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お城  作者: みぃ
14/40

(6)-2

 ユキは本当は最初から知っていた。葡萄色の絨毯を敷いたあのお城の階段を、隣のクラスの鹿嶋くんが上ってきた時から。


 学校で目にしているままの寝ぐせの付いた髪。少し前屈みな姿勢。緊張するような場面では、ズレてない眼鏡のずれを直してから襟元を引っ張ってパタパタ服の中に風を送る癖も、全部どう見ても鹿嶋くんだった。船のようなゆったりとした歩運びも、立ち止まるときの几帳面な、一瞬爪先に意識が向く仕草も。


 仕事に入る前、今日もユキは学校を出る時に、窓から校庭にいる鹿嶋くんを見ていた。ほんの数時間前の事だ。ユキのクラスのホームルームはだらだら長引くことが多く、隣の鹿嶋くんのクラスは委員の手際が良くて決め事が何でもさっさと決まる。ユキは窓際の自分の席から校庭をぼんやり見下ろしていた。白いカーテンの陰に隠れて。

 教室の中では、誰かがまた何か面倒な役割を押し付けられる事になりそうで、誰もがそんなことは自分以外の誰か他の人間がやるのが良くて、そう決まるのを待とうと、黒板を背にしてこちらを向いている委員から目を逸らせて無関心だった。

曇り空がオレンジ色の夕焼けに染まっていた。もう間もなくその最後の光も失われ完全な暗闇の夜に沈んでしまう。窓の下では、校庭の端を生徒たちが帰って行く。

 校舎から出てきて校庭の端を歩いて行く生徒達の中に鹿嶋くんの姿があった。大きな歩幅のゆったりした歩き方。校庭の時計塔をちょっと見上げて時刻を確かめた。彼が二年生の夏休みで引退した空手部員だったのをユキは知っていたけれど、引退した後は放課後の時間をどう過ごしているのかは知らなかった。鹿嶋くんの後ろから自転車の集団が急接近してきて、後ろから追突しそうになり、キキイイイイイッという錆びた急ブレーキの音を立ててギリギリで避けた。ユキは両手の指を握り締め、心臓がヒヤッとしたけれど、自転車に乗った男子の集団と鹿嶋くんとは友達同士だったみたいだ。ふざけて鞄で叩き合い、すでに誰かの鞄が突っ込まれている一人の自転車の子の前籠に鹿嶋くんが自分の鞄をぎゅうぎゅう押し込んだ。校門に向かってみんなで自転車を奪い合いながら走って行く。

 ユキは冷たい銀の掛け金を抜いて、そっと細く窓を開けてみた。もう向こうを向いてしまって顔は見えなくなっていたけれど、男子の集団の笑い声の中から鹿嶋くんの声だけを聞き分けることがユキにはできた。

 冷たい風が入って寒いのになんで窓を開けたのかと近くの席の人に怒られないうちに窓を閉めた。黒板に目を戻すと、結局誰も候補が上がらなかったので担任が勝手に役員を選出することに決まっていた。

「起立」優し過ぎる委員長が気弱な号令をかけた。「礼」

解散。

 

 放課後はユキも急いでアルバイト先の“お城”に向かった。

高校に通いだしてすぐのうちは、学校から誰かに尾行されてアルバイト先がバレないかなどと考えて、後ろを振り返り振り返り歩いたり、真っ直ぐ城へ向かわずにいくつもコンビニに寄ったりと、いもしない妄想の追跡者をかわそうとするおかしな動きをしながら出勤した。挙動不審だったと思う。今から思えば自意識過剰だった。

最近では、意外とバレないものだな、楽勝だな…と、開き直り始めていた。

 

 お城で働く女の子のための秘密の入り口は町中のあちこちに口を開けている。ユキは学校から出るとまずデパートのトイレで制服を私服に着替えた。鞄の中身はメイクポーチとできるだけ小さく硬く丸めた着替えでいっぱいで、教科書や参考書類は教室のロッカーに置きっぱなしだった。鞄の中身は頭の中身と同じだ。将来使うかもしれない知識や学びや学位よりも、今の目の前の現金稼ぎの方が急ぎの問題で、今夜泊まれる場所を確保するために夜を迎えるまでに稼がなければならない額をどう稼ぐか、頭をいっぱいにさせるこの悩ましい問題をまず解かなければ…今夜よりも先のことなど考えている隙間なんて持てない。

 女性用トイレに着替えるための設備が整いだしたのは自分みたいな女子が増えてきたからじゃないかなとユキはチラッと考えた。有難いから良いけど。

着替えが済み、高校の制服をぎゅうぎゅう丸めて鞄に押し込むと、カフェ&バー〈フクロウ屋〉に向かった。この店の厨房の床にある落とし戸は、地下の食糧庫に続いているだけではない。ジャムやワインや吊るし玉葱の棚の陰にさらに地下へと潜る階段が潜み、食物庫としてよりも機能しているヒンヤリとした通路が城まで繋がっている。

 面倒見の良い優しい先輩が働きだしてすぐに教えてくれた。

「もし誰かにアルバイトどこでしてるのって学校で聞かれたら、あそこなら喫茶店って答えられるよ。厨房だから接客はしてないって言っとけば、学校の友達に会いに来られても、会えない口実にもなるし…」

 ドアベルをカランカランと鳴らして梟の彫刻を施した重い木製のドアを肩で押し開けて入って行くと、カウンターの中から白髭の店主が目を上げてニッコリした。

「おはよう」

「おはようございます」

「みかん好き?」

「みかんですか?」

急いで擦れ違いながら相手の目を見ると、店主は目尻を皴皴にしてこちらに笑顔を向けてくれていた。

「そこの箱から好きなだけ持って行って。仕事の合間にビタミン補給して」

「あっ!ありがとうございます」

グラスを乾いた布で拭きあげている店主の脇を、頭を下げながら猫のようにスルッと通り抜けて、この店の新入りのアルバイトがまだ出勤してこないうちにユキは厨房の奥へ入った。引き上げ式の落とし戸の隣に蜜柑の段ボール箱が積み上げてあった。多分また奥さんが発注ミスしたんだろうなとユキは微笑んだ。

「みかん頂きました!行ってきまーす!」

「いってらっしゃい!」

通行料はこの店の珈琲一杯の値段らしいがユキは支払ったことがない。お城から毎週渡される明細には色々よく分からない引かれものがされている。部屋代、備品代、ロッカー使用料、衣装代、送迎代、諸経費等々…通行料もその中に含まれているのかも知れない。

 足音が反響する。冬は風のない少し淀んだ地下通路の空気の方が外気よりも暖かくて心地いい。壁面は灰色のコンクリートで固められただけの素っ気ないトンネル。ところどころに修繕工事が必要そうなひび割れや、土が出てきてしまったり歴史を感じるレンガや石垣の部分もある。青い誘導灯が示す矢印の光が灯っている方へと進む。

フクロウ屋の地下貯蔵庫を入ってから、城に辿り着くまでには早足で大体15分くらい。ユキは放課後から出勤時間まで間があるときに、懐中電灯を準備して、光が灯らない横道をちょっと探検してみたことがあった。

すぐに行き止まりに突き当たるか、少し遠回りになっただけでもともとの通路に戻って来る事の方が多いけれど、いくつかの枝道は、町の雑居ビルの地下や雑貨店の倉庫や小学校の体育館等に繋がっていて、目の前に現れた扉を開けると、突然ポンと、地上の意外な眩しい場所へ出られることが分かった。

 地下では方向感覚が掴めない。地上に出てみて初めて、自分のいた場所が分かってビックリする。

城から遠ざかる方向へどんどん進んでしまっているかもしれない…という不安を抱え、引き返す時間を頭の中で見積もりながらも、知らない道を進み続けるのはゾクゾクする楽しい一人遊びだった。もしかしてこのまま深い地下の迷宮に迷い込んで出られなくなるかもしれない…と空想したりしながら。頭の中で鳴っているような滴り落ちる水の粒の拡大された響きや、頭のすぐ上を人や車が走り抜ける街の喧騒が聞こえてくるかなり地面に接近した箇所も通った。地下通路は自然にできた鍾乳洞と繋がってもいて、一本道の通路全体が大きな水溜りに潜ってしまっていて、先に探索が続けられなかった道もあった。どこまでも続きすぎていて、探検に飽きてしまった道も。

お城が本当に城塞として機能していた頃には、包囲されたときの脱出口としてとか、兵士を敵の後ろへ回り込ませる作戦のためなどに使われていたのかも知れない。

 光に誘導されるままに何も考えずに歩けば、とにかく15分くらいで城に着く。導かれる経路は毎回同じではないのかも知れない。女の子同士でも顔を合わせるのが嫌な人も多いと聞くし、出勤と退勤の入れ替わりの時間帯のわりには他の子と擦れ違う事が少ない。女の子同士ができるだけ同じ道を通らないように計算されて導かれているみたいだ。

トンネルの遠い別の横道に明かりが灯っているのが見えると、自分以外にも地下に人がいるんだなと、ハッとそちらに目を凝らして見るけれど、基本的には孤独な道のりだ。すれ違う時にはみんな急いでいるふりをする。ちょっと頭を下げるくらい。先輩達は特にそうだ。ある一人の人懐こい後輩は、帰り道をこちらに歩いて来ていたのに、しばらく引き返してついて来てくれながら、まだ新人のユキの人気や売り上げがどんなに凄いかと持ち上げてくれたり、いつか同じ時間に退勤した時は一緒にラーメンでも行きましょうよと誘ってくれたり、昼間に城で起きたちょっとした事件の報告をしてくれていた。でもそれには裏があるのではないかとか、いつか何かの交換条件として、こちらにも同じ程度の何らかのお返しを要求されるのではないかとユキが勘ぐって、負担に感じ始めると、次第に向うの方で身を引くように遠慮されるようになり、なくなっていった。

「あんまりお客さんの受けがいいと、他の先輩たちにはちょっと…もう少し目を付けられないようにうまい事しないと…何か危ないかもしれないですよ…」と最後に、遊び慣れた常連のお客さんにもよく言われるようなことを囁き声で伝えてくれた。

 女の子達はみんな仕事仲間でもあるがライバルでもある。お行儀よく盛大にお金を使ってくれる太客さんは必然的に取り合いになる。城で働き始めた最初の頃に期待していたほどには、ユキには打ち解けられる友達ができなかった。


 乏しい明かりはトンネルの見える範囲の端から端まで全体を照らすほど明るくないため、しっかり数えていないと自分が今いくつ目の角をどっちへ曲がろうとしているのかも分からない。ここが三叉路なのか十字路なのか、その場にいてもよく見えないはっきり分からない道を、ユキはただひたすら黄色い矢印の光が示す方へとついて行く。疑いを持たずに。

 (鹿嶋くんなら立ち止まって考え込み、一歩も先へ進めなくなるかもしれない。科学の授業で同じ班になった子が話していた。いつも実験のすべての工程の意味をきっちり把握している鹿嶋くんは頼もしいと。けれど、一度だけ彼がよく飲み込んでいないうちに始めなければならなかった実験では、彼はピクリとも動かずに長い間教科書を睨んで考え込んでしまっていて、必要な器具や薬品を取りに行こうとさえしなかった。いつも彼に任せきりだった班の他のメンバーが奮起して、できるだけのところまで実験を進めているうちに、鹿嶋くんの頭の中で急に分からなかったところの謎が解けたらしく、急いで実験に参加して、後で言った。「最初から最後までの理解がまずできていないと僕、動き出せないみたい。ごめんね…」)


 地下の通路はいつの間にか緩やかな上り坂になり、土の形を石で整えた不揃いな段になり、それが緑色の泥落としの絨毯敷の形の整った石段に変わる。靴箱に靴を入れ、さらに階段を上っていくと絨毯が途切れて、木製の鴬張りの階段が現れる。気が付くと城の高層階に辿り着いている。目線の隣の窓から見下ろすと、外には完全に夜の姿に変わった町の夜景が広がっている。

 瞬く光は遠く、青や赤や色とりどりなネオンの文字は砂のように粒が小さく、宣伝文句も読み取れない。城と城下町をうねりながら隔てる真空のような真っ暗な闇の正体は内堀で、まるで大蛇がとぐろの中に城を守っているよう。

 地下道を通ってここまで来ると、城に向かっていることに気がつかないまま城の姿を見ないままでここまで来ている。学校帰りや、アルバイト仲間に連れられたりついて来たりして、自分が城にいると分からないままここで働きだす子もいると聞くけれど、それも頷ける。


 ほとんど毎日出勤しているユキは、城の中でなら水の中の人魚姫のように自在に動き回ることができる。誘導灯が導いてくれなくても。


 廊下の静寂からは予想がつかないほど、更衣室にはもう女の子達がギュウギュウ犇めいていた。これから退勤の子も、今来てこれから出勤の認証を撮る子も、入り乱れゴチャゴチャと喧しくお喋りしながらそこかしこで着替えていて、

「おはようございまーす」

という人見知りなユキの声に誰も反応しなかった。

「今何分?」

一番戸口に近いカーテンの影から現れた半裸の子が切迫した声で、ユキの目を真っ直ぐ鋭く覗き込んで聞いてきた。

「17:58分です」

「あと2分!?私18時出勤なんだけど!ちょっとどうしよう…顔も半分まだできてない…」

「マスクして肩紐肩にかけてとりあえず写真だけ撮ってきな」

その子の友達らしき子がテキパキとした声で提案した。

女の子達は出勤の証明に毎日顔写真を撮るのだけれど,私服でドタバタ飛び込んできたままの状態では出勤とは見なされない。メイクするなら最後まで仕上げ,ドレスを着るなら綺麗に着こなし,髪を巻くなら綺麗に巻いて整えて,そのままお客様の前に出ていける状態で初めて出勤証明の写真を撮ってもらえる事になっている。

肩紐を肩に引っ張り上げながらカーテンを掻き分け慌てて出て行く子にユキも慌てて人にぶつかりながら場所を空けた。

「私のブーツ片方見なかった?」

ユキは自分のロッカーに辿り着くまでに、靴を探して床を這っている半泣きの別の女の子に躓き、お詫びに一緒に靴を探してあげることにした。しゃがんで、森の中みたいに大勢の女の子達の脚が林立してストッキングを履いたりワンピースを下ろしたりしゃがんで靴下を引っ張り上げたりしている中を透かし見て、あっちこっちに散らばってたまに蹴飛ばされているゴチャゴチャの靴の中から、探し主の片手に握られているののもう片割れを見付け出そうと目を凝らした。そうして見ると床の上は面白いほど似たような黒の厚底のほんの少しずつ飾りの違うほとんど違いのないブーツだらけだ。ほぼ全部が踝までの長さ。ユキが履いているのもそっくりなやつだ。流行りなので仕方がないけれど、笑いたくも泣きたくもなる。ちょっと自分の残り時間が気になってチラッともう一度ポケットの中の携帯電話で時刻を盗み見ると、片足だけとりあえず手に持っていた靴を履いた子がユキの首に急に腕を回してきて、チュッと耳の中に可愛い音を立てて口付けた。顔を見ると悪そうな満面の笑顔になっていた。

「いいよいいよ。もうこうなったらМサイズの一番似てるの履いて帰るわ。夜だし目立たんでしょ。子供預けてるし人が空くまで待ってられない。自分これから出勤の人?」

「はい」

「18時半?」

「はい」

「じゃあもうありがと。気持ちだけで充分助かったから。着替えて」

ユキはペコっと頭を下げた。一旦自分のロッカーの前まで来て、通学鞄を中に押し込み、片足ずついつも通り目もやらずに履き慣れたブーツのジッパーを下げてから、ふと動きを止めた。そして靴の裏を見た。後ろを振り変えると、女子たちがぶつかり合って着替えている混みあった中で、滑らかな背中を屈め、首の後ろの蝶結びのリボン一つで留まる銀色のドレスの裾をたくし上げて片腕にかけたさっきの子が、一つずつブーツを拾い上げてはポイッと投げ捨てて次のブーツに手を伸ばし、やっぱり探し続けていた。ユキは両手に靴をぶら下げて引き返した。

「生暖かいので良ければ私のブーツもМです。」

「えっ」

「両足揃ってます。」

「うん…?」

話し掛けた相手の子はそこで床から目を上げてユキを見つめ、ゆっくり背中をまっすぐに伸ばした。

「私が帰る頃には更衣室空いてると思うので…今日だけ交換しときますか?」

相手の子はユキの差し出したブーツをちょっと見て、ユキの目もちょっと見つめてから、自分の靴下だけの爪先をジッと見下ろした。

「いいの?」

「はい」

「じゃあ…甘えようかな。」

散りばめた淡いラメのようなそばかすが、よれた化粧の下に滲んで見える。ちょっと気の強そうな眉の引き方。潰れ、掠れた声。荒れた土地に吹く乾いた風のような。小柄で痩せていて一見華奢だけれど、他人から侮られるような弱気な子ではなさそうだ。

「ありがと。本当に。」

ユキは(今日は私のちゃんと両足揃った靴を履いて帰れば良いよ)と言ったつもりだった。自分の退勤時には更衣室は多分空いているから、その時彼女のもう片側の靴を探し当てて自分が履いて帰り、後日また顔を合わせた時に交換すれば良いと思っていた。でも子供が待っているお母さんは、自分の履いている靴は脱がず、ユキの手から今必要な片方だけを受け取って履くと、急いで手を振った。

「ありがと。本当に嬉しい。またね。いい子ちゃん」

「あ、また…」

急ぐ様子だったので、ユキも急いで手を振った。右手には自分の片方のブーツが残された。(多分これでは、退勤時に時間があって更衣室が空いていても、あの子のもう片方のブーツを探し当てることはできない。見本が残されていないから。こうして手袋やピアスや靴下はシャッフルされていくんだなとユキは思った。)

 自分のロッカーに辿り着くと、左隣の女の子が開けっ放しにした扉に塞がれて自分のロッカーが開けにくくなっていた。扉に鞄やらコートやらを引っ掛けているのだけれど、それが今は辛うじてバランスをとりなんとか引っ掛かっている状態で、ちょっと触ると落ちてしまいそうだ。しっかり手を触れて床に置き直したりするには鞄は触れてはいけない人の物だという意識が働いた。肩にかける鞄の片方の紐だけで扉に引っかかり、もう片方は引っかかっていないので、中身がベロンと丸見えになってしまっている。ラズベリー色の小さなキーケースや明らかに貴重品が入っていそうな黒い革の小物入れがこぼれ落ちそうになっている。注意しようにも、左隣のロッカーを使っている女の子の姿が見当たらない。

どうしようかなとユキはむせかえりそうに混みあった更衣室を振り返って視線を泳がせ、口の中にじんわりと孤独の味を味わった。声を上げて「ここのロッカーの人ー!ちょっと触りますよー!」と言う度胸もない。人見知りに加え、日頃からユキは他人に興味がなさ過ぎ、誰が自分の隣のロッカーを使っている子なのか覚えていなかった。入れ替わりも激しいしどうせ顔や名前を覚えてもいつの間にかいなくなっている…

時間がない。とりあえず隣の子が扉を閉めに戻ってくるまでに、自分でできるところまでやっておこうと、ユキは服を脱ぎ始めた。まず床にブーツと通学鞄を置き、その上にコート,トレーナー、ジーンズをバサバサと積み上げて載せた。本当はみんなが土足で歩き回る埃っぽい床に鞄を置くのも嫌だけれど、仕方ない。

下着姿になると、人混みの方に向いて、ぼんやりと他の女の子達を遠い目で眺め始めた。するりと目の前に一人の子が近寄ってきて、ユキに背中を突き出してきた。

「ボタン外して?」

暇そうに見えたのか、頼み事をしやすそうなユキに頼んできた。

ユキはボタンを外してあげた。

「サンキュ」

「ここのロッカーの人知らないですか?」

「ああ、キナコならさっきからあっちの隅っこでヒモ男に電話中。『お金払うから今から店に来て』って。必死だよ。なんか好きくないお客から指名が入ってるんだけど、その人の事、断りたいらしい。急な体調不良とか言って。でも担当が『代わりの客を呼ばないと許可してあげられない』って意地悪言うんだって。1時間後に予約の客が来ちゃうらしい。『こういう時のためにお金渡してるんじゃん!』って、ヒモに叫んでたよ。『なんでどこで使っちゃったの?!』って。安マスカラ流して泣きながら。」

「えええ…可哀想ですね…」

「だってあの子普段からNG多すぎなんだよ。日頃の行いだわな。選べる立場になってからしかこっちは客を選べないんだよ。うちらは遊びじゃない、仕事しに来てるんだから。誰でも相手しなくちゃプロじゃないでしょ」

「でもいざという時のためにお金渡してる男の人に…」

「男見る目ないのも自業自得さ」

「うわぁ、厳しい…」

「甘くはないよ。この世は」

「なるほど…」

「そうそう」

「確かに…」

「で、ユキちゃんは?何してるの?着替えずにボーっとして…ドレス忘れた?」

ユキは自分だけが名前を覚えられていたことにドキッとした。

「これ着る?」脱いだばかりの真っ青なロングドレスをバサバサ振って、なんとなく体温や湿り気を飛ばし、それでまた貸衣装掛けから今とって来たばかりのドレスを渡すように親切そうにユキに着せかけてくれた。

「衣裳部屋まで戻しに行くのが面倒臭いからじゃないよ。ちょっとはそれもあるかもしれんけどさ、ちょうどいい所に同じような体格の子が裸で寒そうに衣装忘れてボーっと突っ立ってるから…ね」

ユキはされるまま両肩を掴んでクルリと後ろを向かされて、さっき自分が下ろしてあげたジッパーを上げてもらった。

「あ、靴は?もしかして靴もない?私にはラッキーだけど」

「靴も借り物ですか?」

「そう。二つとも終わったらあの倉庫みたいなところに戻しといてね。」

「2階のリネン室の隣の貸衣装部屋?」

「そう」

「ロッカーは?」

「こっち」

彼女はユキの右隣の名札の入ってない方のロッカーをぱかっと開けた。そこはつい昨日まで別の子が使っていた場所だった。ドレスの数が多くストックのおやつや香水瓶やボディークリームや胃薬やらなんでもかんでも詰め込んで、押し込んでふたを閉めていた子で、ロックを外したら物が溢れ出てこないように肩や胸を使って塞ぎながら細くソロソロと扉を開けていた。色白でぽちゃぽちゃしたマシュマロみたいな頬っぺたの愛らしい子だった。本当はユキと名乗りたかったようだったけれど、その名前の子はもういるからと面接で言われたので、真白にしましたと言っていた。確かに彼女の方が雪という名に似合ってたかもなとユキも思ったのだったけれど…

 名札入れに差し込んであった小鳥の模様の真白の名刺がなくなっていることに今気づいた。

ロッカーの中も今はすっかり物が無くなり、殺風景だった。鞄が一つ。それと、背中に手が届かない、今このロッカーを使っている子の私服が掛かっているだけだ。

「ロッカーも使う?」名札のない子が自分の荷物を外へ全部出して、聞いてきた。「私、明日はまた別の店で働くから。ロッカー二つ使っちゃえば?」

「え、今日で辞めるんですか?今日始めたところなのに?でも…」

ユキは混乱した。「あなたは新人さん?凄い慣れてる人だと思った…ベテランさんかと…」

「体験入店だよ。だけど慣れてると言えば慣れてる。ここで働くのも何回目か分からないぐらいだし、こっちはユキちゃんの事もよく知ってるよ。業界は長いから。ただ、長く同じ店に留まりたくないだけ。」

「お名前…源氏名は?」

「毎日変えるけど。さっきまで名乗ってたのはハルカ。」

「この次はいつまたお城で働くの?」

「分からないけど、一か月くらい先じゃないかな?分からない」

「次はどこに行くんですか?」

「…」さっきまでハルカさんだった人はユキの目を見つめながらゆっくり首を横に振った。

「次にまたここで働く時は、またハルカって名前?」

「さあ…その時に決める。また私に会いたい?」

ユキは頷いた。ハルカさんの体温がまだ抜けきらないドレスを纏い、ピンヒールを履いていた。

「連絡先は…」

「会えるよ。」ハルカさんは突然ばっと腕を広げ、ユキは自分にそっくりな人の、痩せて繊細な骨の動きを感じる腕の中に一瞬包まれた。慌てて不器用に自分もハルカさんの背中に手を回そうとしたときには、両手で肩をしっかり掴まれ、サッと腕で距離をとられていた。見せかけは似た二人だけれど、ハルカさんの体は熱く、指先まで力が強く意思がみなぎっていて、ユキとは対照的だった。元の形が分からないくらい入念に施された化粧とコンタクトの瞳の奥にユキは素のままの自分の瞳が映っているのを見た。

「約束はしないでおこう。あなたの今の気持ちがいつまで続くか分からないし…次に会った時、ユキちゃんが私を忘れてたら、意外に私、傷付くかもしれない…」

ペタンコな靴を履いた、名前も教えてくれない人は、ちょっと爪先立って、ユキの左の鎖骨にサラリとした乾いた唇を付けた。

「またね。」

手を振られ、ユキは凄く寂しくなった。この世界の入れ替わりの激しさ。いなくなってしまった子の抜け殻みたいな名前ばかり憶えている。新しく入ってくる女の子の名前も顔ももう覚える気がしない。それがいずれ来るさよならを辛く感じさせない方法だ。いつか必ず別れなければならないと分かっている人の名前なんて初めから覚えない方が良い。親しくなろうとなんてしない方がいい。


「おーい、入って良いかー?」響き渡る黒服の声がして、一斉に全員がぱっと肌を隠した。入って良いかー?と聞きながら返事など待たずに入って来る黒服もいるから。

ユキの前でも、裸だった子がぱっとコートを羽織り、その友達が同じコートに飛び込もうとして裾を引っ張り合い押し合い、(「ちょっと私も入れてよ」「あんたはパンツ履いてるじゃん!」)抱き締め合ってけらけら笑い、よろけ、支え合ってバランスをとりあった。

パンパンと手のひらを打ち鳴らす音。

「おーい、着替え終わってる順に早く外へ出ておいで!客が入ってきだす時間だよー!仕事仕事!」

栓を抜いたように女の子達が廊下へ流れ出て行く。みるみる更衣室に溜まっていた女子が減っていき、ユキも慌てて鞄と私服をロッカーに押し込み、四桁の数字を打ち込んで鍵をかけた。

 結局左隣のロッカーの女の子は戻って来なかった。開けられない自分のロッカーの中に入っている必要な物を頭に思い浮かべる。名刺とクラッチバックくらいか。

最近担当黒服が変わって、やっと意思疎通が取れるようになってきたと思えていた古くからの黒服さんにはなんだか見放されたような気がしていた。悩み事を相談しようにも、最近切り替わった新しい担当に話すよりもなんとなく面接の時から面倒を見てもらってくれていた黒服に話したかった。ロッカーが開けられないとかいう些細なその場限りの事であっても…

別に新しく担当になった若い黒服さんに不満があるというわけではない。経験や実績は少ないかもしれないけれどその分、新しい担当の方が慎重に話を聞いてくれるし、対応も丁寧にしてくれる。大きな失敗をしそうにも見えない。ただ…以前の担当黒服に本当に聞いてみたいのは、なぜ自分を担当から外したのかという事だった。何か自分に落ち度があったのかと気になってしまう…

 人がはけた鏡台の前で睫とリップを見直す。上げてもらったホックがきちんと留まっているかを確認する。

 外に出ると、狭い踊り場は準備を整えた女の子達で溢れ返っていた。

葡萄ジュースみたいな深紫の色の絨毯が流れ落ちるように敷かれた幅の広い階段の下の広間にはもう一組目のお客が来ているらしい。蔦と葉が絡まる模様に彫られた滑らかな木の手摺りから身を乗り出して、女の子達がキャアキャア騒いでいた。

「えー…あの人カッコ良くないですか?」

「押さないでよ、ちょっと…」

「よく見えない…」

「あれ誰かのお客さん?」

「指名なかったら私いきたい!」

「どっち?右端?」

団体客のようだ。ユキは混み合っている手摺の方へは近寄らなかった。お客の見た目が良いかどうかに興味はない。清潔でさえあってくれれば、むしろ鏡を嫌ってるみたいな人の方がユキは好感が持てる気がする。

「指名?」

ユキの近くにいた女の子が近くにいた黒服を見上げて聞いた。聞かれた黒服は、階下の黒服とインカムで連絡を取り合い、間をおいて、他の女の子みんなにも聞こえるくらい大きな声で答えた。

「桃さん!ご指名です。降りて下さい」

桃さんと呼ばれた子が一人、俯いて階段を降りて行った。

(いいなぁ〜)という囁き声が彼女の後を追いかけていく。

「見た目は良くてもあの人、優しい人じゃないよ」

誰かが囁き声で言った。

「桃の前はあの人、春月によく通って来てたけど、春はあの人の事あんまり好きじゃないみたいだった…。病んでて細かい指示いっぱいしてきてすぐ怒ってややこしいって…」

「私も一度呼ばれたことあるけど、2度目はお互い無いなぁと思ったんだよなぁ。相性もあると思うけど…なんか…あの人…」

「紅とはずっと続いてたんだよ、あの子」

ユキのすぐ隣にいたお姉さんが手摺に片肘をつき、目尻で階下の男を見下ろしながら言った。

「紅ちゃんて子が昔いたの。その子とはプライベートでも仲良かったみたいよ。紅の上がり時間に合わせて迎えに来たり、城の中でも城外でも会ってたみたいだった。でも急に辞めちゃって…紅ちゃん。退職理由は分からない。ここじゃ良くあることだけどね。憶測では結婚しただとか大きな病気にかかって入院したとか…

とにかくそれからあの男の子、指名の女をフラフラ変えるようになったの。ちょっと紅の面影のある子に手を出してみてはポイと捨て、…ああでもないこうでもないって、紅と違う点にいちいち文句をつけるらしいわ。とにかく良い噂は聞かなくなった。まだいなくなった子の亡霊に取り憑かれて、吹っ切れてないんだろうね。愛も情も深みに嵌りすぎると…その最中は良いけれど、あとあと抜け出すのに大変よ。ほどほどにしとかないとね。色んな女の子に親切にできて自分も楽しめる程度に…一人の人だけに一つしかない心を全て捧げてしまわないように…」

女の子達が一列になって手摺に沿って並び始めた時,ユキはみんなが興味を失った階下にチラッと視線を落としてみた。噂の綺麗な面立ちの男がこちらをまだ見上げていた。桃ちゃんがさらに階下の自分の部屋へと誘うように彼の袖を引いているのに、男は別の誰かをまだ探し続けるように階段の上の女の子達をぼーっと見渡していた。

その暗い顔には冷たい悲しさとまだ燻っている捌け口のない熱い情熱の裏返った怒りが半々に入り混じっていた。危うい表情に見えた。

(嫌だな)とユキは思った。可哀想かもしれないけれど、あの人には当たりたくない。噂を耳にしてしまった後だからそう思えるのかもしれないけれど、仕方ない。

ハッキリとした恋をしている男の人、自分ではない好きな相手がいる男の人、(そしてその人にとってその女性は手が届かない)そういう状況におかれている男の人を相手にした時、仕事は辛い。これまでの経験上そうだった。手に入らないものに焦がれてままならない気持ちの腹いせにか、こちらは荒っぽく扱われる気がする。

お互い大して好き合ってもいない事を自覚していて、それでもするやるせない行為に、空々しく虚しい気持になってしまう。

(自分は仕事だから無感情でも良いのだけれど、せめて相手には酔ってもらいたい、気持ち良くなって満足して帰ってもらいたい、…好きな子とできたとか、期待以上だったとか、少しでも錯覚で良いから何か感じてもらいたい…)とユキは思うのだ。

 お母さんを思い出す。綺麗な人だったけれど、誰のことも好きにならない冷たい人のように見えた。それから、お母さんの付き人みたいだった彼女の恋人達を思い出す。たまに母のいる実家に帰ると、成長して顔を出すユキを見る彼らの目付きが変わっていくのがこちらにもはっきりと伝わってきて、嫌だった。だんだん萎れていく花のような母とこれから蕾を開く瑞々しいその娘、…でも彼らは母を好きで、それで母の家にいるはずなのだ。変な目付きでこっちを見ないで欲しい、とユキは思った。まだ誰の事も本当には好きになった事がないユキは,こんな世界に早くから身を染めていたとしても,まだ愛は尊いものと心の底では信じていたかった。

母の恋人には母一筋で死ぬまで貫いて欲しかった。母親のいない場所で母の恋人と二人きりになり、吐きそうな思いをするのは嫌だった。せめて自分か相手のどちらか片側で良いから,真っ直ぐに相手その人を好きでないと、悲しすぎる。

 手摺の下で、寂しそうな綺麗な男が桃ちゃんに引っ張られ、ようやく立ち去るのが見えた。

「でも。…もうあれは浸ってるのかもな」

姉さんがふと声音を変え、今更ながら気付いたように言った。

「振られた可哀想な男を主演してるのかも。あれからもう何年も経つし…」

パンパンと手を打ち鳴らし、黒服が抑えた声で

「はい、並んで並んで。一列に。毎回言わんといかんのか?」

 肌が透ける薄いドレスを纏った女の子達は手摺に沿って一列に並び,ユキも左隣の女の子と左手を、右隣の女の子と右手を繋いだ。滑らかな手摺をなぞり、目を伏して、ゆっくりとみんなで一段ずつ階段を降りて行く。ユキの一段下を進む子は裸足だ。別に靴を履かなくてはいけない決まりは無い。貝の内側みたいな淡い乳白色の地に虹色の光沢を放つペディキュアを施した爪先が毛並みの長い絨毯に沈み込んだり現れたりして可愛い。その前の子は、髪飾りとブーツは付けているけれどドレスを着ていない。キューピーちゃんみたいな裸んぼだ。可愛すぎる。ユキの後ろの子も、腰のくびれに引っ掛けた変な鈴飾りしか付けてない。波打つ長い髪で顔と胸の先を隠している。ドレスも必ず着なくてはいけないと言う決まりではない。

 お客達が待っている広間に一番最初の女の子が辿り着いたところで、全員がピタリと動きを止めた。一段に一人ずつ。

 列の中には目が見えない子もいるし、言葉が分からない人もいる。客に選ばれるまでは、こちらからは顔を上げない決まりになっている。私語も厳禁。女の子達が自ら競い合ってアピールし始めるとうるさいし、収拾がつかなくなるからだ。

 ユキはいつも階段の高い段にいるうちに広間の男性客を確認しておく。知った顔は一人もいなかった。

「ユキちゃん今日は指名のお客さん来てないんだね」

一段下の女の子がコソコソ話しかけて来た。

「うん…そうみたい」

「珍しいね。列に並ぶの久しぶりじゃない?」

「そんな事ないよ」

「そんな事あるある。新人なのに凄い売れっ子で有名じゃない」

「そんな事ない…」ユキは他にどう返事していいのか分からなくて困った。繋いでいる左手の手のひらに汗をかきはじめた気がした。

「どんな接客してるの?みんな知りたがってるよ。」

「特別な事は何も…」

「本当?可愛いって良いね、得だよ」

「そっちだって綺麗…」

「ユキちゃん、私の名前忘れた?自己紹介まだだったかな?」

「…ごめん…」

「アヤカ。覚えといた方が良いよ。他の女の子の名前も。私は先週入ったばっかりだけど、ユキちゃんより歳は2個上。よろしくね」

「よろしくお願いします…」

アヤカちゃんはキラッと光る上目遣いでユキを見つめ、目を逸らしてから呟いた。

「可愛いわ。ユキちゃん」

ユキは繋いでいる手を離して相手の顔を覗きたかった。

 早々に指名がかかるようになって来たユキはこの頃ではあまり待機する時間がない。それはそれで困る事も沢山ある。待機する時間が少ないという事は,その分、他の女の子達と話す時間がとれないという事だ…他の女の子達と仲良くなりにくい感じがする…

情報交換の機会も少ない。注意すべき客を教えてもらったり、賢くて疲れない接客の仕方を先輩から学ぶ時間があまり与えられない。体当たりで自分で実践で学ぶしか無い。妬みや僻みも怖い。他の女の子の客をとろうとしたことなんか一度もないのに,お客が勝手に指名を変えて、こっちに来ることだってある。前は誰か他の女の子のお客さんだったなんて、言われるまでこちらでは知るはずがない。でも、ユキが知らなくても、その客ともともと懇意にしていた女の子からは当然嫌われる。

しばらくの間は。

盗った盗られたが日常の世界だから、いつの間にか、しばらく経てば、気まずさは薄らいでいき、その上に戦友としての友情が積み重ねられれば良いのだけれど…いつまでも待機の時間が少ないと、そう上手くもいかない。男の人に気に入られ過ぎると、今度はどうしたって女の子と上手くいかなくなってしまう…

入りたての頃には優しかった先輩達が、この頃ではなんとなく、挨拶をしても冷たい態度なような気がしたり、…下手に出て、ちょっと媚びるようにアドバイスを貰おうとしても、なんとなく魂胆がバレていて、素っ気なくあしらわれたり…

(実害がないならいい、自分が気にしなければ良いだけだ…)と考えていたところ,この頃、そうもいかないような目に遭った。お客さんに買ってもらったばかりのお気に入りだったドレスが行方不明になった。

(気のせいだ、ちゃんとロッカーにしまって帰らなかった自分が悪い)と思って忘れようとしていたら,今度は鍵をかけ忘れたロッカーから私服が無くなった。もともと簡易的な4桁の番号を合わせるだけの鍵だから、0000と適当に合わせていた。けれど、もうそうもいかなくなった。今では四つとも違う数字に合わせ,それを人に見られていないか用心深く左右を伺ってから開錠するようになった。そういう、誰のことも信じられないような場所で働いている感じが凄く嫌な気持ちになる。飲みかけのペットボトルの飲み物さえ今はロッカーの外に置いておけない心境(何を入れられるかわからない…)そういう人を疑わなければいけない環境に身を置いていると思うのが凄く嫌だ。だけど仕方ない。ここは戦場だから…みんな戦っているから…

どう好意的に解釈しようとしても難しい有様で、雑巾みたいに汚れたドレスがロッカーに戻ってきてからは,ユキは心を閉ざす事に決めた。むしろ開き直ったつもりになれた。

(ここで本物の友達なんて作れないのかもしれない。仲良さそうにしてる子達は羨ましいけど、内情はその子たちの間でしか分からない。みんな嘘だけは十二単のように着重ねている。むしろそれこそがマナーの世界。本当の友達なんて作ろうとしない方が良い。必要な時必要な場で仕事仲間としての全力を尽くせば良い、それだけだ…)


 俯いていながら、女の子達は上目遣いでこっそり客を覗き見ている。前髪の隙間から。客は下の広間からゆっくり一人一人女の子を選びながら階段を上がってくる。

評判の悪い客が階段を上がってくると、下の子が握り締める繋いだ手の強さから、それが感じとれる。

(良くない客なんだな…)と。

シナプスみたいに女の子達は一つに繋がって危険信号を伝え合う。

(嫌なお客さんに選ばれたくない…)と願う気持ちはみんな同じ。隣の子に伝えてあげようという思いやりか、自分自身が(列に留まりたい、選ばれませんように…列を抜けたくない…)と念じてギュッと手に力がこもるのかは分からない。


 16時とか17時から出勤している売れない子は階段の下の方に居残っていて、階段の上に来るほど出勤したての女の子達になってくる。時々黒服が女の子の機嫌や客の様子や上がり時間などを配慮して、順番をシャッフルする。螺旋階段は100段以上あると言われている。けれど、正確には何段あるのか誰も知らない。広間と踊り場よりもさらに上へも下へも続く螺旋を端から端まできっちり数えられた暇人がいないからだ。


 ユキが階段に並んですぐに広間に通されてきたのは40代くらいの会社員風の人だった。俯いている女の子の顎を上げさせたり、ちょっとつついてみたり、顔を近寄せ、一人一人花の匂いを嗅ぐみたいに髪の匂いを嗅いだりしながら、階段を上がってきて、ユキの前は黙ってスルーした。ユキは深く俯いて、垂らした髪の隙間から、男の革靴を履いた足が通り過ぎていくのを見ていた。

「あの人結局いつもおっぱいが大きい子を選ぶ常連さんだよ…」

一段上の女の子が囁き声で教えてくれた。

「で、いつも違うおっぱいを選ぶの。リピートしてくれないって分かってるから誰もやる気持って仕事しないよ」

「ふーん…」

その後も何人かの客がユキの前を通り過ぎて行った。


 一段下の女の子がお客さんに選ばれ、ユキはその子と繋いでいた左手を離した。アヤカちゃんはお客さんと手を繋ぎ、階段の下にある自分の部屋へと客を誘って降りて行った。ユキは自分よりも上の段に立つ女の子と右手を繋いだままで、ゆっくりと一段下に降り、さっきまでアヤカちゃんがいた場所に立つと、また一つ下の段の女の子と左手を繋いだ。階段のユキよりも上の段の子達が立てる衣擦れの音がサラサラ鳴って、また静かになった。全くの静寂ではない。どこからともなく細い滝水のように流れている音楽とどうしたって止むことのないヒソヒソ声のお喋りは常に続いている。

手摺から身を逸らして下の広間を見下ろすと、ちょうど客用の正面扉が開き、曇り空色の作業着を着た二人組の次の客が通されて入ってくるところだった。


 くるくる頭の大柄な30代くらいの男の後に続いて入って来た鹿嶋くんを見て、ユキはヒュッと息をのんだ。心臓が凍って止まったかと思った。何度瞬きして見ても、下の広間に来ているのは鹿嶋くんだ。

学校では落ち着いていて大人っぽく見える彼は今この場では誰よりも幼い子供に見える。大柄な先輩の陰に半分隠れるように立ち、ずり落ちてもいない眼鏡をずり上げ続け、顎をさすったり、ソワソワ落ち着きなく視線を彷徨わせている。

声は聞こえないけれど、黒服が二人にこの場でのルールを説明した。

(「こちらが本日お選びいただける女の子達です。みんな優しくていい子達ばかり揃えております。それぞれ個性もありますが、上から下まで並びの順に特に意味はないので…第一印象で。どうぞ、お選びください…」)階段にずらりと並んだ女の子達を指さす案内人の指の先をたどって、二人の来客の視線がスーッと階段の一番下から上まで、それからまた下まで、漠然と流れた。

 その時上を向いた鹿嶋くんは、学校でいつもかけている飴色のフレームの丸眼鏡をかけていた。お揃いの繋ぎの制服を着た先輩にバシッと背中を叩かれ、押し出されて、ゆらりと重たげな一歩を踏み出し、階段の最初の一段目に足をかけた。ためらいがちに一人一人女の子の伏した頭を眺めながら、ゆらゆらと一人で階段を上ってくる。

一段一段。

お客さんの中には、女の子をちょっとつついて反応を見ようとしたり、顔をよく見ようと顎を持ち上げて上を向かせたりする人もいるけれど、この若い客は指一本手を出さない。

 触れて落として壊してはいけない繊細なガラス製品が並んだ店の中を歩いている怯えた客みたいに、両手を背中の後ろに回して、自分の右手で左手首をしっかりと捕まえている。

 どう見ても鹿島くんだ。間違いようがない。夢を見ているみたいだった。日常が溶け出して、現実じゃないみたい…まさかお城で鹿嶋くんに会うとは…


それでもユキは初め、あの人は鹿嶋くんにそっくりな別人だと思いたかった。

この場所で同級生に出会ってしまったら言い逃れはできない。アルバイトが校則で禁じられているだけではない、法的にもただ事では済まない。学校に知られたら、卒業まで残すところたったのあと4週間というところで退学になってしまう。多分それ以上の面倒を、雇ってくれたお城のみんなにもかけることになる。

ユキは階段を上ってくる男の子の一挙手一投足全てを食い入るように見つめていた。相手は一段を片足で、ゆらりゆらりと一歩ずつ上って近付いてくる。緩やかな一定の速度。幅の広い階段の一段に一人ずつ並んで目を伏した女の子達一人一人の前を、少し首を傾げて通り過ぎながら、こちらへ上って近付いてくる。その頭の大体いつも同じところがぴょんと跳ねて飛び出ている寝ぐせの髪、大きな船みたいなゆったりした歩き方も、広い肩幅も、眼鏡の形も、全部学校で見かけている彼そのままだ。

「ユキちゃん、」右手をくいくい引っ張って隣の女の子がヒソヒソ窘めるように名前を呼んだ。

「そんなに見ないよ」

「あの人、知り合いかも知れないんです…」ユキはぽそぽそ言い訳した。

「えー?じゃあ余計もっと顔を伏せなよ…」

「だけど違うかも…」

本当にそうかどうかをもっとちゃんと確かめたくて、少し身を乗り出して階段を上って来る男の子を見下ろした。

 両隣の女の子と繋いでいる手は汗ばんでくるし、本当はキャストは俯いてあまり客をジロジロ見ないのがルールなのに。(このルールには二つの説があった。昔は好みの客やお金持ちそうな客を我勝ちにと女の子達が目配せしたり袖を引っ張ったりして取り合いしたので、そんな事では品がないからと設けられたルールだとか、…昔働いていた目が良く見えない女の子が凄くモテたので、他の女の子達も彼女に倣って目を閉じるようになったのだとか、…)

 

 普段は背が高くてあまり見下ろしたことがない同級生の頭をジッと見下ろしているうちに、相手は三段下くらいまで近付いてきた。

綺麗な形の太い眉、眼鏡に隠れて見えない睫、のんびりしているようで実は無駄に細やかに神経を遣っている歩運び…

どうしても目が離せなかった。

 ここで今、同級生に出会うわけにはいかないのに、その思いと裏腹に、鹿嶋くんかどうかちゃんと顔を見て確かめたい気持ちが強すぎた。


 必死の思いで真剣に見詰めていたから、視線を感じたようにふっと顔を上げた鹿嶋くんと当たり前にバチッと目が合ってしまった。

ゆらり、と、二人は、一瞬、微かに、少しのけぞった。

(ああ、ダメだ…)とユキは思った。

相手が真っ直ぐこちらを見たまま近付いてくる。それを見て(目を逸らさないと…)と思った。でももう遅すぎる。

 鹿嶋くんがニッコリ笑い、つられてユキもニッコリ笑顔を返してしまった。原始的な人の好さで。頭の中は真っ白。目まぐるしく慌てながら、もう何も考えられてない状態だった。鹿嶋くんはあと三段を大股に真っ直ぐこちらを見つめたまま上ってきて、ユキの目の前でピタリと立ち止まった。正面で見る。間違いようがない。同じ学校の、他人の空似ではない、隣のクラスの鹿嶋くんだ。

「お名前教えてもらっていいですか?」と彼が言った。緊張して乾いた、聞き取りづらいほど小さな声だ。

ユキは息を吸い込み、透明な息を唇から漏らした。もう一度息を吸い込んで、

「一番上の人まで見なくても良いんですか?」咄嗟に囁き声ではぐらかした。「まだ上にも他の女の子達がいるから…」

「そうするのがマナー?」

ユキと鹿嶋くんはまだ上に並んでいる10人近くの女の子を同時に見上げた。

「マナーと言うか…一通り全員見てから選ぶ男の人が多いです。」

「ふーん…そういうものなの…」

鹿嶋くんはちょっと頷いてから、また階段を上り始めた。今度はユキの前から遠ざかって行く。一段一段。その後ろ姿を見送っていると、急に暗く、胸が塞がったように苦しくなりだした。

 三年間同じ学校に通っていたけれど、真正面から目が合ったのはさっきのが初めてだった。ユキは学校ではできるだけ人に顔を覚えられないよう、目立たないようにと心がけて俯いて過ごしてきた。どこでどう繋がってアルバイトがバレるか分からないから。男子生徒とも、男の先生ともあまり目を合わせないよう、必要以上に話したり仲良く接したりしないようにしてきた。こちらでは鹿嶋くんの事をよく知っていても、向うではこちらを分かってないみたいなのは、当然の事でもあるし、願い通りの事のはずだった。

 彼が目の前で立ち止まった時は焦ったけれど、今もまたじくじく焦っている。余計な事を言ってしまったかなと。

 彼が別の女の子を選ぶのかどうかが気がかりで、ユキは首を伸ばして上を見上げた。右隣の子と左隣の子が自分の背後で目配せし合ったのを気配で察して、首を引っ込めた。それからユキは呼吸を整え、目を閉じた。


 鹿島拓斗くん。学校では不思議な存在感のある人だ。いつも一緒にいて連れ添って歩いている友達には声が大きい目立ちたがり屋な男子が多い。本人は物静かなのに周りにいる友達が派手で、賑やかな中でポツンと背筋がまっすぐな大人しい彼はなんとなく浮いているように見えがちだった。ひょろひょろと背だけ高く、みんなの集合場所とか目印と呼ばれていた。(急に体つきががっしりしてきたのは、一緒に暮らしだし、夜も肉体労働のアルバイトを掛け持ちでするようになってからだ)真面目で、誰にも親切で、人によって態度を変えたりしない。

先生達とも友達みたいに仲良く喋れる明るい子達の集団の中でも鹿嶋くんは、特に数学の先生に一方的に気に入られていて、授業中よく解答と解説を丸投げで託されていた。

「鹿嶋ー、どこに座ってる?いたいた。そんなところに隠れて。前に出て来てー。黒板に書いてみんなに解説してー。」

数学の先生はそう言って、自分は椅子に座って脚を組む。

「ああ、もお」うんざりが滲む小さい唸り声を出して鹿島くんが席を立つ。彼は眼鏡をかけていてもまだ目が悪くて、春には黒板に近い最前列の席を選んで座っていた。でもあまりにも当てられるので数学の授業の時だけは席を後ろへ移動してきていた。ユキの隣に座ったこともあった。それでも当てられまくっていた。

黒板に筆圧の強い丁寧な数式で解答をして、帰り際に先生に褒められ、ぼそぼそ苦情を言いながら自分の席に戻ってくる。

「仕事しましょうよ、先生。さぼらないで自分で授業やってください。給料僕がもらいますよ…」


 一年生の春に、学級委員長に選ばれそうになり、『人を見た目だけで推薦して決めるのは良くない』と本気になって抗議して、ジャンケンの勝負の末に結局負けて、一年間学級委員長を務めた。

同じ中学出身の別のクラスの女の子と付き合っているのをみんなが知っていた。二年生になって間もなくふられたらしいのも、三年生の今でもまだ引き摺っているのも、学年中のみんなが知っていることだった。

ユキとは一年生の時に同じクラスだった。


 両隣から強く手を引っ張られ、ユキはハッと目を開けた。目の前にまた鹿嶋くんが戻って来て立っていた。

「全員見てきたよ。一番上に並んでる人まで。でも誰とも、お姉さん以外、目を合わせてくれないから。戻ってきました」

ユキは顔が熱くなり、今更ながら視線を足元に落とした。

みんな目を伏しているのだから目が合わないのは当然だ。自分だけがズルをしてこの人を手に入れようと抜け駆けしたみたいだ…

 両手が放され、ユキは鹿島くんの方へ一歩進み出た。自分の後ろで、空いた一段を埋めるため、女の子達が一段ずつ下へ降り,また手を繋ぎ直すサラサラいう音がした。

ドレスの腰のあたりに擦り付けて汗ばんだ手を拭いて、ユキは鹿島くんの腕に手をかけた。今日は担当の黒服が上階にいる。踊り場からカードキーをヒラヒラ振り、手招きして待っている。ユキは上の階へ、自分の部屋へと客を導いて行こうとした。

「お名前は?なんてお呼びしたら良いですか?…」

「ちょっと待って…」

鹿島くんは階段の下を振り返った。お揃いのつなぎの作業着を着た鹿島くんの先輩らしい大人の男の人がこちらを見上げてニコニコ手を振っていた。

「このままどこか上へ行くの?仕組みをよく知らないんだけど…」

「私を選んでもらえたので,私の部屋に案内します。階段の上に今日の私の部屋があるみたいだから…」

「先輩に一言言って来て良い?」

ユキは頷いて、一緒に階段を数段は降りかけた。それから立ち止まり、鹿島くんだけ1人で行かせて、自分は階段の上に残って待っていた。鹿島くんのアルバイト先の先輩だか誰かが自分とも知り合いだったらと脳裏に不安が過ったのだ。

 この城ではよくあることかもしれないけれど、鹿島くんの知り合いともベッドで関係していたら嫌だ。顔がよく見えるそばまで近寄りたくなかった。

 学校で見る鹿島くんは大きな人なのに,大柄な先輩の隣に立つとヒョロヒョロして見える。2人は二言三言何か話し、2人してちょっとこちらを見上げたので、ユキは素早く視線を落とした。

 鹿島くんはあまり待たせずに一段とばしですぐ戻ってきた。

「アルバイトの先輩?」

「うん。…一緒に過ごせるのは2時間です」

「分かりました。」2時間か…とユキは思った。短く感じる。

(もっと長くても良いのにな…)

初めての客に対しては1時間でも普段なら緊張する。3時間とか言われると、(何をしてもたせたら良いんだろう…)と怖くなる。その3時間が終わったら終わったで(なんとかなるものなんだなぁ)と自信が付くのだけれど…


 担当の黒服からカードキーを受け取り,(9175号室…)さらに階段を登りながら鹿島くんに聞いてみた。

「アルバイトは何をされてるんですか?」

「引っ越し屋さん」

「普段は学生さん?」

「そう…なんで分かったの?」

「すごく若そうだから…」

「法に触れたりするのかな?客の年齢制限はある?」

「さぁ…」

ユキは触れている相手の腕の強張りから、自分の客が緊張しているのが痛いほど分かった。あえて見ないであげようと思っていたけれど,沈黙が続くと不安になってチラッと見上げてしまった。こちらを見下ろす鹿島くんの横顔は優しそうな笑顔を浮かべていながら、視線がうろうろ泳いでいた。多分,不躾にユキの薄物のドレスから透ける肌を覗かないようにしようとしているのだ。

(自分がリードしなければ…私が緊張してはダメだ…ここは私の職場なんだから…)とユキは思った。

「こう言うところに来るのは初めて?」

「うん」

「先輩に連れて来られたの?」

「そう。なんで分かるの?」

「そういう人多いから…」

「お姉さんはベテランみたいだね」

ユキは何故だかグサッときた。

「ベテランではない…」と言いかけて,言葉を飲んだ。

「お姉さんは何歳?」

(同じ年だよ)とユキは思ったけれど、ただ首を横に振るだけに留めた。嘘は吐きたくない。けれど、高校生だとバレるわけにもいかない。

「お姉さんも若そう…」

ユキはニコッとしておいた。客が勝手に良いように解釈してくれるように。


 部屋に辿り着いた。キーをかざしてドアを開ける。開け放った窓から廊下へサッと夜風が流れ、ユキの肩から髪を吹き払った。

 室内に入り、扉を閉めると、部屋にはまだ微かに消毒薬の香りが漂っていた。




続く


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