正体不明
2015年4月17日 女子トイレ 夜
色葉は、イラつきながら指を噛んでいた。
「志崎さん、トキが消えてから何分たった?」
志崎は、腕時計を見る。
「20分ぐらいかな」
「あぁもう!合わせ鏡をしても何も起きないじゃない!」
「まぁまぁ、エリさんの電話だと連絡とれてるみたいだからさ」
「何を呑気な……」
色葉は、鏡の前に立つ。
「こうなったらもう!」
「ちょ、お嬢なにするつもりだ!?」
「無理矢理こっちから開けてやるわ!」
一樹が止めに入る。
「ちょっと待って、お嬢!一歩間違えれば、逆にトキ達が危ない」
その時、どこからか声が聞こえてくる。
「のぁぁぁ!あぶばぁ……」
私達は女子トイレの洗面所の鏡から飛び出した。
「トキ!」
色葉が私の肩を揺らす。
「一樹!」
「はいはい、只今!」
一樹が私を診ようと近づいてくる
「痛っつー……。ああぁ。一樹、この子を先に診てくれ」
そうか脱出できたのか……。
「エリ……。大丈夫?」
エリは、すぐに立ち上がる。
「はい、問題ありません」
一樹が高橋百合の意識を確認しようとした時だった。
「分かったでこざ——」
バックが鏡から飛び出してくる。
尽かさず一樹は私達に当たらないように壁になる。
「ごは!」
見事に顔面キャッチをして守り抜く。
「ナイス判断よ、一樹」
と色葉が親指を立てる。
「もっと心配してほしいでござる」
一樹に心の中で感謝するのと同時に脳裏に一つの予感が生まれる。
ん?待てよ……。俺らが出てきて、バックが出てきて、その次は……。
「一樹、鏡を壊せ!」
「よしきた!トキ氏まかせろ!」
一樹は、鏡に勢いよく蹴りを入れるが。
「んーむり!綾香どのヘルプ!」
「私にはできません!」
「志崎氏~!」
志崎は、素早く右手でコートの裾をあげ、ホルスターに入っている回転式拳銃を取る。
「あたま下げろ!」
一樹は、すぐに頭を下げる。
志崎は、トキ達が出てきた鏡に発砲する。
乾いた破裂音が三回鳴り響く。
だが時すでに遅かった。
発射された弾丸は着弾する直前、鏡から出た無数の手に当たり吸収されていく。
「あり?……。に、逃げるぞ!」
志崎の合図に私は立ち上がる。
「エリ、高橋さんを!」
「了解です」
エリに高橋百合を担がせると、急いで女子トイレから脱出し、廊下を走る。
「てっなんで逃げてるのよ!」
色葉は走るのをやめて、短杖を取り出す。
「お嬢ダメだ!」
と志崎が声を上げるが色葉は無視して詠唱を始める。
「リッヒ、フォルケーテ、イス——」
女子トイレから無数の手とその主が出てくる。
「プギャアアアァ!」
と手の主は咆哮を上げて色葉目掛けて追ってくる。
「アフィル、アカズ!」
色葉の周りに大きい氷柱が形成すると、発射される。
ヒュンと空気を切って発射された氷柱は、手の主にぶっ刺さる。
しかし、手の主は刺さった氷柱を飲み込み追ってくる。
「うっそ!?」
色葉は、後ろを向き走り出す。
「だから止めろと言っただろ。あのての化け物は、タフなんだよ」
「ならば、燃やし尽くす!」
「やめとけ、あれには学校ごと消し炭にするほどの火力が必要だろうよ」
「それぐらいできるもん!」
「あほ、あいつ諸共俺らが消し炭になってどうする!」
「ならどうしろっていうのよ!?」
「考えならある。とりあえず下に降りるぞ!」
私は、走りながら後ろを見ると無数の手とその根源である主がスピードをさらにスピードを上げて追ってくる。
「もう無理、もう無理!体力の限界でござる!」
と一樹が根を上げだした。
それに見かねたのか志崎は、襟に隠してある無線機を使い部下と連絡をとる
「神崎いるか?説明は後、とりあえず封印してほしい。あと7秒で行くぞ」
志崎は、拳銃で残りの弾を全て使い切るまで、前方の窓ガラスを撃つ。
「全員飛び降りろ!着地はエリとお嬢に任せた!」
エリの様子を見ると高橋百合をお姫様抱っこしながらも、息切れ一つせず走っている。
「エリできそうか!」
「無論です」
色葉は、短い杖を持ちなおす。
「いつでも良いわよ!」
「よっしゃ全員ジャンプ!」
志崎の合図に合わせて拳銃で割れた窓から飛び出す。
私も窓の下淵に足を掛けて。
あぁー怖えぇー。
と私は内心で叫びながら飛んだ。
「くっ」
体が重力に引っ張られ何もできない。
「空雅、伸」
エリの足元から緑のオーラが出て全員を包み込む。
「エン、レボォルト」
と同時に色葉が詠唱し、魔法陣が足元に出現する。
落下速度は少しずつ遅くなる。最後は地面直前で止まり、緑のオーラと魔法陣は消えた。
降りた先はテニスコートだった。
テニスコートから出た先に二人の男性刑事がこちらに全力で手を振っている。
「志崎先輩早くこちらに!」
私たちは、志崎の部下の刑事の元まで全力で走って向かった。
「ありがとう。助かった。ハァ」
石田 昭。 高等低級の死術師。志崎と同じく刑事。志崎の同期。
神崎 矢代。 中等中級の、封印術師。志崎と同じく刑事。志崎の後輩。
「志崎先輩大丈夫すっか?」
「おう神崎、大丈夫だ」
石田昭が私たちの後ろを指さす。
「信。あれどうするつもりなんだ?」
手の主が、テニスコートに降りてくる。
「ネクロマンサーから見てあれはなんだ?」
「そうだな。死体ではないのだが、それに近い感じか。それとも魂だけが違うのか」
私は、初めて死霊使い(ネクロマンサー)を見た。
いつもならそれで終わりだが、なぜか石田昭をマジマジと見てしまう。
石田昭の手には、カラスの羽で出来たブレスレットがはめてあった。
あまりいい趣味とは言えない……。
「神崎!封印してくれ」
「先輩、了解っす!」
神崎は、数珠を取り出すと詠唱を始める。
「天豪来華地神静生分解。心中警戒絶後消失如来像(しんじゅうけいかいぜつごしょうしつにょらいぞう)。虚構徹頭徹尾真実風来」
手の主の足元から光の紐が複数出現し手の主に巻き付く。
「これで一安心すね。志崎先輩」
「いやぁ、本当に助かったよ」
手の主は、光の紐覆われて姿分からくなっていく。
「あぁーがぁー!」
手の主の最後の足掻きだろうが、叫び声が聞こえてくる。
刹那、光の紐を掻い潜り一本の手がこちらに伸びてくる。手の行く末は……。
こいつ高橋さんを!
私は、エリと高橋百合の前に入る。
「おゎ!」
手に私の足が掴まれ、引きずり込まれる。
「トキ氏ー!?」
慌てて、一樹と志崎が私の体を抑える。
「神崎もっとなんとかしろ!」
「とっくにやってます!」
私は、ドンドン引きずり込まれていく。
「風の妖精シルフよ、私の友達を助けて!」
綾香が妖精を使い、手を切ろうとするが全く切れない。
「ダメ、私じゃ……」
色葉は、すでに詠唱を始めている。
「両義!」
突然、横から人が入り、刀で私の足を掴んでいる手を切った。
「壱!」
「申し訳ない、遅れた」
間一髪で、壱が駆けつけてくれた。
「フゥドウ、ボレスト!」
と色葉が魔術を行使する。
手の主の下から複数の杭が生え押し固める。
「こうなったら次の一手。えーと、あったあった」
神崎は、小瓶を取り出し、手の主に投げる
「喝破洞察交錯寂寥!」
手の主は、掃除機のように小瓶へ吸い込まれていった。
「封印完了です」
私は、一気に肩の力が抜ける。
志崎も、息を吐くと胸ポケットからタバコを一本取り出す。
「ふぅー。神崎、もう少し早くしろよ」
「え~。先輩パワハラっすよ」
「うわ。この後輩うざ」
何もしなかった石田昭が、封印されている小瓶を拾う。
「……」
志崎は、タバコの火を付けながら石田昭に近づく。