魔術師
駅に着くと行きの反対方向の電車に乗り帰宅する。
しかし、押上駅の一駅手前の本所吾妻橋駅で降りる。
駅を出て右方向に歩いていくと一軒の皮工場の前で私は、足を止めた。
墨田区は、昔から物づくりの文化があり、こういった工場がたくさんある。
だが足を止めた工場は、平日にも関わらず電気がついてない。
中に入ると、働いている人が一切おらず、静寂が広がっていた。
さらに地下に降りる階段を進むと、場違いなギリシャ風の大きな門が現れた。
私は、門の前に立ち止まると息を吸い込み。
「ひらけ、ごま!」
と叫んだ。
門は、声に反応し自動的に開門する。
門の中へ歩みを進めると高級外資系ホテルのラウンジような場所が現れる。
ここは、秘密結社や反社会的組織のアジトなんかではなく、魔術師達の隠れ家。
無論、ここに来ている私も、魔術師の一人だ。
中には、何人かの魔術師たちが既に居座っていた。
「おう!トキか、なんだかしばらく見ない間に背が伸びたんじゃないか?」
私の存在に一番早く気づいた男は、志崎信。中等上級の現代魔術師。表は刑事の仕事をしているが。実際の所、魔術絡みの事件や情報などを持ってくる。いわゆるクライアントだ。
「そんな事ないですよ、志崎さん」
「そうか?そんな事より階級上がったらしいじゃないの。中等中級だっけ?いや〜おじさん成長が楽しみだよ〜」
魔術師には、細かく階級がある。
おおまかに分けると下から、低等魔術師。中等魔術師。高等魔術師。魔女となる。さらに魔女を除く三つの階級の中に初級。中級。上級に分けられる。私は、中等中級魔術師なので、次に上がる時の階級は、中等上級魔術師になるわけだ。
また階級は、単に魔術師だけに当てはまるものではなく、魔術的な力を持つものに当てはまるのだ。
「このまま高級の等魔術師までいけるじゃないか?」
「さすがにどうですかね……」
誰もが魔術の道を歩んでいれば中等魔術師には容易に上がれる。例え不得意でも18歳なればロンドンにある魔術師の学校で上がれる。だが高等になろうとすると一筋縄ではいかない。もちろん実績も必要なのだが、ほとんどの場合『魔力』で決まる。
魔力とは、魔術を発動する時に使う燃料みたいなもので、使いすぎるとガス欠を起こす。しかし、体にとって魔力は間接的に生命力と繋がっているため、空にしすぎると危ない。また一気に使いすぎるのも悪く、こちらは、直接的に体が耐えれずに壊れる。
後者の出力は、ある程度の魔術を行使することで上限を上げられるが、蓄積量に関しては遺伝的に引き継ぐこともあるが、ほとんどが生まれつき決まってしまう。
そこを術式や補助触媒となる魔道具などを使うことで調整するのだが、やはり魔力の量は多ければ多いほど優秀な魔術師だ。
「こんにちは、トキ殿」
バッド入れの袋を肩にかけている少年が歩いてくる。
「よっ、壱」
この少年は、鎬壱。私と同世代の魔術師だ。私と同世代で知り合いの魔術師は。、私を含めて7人いる。壱は、その一人だ。
「トキ殿昇格おめでとうございます」
「ありがとう。壱は、どうなの?」
「魔術の方は相変わらずですよ」
「そうだったね」
壱の家である鎬家は、魔術にはあまり特化していないが、剣術の腕が立ち、また昔から一族的にならざる者が見える体質を持っていたころから、妖怪退治などで有名な日本の魔術師の名家であった。
茶髪ロングの少女が寄ってくる。
「トキさん、こんにちは。お姉様を見ませんでしたか?」
茶髪の人形のような少女は黒石綾香。私より年下で、低等中級の妖精使いだ。
妖精使いは、魔力にて妖精を使役し、妖精の力を借りて様々な現象を起こす。そのため妖精使いは、魔力があるのはもちろんの事、妖精との普段のコミュニケーションが重要になってくる、らしい。
「いや、お嬢は見てないけど」
「そうですか……」
綾香は、シュンと顔を下に向ける。
「綾香殿、噂すればですよ」
入口が開き誰かが入ってくる。
「姉様!お久しぶりです!」
「綾香!久しぶりね!」
綺麗な黒色の長髪をたなびかせて、紺色のボレロに長めのスカート姿の美少女が入ってくる。
綾香が走って抱き着かれている子は、池田色葉。私が先ほどお嬢と呼んだ子だ。色葉とは同世代なのだが、いわゆる天才だ。
色葉は、わずか十五歳で高等魔術師の階級まで上がったり、自身の詠唱で新しい言語を作ってしまったりなど、『神童』の名で世界の魔術師に知られており、また日本人で五人目の魔女になれるかもと期待されている。
もちろんそれに与えする魔力を持っている。
壱が色葉の所へ挨拶しにいく。
「どうも、お嬢殿」
「あ、壱。久しぶり!」
色葉が私の存在に気づく。
「トキ、久しぶり」
「あぁ……。久しぶり」
気まずい空気が、私と色葉の間に流れる
実のところ私は色葉が苦手だ。色葉の性格とか容姿が嫌いとかではなく、周りの反応が苦手なのだ。
色葉も私と同じ魔術師なのだが、同世代だけあって良く比較対照にされやすいからだ。
ただ、それだけではない。私が幼き頃の目標であった、高等級の称号を持っていることに、嫉妬している。
同じ年の子ができるのであれば、当然同じこと出来ると思っていた、愚かで甘い考えが生んだ嫉妬と苦手意識だ。
「大丈夫、トキ?」
「だ、大丈夫。お嬢」
色葉には害はなく。完全に私の一方的な問だとわかっていても治せない。
「それにしても『お嬢』ってあだ名どうにかならないの?」
壱は、少し困った顔をする。
「色葉殿。それに関しては、名付け親に文句を言うのが得策かと」
「確かに。で、まだ来てないわけ?」
色葉は、周りを見渡す。
「壱、何か知らないの?」
「さぁ」
「お姉様、私も知りません」
「そうか……。トキは?」
私は黙って首を横に振る。
志崎が見かねて入ってくる。
「お嬢、もちろん俺も知らないぜ」
「志崎さんまで、お嬢なんてやめてください」
「えー良いあだ名だと思うけどなー。ま、とりあえず座りなよ。いる人だけでも始めちゃおう」
まだ来てない人もいるが、私は、いつもよりも人が少ないと感じた。
「え、志崎殿これだけですか?」
志崎が頭を掻く。
「それがな、望月兄妹とケン太は、家の用事。文子と梨花は、息子の入学式だろ。昭のやろう仕事で忙しいだとよ。俺だって忙しいってのに……。だから、とりあえず来れるやつからってね」
その時、門の奥から声が聞こえる。
「ちょっと待って~~夏樹氏~」
「早くしろって」
門が開くと、情けない声と共に二人の少年が入ってくる。
「ふう、間に合ったござる」
「悪い、遅れた」
息を切らし床に座り込む。
「間に合ってない!」
と色葉が怒りながら二人の前で仁王立つ。
「え、そうでござるか」
メガネを掛け、情けない声を出しているのが永岡一樹。私と同期で中等上級の錬金術師。
「まずは一樹!なんで遅れたのよ!」
色葉は一樹を指さす。
「いやー時間に余裕があり過ぎて、アニメ見てたら遅れたでござる。ということでお詫びの粗品です」
と言い訳には、弱すぎる理由を話した。
「あんたねー……。あと変なあだ名を付けたのも許してないから。次、夏樹!」
一樹は「ええええーー今関係なくね!?」と言わんばかりに口を開けてしまう。
「へいへい、反省してますよ」
薄茶に髪に、お調子者みたいな顔をしている少年は、手嶋夏樹。私と同期で中等中級の呪術師。
「ゲームしてたら遅れた。だからお詫びのお土産あります」
「許しましょう」
「えええええ、夏樹氏だけズルくね!?」
一樹は我慢できずに声を上げる。
「お前らやっと来たか、茶番は、そこまでにして始めていいかな?」
一樹と夏樹は席につく。
皆が座った所で志崎がホワイトボードを持ってくる。
ホワイトボードには、何人かの顔写真と地図が貼ってあった。
「まぁニュース見た人は、既に知っていると思うけど、人が消えている。昨日だけで二人も消えている。俺もこの事件に当たっているが、死体どころか指紋、足跡、残留物が何も残ってないわけよ」
私は、朝のニュースを思い出す。
色葉が口を開ける。
「神隠しってことよね、それ?」
志崎はポケットから煙草を一本取り出して火をつける。
「確かに可能性として考えたけど、目撃場所に霊道もないし、呪術の跡もない」
志崎は、煙を吸って吐く。
「それに神隠しなら狭間を見つけてサルベージできるんだけど、それすら見つけられない。この情報社会にそれだけの人数を隠して置けるとも考えづらいしな」
白い煙が広がり消えていく。
「ケホ、ケホ。グフ。」
綾香が煙で小さく咽る。
「志崎さんタバコは、ちょっと……」
私は思わず注意する。
「ん?あぁ、ごめんごめん。綾香ちゃんもごめんね」
志崎は、慌てて携帯灰皿にタバコを潰し入れる。
「まぁ、みんな新学期で忙しいと思うし、無理にとは、言わないけど何かあったら報告してね。もちろん報酬あげるからさ」
夏樹が手を上げる。
「お、どうした?」
「石田さんは、何か言ってませんでしたか?」
「特には、何も……。本当にお手上げ状態なのよ。協会も動いてくれないし。だから1週間後に、俺と文子と梨花で探索するつもりだけと時間あったら参加してくれると、おじさんうれいしいな。じゃ、仕事あるから。そうゆうことで」
一樹と夏樹が急いでカバンを開ける。
「ちょっと志崎さん、お土産持ってて!」
「おぉ〜。サンキューな」
志崎は、お土産を貰うと足早に帰って行った。
「お前らも忘れずに持ってけよ」
夏樹がお土産を広げ始めたので同様に一樹も広げ始める。
「あなた達どこ行ってきたの?」
「俺は、正月に新潟に」
「拙者は、徳島に行ってきたでござる」
私の正月はエリといつもと変わらない日常を送ったなと思いだす。
色葉が一樹の発言に疑問を持つ。
「夏樹は、実家が新潟だからわかるけど、一樹はなんで徳島に行ったのよ?」
一樹は鼻を鳴らす。
「それはですなお嬢、まちアソビに参加したのです!」
「なにそれ?」
「アニメのイベントみたいなものでござる」
「それじゃいつも行ってるビックサイトのやつと同じじゃないの」
一樹は、机を叩く。
「お嬢、それは大きな間違いですぞ。戦場の違いと言ってはか——」
私は、色葉と一樹が話している間に二人のお土産を取る。
「わかったわよ!私が悪かったから!」
「ではでは、悪いと思ったお嬢にはこれをぜひ!」
一樹は色葉に何か入った袋を渡す。
「何よ、これ?」
色葉は一樹にから受けとった袋の中身を取り出す。
「スカートに赤いセーター……。本当にこれなに?」
一樹は携帯を取り出す。
「とりあえずこれを着てもらって、髪をツインテールにして、それから……。こんな感じのポーズをお願いします」
「なんども言うけどコスプレはしないって言ってるでしょ!調子に乗んな!」
色葉は、思いっきり一樹を蹴る。
「のっつはっぶふう!?」
色葉と一樹の絡みを眺めていると誰かに話を掛けられる。
「よ、お土産取ったか?」
「あぁ、もらったよ。ありがとう夏樹。」
「そうか、じゃあ俺帰るから。またね」
夏樹は、先に帰っていった。
私もそろそろ帰ろうとカバンを持つ。
「じゃあ、綾香氏どうですか!」
「綾香を巻き込むな!」
「どふうっは!壱氏助けて~」
私は色葉と一樹の絡みを横目に席を立つ。
「お、帰りますか?トキ殿」
「あぁ。またな、壱」
「トキ氏助けて~。どうっは!」
色葉は、一樹を軽めに蹴ると、私の目に視線を合わせる。
「トキ、1週間後来れそう?」
「今のところは行けそう」
「わかった。私も行く予定だからよろしくねー」
「あぁ」
私は軽く手を振ると、隠れ家から出る。
外は、朝と違って雲の隙間から太陽は顔を覗かせていた。
「まっぶ」
私は、目を細めながら歩き出そうとした時、ふと後ろから足音が聞こえる。
「トキさん!」
と後ろから綾香が追いかけてくる。
「どうした?」
「あの……。ありがとうございました。その、タバコの注意をしてくれて」
綾香は、少し申し訳ない顔をしている。
「あぁ、気にしなくて良いよ。じゃあ」
俺と違って良い子だな……。
私は、綾香に軽く手を振るとヘッドホンを付けて帰路につく。
帰ったら何をしようかな……。
そんなことを考えているとヘッドホンからSNSの着信音が流れてくる。
ん?
端末を取り出し画面を見る。
(こんにちは高橋百合です!同じクラスだったよー!よろしく!)
返信どうしよう……。とりあえず(よろしく)って送ろ。
そんなことをしている間に自宅に到着した。