プロローグ
夢を見た。
私にとってその夢は、酷く恐ろしく怖く感じた。いわゆる悪夢と言うやつなのかもしれない。
しかし、それは本当に悪夢なのだろうが?
あ、どんな夢の内容を知りたい?そうだな……。
最初に始まる場所は、真っ暗な洞窟みたいな所にいるんだ。しばらくすると右隣から声が聞こえて来るんだ。まるで悪魔が囁いて(ささやいて)いるかのように。またしばらくして次は左から別の声が聞こえてくるんだ。これもまた悪魔が囁いて(ささやいて)いる。そのあとすぐに目の前に化け物が現れるんだ。化け物の姿は、いつも起きると忘れしまう。だから何を言っていたのかわからないし、どんな化け物かもわからない。でも、多分、化け物(敵)なんだ。その後化け物から光が溢れ、飲み込まれて目を覚ますのだ。
「起きてください時恵様。今日は入学式ですよ」
薄っすらと目が覚める。夢を見ていた、いつもの夢を見ていた。横を見るとメイドのエリが立っていた。
私は、重い体を起こす。
2015年4月7日 朝
「おはようエリ……。そうか、今日は入学式だったなぁ。はぁ……。」
あまり寝た気がしない。
「時恵様。大丈夫ですが?」
メイドのエリが顔を覗かせる。
エリは小さく幼さが残るが、仕事ができそうな凛々しい顔をしていた。
ブロンド色の髪が、少し暗い部屋でも輝いて見える。
「だ、大丈夫!朝ごはん食べるよ」
急にエリが顔を近づけるものだから目が覚めてしまった。
「はい、机の上に用意してあります」
一階のリビングに行くと、エリの言う通り朝ごはんが用意されていた。
私は、席に着き食事を始める。
食べながら窓の外を見ると、灰色な雲に覆われ雨が降っていた。
私は、テレビのリモコンに手を伸ばし、電源のスイッチを押す。
「今週の天気は全体的に雨です。また気温も低く体調管理に気を付けた方がいいですね」
「続いては、最近発生している失踪事件についてです。一週間前から発生し、次々に人が神隠しにあったように消えている事件。昨日またもや被害がありました。現場の鈴木アナウンサー」
「はい。今私は、昨日失踪した山口さんが最後に目撃されたと思われる現場に来ております。この現場では、現在も警察、自衛隊によって周辺の探索がされておりますが——」
「ふーん」
と他人ごとのように理解を終わらせる。
私は、食べ終わるとシャワーを軽く浴び、ドライヤーで髪を乾かす。自室へ戻り、高校の制服に身を通す。そして学校指定のカバンといつものヘッドホンを持ち玄関に向かう。
「じゃあ、行ってきます」
誰もいない玄関に言うとエリが階段を下りてくる音が聞こえる。
「時恵様。傘をどうぞ、それと本を忘れています」
エリは、折り畳み傘と一緒に文庫本より少し大きめの本を渡してくれた。
「ありがとう」
一言お礼を言うと、玄関の扉を開け、傘を開き、最寄りの押上駅に向かう。
駅に向かむ道中、ブレザーのポケットの中に本を入れる。そしてヘッドホンをつけイヤホンジャックに端末を刺すと、曲を流す。
周りを物見しながら歩くと、電柱に半透明の男が立っていた。一瞬だけ目が合うが、いつも通りに無視する。次に花壇を目にすると、小さな妖精たちが、飛び回っていた。
「いつもより少ないな」
天気のせいだろうが、いつもより妖精の数が少なく感じた。
大通りに出ると、駅に向かう人で少し混雑している。その人混みの中には、先ほどの半透明の人が背中に抱き着かれていたり、よく分からない生物を肩に乗せて歩いていたりしている。
だが誰も気づかない。誰も視えない。誰も触れられない。
この世界とは一線で区切られた存在。
私はそんな人ならざる者をいつものように無視しながら駅に入り、一番線の車両に乗る。
電車の中は、朝の通勤ラッシュで混んでいた。もちろん人ならざる者も一緒だ。
ポケットからスマートフォンを取り出し、降りる駅を確認にする。
三田駅だな。
私は、アナウンスと電子掲示板に注意しながら曲を聞き続ける。
「三田駅~三田駅~」
私は無事に三田駅でたどり着くと三田線に乗り換え、目黒駅に向かう。
地下鉄だけあって、窓は見えないが反射して、みすぼらしい自分が映る。
目黒駅を降りると、坂を下っていく。途中ラーメン店が並んでいる通りになると、半透明の人間が潜んでいたが無視する。
途中の下り階段を降りると、目的地の高校に到着しかし。
しかし入学式のはずが、校門前などに生徒の姿がない。嫌な汗が出る。
「あの、すいません」
後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと制服を着た女の子が立っていた。
綺麗な黒髪のロングに、健康的な肌色。綺麗な黒目に大きい瞳。外見から優等生感が臭わしてくる。
そして肩には、小さな何かが乗っていた。
「もしかして新入生ですか?」
「あ、はい。そうです」
そう答えると彼女は、安堵の表情を浮かべる。
「私も新入生で、それで入学式に来てみれば誰もいなくて……」
同じ立場の人がいて少し安心した。
「僕もちょうど、どうしていいか分からなくて」
「なら、二人で入りましょう」
彼女の意見に賛同し、二人で校内に入ると、受付に人がいた。
「私、聞いてきますね」
彼女は、躊躇せずに話しかけていく。
私もここに居るだけでは悪いので、彼女の後ろについて行く。
「あの、すいません。入学式の会場はここで合っていますか?」
「合っていますよ、すでに始まっていますので早くこちらに」
私はそんなに遅く来たかと疑問が浮かび、ふと腕時計を見るが忘れたことに気付く。
「あの、時間が合っているはずなんですか……。もしかして変更とかしましたか?」
彼女は腕時計を持っていたらしく、受付の人に問いだす。
「えぇ、が変わりましたよ、連絡行きませんでしたが?」
「いえ、そんな話は聞いていません」
「僕もです」
連絡があればエリが電話を取ってくれるはずだし、ましてや伝え忘れるなんて、そもそもあり得ない。
「すみません。急な変更だったもので、こちらの手違いかもしれません。このことは私から言っておきますので入学式終了後は、プログラム通りにお帰りください。では、こちらが会場になりますので一番後ろの席にお座りください」
言われた通りの席に座る。何人かの生徒がこちらの存在に気づき、少し恥ずかしい気持ちになるが、二人いるおかげで半減されているようだ。
入学式は、既に校歌は終わっており最後の校長先生のメッセージが始まっていた。
退屈だ。
ありきたりな校長先生の話を、右の耳から左に受け流し、違うことを考えようとする。
ふと左隣に座っている彼女に顔を向けると、先ほどの小さな何かが右肩に乗っている。
その小さな何かと目が合う。
目が合うと小さい何かは、私の左肩に乗り、そのまま左手の甲に移動する。
良く見ると可愛らしい羽根の生えた妖精だ。
妖精は、何かを伝えたいらしく、こちら向かって何かを叫んでいた。しかし残念ながら、妖精使いではないので何を言っているのか全く分からない。
「では、これにて入学式を終わりたいと思います。新入生の皆様並びに保護者様。どうぞ
お気を付けてお帰りください」
周りの生徒たちが立ち始め、帰り出した。
さて、俺も早く帰ろう。
そう思うと、察したように妖精は、彼女の肩に戻って行く。
何となく彼女に話しかけるのが気まずくなってしまい、何も言えずに席を立って、会場から出る。
空模様は雨が止み、厚い灰色の雲の隙間から光が漏れている。
「あ、」
今更、傘を座った席の下に置き忘れたことを思いだした。
まだ会場には、新入生同士でSNSの交換など、盛り上がっていることだろう……。戻りたくない。
どうせ、学校にまた行くのだから、その時に取りに行けばいいか。
それにこの後の予定もある。
と私は心に決め、カバンからヘッドホンを出し、曲を流しながら駅に向かう。
次の電車に間に合うかな?
ないはずの腕時計を見ようとし、忘れたことにまた気づく。
「ん!?」
突然、右肩を何かに触られた感触がする。
私は、反射的に体を震わせる。
「えっと……。ごめんね。驚かせた?」
後ろを振り向くと、会場で会った彼女がいた。
ヘッドホンを首にかける。
「大丈夫。何か?」
「はいこれ!置き忘れたと思って届けに来たの」
彼女は、置き忘れた傘を届けてくれたのだ。
「ありがとうございます」
お礼を言い、彼女の手から傘を受け取る。
「じゃあ」
ヘッドホンを付けなおす。
「待って」
と彼女は、また呼び止める。
「何ですか」
私は少々、鬱陶しいそうな表情をわざとらしく浮かべる。
しかし彼女は臆することなく、私に目を合わせる。
「なまえ、名前教えてください!」
私は教えるのを躊躇するが、彼女の真っすぐかつ強引な眼差しに諦める。
学校に居ればいつかは、彼女も知る。
「加々美時恵」
と私は名乗った。
あまり私の名前は好きでない。両親はなぜこんな女っぽい名前をつけたのか……。おかげ様で良く中学校では、揶揄われた苦い経験がある。
「いい名前だね。えっと私は、高橋百合よろしく」
「よろしく。じゃあ帰るね、高橋さん」
「待って待って」
「次は何?」
「連絡先交換しない?」
ここまで来ると断りづらい。さらに高橋さんには、傘を届けてくれた恩がある。
「いいよ」
「あ、ありがとう!少し貸してくない?」
私は、ヘッドホンのイヤホンジャックをスマートフォンから外し高橋さんに渡す。
「すぐ終わらせるね。……。ありがとう!何かあったら連絡するね。じゃあね、時恵君!」
高橋さんは、私の端末を返すと、足早に帰ってしまった。
「はぁ……」
ヘッドホンを付けなおし、駅に向かう。