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お城  作者: みぃ
22/40

下 マンションの話はサンスポには間に合わなんだ!! 次は新潮社R18狙うぞッ!!

 ワケあって、わたくし若菜20歳は、1303号室に住むホストのヒロキと1304号室の学生ケンイチと同時に付き合っておりました。今から10年前の事でございます。

 1303号室のヒロキは、ホスト。夜18時頃~6時頃まで家を空けて働きに出てるから、昼間はこの酒飲みの1303号室の彼とアンアンやりまくって、寝ます。そして、1304号室の新たな彼ケンイチは、学生で、18時頃に帰ってき、6時頃の始発電車で大学へ行きます。ヒロキがいない間は、ケンイチとアンアン。わたくし若菜の睡眠時間はあっちで3,4時間、こっちで3,4時間。色黒の太い腕に抱かれ、色白の骨張った長い腕に抱かれ、まどろみ、腕の主の男の子達がもう少し眠る間に、静かに家事をこなします。ご飯やお弁当を二人分作ってあげ、料理の腕は飛躍的に上がり、掃除洗濯の能率もグングン良くなりました。


 ホストのヒロキはお客さんとお食事をするのも仕事の内なので、これまで家ではあまり物を食べませんでした。だから元々この人は外食が好きなのだと私は思い込んでいました。付き合ってきたこれまでの間に、私のことも一、二度、お客さんと行ったドレスコードのあるレストランや、店員さんがお肉を焼きながら部位の希少性やどのソースで食べるべきか等もったいを付けて一枚一枚のお肉にヒストリーやら説明を長々してくれるなかなか好き勝手に食べさせてもらえない予約の取りにくい焼き肉屋さん等に連れ出してくれました。こちらもデートなど滅多に無いことなので、ここぞとばかりに張り切って、思い切りおめかしをして踵の高い可愛い靴を履き、睫も彼岸花の雄蘂のように天空へ巻き上げ、ホットカーラーとマスカラの重ね塗りでこれでもかと持ち上げ、瞬きの度に小さいつむじ風を起こす勢いの、バチバチのよそ行きの装いです。


「やっぱお前ええ女やったねんな!流石は目の肥えた俺が選んだけのことはある。家で普段見るお前はヨレヨレの俺のもう着られんTシャツとか毛糸の腹巻きとか履いてるからちょっとアレやったけど、外で待ち合わせて改めて見たら見違えるわ!惚れ直すわぁ!お前、やっぱり、ええ女やってんな!俺が今まで見た中で一番のええ女や!」

とヒロキも大絶賛!普段は滅多に頂戴できない褒め言葉をこちらも、ずっと忘れず胸に大事に抱えていて、辛いときや寂しい時はこの言葉を思い出して凌いできました。

「京橋イチの美女に乾杯しよ!お前がシャンパン頼み。メニューから好きなん選び!」

そう言ってメニューの本をポンと渡してくれました。英語ですら無い言語でつらつらと書いてあるし、どれがどんな味か私が知ってるよしも無いので、私に選びようが無いのですが、結局どれでも同じシャンパンはシャンパンです。私は遠慮して一番安いのにしました。

「いっちゃん安いやつやないかい!遠慮せんでええのに!でもそうか、そういうとこもお前のええところか!賢い奥さんになりそうや!しかも外へもどこに出しても見栄えのするええ女や!お前は俺の百点満点のフィアンセや!すっきゃでッ!乾杯ッ!」

舞台俳優のように声が大きくて良く通る男前で惚れてる男ヒロキに真正面から大声で褒めちぎられ、まるで私はチヤホヤされ慣れているキャバ嬢であるかのように持ち上げられて、酒好きのヒロキも今宵ばかりは私との晩酌で気持ち良くなってくれ、食事中は、天にも昇る心地でした。泣きたくなるほど嬉しかったのです。

「ごめんな、ホンマはもっといっぱいお洒落なデートとか連れ出してやりたいねんけどな・・・もうちょっと待っといてくれ、な?俺も稼げるだけ荒稼ぎでけるんも今のうち。若い間だけや。それは自分でもよおぉ知っとんねん。」

デザートは席を移して、違う目線で夜の梅田キタの夜景を見晴らせるテーブルにつき、ヒロキはしみじみと煙草をふかしながら語りました。

「店におんねんけどな・・・見苦しい先輩の悲しくなるような姿に自分はなりたないねん。生え際後退して肝臓もいわして、ホストとして人として、どうなん?、ってなる前に、貯めれるだけ金貯めたら、スパッとミナミの夜の世界から足洗て、東通りの先輩の藤田さんと吉田と一緒に飲食やるつもりでいっとんねん。手始めにバーやるつもりなんや!そっから焼き肉屋と出前メインのお握り屋とかやれたらなぁ、とか・・・新地の姉ちゃん等ぁに手土産持って行っきょるやろ、鼻の下伸ばしたおっさん等ぁが!金持っとんでぇぇぇ!やっぱり北新地通うようなおっさん等ぁは!

・・・なッ!俺とおったら夢あるやろ!俺に付いて来いな、若菜!」

私はしみじみと涙ぐんで頷きました。

「よっしゃあ!お前はええ女!俺の女!ようできた奥さんになる女や!今だけ辛抱してくれな?俺とおったら片手団扇の社長夫人にしたらぁ!愛しとんで!若菜ッ!!」

 お支払いはゲンナマで済ませます。

帰りは、誰も乗り合わせてないエレベーターで、私の両脇に手を挟んで掲げ、高い高いするみたいに持ち上げて、ブチューッと口付けてくれます。まるで子猫を愛でるように。ヒロキの瞳の中に映っているのは私だけ。今だけは・・・!!

私が脚をヒロキの腰に巻き付けてギュッと挟み、抱っこの姿勢になると、ヒロキは私のお尻を揉み揉みします。こちらも酔ってるしテンションが上がってるので、「人が乗ってくる前に早く下ろしてよ」等と野暮なことを言う気分では無く、抱き上げられた状態での熱々のキッスは長々続きます。スケルトンのエレベーターですが、そんなものお構いなし。エレベーターは上空からだんだんと地上へ降りていき、爪楊枝のように見えていた通りを歩く人々にもどんどん近づいてき、道行くこちらを見上げている観光客が気付いて面白がって指を差し、スマホをこちらに向けて動画を撮り始めるのに目の端では気付いても、「ヘイ、外国人サーン!これが今時の日本人カップルデース!自国に帰ったら日本の恥拡散ヨロシークーッ!」と内心で叫べるほど大胆な気分、二人だけの愛の世界にどっぷりです。


 ところが、エレベーターから降りると、ヒロキは、チラッと、ママ活の上得意ママに買って貰った、ダイヤモンドに縁取られギラギラ光るスマートウォッチでLINEを確認し、

「じゃっ、こっからは一人で帰れなッ!未来の社長夫人!これでタクシー乗り!」と言って、お金をくれて、自分はサッサと仕事に行ってしまいました。いきなり放り出されたように私は一人っぽっち。

急に空気が抜けた風船のように気持ちは萎み、喋る相手もなく、ポツンと別れたままの場所に立ち竦んでヒロキのズンズン小さくなっていく背中に呆然と届かぬ片手を伸ばします。

ヒロキがバイバイ、と明るく手を振ってきたので、物真似の条件反射的に私もついつられて片方の手を上げ、ワケも分からぬままちょっとその手を振ってしまい、バイバイ了承みたいなことになってしまったのです。

でも、これでは置き去りデートです。

(後後から考えると、どう良心的に解釈しても、実は、予約の取れない焼き肉店はそもそも私のために予約してくれた店では無かったのです。初めから薄々そんな気はしていました。別に今月は私の誕生月でもヒロキの誕生月でも無いのに、何故だかサプライズケーキを食べたし。

店中の照明が落とされて暗くなり、それまで流れていたBGMが絞られ代わりに明るいバースデイソングが流れ、他のテーブルの人たちもニコニコしてこちらを見守る中、白い背の高いコック帽を頭に載せた料理長が直々に運んできたケーキ。皿には散らされた食用花のとりどりの色の隙間に『俺のために生まれてきてくれてありがとう!』というチョコレートの文字。

「願い事を思い浮かべながら一息に。どうぞ。吹き消して下さい!」

みんなに期待された目で促され、ともかくその場しのぎに吹き消したけども。願い事はし忘れた!

『まぁ店がどっかの他の席と間違えてんねやろ。うまそやし、間違えられたケーキに罪は無い。食べとこ食べとこ』とヒロキが気にしない様子で食べ出したので、私も不思議には思いましたがそこはサラッと受け流し、ヒロキと一緒に、キラキラ煌めく花火に彩られ美しく取り分けられたロマンチックなバラ色のケーキを食べたのです。

でも今、一人佇み、フツフツと沸き起こってくる思い出しムカツキと戦いながら思い返せば思い返すほど、全く、間違いなく、そういう事に違いありません。

きっと、この日は本当はヒロキの上得意なママ活のママのバースデーだったのです。

急なママからの予定変更の一報で、予約してくれたレストランは当日キャンセルができない店だったので、時間も空いたし、全額返金できないならと、急遽私を素敵なお店に誘ってくれたに違いないのです。ヒロキとはそういう男なのです。)

 わたくしは真っ直ぐ家に帰るには余る車代を握らされ、『お前はエエ女や社長夫人や』等と言葉巧みに踊らされ、ヒロキの向かいの椅子に座る誰でも良い女のお相手役を勤めさせられただけだったのです。まるで喜劇のピエロ。他の女性の代役とも知らず、阿呆丸出しでウットリして浮かれていたなんて!・・・泣きたいような、食べた物を全部吐き出したいような、惨めな気分に浸ることもできます。

 ですが夜景は綺麗だったし、お料理は美味しかったし、上質の栄養価もとれ、経験値もアップした、良かったではないか、気に病むことは何も無い、と開き直って考えることもできます。わたくしはモヤモヤをグッと飲み下し、今度は下から見上げる滲む夜景を睨み上げながら、涙を零さぬよう、拳の中に福沢さんを握りつぶして、歩いて家まで帰りました。今日という日の華やかさと、光りに付き纏う影を噛みしめ、心に憎しみや嫉妬を超えてなお深い怨念のような消せぬ愛をメラメラ焦げるように焼き付けながら。

 ヒロキというえげつない男と付き合う私は鍛え上げられ、精神的にも肉体的にも叩き上げられ、同格の悪女になろうと思えばなれる女に知らず知らず仕込まれていったのではなかろうか、と思うのです…


 話はとびましたが、これまで家では物を食べない習性だったヒロシも、新鮮なサラダを作って出したり、「冷蔵庫に小松菜のお浸し作って置いてるから。外食ばっかりじゃ偏るし、野菜も食べた方がええんちゃうん」とか言ってみると、「おッ!マジか?お前の手料理か!?」と言って、喜んでパクパク平らげてくれることが分かりました。食べっぷりもやっぱりテレビCMに流しても見栄えしそうな色男です。私の惚れてるヒロシは。


 しかし、そもそも料理を始めたのはケンイチ君のためでした。ケンイチ君は一人暮らしを始めてからはずっとコンビニ弁当で血肉を造りエネルギーを得て生きてきた子なのですが、コンビニの米だけはわたくしは体に毒だと思えてしまうのです。それは、専門学生時代に仲の良かった私の女友達が、通学路のコンビニで落ち合って一緒にお昼ご飯を買ってから自転車登校していたのですが、一年生の時まではコンビニのおにぎりを必ず二個買っていたのが、二年生になりたての時に見学に行ったコンビニおにぎりの製造現場を目にして帰ってきてからというもの「コンビニの米は怖いコンビニの米は怖い」と怯え、うわごとのように繰り返し、自分が一粒たりともコンビニの米を体内に取り込もうとしなくなっただけで無く、私がコンビニでおにぎりを手に取ると私の耳にもコンビニおにぎりの製造現場で自分が何を見てきたかをおどろおどろしげに語り続けるので、こちらもしまいには本当に怖くなってきて、コンビニの米だけは避けた方が良いと伝導して回る伝道師側になったのです。

「じゃ何食べたら良いの?」

とケンイチ君が言うので、私は食材メモを書き付けたり、スーパーにいるケンイチ君とムービー通話して今日は何がお買い得かを売り場を映して貰って、

「そのアボカドとサラダ菜と椎茸を買ってきて」などと指示し、買ってきて貰った食材で調理したのです。

ワケあって、ケンイチ君の家からはわたくしは服も靴も無くて、外へ出られなかったからです。


 さて。

 栄養状態が良くなると、二人のエッチ面にも小さな変化が起きました。まず二人の精液の味は健康嗜好なわたくし好みに近寄りました。特に顕著だったのはケンイチ君の方です。朝もお昼も夜も三食とも私が作ったご飯やお弁当を食べてくれるから、それに煙草や酒という添加物を元々摂らない人だから、より体質の変化も早かったのでは無いでしょうか?

 具体的には、渋いような、ちょっと体が受付拒否しかける体に悪そうな苦味が無くなり、すんなりと喉を通しても良さそうな爽やかな喉越しの、卵の白身にほんのちょっと彼の体臭の風味がする出汁をティースプーン1,2杯分くわえたような雑味の無い味わいに変わりました。わたくしは毎朝これを飲んでも良いと思い、否、飲ませて頂きたいっ、と思い、ケンイチ君にもそう伝えました。

「私だけの生搾りプロテイン。美味しいよ。ケン君の味がする」

「え・・・?なに?・・・」彼は、口に咥えながら言った私の言葉がよく聞き取れなかったようです。

「気持ち良いよ?・・・凄い、フェラが上達して来たね・・・ポイントを的確についてて・・・凄いよ…!!」

私は彼の最後の透明な一滴をペロリとひと舐めして顔を上げ、舌舐めずりしながら微笑みます。

「美味しかったよ。日増しに美味しくなってる。御馳走様。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうだよ!!」


 甘えんぼなケンイチ君は、わたくしの体を欲する時、ヒロキのようにストレートに「したい」とか「おい、やろか」とか言うのでは無く、黙って後ろから近づいてきて私の腰に腕を回し持ち上げてベッドまで運んでいきなり一言も無いまま勝手に始める、とかいうやり方でもなく、自分がまずベッドでゴロゴロし始め、私に今日学校であった事などを話しかけてきます。声の感じで分かるのです。優しくて、どこかご機嫌伺いのような、取り入るような、甘え声で、回りくどく、チラリズム的に欲情を滲ませ、煽りかけてくるのです。

「今日は疲れちゃったよぉ。課題の進め方教えてーって言ってくる女の子達が多くてさ、・・・」とかなんとか。

「疲れちゃったの?ヘッドマッサージしてあげよっか?」と私は洗い物の手を止めて、ケンイチ君が待つベッドへ向かいます。

ケンイチ君は抱き締めていた枕をポイとほかし、交換に長い腕を巻き付けて私を抱き締めてくれます。ヤスリのようなザリザリする顎や首を押し付けて頬擦りしてきます。こちらの背骨がパキポキ音を立てるほど、私の体に回す腕に力が入り、長い足も絡みついてきます。

 男性の体毛の生え方とは不思議なものです!

ケンイチ君はつきたてのお餅のような肌の柔らかさで、体毛は比較的薄く、(と言っても私には比較対象がまだヒロキしかいませんが)胸毛は一本も無く、脚の毛も腕の毛も女性よりはやや濃いめと言う程度。色の白い肌に黒い毛が視覚的には目立ちますが、毛並みは柔らかくて陰部以外は縮れておらず、毛量も少なめ。まるで細長いプランターにパラパラとスプラウトの種を蒔いて、水遣りしてたら可愛い芽が伸びてきたねぇ♡といった感じ。生える箇所が顎と陰部だけに集中し、そこだけはジャングル状態。未知の生物が潜んでいそうな原生林のモジャモジャです。

何も無い空間には全く何も無く、白い壁があるだけで、本棚にはビッシリと隙間無く横にしてまで冊子を突っ込んでいる彼の部屋と同じ、整理整頓された感じなのです。あるいは、法律の分野にかけてだけマニアックなまでに(専門家の卵なのですから当たり前かも知れませんが)集中的に物知りなくせに、それ以外の分野においてはトンと無頓着で、『ここいち』と言ったらカレー屋さんだと言うことさえ知らなかったりする彼の性格にも通じるものがある、そんな体毛の生え方なのです。

(ただ、これもまた愛らしい事に、左の肩甲骨の少し下あたりに、自分では気付いていないらしい、ヒョロ長い毛が生えているのです。ピョロリと一本だけ。

 私はケイイチ君と一緒にお風呂に入る時などに、彼の背中を流してあげたり、浴槽に凭れて彼の身体を後ろから抱き締めたりしながら、湯の中で一本だけゆらゆら揺れているその長い毛を鑑賞し、声には出さずに、

『今日も元気で生えてるね♡』

と内心で慈しみ、その一本を口に含み、スパゲッティを啜るようにちゅるりと啜り辿って、その根元にチューをして、何故だかそれを生やしている本人には教えてあげないで、密かに鑑賞し愛でていたのです。きっとその毛の宿り主であるケイイチくん本体にそんなところにムダ毛が生えているよと伝えてしまうと、即刻、『え?どこどこ?うわぁ気持ち悪いね?僕そう言うの許せない質なんだよ!!抜いて抜いて!今すぐ!!』と言うに決まっているからです。

 わたくしはケイイチ君が好きすぎて、彼本人は余分だと思える彼の身体に生えた無駄毛すら、一本残らず好きになってしまい、抜いて捨てるなんて言語道断、そんな馬鹿げた選択肢は無いと思えるのです。

 彼の滑らかな清らかな若い白い肌に映えるその黒光りするような太いヒョロヒョロと長い無駄毛は、お風呂場で彼が背中を向けながら左の肩を動かす度、わたくしに手を振って挨拶しているかのよう。『ハロー!』『こんにちは!』『また会えたね~!』と。ケンイチ君が服を着るときに背後から見ていると、その毛はこう言っているかのよう。『またね~!』『シーユースーン!』

例えるなら、毎日毎年水遣りをしていて同じ色柄のパンジーを咲かせるプランターから少し離れた遠くの庭の光も満足に当たらぬ片隅で、全く同じ色柄のパンジーが健気にも、風に運ばれた種から自力で芽吹いたのか、雑草として雨露を飲み人知れず自生しているのに気が付いたみたいな、そんな固唾を飲んで見守りたくなるような愛おしさなのです!!応援してあげたくなる生命なのです!!

ええ、ええ、そうですとも!変態的と呼んで下さいませ!あたくしは変質者です!!ケンイチ君を、彼の無駄毛ごと愛しています!!そしてヒロキを愛しております!!どちらの方がより好きと決められないほどに深い愛で二人の男を同時に愛していながらにして、そんじょそこらの女が唯一無二のたった一人の男にだって捧げ切れないほどの愛を両方に、同時に、熱々と注ぐことが出来るのでございます!!あたくしという女はそう言う女でございます!!)


 二人の人を比較してしまうのは致し方の無いこと。

ケンイチとは対照的にヒロキは、熱帯雨林サバンナの百獣の剛毛王者みたいなモジャモジャ体質なのですが、ちょうどケンイチが集中的に剛毛をワサワサと生やしているところにだけ光脱毛という文明の照射を当てているため、顎とVIOゾーン(と、スーツの袖口から出る手の甲)だけはツルツルしていて、まるで剥き卵のよう!そしてそれ以外の場所が、縮れた毛の生い茂る野生の楽園なのです。まるで全身が陰毛に覆われているかのよう!まるで全身が陰部のよう!そして肝心の陰部そのものだけは赤ちゃんのよう!

 そんなヒロキのカラダは、見慣れているわたくしにはそうおかしくももう思われないのですが、初めて枕営業をするママの目の前で服を脱いだ時は必ず指摘されるそうです。『今日もビックリされた』とヒロキ本人がよく自分で口を滑らせて言ってます。

 確かに、最初は奇妙に見えるのですが、これがなかなか、抱き締められる時には羽毛布団に包まるようなぬいぐるみやペットに抱き締められるかのような独特のモフモフ感、フカフカ感があり、尚且つ、接合部には肌があるのみなので、パイパン同士で滑らかにツルンと連結でき、邪魔なモサモサが無く、赤ちゃんと頬擦りするような柔らかさでスリスリ密着できるので、これはこれの良さがあり、一度嵌まってしまうとやめられない引力があるのでございます!

 そうなのです、わたくし自身はヒロキとお揃いのツルツル陰部なのでございます。彼が会員として通っている脱毛研究所なるエステ店の女性ルームに、彼の紹介で、彼のカードで通って、わたくし若菜はツルツルパイパン陰部をゲットしたのでございます。みちょぱともお揃い。これがわたくし、結構自慢なのです。

「お揃いの墨入れようぜ」とヒロキに誘われた時に、ヒロキの身体の表面にあるどのタトゥも(かっこいいけれど)自分の肌には欲しいと思わなかった私は、TVでみちょぱが「あたしは一本も生えてないから!」と声を大に言っていたのを聞いていたので、「パイパンならお揃いにしても良い」と言ったのです。

「永久脱毛だから。俺等一生お揃いだぜ!!」とヒロキは言ったのですが、私は内心でこう思っていました。

(色んな人と被ってるお揃いだな・・・)と。


 比較すれば二人の男の子達には相違点が沢山あります。

ヒロキは、腕枕してくれます。片腕で腕枕して、その腕で私の肩を抱き、もう一方の腕は投げ出して、大の字になってグウグウ鼾をかいて寝ます。

 一汗かいた後なので私もヒロキの腕の中で暫くは眠ってしまいますが、彼よりも早く目覚めます。聞き慣れた鼾が一定のリズムだと、抱擁からソッと抜け出してもヒロキは気付きません。ノンレムとかレムとかの睡眠の波の差かと思われますが、「今なら良いかな」と聞き間違えると、ヒロキの抱擁は抜け出そうとする私の動きを封じるようにきつく人殺し植物の蔦みたいに窒息しそうなほど首へと絡んでくるか、ペッと向こうから振り払い、そっぽを向いてムニャムニャ寝言で毒づくかのどちらかです。眠りの中で誰かとどつきあいの喧嘩する夢でも見ているのか、こちらも安らかな深い眠りの最中にいるときに、いきなり肘鉄を食らわされたり膝蹴りを食らわされたりするのも、ヒロキと寝ている時ならではです。

 きっと私の知らないヒロキの世界で彼本人は心安まること無く戦い続けているのだろう、それもこれも(半分くらい、いや5分の1くらいは)私を養うために頑張ってくれているんだろう、と思って、添い寝の折に付けられた痣をさすりさすり、私は先にシャワーを浴び、忙しいヒロキの身の周りの世話をする、否、させて頂くのです。

(この人の身近に居てこの人の身の回りのあれやこれやを世話したいと想ってる人が一体どれほどいるのか・・・)と、彼のギリシャ神話の青年天使のような美しい、垂らした涎の雫さえも神々しく愛おしい全裸の寝姿を見ながら、思うのです。


 反対に、ケンイチ君は、私に腕枕をされて眠ります。彼の頭はやはりヒロキよりもいっぱい中身が詰まっているらしく、重たくて大きくて、首はいつも筋がカチカチに凝っていて、眠りは浅く繊細です。まだ新しい発見の多いこの新種の男、ケンイチを早く骨の髄まで、その精神世界の奥地にまで踏み込み、誰よりも彼をよく知る彼の専門家になりたい!と、ヒロキの髪の手触りや質とはまた全く異なる彼のサラサラで真っ直ぐで腰の強い綺麗な黒髪を撫でながら、彼の見ている夢について思いを馳せ、その頭の重みを胸に肩に腕に食い込ませ、可哀想に、凝っているなら私が身代わりにその凝りを貰い受けてあげたい、と思うのです。微睡みながら。

 この世を渡るのは誰にとっても、大海原を独自の泳ぎでアップアップしながら波に揉まれ、時に誰かの肩に掴まり、足を引っ張られ、気付かずにも自分も誰かの足を引っ張りもって、必死にバタバタ藻掻き泳ぐようなもの。まだ学生の彼はペンギンで言うなれば雛。淡いグレーの柔らかすぎる羽根、水掻きも翼も半人前。泳ぎを覚え始めたばかり。自分一人の力で生きているわけでは無く、親からの仕送りと、限られた時間の中でしか出来ないアルバイトで得られるカツカツのお小遣いがあるだけで、愛する女が別の男から貰うお金を頼りに生きていたとしても、今は何も言わず、グッと我慢して見て見ぬ振りをすることしか出来ません。でも、相当嫌なのは見ていてよくよく分かります。

 眠っている時にそっと抱擁を解いてトイレに行こうとしただけで、ハッと目を覚まし、長い手足を絡めて私を力強く引き戻し、寂しい子供のように耳元で訴えるのです。

「彼のところに帰るの?まだここに居て!僕と一緒に居て・・・!もう少しだけ!お願い・・・ッ!!」

(嗚呼ッ!)そんな時わたくしは大真面目にも、若干芝居がかった気持ちでも、こう思うのです。

(あたしって、嗚呼なんてなんて罪なオンナッ・・・!!)

二人のどちらかをパキッと選び、スッパリと片方の男だけを愛し抜くと決め切れれば良いものを、それが出来ぬほどに愛おしい二人とも!!!!!なんたることでしょう!!この二人は二人ともわたくしに愛されわたくしを愛すために生まれ落ちてきたのです。今だけは・・・せめて、少なくとも、今のこの時期だけは、こうなることが二人の定め、いいえ三人の定めだったのです・・・ッ!!!!

「可愛いケン君。まだネンネしてて。ケン君のお弁当作ってあげるだけだよ。帰らないから」

「帰らない?」

「帰らないよ。まだ」

「今何時?」ケンイチ君は1303号室に接する壁に掛かった病院の時計のような無機質な壁掛け時計を見ようと目を細めます。レーシックして目が良いヒロキと違い、ケンイチ君は眼鏡をかけなければ何も見えません。コンタクトレンズが目医者さんにもはめられなかったという、もともと細い目。(高校デビューしようとコンタクトレンズを買いに行った眼科で、何時間担当の看護師さんと一緒に奮闘してもうまく入らず、目薬をさしまくったり付き添って応援してくれる看護師さんがだんだんベテランの人を呼んできてついには一番の古株が出てきてもレンズは目に入らず、終いに目医者さんが直々に出て来て、『こらダメだ。このレンズよりもあんたの目の開き幅の方が小さいんだから、そら入らんわい。この頃じゃあお洒落な眼鏡も沢山出て来とうよ。そっちで試してみんさい。』と諭されたという、ナイフの刃で入れた切れ込みのような涼やかな細い目。)この生まれ持った目付きの悪さのせいでよくガンを飛ばしていると間違えられて喧嘩を売られてきたから、ヤバそうな人が前から来る気配があったら絶対に目が合わないよう俯いてる、目を逸らすのが巧くなったよ、と言ってますます目を細めて笑う彼の目ですが、私はこの消えてしまいそうな細い目もまた、胸がズキズキ痛むほど愛おしく、大好きなのです。

「まだ二時だよ」

摘まんだ柔らかい耳朶の中へ囁き込んで教えてあげると、ケンイチ君はホッと笑ってまた目を閉じ、波の悪戯でヒョッと浅瀬に打ち上げられた魚がまた波に優しく連れ戻されるように、眠りに引き戻されていきます。まだ絡みついている長い手足から力は抜け、もう一段階、彼の寝息が深まるのを待って、ソッともう一度抱擁を解くと、今度はスルリと嫉妬の呪縛から抜け出すことが叶います。


 鍋に湯を沸かしホウレン草の下ごしらえをしながら、私は思い出すのです。

まだ恋のこの字も知らぬ幼気な女の子だった頃、お婆ちゃんにギザギザのお河童に切られた髪で、母の自転車の荷台に積まれ、よく連れて行ってもらった図書館で、小さい若菜ちゃんはある本が大のお気に入りでした。挿絵が凄く良かったのです。それは『人魚姫』という本の隅に描かれた、鉛筆画で、カラーは一色。地味なのに幼心に響く力のある線で、人魚の女の子が王子の頭を自分の胸に抱き抱え懸命に岸を目指し泳いでいる姿でした。波の狭間に人魚姫の尾ひれが見え隠れしているのも描き込まれていますが、それには後から気付きました。

 その絵だけを見れば、岸辺をしっかり見据えて仰向けに泳ぐ少女と、その豊満な二つの胸に顔を挟まれて気を失いぐったりと凭れている青年、そして遠くに難破し沈んでいく豪華客船。後は荒波、波、そして荒波、・・・果てしなく波があるばかり。

幼心にも、そのエロチックかつ何かの教示のように胸を打ち魂に爪を立てて放さなかったそのダイナミックで静謐な挿絵は、十数年の時を経て、ケイイチ君の頭を抱えて眠りに落ちる度、毎回胸に蘇り、内なる声が私に訴えかけるのです。

(この人には私しか居ない・・・!)

(この人が頼りにしているのはこの私・・・!)

(今は私だけが彼を助けてあげられるのだ・・・!)

(私がこの人のそばに居てあげないと)と。

あの幼少期に飽くことなく何度も何度も借り出しては眺めた同じページの挿絵。本の匂いが嗅げそうなほどに鮮明に思い出は蘇り、四歳の胸を震わせたのと同じ震えにまた心は襲われます。

(いつの日か私もこんな風に想い人を助けることが出来たら良いのに・・・)と自分もこの挿絵の逞しい少女のようになりたいと憧れた姿が、今、ここに叶っているのかも知れない、もしかしたら・・・と思わせてくれる。

ケイイチ君はそういう男の子なのです。

 私が居てあげなくちゃ、と思わせてくれる。


私もまた、広い海原を泳ぐことにかけてだけならなんとかなりそうでも、ただそれだけでは寂しい、欲張りな女だったのです。




続く(続いちゃう~(>o<))

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