マンションの話4
生理が来ました。計算よりもかなり早く。二重生活が始まって3週間経たないうちの事です。
ネットやビッチな女友達からの情報によると、いっぱいエッチし過ぎると子宮がビックリして生理が周期よりも早く来るらしいのです。活発な性活動により体も適応しようと活発化してサイクルが速まるのだとかなんだとか。
本当なんだかどうなんだか、真相は定かではありませんが、私は内心かなりホッとしました。もうお腹の中をボコボコに日がな一日片時も休みなくずうっと殴られまくっているような生活を送っていて、膣の内壁が腫れ上がって元に戻る暇も隙もあったもんじゃ無い状態が続いてる気がしていたので、このままでは一体どうなってしまうのか・・・?と考えるだに不安だったからです。
「生理だから、ちょっと、終わるまではやめとこう?」と言えば,2人ともそうだなぁ、と、一日二日は休憩してくれるか,少なくとも手加減くらいしてくれるはずだと考えたのです。
二人の反応は、これまた両極端に対照的でした。
以前からヒロキは生理の日にも一考にお構いなしの人でした。
小さい頃から女兄弟もいるし、生理中のママ活ママとの営みもあるようだし、女性経験はこれまでだって豊富で、ヒロキは経血を特別珍しいものと思っていません。それにちょっと汚れるとか血の匂いがするとか言う、ちょっとやそっとの事でおさまる性欲の持ち主ではありません。ヒロシはセックスモンスターなのですから。
それでも付き合い始めは、敷布団やシーツなどが汚れるのを防ごうとバスタオルなどを敷いたり,老人介護用やペット用や赤ちゃん用のお漏らしシートを敷いたり等、色々試してみていましたが,根が野生的なので、
「そんなもんシャラ臭ぇええッ!!」
とばかり、血が出てるならその血に染まり切るのみ、むしろ月に一回しかないトマト祭りのお楽しみ、くらいの気の持ちようで、1303号室のヒロシの部屋の布団や敷布団はみんな私の血染めになってタオルも寝具も全部赤黒く染まっています。(もともと黒地に赤い薔薇が散る図柄の寝具を使っているので、多少血の汚れが落とし切れていなくてもパッと目には見えにくくてちょうど良かったのです)
でも、これまでは、生理中にも私を求めてくれるヒロシのこれが愛情なのだッ!!と私は思っていたので、「生理中だからちょっと辞めておこう」などと言った事がこれまでに無かったのです。
言えば「おう、そうか」と流石のヒロシも言うのでは無いかと私は思っていたのです。が、
「何で?」ヒロシは当たり前と言えば当たり前の疑問をぶつけて来ました。
「急に?今まで生理中でも出来よったやろ?何で急に嫌になったんか分からん。出来るやろ?」
私は嘘を吐き慣れていなくて、まぁ・・・そうだね…と返答してしまいました。
「別に痛ないんやろ?痛いんか?」
怪しまれたくない、という後ろ暗いところのある私は,んーん、と首を横に振りました。
昨日のやり方がちょっとまずかったみたい、痛い、生理中だし・・・とか何とか適当にうまいこと誤魔化したら良かったのですが、そんな事後からしか思い付くものではないのです。
「ほな、良えやん。やろうな。パッパと子作り済まして早よ寝よーで!明日も早いし。早よ脱げ脱げ。俺が脱がしたろか?お前,なんや恥ずかしがっとんの?この頃なんや可愛いなぁ。どないしたん?チャッチャやろうで!いつもの事やん!ほら寝っ転がり。足開いて。痛ない痛ない。痛ないようにいつもしたっとうやん。いつも痛ないやろ?サッサやろやッ!」
寝具が鮮血に染まるのを少しでも防ごうと、寝床に広げようと思って手に持ってきたバスタオルも虚しく、
「んなもん、いらんッ」ポイッと引っ掴んで捨てられてしまいました。
「いつ始まったん?」
「さっきトイレ行ったら・・・」
「ふーん。なかなか出来んもんやな、赤ちゃん」
「うん・・・」
(こう毎日毎日寝ても起きてもヒロキに激しく揺さぶられていたら、出来る赤ちゃんも出来ないのでは?・・・例えヒロシのさぞや元気に違いない精子が私の卵子に辿り着いていたにせよ、受精した卵が子宮壁に落ち着いてピタリと定着する暇が無く、振り落とされてしまっているのでは・・・?)と思っていたこれまでの一年でしたが、今ではケンイチ君にも揺さぶられ昼夜落ち着きなくシャッフルされている今日この頃のわたくしの体です。
とにかく卵とオタマジャクシの出会いのチャンスは倍増したわけではありますが、その分、激しい運動も倍に増え、赤ちゃんがゆっくり落ち着いて育つ環境と隙が無くて妊娠しないのかしら・・・と私は内心で思いました。
「足開いてみ。どれ。味見したろ。お前の生理の生レバー。」
いつものことなので私は黙って言われるままダブルベッドの幅いっぱいに脚を広げ、両方の踵をベッドの縁から落として寝そべり、両手で愛しいヒロキの柔らかくパーマをあてた砂色の髪を撫でながら、天井を眺めていました。
「確かに昨日からちょっと鉄っぽい味がするなぁ思てたんや。そう言われてみれば。」
ヒロキが舌舐めずりしながら顔を起こし、私に話しかけてきます。その鼻と顎、唇の周りが赤いピエロの唇のように私の経血で真っ赤に染まっています。
「臭くないん?汚くないん?何も今日せんでも・・・」
「汚くなんかない。お前の体から出てくるもんは何でも綺麗や。生理の血もオシッコもお潮も何でも飲んだる。ウンコはちょっと修行めいてるけどお前のやったら食える。お前のだけやぞ、それは。そんだけ俺もお前のことは本気で愛しとうってこっちゃ!これが本気の愛の証明や!!」
ヒロキは深く息を吸ってから、また私の股間に顔を埋めます。まるで深海に飛び込むダイバーのよう。そして、触覚やら唇やらで泥の中の餌を嗅ぎ分けて食べる海底の生物みたいに、舌で私の女陰の中を掬い、チューチュー吸い出し、ドラキュラみたいに血を飲みます。
私は目を閉じ、ゆるゆると、臍から下の力を抜いて、手近にあったヒロキの枕を顔に押し当てます。あまりの気持ち良さに大き過ぎる声が漏れ出てしまわないように。(はっ)と大きく息を吸い込んだタイミングで、鼻腔に肺にいっぱいに広がり満ちる他に例えようのないヒロキの頭皮の香り。シャンプーと香水と煙草と彼だけの体臭の調合。フェロモン!腰が浮き上がり、彼の髪をまさぐる指に思わず力がこもります。知らず知らず、自ら腰をくねらせ、彼の舌が自分のもっと奥深く熱く疼くポイントまで伸びてスイッチを連打し続けられるように、蠢いてしまいます・・・
そこ、もっと奥も…嗚呼、そこ、嗚呼・・・嗚呼ッ・・・!!・・・!!
私は海底の泥となり、ヒロキは泥に棲み泥を浚って食べる生物となり、私はもっと食べてもらいたくて、ヒロキはもっと食べてやろうとしてくれて、顔を、局部を、押し付け合います。
「ほな入れるで」
「うん…」
私達は体をずらし、私はベッドの上でずりずりと少しずり下がり、ヒロキは私の顔の両耳あたりに両手を付いて、彼の先端を私の入り口にあてがいます。本当は局所だけ繋がる前に、体全体をギュッと密着させてハグしてもらいたい!!一瞬で良いから大きな体で包み込んで安心させてもらいたい!!でも、我儘ばかり言ってもいられません。
血と唾液と汗と愛液の混じった疼く私の真空に、ヒロキがググ・・・グーッと押し入ってきます。ヒロキもケンイチも誰も踏み込んでいない時、そこは存在しない空間なのですが・・・
空気も何も、存在していない・・・ぴったりと隙間なく閉じられ、埋められた筋肉の塊、ただ唯一私だけのもの、私一人の体の内部・・・その中に常習的に侵入してくるヒロキと言う男は、もうほぼ私の肉体の一部であると言いたいところです。
・・・私達はいつの日か、ヒロシが夜のお仕事を辞めた時、きっと本当に一つになれる、身も心も・・・互いの体さえも自分の体と同じに思える…そんな日が来る…必ずや…と、そう信じていたかったのですが、その前に私の心が折れてしまいそうになっていたのです。1304号室のケンイチ君と言うピュアな一途な人に揺さぶりをかけられると、簡単に折れてしまいたくなっていたほど、実は私の心は弱っていたのです。嗚呼、嗚呼、それとも、もともとワタクシと言うオンナはそんな女だったのでしょうか!?二人の人を同時に愛せる器用な女だったのでしょうかッ!?!?
もうッ、どうでもいいわっ、そんな事ッッ!!!
「痛い?痛ない?」珍しくヒロキが気遣って聞いてくれます。
ギュッと瞑っていた目を開いて見ると、ヒロキの心配そうな目が私の目を奥までジッと覗き込んでいます。
「いつも我慢しとったん?」突然表す、涙が出そうな優しさ。腰に巻いてくれている腕が熱く、いつもよりヒロキの動きが慎重で、穏やかで、自分の欲を晴らす目的ではない、慈しむ抱き方をしてくれているのがヒシヒシと伝わってきます。
(嗚呼ッ、心を抱かれているわッ!!今の私!今のヒロキは、真に心から気遣ってくれているんだわッ!!)
普段自分のことしか考えてないヒロキが、ふと見せる気遣い。珍しく見せられる貴重な心遣いが悔しく胸に突き刺さります。恋を熱くさせます。
「んーん、ごめん、我慢せんでええから、いつもみたいにガンガンやってくれて大丈夫」
「そんなんせんて。今日は・・・」
ヒロキはゆっくり挿しこみ、ゆっくり引き出し、熱く湿った胸に私の顔を押し付けて、強すぎる腕の力を加減し、波に揺られる海藻みたいな優しい速度で、ゆらゆら揺り籠を揺らすように私の体を揺らし、自分の体を私に押し付け密着させて、そっと抱いてくれました。血はぬめぬめする愛液と異なり、キュッキュッと皮膚と皮膚を擦らせます。彼が剣をあまり私の鞘から抜き出しすぎると、体外の空気に触れて表面が早く乾いてしまい、入れるとき痛くなるし、変な向きから捻じ込むように押し込まれると痛いので、できれば外にあまり出さないで欲しくて、ヒロキの腰やお尻に腕を回し、自分の体からなるべく遠くへ離れないように引っ張ります。
ヒロキも、出し入れを激しく行うピストン運動から、入れたままもっと奥へ突く感じの運動に動きを変えて、私の気持ちを汲み取ってくれました。
これ以上強く吸ったら痛いという限界までヒロキは口で私の血を吸い出してくれていましたが、彼の剣を私の鞘にズブズブと収めると、やはりまだ血は溢れ、抜き挿しのたびに滴り、太ももやお腹やお尻に飛び散り、布団に血溜りを作ります。私のお尻の下は一度ぐっしょりと濡れ、しばらく後には、乾いてパリパリになり、私達二人の太腿の内側や臍や手や顔、足の裏にまで、新鮮な血がこびりついています。
今日付いたのではない血飛沫が、壁や天井にも赤いドットの模様を付けています。1304号室はまるで殺人現場のよう!毎月新しい血飛沫が加わっていくため、殺人現場よりもなお、出血している人物が生きて飛沫となる血を生産し続けているが故に、その凄惨さは月日を追うごとに致死量を超えた量の血のドット模様を描けそうな様相を呈していたのですが、それも先月で終わりだったようです。
ヒロキがこんな優しさを持ち合わせていたなんて・・・
常に開け放たれている窓から涼しい風が吹き抜け、部屋に血の香りが充満する間もなく、清々しく、汗をかいて愛し合う私達の火照った体を冷ましてくれます。
「愛しとうぞ、若菜。次は生理来んで、子供出来たらいいのにな」
「うん」
「お前、痛いとかキツイとか思っとう事あるならちゃんと言えよ、隠しとらんと。水臭い。子供出来ひん身体になったらどないすんねん?」
「うん」
「お前の体はお前だけのもんちゃうんやぞ、俺のもんでもあるんやぞ、」
「うん」
「赤ちゃんできたら、子供にとってはママになる体やぞ。本間に。大事にせえよ」
「うん、ありがとう・・・」
「二人目、三人目できたら、俺だけじゃ本間にどうにもならんぞ。俺らのためにも、な?お前の体は大事やからな。な?家のことはお前に任すからしっかり働ける体でおってくれな」
「うん、ありがとう…」
「お前、何人子供欲しい?俺は結構大勢欲しいかもな。俺の子供らだけで野球チーム作れるくらい。」
「ヒロ君は男の子が欲しいん?」
「せやなぁ・・・どっちも欲しいけどな!結局は!でも、女の子は遊び方よう分からんやん?可愛いんは女の子やろけど。でも大きなって彼氏連れて来たらぶん殴って追い払いたなってまうやん。可愛過ぎて。・・・ま、そん時はそん時で、しゃあないんやろけど。男の子やったら彼女連れて来て、なんか家の中が華やかなって嬉しいやん」
「息子の彼女に手出さんといてよ」
「出すかいな。いや、でも、そういうもんやで。俺んち姉弟多いから。・・・でもなぁ、まだ俺にそんだけの甲斐性が無いからなぁ。今はまずはまぁ一人目の事考えといたらええんちゃう?授かりもんやさかい」
「そうやなぁ」
「お前は女の子が欲しいんやろ?」
「うん。なんで分かったん?」
「分からんわけないやろ。見とったら分かるわ。なんとなく。お前、テディベアとか野良猫とか人んちの性別まだ分からん赤ちゃんとかに勝手に女の子の名前付けて呼ぶやん。そう言うのん見とったら大概分かるやろ」
「そっか。私、お姉ちゃんか妹が欲しかったねん。子供ん時」
「せやろな。そんな気がするわ・・・じゃあ一姫二太郎でいくか…」
ヒロキは急にちょっと怖いような真剣な顔付きになり、私の腕を掴む指にもグッと力が籠りました。いつもなら色々体位を変えるのですが、今日はこのまま正常位一本勝負で最後までいくつもりのようです。
「姫、中に出すぞ」
「うん」
「いくぞ」
「うん」
打ち寄せる波のリズムが加速し、激しさも増し、海底ののんびり波に揺られる海藻だった私たちは、板と、釘と、トンカチに変わりました。あるいはヒロキはキツツキで、私は木の幹のよう。ヒロキの熱い指が肩に鎖骨に食い込み、私はまるでハゲタカに貪り食われる獲物、肉の塊になったよう!!唸り声を喉の奥に留め置こうと奥歯を食いしばります。何か握り締める物を探してシーツの上を彷徨わせた手が、ヒロキの手首にぶつかり、ヒロキが咄嗟に指を絡めて手を繋いでくれます。心が完全に一つとなった奇跡的な瞬間。
ヒロキが私の奥に精子をぶちまけるのが分かりました。嗚呼、と私の耳元で彼の男性としての魅力に溢れた声が漏れたのを聞き取りました。私の体を労りながらも、自分も気持ち良くなって貰えたのが分かり、私も心からホッと溜息が出て、じんわりホカホカと嬉しくなりました。
「ちゃんといけて良かった!」私は囁き声で叫びました。「優しくもできるんやん!」
「そらそやろ。俺様をなんやと思てんねん。天下の枕営業NO.1ホストやぞ。梅田キタで最大級のハコのNO.1や」
「それ本間になん!?9月度のNO.1?」
「うん。ついにや。やったったで!とうとう。入店一年目にして名だたる先輩どもをゴボウ抜きや!!トイレのゲロ掃除歴は僅か一ヶ月!来月の給料楽しみやな?お前にも何か買ったるさかいに、何がええか下調べしときーや」
「NO.1かぁ・・・」
「せやでー。言うてへんかったっけ?・・・ゆっくり抜くぞ・・・」
ヒロキは私のお尻を抱え上げ、少し浮かせたシーツとの隙間にタオルをサッと敷き、それからゆっくりと呼吸を見計らって、戦い終わった彼の剣を私の鞘から抜きました。栓が抜けて、堰き止められていた血がドッと流れ出てきます。血に混じってヒロキの精子も流れ出しているでしょうが、混じり合っていて区別は付きません。
「人殺しみたいな量の血やな・・・毎回思うけど・・・」
「私も毎月のことやけど、直視すると自分でもひいてまう。ゾーーーーッ、クラクラ~ッ、ってなる。」
「小さい赤ちゃん一人分に近い出血やもんなぁ・・・可哀想に」
ヒロキは優しい顔をしたイケメンのライオンみたいな顔を綻ばせ、大粒のアーモンド型の目で温かく私に笑いかけて、額に熱い唇を寄せて心のこもった口づけをしてくれます。
「親父も死ぬまでよう言うとった。男兄弟だけ集めて。『お袋と女姉妹はお前等が守れよ』って。『女と喧嘩したらあかん、もし喧嘩するときは勝たしたらなあかん、』言うとったわ。」
「ふうん・・・」
ヒロキの亡きお父さんを見てみたかった気がします。挨拶が出来ないことが悔やまれます。彼がたまにお父さんの話をするときの、そこはかとなく尊敬している感じが滲み出す口ぶりから、私も直接知っているわけではない彼のお父さんを偲ぶ想いがします。
「生理中やからとか、もうちょっと優しくしてとか、口に出して言ってみるもんやなぁ・・・」
私はヒロキがグーグー鼾をかいて眠ってしまった後、彼の後頭部の髪を撫で付けながら、誰に言うとも無くしみじみ囁いたのです。天井の赤黒い染みと目が合った気がして、綺麗に掃除しなくちゃ、と思いました。
毎月毎月血が飛んで染みになるのだから、手が届かないし、掃除するのを怠っていたのですが、これからはヒロキは生理中優しくしてくれる筈だから、もうあんなところに血の汚れが付着することはないはずです。
「手が届かんから、天井の染みヒロ君が掃除してよ」
と何度言っても、「おう、明日な」と言って寝てしまい、起きたら忘れていてやってくれないヒロキですが、あれは私が掃除します。
私たちの間では、ジメジメ雨が降り続く梅雨みたいな、腰がどんより重たい生理が来てしまったなら、早く全部出すものを外へ出してしまって生理が早く終わり早く快晴の青空が広がった日常に戻ったようにスッキリと楽になれるよう、ヒロキが私の脚の間に吸盤のような唇を押し当てて血を啜り、飲んでくれるのが常なのです。
ヒロキがこうして私の経血を吸ってくれることによって、他の女友達が長い子は二週間近くも出血し続けるところを、私の場合は、たったの一日、二日で生理を終わらせることができます。
これが毎月の私たちカップルの常識でした。決してハロウィンにちなんだ即席の思いつきエピソードではありません!!
「生理の血って、お腹の中で赤ちゃんが早く丈夫にすくすく育つように、女性の体内で一番のとっておきの栄養をギュウウッと詰めてあるねん。栄養満点で子宮の内壁が厚くなっていって、赤ちゃん受け入れ態勢整えて待ち構えてて、それで受精卵がピタッとくっ付かへんかったら、古くなって悪くなる前に剥がれ落ちて、いっぺん全部毛布を洗いに出すみたいにして、外へ流し出してしまうらしいわ…」
生理が重い方だった私は、そうヒロキに愚痴った事があったのです。
「だから女の人は毎月毎月、しんどい嫌な思いして、自分の体内で一番栄養満点な内臓の一部分を引っ剥がして捨ててるようなもんなんや、もったいないわ。そんなんやったら、何のために栄養とってるんか分からん。なくなってもらいたいわ。生理なんか。どうせ赤ちゃんが出来てないって事なんやったら。せめて、もうサッと一日とかで終わって欲しいわ。」
「ふーん。・・・」
当時は、まだ付き合い始めの頃だったので、今とは違ってヒロキは携帯を弄らずに私の目をジッと見て話を聞いてくれていました。
「・・・そら、もったいないな・・・」
そして、それからなのです。ヒロキは私の経血を「栄養満点!」とか「俺だけの特権!」「特製生レバ!」などと言って、喜んで吸ってくれるようになったのは。それとも、私に気を遣わせないように生理を早く終わらせてやろうと言う粋な図らいから、喜んでいるフリをしてくれているのでしょうか?実は意外に繊細で気遣いをするところもある複雑な性格のヒロシです。そこのところはよく分からないのです。
しかし、私はヒロキと付き合うようになってから、生理だけは軽く早く済むようになれていたのです。
私はヒロキに乙女の初めてを捧げるまではお付き合いした男性が全くいなかったため、こういうことは、世の普通の恋人達は普通にやっている事なのだろうと思っていたのです。
自分で自分の生臭い分泌物を私は舐めたり嗅いだりするのが嫌いなのですが、深く愛している相手がそれで楽なるのであれば…とか、それで喜んでくれるのであれば、それでより好いてもらえるのであれば、相手のためにする事なら苦ではなかったのです。私とヒロキの間では。
それなりに深く愛し合っている恋人同士なら、こう言った生身の肉体を持つ人間らしい生臭い物のやりとりなど、当たり前に大半の恋人達がやっていることなのだろう、と思っていたのです。
ですが、ケイイチ君の反応はヒロキと全く違ったので、わたくしは軽くショックを受けました。
ちょっとよそよそしく、薄情なように思えてしまいました。
「今日生理なんだけど、・・・」と、私のパンツを下ろし始めるケンイチ君に、一応言ってみた直後の反応に。
「えっ、生理!?それじゃやめとこう!」
ケンイチ君はまるでアツアツの器に触れて火傷したみたいに反射のような速さで私のパンツから手をパッと離しました。
「え、生理って言っても普通の生理だよ…?」
私は逆に驚いて言い募りました。
「え、血が出てるんでしょ?生理って事は?」
ケンイチ君はさっきまで嬉しそうに撫でてくれていた私の下腹あたりを、まるでパンツの中にゾンビでも潜んでいて飛びかかって来られるのが怖いというみたいな怯えた顔をして、白い眼で見ています。
私の何とも言えない表情に気が付くと、
「え?やりたい?血が出てる時に?・・・大丈夫?…いやー…、…いや…、やめた方が良いんじゃない?体に良く無いよ?」
と、後退りしながら,ドン引きしたように引き攣った顔で、手で汚らわしい羽虫でも払うみたいな動きをしながら、言います。
こうなってくると、休めてホッとするという本来の目論見は置いておいて、何故だか私も意地悪な気持ちになってきます。ちょっと意外で、寂しくて。
「生理の日には愛せないの?」
「いやー…、そんな、無理しなくても良いよ。」
「本当に私のためだけに言ってるなら、そっちこそ無理に我慢しなくても良いよ。私はいつもと同じだから。ただ、血が出てるってだけ。普段より良く濡れてて滑りは良いかも。むしろ」
「だって血があちこちに付くじゃない?」
やっと本音が出ました。ケンイチ君はそもそもがセックスモンスターではないのです。ヒロキに張り合おうとして燃え上がっているだけで、本来は普通の若い健全な男子なのです。それも、どちらかと言えば割と潔癖寄りの。女兄弟が居ないケンイチ君は、きっと経血を見慣れていないのでしょう。
「ちょっと見てみる?」
ケンイチ君のあまりの反応の良さに、私の悪戯心に灯が点り、自分のパンツに人差し指を引っかけ、ズリ下げるゼスチャーをしながら、一歩躙り寄ってみると、
「嫌嫌嫌嫌・・・!!」
壁に背中を擦り付けてズリズリ退散します。長い腕を私と自分の間に「前へ習え」みたいに突き出して、両手をフリフリし、距離をとってほぼファイティングポーズに等しい構え。無意識に、(無理無理無理無理!!それ以上近づかないでっ!!)と態度で示しています。まるでゴキブリが出現したときの私の友達にソックリ。生理的に受け付けないのがそれで良~く分かりました。
「そんなおぞましい物を見る目で見てないで。ズボン貸して。履くから。こっちへおいで」
ケンイチ君は恐る恐る渋々そうにこちらへ寄ってくると、両腕を広げた私の胸の中へ鼻をグリグリ押し付けて、くぐもった声で弁明しました。
「ごめんね、急に言われて、心の準備が咄嗟に整わなくて。昔、僕のせいで大怪我させて部活も辞めさせちゃった友達がいたんだ。自転車で一緒に登下校してた子で。自転車漕ぎながら蹴り合って遊んでいつも帰ってたんだけど、・・・小学校から仲良くて。でもその時はもう中学も終わりで。それぞれ進学する高校が決まってて、別々の夢に向かって進むので、別れが迫ってた時期だったんだ。そいつはバスケの部活で推薦とってて、かなり将来有望な子だったんだよ。『俺ジッとしてるの退屈だから身体使って勝負する』って、やる気満々で。プロの選手目指してて。
そいつが僕の少し先を自転車で漕いでて、そいつのでっかくなった背中見ながら、ふっと思い出したんだ。ちょうど小学校の時から通ってたのと同じ帰り道にさしかかって、ポプラ並木がいつもと同じ黄昏時の夕日に染まってて。辺り一面が金色で、(ああ、こいつと一緒に登下校できるのもあと半月かぁ・・・)って思ったら。(そう言えば俺、ずっとこいつとの自転車蹴り合いの勝負に勝てなくなって、それであの勝負は負けっぱなしでつまんなくなったから自然消滅的にやらなくなったんだっけなぁ・・・こいつが気を使い出して・・・)って。思い出して・・・
それで、トラックが通り過ぎた後、(ちょっと今、不意打ちを食らわせてやろう、そしたらワンチャン勝てるんじゃ無いか)って気がして、・・・魔が差したというか・・・その時はそれが面白いことだと思って、・・・昔いつもやってたみたいに蹴ったんだよ。そいつトモヤって言う子だったんだけど。『トモヤ~』って声かけながら。小学生時代はいつもなら、早漕ぎの競争みたいなことしてから、蹴り合いになってたんだけどね。
そいつの後輪を、蹴って・・・。そしたら、蹴った瞬間、(あ、まずいかも・・・)って予感がしたんだ。トモヤの自転車がふにゃふにゃっ、ヨロヨロっとよろけて、一瞬体制を立て直しかけたに見えたんだけど、また真横を擦れ違おうとした乗用車の前へフワッと出かかって、そこから逆に、自転車ごと、あえて突っ込むようにして、ハンドル切って、崖みたいな4メートルくらい下の田んぼへ落ちたんだ。僕は自転車を止めてトモヤを見下ろしたよ。謝る言葉も一声も出てこなくて。
スポットライトみたいな街灯に照らされて、ドクドク脈動に合わせて血がいっぱい流れ出てくる右脚を抱えてたんだ。僕の幼なじみ。こちらを見上げて、僕の顔を信じられないみたいな見開いた目で見上げてた。
・・・鳥よけの網を支える棒の杭が刺さったんだ。右の膝に。
・・・あの目の前が真っ暗になるようなトモヤの赤黒い血を絶対に連想してしまうんだぁ。
血の色も匂いも、気配さえダメなんだよ。あれからもう五年近く経つのに・・・僕も今さっき、ハッキリ分かった。あ、俺、まだダメなんだ、って。きっと一生無理なんだよ。血だけは・・・」
「分かった分かった。ごめん。もう気安くからかったりしないよ。辛い経験思い出させてしまって本当にごめん。」
私は短い真っ黒なサラサラしたケンイチの髪を撫で、胸にギュッと頭を抱き抱えて、頭頂の白いつむじにぴったり唇を押し付けました。ケンイチは私の腰を骨が軋むほどの強い力で抱き締めて、脇腹に硬い鋭い冷たい鼻の骨を食い込ませます。
「ごめんね、若菜ちゃん・・・きみには関係ないことなのに・・・」
「関係あるよ。ケンイチ君の事は全部私に関係ある。全部何でも知りたいよ。でも、辛かったら今は言わなくて良いけど・・・いつか・・・」
「今、全部言ってしまいたい。むしろ。良い?聞いてくれる?ここまで来たら」
「それなら言って。私はいつでも聞きたいよ。全部吐き出して。」
「・・・トモヤは二年の留年でキツいリハビリにも耐えて、夜間学校卒業して、この春からネクタイ締めて働き出してるらしい。・・・日常生活に支障は出なかったんだ。ただちょっと右足はほんの少し引き摺って歩くらしいけど・・・来年にはお父さんにもなるんだって。アメリカに留学するタイミングで別れそうって言ってた彼女がずうっと付きっきりでそばに付いていてくれて、アンちゃんって子なんだけど、その子の献身的な支えで、精神的にも立ち直りは早かったって。そのアンちゃんのお腹に今子供がいるんだよ。お互い初恋の相手同士。純愛だよね?三人とも実家が近所だから、うちの親とトモヤの親は道でもちょくちょく顔を合わせてるみたいで、そう言う近況報告教えてくれるんだ。僕にも・・・親同士も最初は気まずかったらしいけど、しょっちゅう嫌でも顔を合わせてて、挨拶もしなくちゃいけないしで・・・だけど就職とかアンとトモヤの結婚が決まったあたりから徐々にまた打ち解けて元通り母親同士は同じ車でコストコにもまた行ってるみたいだし、・・・僕のことも、来年の結婚式にも招待されてるんだ・・・だけど・・・まだこっち側に合わせる顔がないよ。どんな顔してあいつに挨拶して良いんだか・・・でも、断りの返事も出し辛いんだ・・・」
ケンイチ君が私を抱き締める腕の力が増し、腰に食い入る鼻の骨をこちらも腰骨で感じました。まるで、私の体に潜り込んで現実逃避してしまいたい、と言ってるかのよう。
「いつまでに出さなきゃいけない返事なの?」
「今月の最後の金曜日・・・」
「それまでに色々悩んで、最後の最後の消印でも良いんじゃない・・・?それに遅れなければ・・・」
私は考え考え、ゆっくり話しました。
「ケンイチ君がトモヤ君に会いたいかどうか、で決めても良いんじゃない?相手はもうケン君を許す気構えが整ってるから、招待したんじゃないかなぁ?」
「・・・そうだと良いけど・・・でも、『おめでとう』って言いたいけど言って良いのかも分からないよ。本当に、あの時のことを後悔してる。ただそれだけ、ずっと後悔してるけど、謝っても済む問題じゃないし・・・」
「許される心の準備が必要なのかもしれないよ?ケンイチ君は完璧主義で、能力も高くて、努力家で、何にでも『あれを手に入れよう』と本気で手を伸ばした物は着実に手に入れてきた人生じゃない?まだ若くて。大した挫折もなくここまですんなり来ていて、唯一の汚点がそれだけだとしたら、自分の間違いで狂わしてしまった友達とか彼の脚を直視したくない気持ちも分かるよ。自分の事なら自分が諦めたらそれで澄む話だけど、人のことだから余計難しいんだよね?だけど、トモヤ君から許して貰えるタイミングで、差し出された手を今、握り返しておかないと、この機会を逃したら、これからトモヤくんともっともっと疎遠になっていってしまうんじゃないかなぁ・・・」
「小学一年生の頃から言ってたんだよ。『俺は走りだけは早い、ジャンプ力は誰にも負けない、何かのスポーツ選手に絶対なる』、って・・・将来の夢を設定するのもあいつの方が僕よりも早かったんだよ・・・『座ってする仕事は退屈に思えて俺には出来そうにない』ってずっと言ってたのに・・・今となっては・・・」
「過去に拘ってるのはケン君だけかも知れないよ。もうトモヤ君は前を向いてるのに。アメリカ留学しなかったせい、でもあるけど、そのおかげ、でもあるんだよ、キャリアよりも奥さんと子供を大切に人生設計を立て直して、また別の形にはなったかも知れなくても、新しい幸せを掴めたんでしょ。今では。トモヤ君の中ではそんなのもう紀元前の終わった話かもしれないよ?もう水に流そうよ、また仲良くしようよ、今は幸せだよ、って気持ちで招待状送ってくれたんじゃないのかなぁ?」
「・・・そうかなぁ・・・そうだと良いけど・・・」
「今月の最後の金曜日まで悩む時間はたっぷりあるから。最後の最後の、金曜日の、郵便局の前で、その場の気分で決めたって良いじゃない?別にそこで一生トモヤ君に会わない人生を選んでも良し。トモヤ君の方でも別にケンイチ君に会わなくても困ることはないと思う。ただ、けん君の方はどうか分からないけど・・・」
「結婚式が無事に済むのを電柱の陰から見届けたい気分だよ・・・」
「ちょっと弱虫が全面に出て来てるなーとは思うけど。それは。私は、どっちかと言うと、仲直りできるときに意地張らないで勇気の出しどころじゃないかと思うけど。人事だから出来るアドバイスだけど・・・」
「そうだよね!」
「・・・じゃ、今日はご飯食べて寝ようか?」
「愛し合えなくてごめんね」
「大丈夫だよ。明日には生理終わり始めるから。私、生理終わるの早いから・・・」
「そうなんだ!」
「うん・・・」私はチラッと、ヒロキの私を愛する愛し方とケンイチ君のそれとの違いに思いを馳せながら頷きました。
その日の晩ご飯と翌日のケンイチ君のお弁当に詰める用にハンバーグを捏ねながら、心の中で私は考えていました。
(ケンイチ君は、肉もよく焼いた方が好きみたいだなぁ、そう言えば・・・ヒロキは生で食べられる肉が大好物だけど・・・私はレアが一番好き・・・卵も半熟が一番だと思う・・・どっちの美味しいところも兼ね備えて一度に味わえて・・・)
ケンイチ君は机に向かい、いつものように勉強しているように見えましたが、いつの間にかハンバーグを捏ねる私の背後に立っていて、耳に囁き込むようにして暗い声で急に話しかけてきたので私はビックリ仰天してしまいました。
「・・・彼氏さんとは・・・」
「うわぁっ!何?ビックリしたぁ・・・何?」
「あの、お隣のホストの彼氏さんとは、どうしてるの?生理中・・・血が出てもやってるの?」
私が曖昧な態度で、つき慣れてない嘘を吐こうかそれともバレるに決まってる嘘は吐かずどうにかしてハッキリした返答を回避しようかと、もたもた頭の中で考えている間に、ケンイチ君の方が答えを出してくれました。
「やってるよねぇ・・・」
「うーん、・・・えーっと、・・・まぁ・・・」
「よし。僕もトラウマを克服する!!ちょっとショーツ下げて見せて。さっきは断ったけど・・・」
改まった顔をしてそんなことを言われると今度はこちらが恥ずかしくて嫌だと言いたくなります。女って、いいえ人って、天邪鬼な生き物です。それとも、あたしだけなのかしらん?
「ちょっと待って・・・一旦トイレで確認してきても良い?」
生理前までは便秘がちになるのですが、生理が始まる直前、私は、お腹を壊したように今度は急激にピーピー気味になるのです。ずっと便秘ちゃんでいて、お腹がスッキリしないなぁ、重苦しいなぁ、しんどいなぁ・・・と悩んでいて、そして、突然、ドシャアーッと出て、(わあ~っ♡爽ッ快ッ♡)と思っていたら、大体その日のうちに生理もドバーッと始まるのです。
これは、自分の中では、こういうことなのかなぁ?と考えていて・・・
生理までは、お腹の中にフカフカと赤ちゃんが育てられる環境を目一杯作ろうとして、何か食べ物が口から体内に入ってくると、全身が次世代の子のために全力で僅かでも栄養素を吸い尽くそうと、食料をカスカスになってもまだ溜め込んでしまうからなかなかトイレで力んでも排出しにくくなるのですが、一度、もう今回はなかったことにしよう、次のチャンスに賭けよう、と切り替わると、途端に古くなった栄養もカスも胎盤になる予定だった未使用の揺り籠も、全部捨ててしまえーッ、っとばかり、ドーンと大掃除するみたいに、身体の内部から外部へと、用意されていた栄養満点の物も使えない物も、ぜーんぶ一挙に流し出してしまうのではないかと・・・
つまり、生理中という時期には、油断していると血だけではないチョコレート色の成分がナプキンに付着している可能性がある、と言うことなのです。
改めてそれを鑑みてみると、なかなかにヒロキという男には凄味があります。愛のなんたるか!愛の奥深さよ!ヒロキという男は、「お前の体内から出てくる物は全て愛しい、美しい、便さえも俺は愛し食せる」という、愛に対して非常に肝の据わった男なのです。
よく、出産したばかりの友達たちが、「赤ちゃんの鼻水も目ヤニも便さえも舐めとって綺麗にしてあげられるくらい自分が産んだ赤ちゃんって可愛いもんだよ」、等と言いますが、ヒロキは私たち恋人同士の愛もそこまでの奥深さ崇高さに高め到達したがっているのかも知れません。
「いつかはウンピーを流さずに俺のためにとって置いといてくれ」とか、トイレのドアの前に立ち塞がり、雑誌を床に広げられ、「ここでしてくれッ!」と拝んで頼まれたこともあります。その時は本気で喧嘩になりました。こちらも一刻も早くお手洗いに行きたくて殺気立っておりますので、
「頭おかしいん?何かクスリやって来たん?どいてッ!早くッ!!阿呆なこと言っとらんとッ!!」
と怒鳴りあって。
今でも、冗談めかして時々「トイレ流し忘れろ」とか言われるのですが、私はまさか本気ではあるまいと思ってその言葉ごと聞き流していたのですが、もしかしたらヒロキにはまだ冗談めかした本気なのかも知れません。
「排泄物を食べるのってスカトロって言うんだけど、究極の愛だとか愛の哲学やって言われとんやで」と言っていたとき目に宿していた思い詰めたような深刻な光を私は忘れることが出来ません。
「お前のを食わせて貰えなんだら俺、誰のを食えば良いねん?」とワケの分からない事をブツブツ呟くヒロキは目が怖いくらい本気でした。
しかし、同じ感性をケンイチ君に求めてはいけません。ケンイチとヒロキは全く違う人間なのだから。だけれども、人間の性で、二人を見比べないようにしようとしても比べてしまうものなのであります・・・!!
浴室で陰部を前も後ろもしっかりと洗い、ティッシュを股に挟んでケンイチ君の家のタオルを汚さないよう身体を拭き、新しいショーツ、新しいナプキンに付け替えると、私はギュッと引き締めていた下腹の力を少しずつ緩めてみました。すると、ジュワッ・・・と両脚の間から涙のような熱い液が漏れた感覚が分かりました。ショーツを下げて目視で確認すると、まだ遠慮があったのか、思ったほど多くはない量の透き通ったイチゴジャム色の綺麗めな鮮血が付いています。
ちょうど、経血初心者に初めて見せてあげるのに丁度お手本になりそうな量と質感に思われました。そこで私はそれを手に持ち、正座して待っているケンイチ君のもとへ見せに行きました。
「これ・・・」
「こんななんだぁ・・・」もともと無類の血液恐怖症のケンイチ君は、腰が引けながら、怖い物を見る感じで、チラッ、チラッと短い視線を何度も私の手のひらの上に広げられたナプキンに送ってきます。
「ちょっと見本程度にサンプルとして採取してきた一滴だけど・・・」
赤いイチゴジャムのように照り輝いてまだナプキンに吸い込まれずに表面に少し盛り上がって留まっているその血は、粘液も混ざった経血で、腕や足の皮膚が切れた時に流れ出てくるサラサラした血とはまた少し種類が違います。
「これがどのくらい出るの?全部で?」
「小さい赤ちゃん一人分くらい、かなぁ・・・」
これも、私の自分自身を人体実験のモデルにした経験則から言うと、摂取した水分量によります。
生理を早く終わらせようとしてガブガブ水を飲めば、水分量の多い経血が量も多く速やかに流れ出てくるのですが、(また摂取する食べ物の影響も大きいのですが、)若干、薄まって出てくる感も否めません。
水分を控えなくてはいけない環境下で生理中の一日を過ごせば、(例えば電車移動やアルバイトや人と一緒に行動している日など自分の自由にトイレに何度も行けない日など)量自体は少なくても、絵の具のインクがそのまま出てくる、みたいな、濃度の高いゼリー状とか、レバー状で半固形物としてドロリ、ドロリ・・・と塊が出てくる事もあります。
ともあれ。
ケンイチ君は、
「血を克服して生理中にも仲良しできるようになりたい!!頑張ります!!」
と言ってくれましたが、道のりは長そうです。
「女の子ってそんな凄い量出血するんだね・・・毎月毎月・・・知らなかった・・・本当に小っちゃい赤ちゃん一人分くらいありそうな量の血だよね・・・赤ちゃん育てようとして体が毎月毎月準備してるって事だね・・・女性って・・・野生だねぇ・・・」
と、血を見せてという割に、見せれば、リアクションが明らかに引いているのです。
生理的に無理なものは致し方ないとは言え、こうも月のものを毛嫌いされると、愛が目に見えてヒロキに比べて薄情な気がしてしまって、一途なケンイチ君に傾き始めていたわたくしの女心はまたもヒロキに舞い戻っていくのでした・・・・
はてさて、そんなこんななある日のこと、ヒロキがいつものように出勤間際に、私にとっては爆弾発言のような台詞を言い置いて出て行ったのです。
「あ、そうそう、言い忘れとったけど、今日夜におかんが来よるらしいわ。俺は仕事でおらんからお前が相手したってくれな。今月分の俺んちの実家の家賃渡したってーな。ここに金入った封筒置いとくさかいに。よろしく!」
ギョギョギョッ、ギョエーッ!!!です。初めましてのお母さんに私一人で会うの!?その相手のお母さんはその事知ってはんの?!そんな大事なこと今言う?!?!と言いたいところですが、男前なヒロキは爽やかにサングラスの縁を夕日に煌めかせ、わたくしがオタオタして頭の中が真っ白で何も考えられないでいるうちに、さっさと肩で風を切って仕事に行ってしまいました。
続く