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お城  作者: みぃ
26/40

キミヨさんは電話番 (R18文学にはこれも送りましたの)

 キミヨさんは“お城”の名物電話番として男性客達に人気がある。ゆったりした南国風なまりと、おおらかで若干駆け引き下手、商売人としてはちょっと舌足らずなところが、かえって可愛いと言うことで。

キミヨさんはもう直接男性客を相手する最前線の現場からは身を引いて久しい。それなのに、まだ彼女を想い続けてくれている昔のお客さんや、直接は顔を合わせたことも無い知らない客から、

「キミちゃんに会いたいよ・・・」

とか、

「お姉さん、他の子じゃ無く、あなたに一目会ってみたいんです。優しそうだから」

等とお願いされることも多い。

「私はもうおばさんですから」

と、そんな時キミヨさんは返事する。

「いくつになっても綺麗に違いない、声は昔と何も変わらないし、僕だって歳だし僕から見たらキミちゃんは娘くらい若いじゃない・・・」

昔懇意にしてくれていたお客様は、情も入り、会いたさが極まって、熱心に持ち上げチヤホヤしてくれる。

「噂を聞いたんです。お姉さんもちょっと前までは現場で働いてたそうじゃないですか?お噂を伺うと、結構人気嬢さんだったらしいじゃないですか?どうして辞めはったんですか?勿体ない・・・僕も一度お会いしたかったです、あなたに・・・その時は僕、まだこっちに転勤して来ていなくて・・・ああ、残念だったなあ!あなたの事を知ったときには、もうあなたは電話番の方へ回ってしまってた!」

顔も知らない一度もついたことのないお客さんは、他の女の子達から噂に聞いたキミヨさんの現役時代の人気を本人に語って、昔を思い出させてくれる。

「どうかプライベートで会って貰えないですか?お休みの日はいつです?」

「まだ決まってないんですよ・・・」

「じゃあ、僕の番号言うんでお休みの日が決まったら教えて下さい・・・」

「ダメです。そう言うのは出来ないんですよ、これお店の通話だから・・・」

「だって仕方ないじゃないですか。じゃ僕にお姉さんの番号教えて貰えるんですか?」

「そう言うの出来ないんですよ、本当に・・・これ、予約を取るためのお店の電話なので・・・」

「そうでしょう?だから、僕が言います。控えて下さい、お願いだから。僕の番号は、090-???-???です・・・」

キミヨさんは優しいから、途中で切ってしまわずにそんな電話でも時間の限り対応してあげる。

「あなたは内面が美しい。優しくて人の心に寄り添う気持ちがある。きっとそんな人が意地悪な見た目をしてるはずがない!内面は外見に現れると言うでしょう、きっとあなたは優しいお顔をしていらっしゃるはずだ!一度で良いからあなたに会ってみたいんです。どうか僕のお願い、聞いて下さい!!」

キミヨさんは苦笑し、相手に見えない首を横に振り続けていた。それでも、自分の顔がほころんでいるのが鏡を見ていなくても分かる。女はどうしたって求められると気分が上がる。いくつになっても、褒め言葉は一番効果のある美容液だ。

「私のことはさておき、今夜はどうしましょう?“お城”には今が花満開の女の子達が百花繚乱、お客様を待ち侘びております。誰か選んであげて下さいな?誰でも良いなら、こちらでオススメの女の子を見繕いますが・・・」

キミヨさんに会いたい会いたいと言ってるその見知らぬ男も、キミヨさんへの気持ちをぶつけたいだけぶつけてしまうと、結局はその夜を慰め一夜を共に明かしてくれる女性、今すぐ手に入る温もりで今日のところは手を打つことに納得してくれる。結局、手っ取り早く相手を必要としている我慢できない寂しさがここ“お城”へ電話を掛けさせるのだ。

“お城”とは、この辺り一帯では有名なお城の形をした風俗ビルの事だった。

 キミヨさんはまだ現役を続けているお城の友達達から最近よく聞かされる、「あんたに似てる子が入ってきたよ、そっくりだよ、喋り方も雰囲気も」と言われる新人が一人目の客を送り出し、次の客を迎え入れる準備を整え、青い『準備完了』ランプを点したのをモニターで確認して、

「では現役時代の私にそっくりだと言われてる女の子を紹介しましょうね」

と、電話の向こうの相手にお知らせする。

「まだ入りたての新人さんですから、優しく扱ってあげて下さい。無理なこと、嫌とかやめてと言ってることはすぐやめるように。出来ないと言われたことを繰り返し求めないよう。良いですね?はい。では1705号室へ。部屋の鍵は内側から女の子に開けて貰って下さい。部屋番号をもう一度言います。1705号室です。廊下の電灯が道を案内します。では、女の子がお待ちかねです。良い時間をお過ごし下さいますよう・・・」


 受付の電話番の仕事は、客の予約を取って女の子に知らせる、何時から何時までこの子の予約は塞がりました、と、サイトに載せるだけでは無い。

 受付とは、お客と女の子を掛け渡す橋であり、女の子にまだ会わせる前の(声だけではあるが最低限の)検問所でもあり、出禁指定のストーカー男を間違って指名の女の子に入れてはいけなかったり、相性もあるし、できるだけ初客と入店すぐの働き出して日も浅い女の子とを組み合わせても良くなかったり・・・(何かトラブルが起こったときに、どちらの言い分が正しいのか、どっちも新しい者同士だと店との信頼関係もまだできていなくてジャッジがしにくいからだ。)

意外に頭も使うし気も遣う、疲れる仕事なのである。


 こういった作業をしていると、必然、鼻息の荒いただ誰かと話したいだけの変態への電話あしらいも上手くなり、情報通にもなっていく。

 昔は現場に出て第一線で客と肌を合わせ四肢を絡めて働いていた経験者で、実績のあるキヨミさんの、もう一つの重要な役割は、女の子達がポロポロ溢す愚痴を拾って解決の糸口を検討し一緒に悩んでやり痛みを共有する、悩み相談だ。

 現役で現場で頑張る女の子達も、経験者であり顔はお互いに知ることが無いキヨミさんには、悩みを打ち明けやすいらしい。キヨミさんも、できるだけ公平に可愛い後輩達の悩みを聞いてやり親身になって相談に乗ってやろうとする。けれど、秘密や情報が集まってくると、気になる関係性の今をときめく男女も現れてくる。

 

 今一番気になっているのは、モモちゃんという人気者の女の子と、その子に割と気に入られているらしい町田さんと言う年頃も近いらしい青年の、二人だ。

受付嬢でありながら、キミヨさんはこの若い二人を出来るだけ逢わせてやりたいと思ってしまう。

ちょうどモモちゃんの体が空いた頃に町田君が電話を掛けてきて、

「モモさんで予約したくて・・・」

と言ってきた日には、(よしっ)と内心でガッツポーズを決める。それとは逆に、ちょうどモモちゃんの予約が埋まった後で町田君が電話を掛けてきて

「モモさんは空いてますか?」等と言うと、(遅いんだよ!何やってんだよ!町田よお!)と町田君を叱り付けたくなる。

これは、

「キミさん、・・・」と言いにくそうにモモちゃんから相談を受けたからでもある。

キミヨさんが現場を退いてから入店した女の子達は、顔を知らないキミヨさんを何故だか信頼しているみたいなのだ。

「相談なんですが、これ、他に誰にも聞かれてませんよね?この内線電話」

「うん。どうしたの?聞かれて困る内容なの?」

「いや、分かりませんが・・・」

「私で良ければどうぞ?聞くだけ聞くよ」

キミヨさんはパソコンでモモちゃんのページを開いてみる。従業員であっても、顔出しNGで働いているモモちゃんは唇から下の写真しか閲覧できない。客の口コミでは、大人しく顔も可愛らしい良い子、オッパイは大きめ、と評価は高い。実際の客入りの良さから、物分かりの良い優しい子なのだろうと想像は付く。

「・・・実は、好きなお客さんが出来ちゃって、それで仕事が辛いんです」

「まあ・・・それは・・・可哀想に・・・でも、まだ辞められないの?この仕事は?」

「辞められないんです。経験ありますか?キミさん・・・友達の先輩から、受付のキミさんは現場でも働いていた経験者だってお聞きして・・・」

「働いてたよ。まあ、無くは無いよね。客の一人に特別な感情を持ってしまうこと・・・体張るお仕事だけど、心は満たされないものがあるもん。貶されたり、軽んじられたり、その分余計に寂しいというか・・・心を預けられる本気になれる人が欲しいというか・・・分かるよ。」

「これから先どうしたら良いでしょう?」

「誰なの?その相手の男は?」

モモちゃんは自分から相談してきたくせになかなか男の名前は言い出しにくいみたいだった。そらそうだろう、もしか上に報告されてしまったら、仕事の邪魔になる危険性があるからと、わざと遠ざけられる可能性もある。その相手の男に迷惑がかかる恐れもある。それに、自分は信じていても、もしかしてその男が遊び人で、自分に言ってることと実際やっていることは全然違っていて、色んな女の子を同時に口説こうとしているだけかもしれない。受付は女の子と客を繋げる役目の仕事だから、どの客がどの女の子をよく指名して来ているかを全部把握している。

『あんな男の言う事聞いて信じてるの?やめときなさい、その人はあっちこっち毎日違う女の子を指名して遊び回ってる自由人だから』などと明かされて傷つきたくない・・・隠されて笑われ、可哀想にと哀れまれるのも恥だ・・・

色々悩んでいるのが分かる数十秒後、ようやく意を決してモモちゃんが打ち明けてくれた。

「町田さんって言う人なんですが・・・さっきお見送りしてきたばかりの・・・」

「ああ、いつも金曜日の夜に来てくれるあの疲れた声の町田さん?」

「そうです」

「あの人は結構本気かも知れないね、モモちゃんが予約いっぱいだってお伝えしたら、じゃ他の子でも良いんでって言わないから。『そうですか、』って残念そうにすぐ電話を切るよ」

(まあ別の店に他の可愛い人がいるなら、こちらはそこまでは把握できないけれど・・・)と言葉には出さずにキミヨさんは思った。

「本当ですか?!」

それでもモモちゃんの声は急にパッと華やいだ。

「町田さんも私だけなのか・・・な・・・」

モモちゃんも馬鹿な子では無い。風俗嬢とて、なんにも考えていなくて人気者にはなかなかなれない。モモちゃんも自分で、また明るくばかり考えていられない二人の数々の障壁に思い当たったのだろう、すぐ語尾が物思いに沈んでいく暗い声に戻ってしまった。

「私生活で会ったことはある?」

「まだないです。・・・この内線、本当にキミさんだけが聞いてるんですよね?」

「うん」

「実はあります。でも、偶然なんです!偶然、電車で向かい合わせに座ったんです。四人掛けの窓際に。膝がぶつかりそうな距離だから、目と目が合って、会釈されたらこちらも無視するわけにいかなくて・・・また来て欲しい優しいお客さんでもあるし・・・」

「他の人より特別優しいの?」

「皆優しいけど・・・」

「常連さんはそうだよね」

「でも私達、LINEも交換してません。」

「ほお。それはなんで?」

「だって、何か怖くて。自分が電話掛け過ぎてしまうんじゃ無いかとか、嫌われたらどうしようとか、番号って女の方から聞いてもおかしくないのかなぁ・・・とか・・・」

「町田君は聞いてこないの?」

「聞いてくれません」

「何やってんだろうね、まったく!今時の若い男の子は!町田のマチは待ちの待ち田だね、こんな可愛い人気者の娘が色々悩んで胸焦がしてるって言うのに!・・・それで?町田君とは電車で出会って何か進展はあったの?カフェへ行っただとか?お店の時間中には出来ないような何か純朴なお喋りとかした?」

「ホテルへ行きました」

(なんだと?!)

キミヨさんはヒヤッとして思わずイヤホンをギュッと耳の奥へ押し込み、声が漏れていやしなかったかと、左右をキョロキョロ見回してしまった。四人いる受付嬢の一人は今日はお休みで、残りの二人はそれぞれ自分の通話に忙しく、こちらに構ってなどいない。

「ホテル行ったの?」

「はい」

「ほお。それは・・・町田君が行きたいって言ったの?」

「どちらからともなく、です。とりあえず、行こっか、ってなって」

「ふうん・・・そう言うもんかねぇ・・・」

「私も行きたかったんです。彼がそうしたそうにしてるのが分かったから。」

「なるほど」

「ちょっと怖かったけど」

「そらそうでしょうね」

「お店では何かあったら誰かが駆け付けて助けてくれるけど、プライベートではバックが誰もついていないし」

「自己責任だよ。危ない橋渡ったねぇ」

「でも、その時はチラッとも怖いと思わなかったんです。頭の片隅に知識は上ってきたけど、そんなの今は関係ない、と思えて・・・」

「まあそれが恋というものだわ。あなたも行きたかったのね、二人だけのプライベートな空間に」

「はい」

「それで?どうでしたか?」

「お店と同じでした。でも、素敵でした。一緒にまた駅まで手を繋いで帰れて」

「なるほどねぇ・・・」

「別れるとき、連絡先聞いてくれるかと思ってたのに・・・」

「聞いて貰えなかったのね?」

「お金渡した方が良いのかな、って聞かれました」

「ああ・・・」(町田ぁああ・・・)とキミヨさんは思った。

(嗚呼・・・)額に握りこぶしを当てて、目を閉じ、やるせなさを電話口の二人で共に味わった。

「町田君て何歳?」

「私のひとつ年上です」

「あなた、プロフィールには19歳って書いてるけど、本当は?」

「あ、すみません、22歳です」

「だとしても若い!」今年40歳の大台を迎えるキミヨさんは思わず声に出してしまった。

「あのね、町田君も真面目な子なら、色々考えてたんだと思うんだよね。ホテルへ向かって歩いて行く道々、駅へ向かって帰る道々。その時、彼、ペラペラ喋ってた?」

「いいえ、頭の中で私も色々考え事してて・・・手だけはギュッと繋いでました・・・」

「男の町田君の方でも色々考えたのかも知れないよ、『この子、風俗店で働いてて慣れてるのかなぁ、自分が遊ばれるのかなぁ、』とか、『この人、お金が無くて風俗店で働いてたんじゃ無かったのかな、じゃあ、お金に困ってるなら今もお金払ってあげた方が良いのかな、』・・・とか・・・お金をあなたは受け取ったの?」

「受け取りました」

(受け取ったんかい!)キミヨさんはよく分からなくなってきて頭を抱えながらも、まあ状況を目で見たわけでも無し、自分とはそもそも立場も考え方も全然違う女の子の話だ、と思い直した。

「まあ、色々あったにせよ、まだあなたがその町田君のこと本気で好きならね、受付のキミ姐さんはその事を心に置いて、できるだけの協力はさせて貰いますよ。でも、出来ることは少ないけどね。私にもあなたたちだけをえこひいきしてモモちゃんに会いたがってる他のお客さんをみんな違う女の子に振り分けたりできるような、そんな権限もないし、そんなことされたってモモちゃんのお給料が減るだけだし、困るでしょ?」

「困りますね・・・」

「でも、お城で知り合ったお客さんとホテル行ったこととか、お金受け取ったこととかは、あんまり他の人には言わない方が良いと思うなぁ」

「多分、そうですよね・・・言いません。・・・だけどみんなやってることだけど・・・」

「多少はそうかも知れなくても。でも、堂々とやりだしたら終わりだから、ね?」

「そうですね・・・」

キミヨさんはこっくりと頷いた。

「ここで稼いで貯めたい目標額とかは設定してるの?」

「してません。」

「何のためにここで頑張ってるの?モモちゃんは?踏み込んだこと聞いてごめんね」

「旦那がヒモなんです」

「だ・・・旦那さんがいるの?・・・モモちゃん・・・」

「います。ここだけの話にしてくださいね?」

「もちろんだけども。よく私に教えてくれたもんだと思うけど・・・」

「旦那はヒモなんですよ。なんか鬱みたいで。私が働かなきゃ、やっていけないんです。子供三人いるんで」

「子供・・・まあ・・・そぉお・・・?」

「そうなんです。周り目標額設定してサッと稼いで辞めていく子達ばっかりで羨ましいんですけど、私は下の子が小学校行き出すくらいまではここで踏ん張らないと・・・」

「旦那さんの子・・・だよね・・・?こんなこと聞いて良いのかなあと思うけど・・・」

「旦那は父親役はやれるみたいです。そら、そのくらいはやって貰わないと!困ります。働かざる者食うべからずで。私が養ってるんだから年長の者が年下の者の面倒見るのは当たり前ですから。・・・私も忙しくて時々ピル飲み忘れて仕事してるから、全員が確実に夫の子だって言う確信は持てないけど、でも、私から産まれてきた子達はみんな私の子供達です」

「・・・うん、・・・それはそうだね・・・」

「でも旦那、子作りにも熱心なんです」

「あらあらまあまあ・・・」

「避妊して、って叫んでも、なかなか。仕事から帰ってくると、玄関で待ち構えてて。そこだけは言うこと聞いてくれなくて。そう言う時だけ雄の馬鹿力発揮して、私のこと押さえつけて、帰ってきて早々、お風呂にも入らせて貰えずに種付けしはるんです。」

「恐ろしく愛されてるのかねぇ?」

「愛とか憎悪とか、色々な感情を感じますけど、・・・」

「まあ大元の根源は愛よねぇ」

「ですかねぇ?」

「とにかくあなたはピルは飲み忘れない事よ!お城での仕事からなるだけ早く足を洗いたいならね」

「でもシャンパン入れて貰って売り上げも立てたいし、そうするとどうしてもあたしお酒本当は弱いから、酔っちゃって。次の日の出勤前まで頭がフラフラしてるんです。」

「言い訳は抜きにして。あたし、あなたのお母さんみたいな歳の先輩なのよ。心配で仕方なくなってきたわ。仕事早く辞めたいんでしょ?」

「そうですね・・・でも、辞められないし、私この仕事にそれなりにプライドも持ち始めてて。今までこの仕事しかやったことないし。辞めないでくれって言わはるお客さんも大勢いてくれて。」

「若くないと今みたいにいつまでもは続かないと思うよ・・・」

「だけど、沢山愛され続けることによって若さも保てると思うんです。うちの棟の一番トップの姐さん、知ってはりますよね?」

「当たり前でしょ。もちろん知ってるよ。すずゑさんね。私も現役時代はモモちゃんと同じ棟の端くれで働いてたんだから。すずゑさんの事は同じ棟じゃなくても誰でも知ってるけど・・・あの人今年で90歳?」

「端くれだなんて。キミヨ姐さんは今でも伝説ですよ。

 すず姐さんはちょうど90ですね、今年。うちらの棟ではクリスマスよりもハロウィンよりも企画のでかいイベント打ち出すんですよ!誕生月2月なのにもう今からハロウィンよりすずゑバースデーに向けての準備で忙しいくらいです!受付からも宣伝お願いしますよ!!コケるわけにはいかないんですから!!」

すずゑさんと言うのは現役でバリバリ働き続けている“お城”に四つある棟の四天王と呼ばれる四人の稼ぎ頭のうちの一人。この城にいて知らない者などいない女の子達の憧れの的的存在なのである。いくつになっても愛され続けるのは女の夢。死ぬまで愛され続けたい、その女の夢を体現し続けているのがすずゑ姐さんなのだ。

「10年後はどんなことになるんだろうね・・・?」

「そら100歳イベントでもう大変ですよ!神の領域ですね・・・今でもレジェンドだけど。形容詞が追いつかないの美魔女ですよ」

「でもみんながすずゑ姐さんみたいになれるとは限らないよ・・・」

「でも、成ろうとしなきゃ成れないでしょう?私もここまで来たらレジェンドの背中見習おうかなぁ・・・って。」

「ここまで来たらって、まだあなた22歳でしょう?」

キミヨさんが堪えられなくなって笑い出すと、モモちゃんはちょっとムッツリ黙り込んでしまった。

「分かった分かった。」

意外と温厚に見えてもモモちゃんって意地になる子なのかなぁ・・・とキミヨさんは思った。そうだろう、それでなければここまでも上り詰めることはできないはずだ。

「あなた最初はサッサと目標額貯めて辞めていける他の子達が羨ましいって言ってたからね、姐さん、辞めたくても辞められない事情があって可哀想だなぁと思ったの。モモちゃんのこと。でもそうでも無いのね?」

「そう・・・ですね・・・日によって気持ちは変わりますよね?ああ辞めてやりたい、と思うこともあります。でも、今すぐには辞められないんだし、お金にもなるし、この仕事なら慣れてるし、酸いも甘いも知り尽くしてます。他の仕事は今はできません。ここでやるしか無いんです。3年後、5年後、10年後に、どうなってるかなんて分かりません。なるようになってるんですよ!

町田さんと上手いこといってるのか、旦那が鬱から生還して今までの分取り戻すようにバリバリ働いてくれてるか、私が性病でとっくにくたばってるか、それとも全く別の誰か王子様が現れて、私も子供達もついでにヒモの旦那の面倒もまるっと見てくれて、町田君との付き合いも許してくれて、それであたしをお嫁にしてくれて、って、そんな夢物語が叶ってるかも知れないじゃ無いですか?!この世の中、何が起きるか分かりませんよね!『え、あんな不細工で取り柄の無い子が?』って子が、良いとこだらけの皆が羨む王子様と結婚して店を辞めていく、そんなのざらに見てますもんね。このお城では日常でしょ?

私はとにかく今を生き伸びてるだけですよ、毎晩欠かさずパックして、加齢に逆らって。辞めてやろう、とか、今に見てろ、続けて私の客を寝取った子からまた私も客を取り返して、見返してやろう、とか、毎日毎時毎分、考えは変わるんですよ!!」

「ピルを飲み忘れるのはどうしてなの?」

熱くなってきたモモちゃんに鋭く切り込むように、キミヨさんは落ち着いて質問を投げかけた。

「出来たら出来たで、子供は可愛いもんですし、なんとかなっていくもんです。お腹が膨れてる間も割と私、お客さんに応援して貰えて来たんです、今まで。臨月までは働き続けて、『このお腹の中の赤ちゃんは僕の子の確立何パーセントなのかなぁ?」って、お客さん、膨らんでいくお腹をさすりに来てくれて、別に離れていって来てくれなくなるばっかりじゃ無いもんです。そう言う時にこそ、真に人生寄り添ってずうっと支えてくれる人かどうかの見分けも付くってもんですね!先輩、愛が最後に残るんですよ。ふるいに掛けられ、最後まで残ってくれてるお客さんは真に私のこと愛してくれてる殿方なんです。ピルなんてしゃらくせえ。避妊なんて寂しい、悲しい。性病に罹る危険を冒さなくちゃ、可愛い赤ちゃんは手に入らないんですよ。

そら、うるさくして言うこと聞いてくれなくて、『なんで私のお腹から生まれてきたくせにこんなに私の言うこと聞いてくれないの?!』って、ひねり殺したくなるほどムカつく時もありますよ。子育て中はみんなが一度は経験することです。『そんな経験無い』なんて言うママ友のこと、私は信用できませんね。それはよっぽどお金があって裕福で、ゆとりを持って全力を子育てに傾けられる聖人の心を持った超人か、家政婦を雇ってるか、お婆ちゃんとかに毎日預けて自分は実際には子供の世話してないか、どれかでしょうね。キミヨ姐さんは?子供いましたっけ?」

「私はいないな・・・」

「可愛いですよ。子供って。ピル飲み忘れるほど可愛いです。テコテコ走り出すようになってからなんて、もう、ピル飲み忘れるほど、家中ありとあらゆる物破壊して回る怪獣だしすぐ病気に罹るし、キンキン声で泣き叫ぶし、猛烈にお金かかる化け物だけど、それでも、あともう何匹増えたって良いなぁって思える天使ですよ!」

「なるほどねぇ・・・」

子供が一人もいないキミヨさんは何とも言えなくなって、少し物思いに耽りかけた。その時、モモちゃんの部屋のドアが遠慮がちにノックされる音、モモちゃんがハッと小さく息を吸い込む音、次いで、バレていないとでも思っているのか、大目に見て許して貰えると踏んでいるのか、部屋のドアをソロソロと開閉し、誰かを部屋の中に招き入れるような音が聞こえて来た。

「モモちゃん、・・・今、部屋の中に誰か引き入れた?」

「いいえ、全然そんなことしてません!!」

「モモちゃん。」キミエさんは椅子の中で姿勢を正し、先生のような声で改まって発声した。

「キミ姐さん黙っててあげるから、本当に本当のこと言ってごらんなさい?今、間夫が部屋に来たんでしょ?待機時間中じゃない?人を部屋に入れる気配がしたわよ?大罰則が待ってるわよ?今なら大目に見てあげる。キミ姐さんにだけは嘘つかないで。」

しばらく考えているのか、間があった。

町田君と目を見交わせているんだろうか?その情景が目に浮かぶ。恋人同士にだけ分かる目の合図か手話か筆談か何かで、町田君と相談しているんだろうか?・・・ちょっと羨ましい。

(・・・私も現役時代にもっと派手に生き生きとやりたい放題にやってれば良かったなぁ、モモちゃんみたいに・・・)とキミヨさんは黄昏れた。

と、耳の中で、何やら淫猥な濡れた音がし始めた。ピチャピチャ、シチャシチャ、クチャクチャ・・・と。おいおい、おっぱじめやがったど!!

舌と舌を絡め合わせ、互いに激しく吸い合い、唾液を求め合っているのか?そう想像し始めるともう、そうとしか考えられない音である。

でも聞こえていない風を装って向こうも間夫と面白可笑しくやっているのだから、おちょくられているのやら単に忘れられているのやら、黙っているキミヨさんでもない。

(聞いといてやるわ!やれるだけやってみなさいな!)と、疲れてきた右耳からイヤホンを外し、掻っ穿って聞こえを良くした左耳に付け替えた。

聞き耳を立てていると、二人はだんだんキミヨさんに聞かれていることなど頭の遠く彼方に忘れ去ってしまったのか、愛の言葉を囁き始めた。

「嗚呼、モモちゃん、会いたかったよ。可愛い僕のモモちゃん・・・」

「嗚呼、会いたかった、花島さん・・・何年ぶりなの?モモはずっとずうっとあなただけを待ってたのに・・・」

(なんとなんと!)キミヨさんは天を仰いだ。町田君ですらないとな!!

(モモちゃん、町田君じゃなかったの!?あなたの好きな人って?!)

「あん、ああっ、はああ、花島さん、そんな・・・いきなり?もおっ!待てない子っ!!」

いきなり挿入したようだ。まるで聞かせるためにわざと接合部付近にイヤホンを持ってきているのかと疑いたくなるほどの大きな音でピストン運動の度に湿った音が轟く。

ずぼ、ずぼ、ペチン!「あんっ!」びちゃ、びちゃ、「やああ、ああんっ!!」・・・

(なかなかやってくれるわね、モモちゃんよ・・・)と長期戦に備え頬杖を付きながらキミヨさんは思った。

(おう、やれや、やれやれ!もうこうなったら。)キミヨさんは目を閉じ、呆れを通り越して感動の域に辿り着いて既に応援し初めている自分がいることに気付かされた。

(頑張れ、モモちゃん!花島君よ!やれやれえ!!)

「嗚呼、はあ、花島さん、ベッドへ行きましょう・・・」

「いいや、このまま・・・」

「あっ、待って!ちょっと・・・!!」

「大丈夫だよ、支えてるから。」

ドン、と何かぶつかる音。ガチャン、と瀬戸物が割れた音、それに取り合わず続く湿った物同士が激しくぶつかり合わさる音。

・・・ちょうど男の腰の位置に来る飾り箪笥の上にでもモモちゃんはお尻を乗せられたのでしょうか?それで肘でもぶつけて箪笥の上の造花の白椿を飾った壺か何かが床へバサッと落ちたのでしょうか?匂い立つ花の香、割れて飛び散った危ない欠片・・・それでも二人はその事さえ後で処理しようと、今は愛欲に溺れきって、互いの体に爪を立て合い、歯を食い込ませて性愛を貪っているのでしょうか?

目を閉じたキミヨさんの瞼の内側には柔らかな花を踏みしだいて燃え上がる禁じられた愛の情景が、妄想が、広がり止まらない。

「ああっ、動かさないでッ!それ以上っ!」

「なんで?」

「正気が保てなくなっちゃう・・・!!」

「良いよ。イってしまえ。ほら!ほら!ほら!おら!おらぁ!これでもか!これでもかぁっ!」

男が意地悪く、女の表情を堪能しながらズンズンますます激しく腰を突き上げ女の奥を貫く音がする。

「あっ、あっ、ダメ、だめっ、ダメって、言ってるのに、ああああああああああおおおおおおおお・・・」

ジャアアーッ、勢いよく水流が迸る音、ビシャビシャピシャピシャ、なおも続く際限ない抜き差しの音、ポタッ、ポタッ、・・・と雫が垂れる音・・・どうやらモモちゃんが失禁してしまった模様。それから後、暫くは物音がしなくなり、

「ひゃあっ」

とん、という微かな音。ズルズル何かが擦れ、滑り落ちる音。キミヨ姉さんは音量のボリュームを上げた。

「おっと。しっかり。ドアノブを握って。踏ん張れ。壁に手をついて」

どうやら男が次の体位に移ろうとして、女が箪笥から下ろされ、立たせようとさせられたのだが、まだ早すぎて、女はふらふらと失神しかけ、壁に沿ってずり落ち掛けたのを男が受け止めてあげたようだ。

「ベッドへ・・・お願い・・・」

「ダメだよ。今日はこのまま・・・」

「脚が・・・もう立てない・・・」

「支えてやるから。掴まって・・・」

「ああっ、何するのっ!?待って待って・・・!」

キミヨさんの頭の中で、モモちゃんはバレエダンサーのように床に垂直な片足立ちになり花島さんにグイグイ足首を掴み上げられて、長い綺麗な髪は床の毛足の長いトルコ産の絨毯に届きそう、苦しい姿勢で息も絶え絶え、豊かな胸が呼吸に併せて激しく上下し、ハートのペンダントトップは胸の谷間から滑り落ちて顎に引っかかり、・・・

ドアと男の身体の間に挟まれ、足首を持って半分宙吊りにされたモモちゃん・・・

そこにまた黒光りのする男根がガップリと・・・

「苦しい?」

「んんん」

「愛してるよ」

「んー!んんんん!!」

(違う!想像したのと違う音がする!口にテープでも貼られたのか?!首を絞められてるのか?!モモちゃん!!)

キミヨさんはハッと目を開け、音量のボリュームを更に最大限まで上げた。何か犯罪にモモちゃんが巻き込まれたのかと一瞬真面目に心配してあげたのだが・・・

(どのボタンが室内を見渡せる緊急時用救命覗き見ボタンだったかしらっ!?)と焦って各部屋のシャンデリアに取り付けられた防犯カメラの非常ボタンを探してしまったのだが・・・

「口から出して、言ってみて。きみは誰のものか」

「あなたのものよ!!」

「僕もだよ。愛してる」

「んーんんん!(多分、愛してると言ったのであろう)」

なあんだ。ただのイラマチオだった!両足首を持って逆さ吊りにされ、壁に後頭部を押し付けられての、ちょっと苦しいアクロバティックな。

キミヨさんはモモちゃんが殺され掛けているのかと思ったのだ。心配して損した!

(はああ。何だか、飽きてきたなぁ・・・人の情事に聞き耳を立ててるだけじゃあ・・・)その思いと裏腹に、否、その思いの通りに、と言うべきか、キミヨさんは、右の膝を上にして組んでいた現役時代は美脚と褒めそやされ数々の男達をそれで虜にしてきた自慢の脚をムズムズと組み替え、ヒクつく秘めた部位の疼きを周りに悟られないように、素早くボールペンを脚の間に滑り込ませ、ネジネジと脚を再度組み替えた。そうすることで、切ない熱を持ち始めた自分の孤独な秘部に、この場しのぎのオモチャの相手を与えたのだ。

そんなことをしてる間に、左耳の中では、二人のフィニッシュが迫っていた。

「・・・モモ?」

「んん」

「口に出すよ」

「んぶっ!んんん!」

「嗚呼、俺もうダメだ、もう出る、ベッドまでなんて我慢できないよ」

「んーっ!んんんーっ!!」

「一旦出す!この次はベッドで楽しませてあげるよ!」

「う、ん」

コトコトいっていた小さかった音が、次第にガンガン、ドシンドシンという音に変わり、(もしこれが女の後頭部が男の腰と壁に挟まれてぶつかってる音だったら可哀想だな・・・)とちょっとキヨミさんは、ずっとベッドに行きたがっていたモモちゃんをちょっと哀れんだ。

「いくよ」

「んんんっ」

「嗚呼、嗚呼、モモ・・・!モモ・・・ちゃん・・・」

「んん、ん・・・」

「はあ、・・・嗚呼、よいしょ、っと・・・」

「嗚呼、口が・・・顎が・・・痛いよお」

「ごめんね」

(それにしても今日は暇だなぁ・・・)デスクの下でスカートを捲り上げ、ボールペンの先の丸いお尻で自分の熱く熟した果実を弄くりながら、キミヨさんは温度の高い溜息を吐いた。(電話鳴らないなぁ・・・)

左耳の中の寸劇はまだ終わっていない。

「今度はベッドで、ね?ゆっくりあなたを味わせて?」モモちゃんのはしゃいだ声。

「ちょっと待ってよ。何か飲ませて。ちょっと休憩しよう。男には回復時間が必要なんだよ。俺ももう若くない・・・」

「ダメ。花島さん!お客さんが来ちゃう前に。早くしよ?ハグだけで良いから・・・」

「引っ張らないで。まだダメだ。装填中。」

「何?」

「銃に弾を込めてます。準備中。」

「早く撃って。狙いを定めて」

「照準はもう合ってるんだけど。備品の輸送が遅れてます」

「じゃあチュー!」

クチュクチュいう音。

(またか!もう聞き飽きてきた・・・)

「あっ!嫌ぁっ、花島さん、爪が尖ってる・・・!」

「あっ、ごめんよ、モモちゃん!大変だ!!キミの大事な身体を・・・!!指でいかせてあげようと思ったんだけど・・・傷付けてしまった・・・!!」

「良いの。今日はこの後は花島さんが全部私をお買い上げしてくれるんでしょ?」

「それが・・・モモちゃん・・・」言いにくそうに口籠もる花島。

キミヨさんは通話終了のボタンに載せかけていた指を離した。

「どうして?できないの?」

「出張中にカメラを無くしてしまったんだ、あれが無いと僕は仕事にならない・・・!!」

「どうするの?」

「それで・・・今日はそれで・・・きみに折り入って相談に来たんだ・・・」

「嘘よね?・・・やめてよ・・・冗談でしょ?・・・花ちゃん・・・?」

「きみにしか頼めない相談なんだ・・・!!」

「まだ前に貸してあげたお金も返してくれてないじゃない!!ちょっと、良い加減にしてよ・・・?!」

地団駄を踏んだようなドシ、ドシ、という可愛い足音が聞こえてくる。

「怒ったきみの顔も素敵だ。可愛いよ」

(待てよ・・・)キミヨは思い出した。どうりで途中からどうも男の声に聞き覚えがあると思ったわ!花島とはあの花島か?!悪名高き遊び人、時々遊び名を変えるも、いつもいつも花という一文字は偽名に入れてくる。私もこいつの上手すぎる愛撫と絶妙に色っぽい横顔と他では味わえない絶叫マシンのようなスリリングでアクロバティックな体位にクラクラのぼせ上げ、こいつが噂に聞くワルだと知っていながらも、(嗚呼今だけはこの人が私の腕の中にいる・・・)と人には言えぬ優越感に酔いしれて、極めつけの悶絶の巨根にノックアウトで、狂わされ、一時は働いただけ全部を注ぎ込んで喜んで騙されていたことがあった。(ここに居やがったか!)私の立花さん・・・

(ははあん!!それでベッドでやりたがらなかったんだな・・・)とキミヨさんは人事だから気付いた。同時に、モモちゃんも今になって気付いたようだ。

「それでベッドを汚さなかったのね?!セコイ奴!私を買うお金が無いって最初から分かってたからだったのね?!ベッドでは客を取って、俺のために稼げ、と言うワケね!酷い奴っ!!」

「ごめんよ、ごめん・・・こんな僕を許してくれ・・・!それに大事なきみの身体に傷を付けてしまって・・・本当にごめん・・・この通りだ!・・・済まない、俺は今夜はきみを買ってあげられないのに・・・」

「本当よ!どうしてくれるの?!ここで稼いでんだよ!あたし等は!!」

パアン、と股を叩く音。

「・・・今日は休む?」

「・・・休みたいよ・・・もう、ずーっと死ぬまで休んでいたい・・・!!こんな爛れた仕事、早く辞めちゃいたい・・・!!花島さんが早く一流のカメラマンになって、私をここから救い出してよ・・・!!」

急にモモちゃんの涙声がくぐもったので、花島が腕を広げ、その胸にモモちゃんが撓垂れかかり、抗わず抱き締められたのだと分かった。

(花島・・・だけど花島って、たしかコロンちゃんにも上客で通ってたよなあ・・・さっきもコロンちゃんに誰か客が付いてて帰したばかりじゃ無かったか?そう言えば・・・)

キヨミさんは待機中の青ランプを点したばかりのコロンちゃんのページを開きタッチパネルを操作して接客履歴をチェックした。すると・・・

(うわぁあああ、この男・・・!!花島って履歴、残ってるぅうううう!さっきコロンちゃんの部屋から出て来て、この男、そのまま歩いてモモちゃんの部屋に来たのが30分前・・・コロンちゃんが接客を終えたのが35分前!うわぁあああああああ!)

キヨミさんの頭の中で点と点がピーンと繋がった。

(そうか!こいつ、馴染みの女からは金を巻き上げ、その巻き上げた金で別の女に対しては上客になってやり、飽きてきたら撒き餌を回収するように「借りる」という名目で夢を見させて集金し、また別の女に種を蒔く・・・そう言うやり口を繰り返して上手に次から次へ女にたかって生きてるんだな、色男め!)

左耳から男前な諦めきったモモちゃんの声が聞こえてきた。

「仕方ない、今日のところは私が自分で自分の一夜を買うよ。でもそのかわり、夜が明けるまで私と一緒に居てよね、花島さん・・・」

「ありがとう。戦場から帰ってきたばかりで、正直今夜泊まる安宿を借りる金も持ってなかったんだ・・・」

「じゃあ今夜はここに泊まってって。帰らないでね。お腹は?どうせ空いてるんでしょ?あたしはさっきのお客さんに食べさせて貰ったけど・・・」

「ちょっと空いてるかな・・・」

「良いんだよ、正直に言っても?どうせならペコペコだぁ!って白状したら?私、あなたが豪快にむしゃむしゃパクパクいっぱいホッペ膨らまして食べるところ見てるのも好きだよ・・・」

(あっ、しまった!)これからルームサービスを取るんだろうな、と予想したときには、もう遅かった。キヨミさんは通話終了ボタンを押すのが一手遅れ、

「あっ!・・・」モモちゃんに、部屋付き電話の通話が切れていなかったこと、二人の逢い引きに聞き耳を立てていたことを知られてしまった。

「キミ姐?聞いてたの・・・」

「ごめん・・・」

「・・・分かってると思うけど、誰にも言わないでね。このことは・・・」

この子こんな声も出せるんだ、と感心した。低い、暗い、猫が喧嘩前に威嚇で出す唸り声のようなドスのきいた可愛い声。

「私も、あなたの盗聴癖のこと黙っててあげるから・・・」

「分かった。だけど心配だわ、その立花、じゃないや、花島って男・・・」

「分かってる。悪い噂が絶えない人だって事は。だけどもう遅い。煙草と同じ。本気になりゃあ、いつだってやめられるってのは分かってるんだけど、まだ今じゃあ無いんだよねぇ・・・」

「だけど・・・」

「姐さんも現場に戻ってきたら良いのに。まだまだやれるよ、枯れてないない。電話切らずに興味津々でうちらの喘ぎ声聞いたりして!濡れちゃったりしちゃったんでしょ?一人であそこつつくのも寂しいもんがあるんじゃ無い?ちょっと前までは売れっ子だったんだから。勿体ないよ、まだ枯れて干からびるには。また横並びで一緒にこっちで働こ!?キミちゃん!」

「考えてみようかな・・・」

「じゃあ、そういうことで。聞いてたんなら分かるよね?今日は私、ご予約満了御礼で受付終了にしといてね。この分は自腹で払うから」

「了解。良い一夜を」

「キミちゃんも!」


 通話が切られた。キミヨさんは脚の間からしっとり濡れたボールペンを取り出し、スカートを引っ張り下ろした。

「長かったね。何か相談受けてたの?」

左隣の先輩がさっきから退屈そうにしていて、イヤホンを外した途端に話しかけてきた。

「まあ、ちょっと。今時の若い子にも色々あるんですねぇ、でも凄いですね、今時の子って・・・」

「あたしから見りゃあんたもおんなじようなもんだよ。まだ青い青い!」

先輩はバシバシと親しみを込めてキミヨさんの肩を叩いた。鳴り出した電話を慌てること無く、それでキミヨさんよりも素早く、通話ボタンを押した。

 まだまだ夜は長い。キミヨさんの夜勤は始まったばかりだ。




続く


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