それで?・・・それで?・・・」

と耳を傾けて変態の話を聞いてやっていたが、コーチとして横についてくれていた先輩にプチッ、プチッ、っと忌まわしい虫を潰すように通話を切られ、この仕事のやり方を教わった。

これでもキヨミさんだからまだ二言三言会話に付き合ってやった方だ。“お城”はこの街で一番大きく由緒もある有名店だから、電話番号は知れ渡っており、“お城”の女の子にお金を払って城に謁見できない貧乏な変態も電話だけかけてきたりするのだ。

『いちいち変態とか頭のおかしいのの対応気長にしてやってたら埒があかないよ!一回優しくしてやったら相手がつけあがってしまって、(あぁここに電話をかけたらタダで優しくお喋りがして貰える)と覚えて、余計に何回も掛けてくるようになるよ。(あ、変態だ)と思ったら、ちゃっちゃとプチって切る。とっとと切る。あんたは無駄に優しいんだから。いかれポンチとは関わらないのが一番だよ!』

『金が無くて暇ばっかり持て余してるのが、LINEとか電話とかばっかりやたら掛けてくるんだよ!』これは現場で働いていた頃にもその当時の先輩によく言われていた事だ。

『結構、連絡は寄越さないけど、来てくれる、って言うのが良いお客だよ。ここへ来るため、あんたに会うため、あんたに迷惑掛けないため、一生懸命黙々と働いてて電話もLINEもする暇が無いの。だけど大事にしなきゃいけないのは、とにかく、ここへ会いに来てくれるお客だよ。無駄に連絡がマメな自分勝手な野郎はダメ、ダメ。ほどほどに相手にしとかなきゃ、貴重な自分の時間が喰い潰されるよ。実入りも大してくれないのに。結局、電話野郎は、寂しがり屋で努力が足りなくて、タダで慰めてくれる安い女なら誰彼構わず電話掛けてまわってるんだよ。結局、愛が無いんだよ。あんたに対して。こっちも忙しくしてりゃあ、電話に出る暇無いんだから良いんだけど、ちょっと時間ができて優しい気持ちが余ってたら取ってあげちゃうよね、電話。だけどダメだよ、長電話は。絶対。上客からの電話を取り逃がす事になるかも知れないしね。かかってくる電話より、掛けなきゃいけない電話の方がする必要があるんだよ!すがりつかられて相手してやるようじゃ、ダメ。まだまだ。良い男って、引く手数多だから、自分から電話なんて掛けないでもお誘いの電話が多いわけ。こっちから電話掛けなきゃ来てくれないような良いお客に時間も心も電話代も使わなきゃいけないよ』

現役時代にもそう言われたものだけれど、電話番に職場を変えてもまた同じ事を言われるのか・・・(どこに行っても社会は同じ原理で回ってるのかねぇ・・・)とキミヨさんは思う。

ピリリリリ・・・

電話が鳴った。

『はい。お電話ありがとうございます、福田様』

電話番号を登録してある常連客で、画面に名前が表示されたのだ。『おっぱい星人福田』と。

(誰が電話に出ても客の好みが一目瞭然に分かるように、名前にメモを添えてあだ名のようにして登録してあり、情報を共有している。『あの人出禁でお願いします』と言ってきた女の子には入室させないように、例えば『ウメ、タケ、マツちゃん出禁・田中』と登録されていると、ウメちゃんタケちゃんマッちゃんには出禁にされていて後が無い田中だと言うことが分かる。“お城”では、四人の女の子に『あの人、出禁で』と立て続けに言われた客は城自体を出禁にする。)

福田さんというのはキミヨさんももう声だけで分かる、有名な、しょっちゅう城に通ってきてくれているおじさんで、とにかく大きなオッパイが有りさえすれば何でも良い、誰でも良い、という生粋のおっぱい星人だ。

 大昔から城に通ってきてくれているベテランの常連さんで、キミヨさんも何度か長話した事がある。向こうはこちらのことなど覚えていないようだが、実は直接接客したこともある。キミヨさんのオッパイは「あんたのは品が良すぎるね」とお気に召さなかったようだが、その時から横繋がりの現場の女の子達の間でも有名人だった。

「オッパイの大きな女の子いるかい?」

「只今探し中です・・・」

「今日も良い天気だったね。お昼間は。お姉さん、オッパイは何カップ?」

「さあ。・・・わたくし、ブラはしない主義で・・・」

キミヨさんは一生懸命、福田のお爺ちゃんの望みに叶いそうな出勤中の豊満女子で今体が空いている子を探してあげながら、上の空で返事する。

「ブラをしてなかったら、自分が何カップかも思い出せなくなりますねぇ・・・」

「あらまぁ。お姉さん、ブラトップキャミとか着てるの?でもねぇ、それはねぇ、垂れちゃうよ。ちゃんとアンダーバストがピッタリのカップもちょうどの買って、紐で肩から吊して、垂れないように重力に逆らって毎日ケアしてあげないと。毎日重力は下へ下へ引っ張り下ろそうとしてるわけだから、お姉さんはそれに毎日逆らわないと。お風呂上がりには毎朝晩専用のクリームを塗って『おはよう、今日も頑張ろうね』、『お疲れ様、横になろうね』って、労ってあげたりさぁ。ちゃんとしないと。たった二つの宝物じゃない?女の子の宝物だよ。自分で大事に大事にマッサージしてあげないと・・・」

流石オッパイ聖人。今日もおっぱいへの愛に満ち、オッパイ愛を語り出したら止まらない。

「あんたに桃の形の良いオッパイ用垂れ萎み予防マッサージクリームあげようか?僕はいつも肌身離さず持ち歩いていてね、いつ何時、どこでバッタリ、オッパイを揉んで欲しい淑女に出会うか知れないこの世の中じゃ無い?若い頃は男のエチケットとしてコンドームを持ち歩いていたけれどね、もう今じゃそっちは使わん。それよりもオッパイクリームの方が良い。受付電話のきみにも、あげたいよ。いつか、機会があったら。新発売で出てたんだよ。価格帯も手に取りやすい!高いのもそれなりの良さは有るが、続けなくちゃ意味ないからね。価格帯も大切だ!僕自身のオッパイにも試しに塗り込んで擦り込んで使ってみたことはあったがね、なかなかイイ桃の香りで、風呂上がりに塗って寝て起きたら、翌朝、鏡見て『おお!』と思ったよ。プルンプルンに煌めいて、『おぉお~、儂のも見違えるもんじゃな~!』と思ったでの!ま、儂のを育てても意味は無いから、儂はプレゼントして差し上げたいんじゃ。宝物持ち達にね。せっかく神様からの良いもの授かって生まれてきてるのに、放っぽらかして台無しにするのはもったいないよ。あんた達女の子達は、手の届くところにいつも有るのにさ。恵まれた環境じゃない?生まれながらにして。それなのに、大事にしてやらない子が結構多いんだなぁ・・・」

「邪魔に思えることも多いですからね。立っても歩いても座って仕事してるときも、いつもいつもぶら下がられてると」

「宝の持ち腐れじゃなあ、あんたのオッパイ達は二つとも可哀想だよ。何カップ有るんだか知らないが、ザラメちゃんて子に分けて上げてやって欲しいよ。この前、暇つぶしに、いっぺん顔見に指名してやった新人さんの若い子だったけどね、あの子は紛う方無きAカップだよ。あれは。本人はBだとかもうちょい太ったらCだとか一生懸命、言い訳してたけどね。健気で努力家で可愛いもんだよ、あれはあれなりに。感度も良好だったしね。あの子は、育乳サプリも毎朝晩飲んでるし、ネットで調べて研究して納豆が良いだのキャベツが良いだの、オッパイが大きくなるって書いてあった食べ物を主食にして生きてるよ。僕があげた桃のオッパイマッサージクリームも『これ知ってる!もう持ってる、けどありがとう!』って言って飛び跳ねて貰って大喜びしてくれたよ。オッパイが大きくなる時間帯に睡眠とらないとって言って、オッパイのために生きてるよ、あの子は。このお城で蓄えた金も豊胸手術のために使うんだとさ。『それはやめときなさい、あんたのはそれはそれで良いんだよ、可愛い良い個性だよ、生まれ持ったもの大切にしなさい、』言うて必死に止めたけどね。あの子はあの調子じゃあ、やるだろうね。シリコンとか何か、入れるだろうね。『せんで良いのに』言うてやったけども。決意は固そうだったよ。」

「作り物は邪道ですか?」

「いやね、それはまたそれで良いところも有るんだよ、しかし。何と言ってもそりゃあ、綺麗だしね。見応えは抜群によろしい!どうせ肌にメス入れるならって、無い物ねだりしてきて、ずっと何年も何年も欲しくて欲しくてたまらなかった分、シリコン入れるとなったらバーンとドでかく入れる子多いしね。上品に1,2カップだけ、バレないように少し入れて、皮膚も受け入れ身体にも馴染んで毎日顔合わす昼の職場でも誰も何も言わないなと思ったら、もう1,2年後にまたもう1,2カップずつ・・・と、こっそりじわっ、じわっ・・・と上げていく子もいるよね?性格出るよねぇ、可愛いよねぇ。触ったら分かるよ、いんや、このオッパイ爺にかかれば、触らないでも分かっちゃうね!(自分でもオッパイ爺の自覚有るんだな・・・とキミヨさんはクスッと笑った。)仰向けに寝っ転がると天然のオッパイは左右に分かれてトローンと流れて広がってぺしゃーっとなるよね、ならなかったら、何か入ってるかな、と思うよね・・・寝転がってもおんなじ形のまま、ピシッとあんまりにも綺麗でいすぎだったらね・・・

でも、良いの!よくよく見れば脇の下に残っている手術痕も、苦労の賜だよ!『体重掛けて乗らないでね、潰れちゃうから!』って言ってる子達、そのピリピリするほどデリケートな扱い。1点物の壊れ物を触るように、優しく撫で、摩り、吸わしてもらうんだよ!そして耳を、目を当てて、皮膚の下に入ったそのシリコンになったつもりで、考えてみるんだよ、『嗚呼、儂、生まれ変わったらこの子のシリコンになってみてもエエのう・・・』なんてね。いつもあったかくて、ショーツと揃いのお洒落なブラに包まれて、毎晩優しい手つきでお風呂で洗ってもらえ、同じお布団で寝るんだよ!死ぬまでずうっと一緒。次の交換時期までか・・・それでもいいや、それまで女の子の体温に包まれて・・・彼氏ができたら、(おい、分かってるだろのぉ?金かかってんだぜ?お高いんだぜ、気を付けて手をかけぃ!)って、言いたくなるよね。シリコンに転生したら。」

「じゃあ、天然物で無くても別に構わないんですね」

「何でも良いんだよ、結局。そこにお胸が有りさえすれば。あんただって良いのさ。電話を置いて出て来てくれるって言うんなら。あんたの場合はブラを外す手間も無いわけだしさ。レクチャーするよ。オッパイクリームを使って。オッパイマッサージ。」

「この頃私のは昔ほどの張りが無いんですよ・・・」

「初め時だ!エイジングケアオッパイマッサージ!」

「嬉しそうですね・・・垂れてても良いんですか?ちょっと萎んでても?」

「それもまた良いんだよ。びよーんと伸びた垂れ下がって萎んだオッパイを両手にとって、全盛期のその昔の豊満な時代を偲ぶ、と言うのもまたセンチメンタルな乙なお遊びというもので・・・」

「どうしましょう、今日のご気分は?」

福田さんを好みの女の子に会わせてあげようと、画面に顔を近付けていたキミヨさんは、一回目を閉じ、椅子の背もたれに背中を預けた。キャスター付きの回転椅子がギィ、と音を立てた。画面には、巨乳の女の子達、ザラメちゃん、それに貧乳(微乳とも呼ぶ)の女の子達、ほぼ全ての今日出勤で今、体が空いている子の紹介写真が上がっていた。

「候補がだんだん多くなっていってしまって・・・絞り込まなくちゃいけないものなんですが・・・ご紹介させて頂くまでには・・・お相手は一人で良いんでしたよね?」

「一人で良いよ!モノが二つあれば!いつも、ポチャポチャムチムチしてて谷間が深いところに顔をダイブさせたいんだよ、俺は!」と福田さん。振り出しに戻る。

「胸肉で窒息死が僕の人生最高の幕閉じなんだよ!いつも夢に見てるのはそれだよ」

キミヨさんの現役時代からそう語っていた。

「そうですか・・・なるほど・・・ある意味ではブレてない・・・

でしたら、最高の子が一人・・・自宅待機の女の子ならおりますが・・・今から車を向かわせて、女の子を乗せてお城でのサービスでしたら30分後にはスタートできます。それとも、どこか派遣先のご指定はありますか?ホテル待ち合わせなど・・・」

「そんなの面倒臭いよ!今すぐいないの?良いオッパイした子」

「あいにくと只今の夕方出勤の女の子がちょっと今日少なくてですねー・・・人数は多いんですが、お客様方には大勢お待ちいただいてる状況ではあるんですが・・・」

「じゃ、オッパイは良いよ!もう。最近入ったばっかりの若い新人さんいるじゃない?その子にして貰おうかな」

「誰のことでしょう?」

急に話が変わってキミヨさんはちょっと頭が混乱した。

「ネットに載ってるよ、今日の六時から体験入店。AさんとBさんいるけど、Aさんでいこうか。ひとまず。まだ名前も載ってないからどっちでも分かりようがないけど」

「ええっと、・・・バストサイズの情報はこちらも把握しておりませんが・・・よろしくて・・・」

「良いんだよ、良いよ、もう。バストは。期待しないから。ただ、いったことないからいっとこうと思って」

「・・・はあ・・・では体験入店の六時からの子ですね。これからの新人さんなので、お手柔らかにお願いしますね。では今夜6時で御予約を承りました。爪は短く切って、遅れないようお越し下さい」

「はいよー」

電話を切ると、隣の席で今のやり取りを聞いていた先輩が話しかけてきた。

「福田のお爺?」

キミヨさんは笑いながら頷いた。

「よく分かりましたね」

「オッパイオッパイ言ってたからね。とにかくオッパイ大きいのが好きなのは福田か西谷か浜名だって相場が決まってるから。それでこの時間帯に電話掛けてくるので、結局新人も好きなのは福田だから」

「凄い!名推理!」

先輩は腕を曲げて力拳をつくって見せ、ポンポンとコブの出来るところを叩いた。

「福田の爺さん、電話口では細かいこと言うけど可愛がられてるよね。現場の女の子達には。害が無いって。」

「そうですね」

「キミちゃんも接客したことあるの?」

「一回あったと思います。わけ分かってない、新人の頃だったけど・・・」

「どんな人だった?私見たこと無いから気になるの!」

先輩は好奇心旺盛な割に怖がりで、お城で電話番しかしたことが無い。それなのに接客経験のあるキミヨさんに色々聞いてくるから、(私だから良いけどもしかしたらこの人、面白がって人を笑いものにしようとして色々聞き出そうとしてると勘違いされて誤解を受けやすいかもしれないな・・・)と思う。自分だってそう思いそうになるときがある。

「まあどこにでもいるお爺ちゃん、ですね・・・」

キミヨさんも当たり障りの無い返しで留めておこうとする。他にも色んな人を相手にして来て、ハッキリ言ってもうオッパイの福田がどんな人だったかなんて覚えてもいない。福田と名乗る客も他にも大勢相手にしたし・・・

「どんな見た目?私の想像では、いつも帽子を被ってるんだけど、帽子を取ると後頭部にフワフワした毛しか生えてないの!それで女の子達が胸を吸わせてあげてるとき、こう、赤ちゃんを抱っこするみたいに、頭を抱えてやって、その柔らかい毛を撫で撫で撫でてあげると喜ぶんでしょう?唇は厚くて、指は太短くて、手のひらに厚みがあって、お爺ちゃんだけどその道の熟練だからなかなか器用にその子その子の良い場所を探り当てるのが上手だったりして!ご近所では立派なご隠居で通っていて、老人会のカラオケ大会を主催したりして、庭仕事が趣味で日に焼けてるの。腰を曲げて肩を窄めて杖をついてトボトボ歩けば実年齢よりも10も20も老け込んで見られ、電車ではいつも席を譲られ、座れるんだけど、女の子の前ではピンと背筋が伸びて、力持ち。急に30歳も若返るの!お城のお風呂場やベッドの上で使うためにパワーを温存して来て、ここぞって時に使うんでしょう?お姫様抱っこで女の子をベッドまで運んであげたりして、『どうじゃ、儂はまだまだやれるんだぜ』ってところをアピールしたり?」

「まるで見たように知ってますね・・・私よりもよくご存じで・・・」

「何も知らないわよ!いっぺんも会ったこと無いし!知らないから想像するしか無いんじゃない!」

「想像の翼が豊かなんですね・・・」

キミヨさんは感心して同僚を見上げた。キミヨさんは座ったままで椅子を少し回転させ、三番電話番の小春さんは、可愛らしい整った顔をしていて小柄だけれど、立ってトイレか飲み物を補充しにか、どこかへ行くところだった。小春さんが自分より年上だとはキミヨさんは思わない。歳は下かも知れないと思っている。それでも、自分は年寄りだ年寄りだと思っている若い人もいれば、(年寄りじゃない、まだまだ若い、年寄り扱いされたくない!)と思っている年上の方もいらっしゃる。自分を基準に考えてはいけない。その人それぞれ、御本人が自分をもう歳だとお考えなら、その考えを尊重しなければ。

「ここにいて、電話番ばかりしてると退屈なのよ。もう私若くもないし、今からじゃ現場に出て働きたくても働けない・・・旦那は私に興味も無いし、ご無沙汰なのよね、かと言って別れるほど不満なわけじゃなし、今更別れたところで、もう一度再就職して結婚し直すのも面倒臭い。不安だし。飽き飽きしててもこのまま死ぬまで慣れ親しんだ安全安泰なぬるま湯に浸かって生きていたいの。ただ、すっごい、退屈!死ぬほど退屈!だからここで働いてるんだけどね、興味があるのは仕方ないことじゃない?自分では現場に入れないからよ。社会的に女としてあたしはもう求められてないから・・・」

「そんなこと無いですよ・・・熟女の部門で募集もかかってるじゃないですか、たまに・・・今は人も少ないしちょうど募集が多い時期ですよ。調べてみたら・・・」

「冗談はやめて!私は諦めてんの。その面では。もう良いの、ただ、知りたいだけ!別に良いじゃ無い、私はめくら同然よ。女の子達にも会ったこと無いし、この先もお客にも会うこと無い。あんたの彼氏に告げ口もしない。だから、教えてよ、キミちゃん?経験者でしょう?」

「そうですけど・・・何が知りたいんですか?」

「具体的にどんなエロチックが行われているか?よ!私が知りたいのは。ここで働いてる醍醐味でしょう?」

「そんなに知りたければ勇気を出して自分で募集に応募してみれば良いのになぁ・・・」

そう言いながらも、電話は鳴り止んでいるし、キミヨさんはちょっと瞼を閉じて思い出そうとしてみた。たった一週間の短いほとんど記憶にも残って無い研修時代、その前の面接の日、それからもうやるだけやった青春を埋め尽くす仕事中毒の現役時代・・・

「あれはあれで、退屈ですよ。もう流れ作業みたいになってくると。慣れって怖いものですね、私もここへ来るまでは男性の裸を見たのも二人くらいしかいなかったのに・・・」

「どんないきさつでここへ来ることになったの?キミちゃんは・・・」

ピリリリリ・・・

電話が鳴った。

キミちゃんと3番電話番の小春さんは目を見合わせた。キミちゃんは仕方なさそうな苦笑を装い、通話ボタンを押して電話対応に戻った。

「はい、もしもし、お城、四番電話です」




続く




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