鏡の世界
月日不明 時間不明 場所不明。
眩しい。床が固くて痛い。寝づらい。あれ、何でこんな所で寝てるだっけ?
「ほう!?」
飛び起きるのと同時に、引きずり込まれたことを思い出す。
「ここは、鏡の中なのか?」
周りを見渡す。
左右上下真っ白な正方形の空間にいるみたいだ。
それに怪しい扉が四方に配置されている。
「おーい!誰かいるかー!」
私の声が空間全域に響き渡る。
「……」
誰の返事もしない。
だが、落とし物を見つけた。
「お、ラッキー」
私の学生カバンだ。
一緒に引きずりこまれたのだろう。
「魔導書は……。あった」
カバンの中も全て無事で、魔導書もしっかり入っている。
これで何かあっても最低限の抵抗ができるだろう。
さて、ここに留まっても飢えて死んでしまう。
脱出するために行動しなければ。
中央まで移動し扉を確認する。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な・か・み・様・の・い・う・と・お・」
一語一語に合わせて指をドアに指していく。
「り!」
最後に指した扉に向かい、ドアノブに手をかける。
「鬼が出るか蛇が出るか」
ドアノブを捻って扉を開けると同じ景色が広がっていた。
「ん?」
よく見ると、中央で人が倒れている。
倒れているのは小柄な少女のようだ。
多分、神隠しの被害者であろう。
既に死体の可能性があるなと考えながら近づく。
あれ、あの服装……。
「うちの高校の制服に似ているな……」
脳裏に高橋百合の顔が浮かぶ。
まさか!
私は走って中央まで行く。
「おい!大丈……。」
倒れていたのは高橋百合だった。
先程まで被害者など死体など考えていたこともあり、心拍数が上がる。
「高橋さん!高橋さん!」
私は高橋百合の肩を強く揺さぶる。
「ん~?」
高橋百合が目を覚ます。
「高橋さん、しっかり!」
高橋百合は、目を擦りながらあくびをする。
「ん~時恵君?」
高橋百合は、上体を起こす。
どうやら無事みたいだ。
「あれ?私トイレで……。あっあああああああ!!」
百合の顔が青白くなる。
「高橋さん!とりあえず落ち着こう。大丈夫、大丈夫だから」
何も根拠のない『大丈夫』だが、高橋の顔を見たとたんに言わなければならないと思った。
「大丈夫、大丈夫」
高橋の肩に手を優しく乗せる。
「ありがとう時恵君。もう大丈夫」
「よかった。もしかして高橋さんも鏡の手に吸い込まれた感じかな?」
「うん、時恵君も?」
「あぁ」
やはりこの世界は、鏡の中なのか。
私は、鏡に吸い込まれた時と志崎たちと調査した事を照らし合わせて考えてみる。
鏡を通じて、この世界に入ったのは確実だ。それに志崎達と行ったが現場には、必ず鏡があった。
だが、なぜ現場で連れ去られなかったのか。
最初、トイレの鏡限定での出現では?と考えたが現場と矛盾する。
自分が引きずられる前に見た物……。
何となく鏡を見ていて……。鏡に反射した一樹が個室トイレを調べているのが見えて、個室の中にさらに鏡があって。
「あ、」
私はここで何となく原因がわかった。
多分、合わせ鏡だ。
合わせ鏡がトリガーになって、手が出て来たに違いない。例えば十字路のカーブミラーは、車のバックミラーで合わせ鏡になる可能性が十分ある。これが成立するのであれば今までの場所で起きたことに説明がつく。
それに合わせ鏡は、霊的にあまりよろしくない。逆の世界を映し出す窓。それが2つ合わせることで、怪異や、もののけの通り道なったりすることがある。
古来、鏡は神鏡と呼ばれ、儀式などで使われていたこともある代表的な魔具なのだ。
と言っても原因がわかった所で脱出する方法がわかったわけではない。行動し続けなければ。
「高橋さん歩ける?」
「うん、ありがとう」
「とにかく、ここを出るために歩いてみよう」
「うん。わかった」
私たちは、次の扉を開けては入って。次の扉を開けては入るのを繰り返す。
しかし、同じ景色が続くだけであった。
この空間にゴールらしき扉はなそうだった。
「高橋さん少し休憩しよう」
「うん」
私は、高橋百合と一緒に床に腰を下ろす。
「んー……」
私は、この場を脱する方法がないかと、記憶の中にある使えそうな情報を思い出す。
確か、似たような現象を童話で読んだことがある。
ルイス・キャロル作『鏡の国アリス』。
この話は『不思議の国アリス』の続編にあたるもので、アリスが鏡の国に迷い込みチェスのルールを利用して脱出する話なのだが。私が一つ部屋を移動した時点で黒の部屋ではなかったので使えない。
なら、あの手の持ち主を探すしかない。
しかし、どう探す?気配も感じないし妖精もいるわけない。そもそも襲ってきたら勝てるのか?もうちょっと携帯する魔道具増やせばよかったな……。
「はぁ」
思わずため息が出る。
「ねぇ、時恵君、その本なに?」
「あぁこれ?これは魔導書。……うそ小説」
一瞬思考が停止した。
あまりにも普通に喋ってしまった、日ごろから気を付けていたのに。痛いやつに勘違いされるだけで良いのだけど……。
どうやって志崎さんに謝ろう。
「時恵君、怪しい」
「なにが?」
「何かこの事について知ってそう。いろいろと」
「うっ……」
この際しょうがない。高橋百合だって被害者なんだ。
それに、これ以上の脱出する方法がないとなると、魔術を行使するほかない。
「え〜と、多分信じてくれないと思うけど俺は魔術師なんだ」
高橋百合は表情を変えない。
「……」
「えーと高橋さん?」
「ごめんなさい時恵君、少し驚いてしまって。そうか魔術師か」
やはり変な人にしか見えないよな。
「高橋さん。今の忘れてください」
高橋百合は、驚いた顔をする。
「違う、違うの時恵君!そうじゃなくて……。ちょっと待って」
高橋はブレザーのポケットから何かを出そうとする。
「ほら出ておいで、もう大丈夫だよ」
ポケットから何か飛び出してくる。
「時恵君。もしかしてこの子見えてるでしょ?」
妖精だ。ポケットから妖精が飛び出してきたのだ。
「この妖精は……」
入学式の時に高橋百合のそばにいた妖精に間違いない。
「やっぱり見えていたんだね。でもまさか時恵君が魔術師と言うとは、思わなかったなー。てっきり私みたいな人か、それともお寺関係の人かと思っていたからさ」
「なるほど……。いつから気づいていたんだ?」
「入学式の日かな」
初日に感づかれていたのか。魔術師として不覚としか言いようがない。
「入学式の時に時恵君の視線が何となくこの子にあった気がしてね。それはそうと、まだお礼をしてなかったね。ありがとう時恵君。もし私がここに一人できたら多分……。だから本当にありがとう」
そのセリフは、高橋百合が言うのは見当違いだ。私は見捨てたのだ。間接的とはいえ見捨てたのだ。ならば罪滅ぼしに、今できることをしなければ。それは、もちろん高橋百合をここから脱出させること。
「よし!」
私は頬を軽く叩く。
「時恵君?」
ここまで来てわかった事がある。
左右前方には行くことができるが、上下後方には行くことができない。もしかしたらそこに出口あるかもしれない、もしくは行ってほしくない空間があるかもしれない。だが扉がないとなれば。
「穴を作るまで」
「高橋さん少し下がってください」
高橋百合は首を傾げる。
「ん?うん」
破壊する方法はもちろん魔術以外の方法が思いつかない。本当は魔術の世界を知らない人には見せたくないが、高橋さんに正体をばらしたのだ。こんな時に躊躇する必要はない。
「手に荘厳の炎が灯す」
火の玉が私の目の前で発火する。
「六つの刃」
六つの小さな火の玉に分裂する。
「飛べ」
火の玉たちは、天井に向かって飛んでいく。
「綺麗……」
と高橋百合の声が漏れた。
「まずは天井から!」
火の玉が遠くなっていき、順調に近づいていく。
しかし、天井に着弾すると空しく消失した。
「下なら!」
地面に向かって魔術を行使するが、遭えなく同じ結果となってしまった。
「すみません。高橋さん」
今の自分が、かっこ悪い。
「大丈夫だよ、時恵君。でも、本当に魔法使いみたいだったよ!」
高橋百合のフォローに、情けなくなる。
色葉の魔術なら簡単に風穴を空けていただろうに。
これが中等魔術師の限界ってやつだろう。
もう少し俺に魔力があれば……。
今は、無いものねだりをしても仕方がない。
だけど本当に困った。正直打つ手がない。