「Fiction.1 初戦」
あれ? でも何か他に忘れてる……ような……?
(……あ゛っ゛!?)
「──オトコォォォォォ!!! ちょぉぉっっとま゛っっっ──!?」
──その瞬間。
俺は巨大な黒い影とクラクションの音とともに吹き飛ばされ……自分の身に起きた出来事を一瞬で理解させられる。
おい、嘘だろ……?
なんでこんなことに……!?
「つっ……!」
──『なぜ、こんなことになっているのか』
疑問を抱きつつも俺は空中で態勢を立て直し、着地する。
これくらいの衝撃なら……俺はあっちで何度も経験したから慣れたもんだ。
だが、あっちへ行くきっかけとなったトラックは……吹き飛ばされ炎上していた。
そのトラックと俺を吹き飛ばした……うごめく黒い塊以外は。
(隕……石じゃねぇよな……?)
いきなりすぎて信じられねぇけど。
あれがヤバいものだってことは……分かる。
少し、落ち着くために深呼吸したあと。
──真っ正面にいる『黒い塊』に目を向ける。
黒い塊のような……そのデカブツは。
ギシギシと音を立てながら姿を変えて──怪しく光る真っ赤な鋭い眼で俺を見つめる。
(──来る)
すぐに戦いの火蓋が切って落とされることを感じ。
……全身の鳥肌が総毛立っていく。
(ソロ戦闘か……準備──っ!?)
『BァォアoギャァァォァァァW!!』
デカブツは叫び声のようなものを上げながら……既に俺に飛び掛かってきている。
準備をする隙も与えてくれないデカブツに対し、とっさに手をかざす……。
──が。
「……っ!?」
(魔効使えないんだっけか……っ!?)
「くっ……!」
一瞬動揺してしまったけど。
何とか……横転して回避することはできた。
そして、俺が一旦息を整えている間に。
デカブツはその勢いのまま……後ろにあった廃ビルに突っ込んでいく。
ガラスが砕け散る音、建物が一気に崩れ去るような音が響いた……。
──その時だった。
「なんなんだよ……ぉ! 今……のぉ!」
「ひぃぃぃぃぃぃい!?」
突然、悲鳴が聞こえ……俺はすぐさま後ろを振り返る。
俺の後ろには交差点があり、その向こうには、何人か人がいた。
……そこで俺はようやくこのおかしな状況に気づく。
そこにいるのは、俺のよく知っている『人』。
獣人や竜人、人の姿をした魔物とかそういうのじゃなくて……。
──人だ。
そういや、俺のいた世界……なんだよな? ……ここ?
でも俺のいた世界は。
こんなデカブツなんて存在しない、平和な世界のはずだ……。
……まさか、──オトコが間違えて……。
──いや、それはないな。
これはよく知っている風景だ。
俺が学校に行くときによく使う道だから間違えるはずもない。
何年か前に空き家になった廃ビル。
異世界に行くきっかけになった交差点。
交差点の向こう側には。
『おうだんするときはてをあげてわたろう!!』という看板のついた歩道橋。
……間違いなく俺のいた世界だ。
どうやら、あの人たちは……。
交差点の向こう側にいるから無事だったようだけど。
もし、このデカブツ……。
異世界にいてもおかしくないものってことで……。
『異物』でいいか。
『異物』が向こう側の人達に襲い掛かるようなことがあったら……絶望的だ。
ただ幸い。
異物は勢いよく突っ込んだ先の廃ビルの一部が崩れ。
下敷きになって身動きが取れなくなっている。
まあ、あの感じだと。
すぐに復帰しそうだけどな……。
それでも、避難させるなら今のうちだ。
俺は交差点の向こう側にいる人たちに向かって。
ありっったけの声で叫ぶ。
「俺がここで引き付けるからー!みんなぁ!!早く逃げろー!!」
これで……向こう側の人たちが襲われる可能性を減らす。
あのデカブツが動けなくない間に逃げてくれさえすれば……。
異世界でもらった俺の力、で……?
……ん? 俺の力? あれ、使えな……?
……いや、ちょっと待てって!?
こっちでも使えるって言ってたよな!? おい!?
その時、一つの信じたくない考えが俺の脳裏をよぎる。
まさか、使えないんじゃなくって。
『使わせてもらえない』……のか?
え、この状況で……?
そんな……嘘だろ……?
(すぐにカタをつけてやる)なんて感じてたのに……はは。
あれ……? 体が、震え、て……?
……い、いや! 俺が……っ!
ここで……食い止め……ない……と。
──でも、どうやっ……て?
う゛っ……!?
なん……だ……? 目が……ぼや……けてきて。
だ……んだん……頭……の中が……真っ……白に、なって……いっ……て。
うご…………けな──
「何やってんだバカ野郎ーー!!お前も早く逃げろぉぉお!!」
突如、頭の中に声が響く。耳がキーンとなる。
その恩声は。
俺の虚ろになっていた意識を引き戻してくれた。
……えっ……今のは?
目の焦点が戻り、交差点の向こう側をみると。
ヘルメットをかぶった……みるからに工事現場のおっさんが。
メガホンを使って叫び返してきていた。
そういわれて……はじめて気づく。
……そっか。俺も逃げないといけないんだ……。
今の俺は残念ながら能力を使うことができない。
装備品といえるようなものは……。
横転した時に汚れちまった私服と。
小物を入れたウエストポーチぐらいしかない。
……戦うための術がない。
つまり──逃げるしかない。
「……クッ……ソォッ!」
逃げなくてはいけない今の自分を情けなく感じながら。
俺はただ、自分のために。
異物のいる廃ビルから背を向け、走る。
『恐怖』によるものか、『悔しさ』によるものなのかは分から……ないけど……。
俺の目から涙がこぼれ落ちていく。
(俺は……何のために、ここへ……っ……!!)
ただただ、無力感に包まれて……走っていた。
──その時。
「……!?」
炎上しているトラックの中に動く人影が見えた。
……今逃げだせば助かる。
それに……人影なんて気のせいかもしれない。
でも! もし、まだ無事なんだとしたら!
──なんて、考える必要なんてない。
それに、これは能力が使えない今の自分でも……。
いや、今あのトラックの近くにいるのは俺一人だけ。
『俺にしかできないこと』なんだ……!
あっちでもそれを貫いてきた。
今さら『自分だけが』なんて考えは……っ!
──俺がそう決意しているうちに涙は振るわれ。
体は既に動いていた。
見る見るうちに、トラックとの距離を詰め。
炎の熱さを我慢しながら。
トラックの中にいる人影に手を差しのべて。
「大丈夫ですか!?」
必死になって中の人の手を掴む。
──と同時に。
……体が急に動けなくなるほどの衝撃音が後ろで響く。
「や……ばい」
かろうじて振り返った時には……。
異物は既に何か叫びながら高速で飛びかかってきていた。
まさに──
「『絶体絶命』……ですよね?」
「え?」
その瞬間──俺が掴んでいた手は……いや、体自体が。
トラックから飛び出した人影に思いっきり……。
どういうわけか逆に引っ張られてしまって。
「どうやら、大丈夫じゃないのはそっちみたいですね……。
いくよ。 ……」
そんな落ち着いた男性の声が聞こえたと思ったら。
──突如、空間が裂かれたような音がして。
いつの間にか異物は後ろの廃ビルへと吹き飛ばされていて……。
『グァcダアaァアマiァァドォn……』
異物はよくわからない雄叫びをあげながらも。
一瞬立ち上がったかと思ったら……。
すぐに『ドズン……』と地面が響くほどの大きな音をたて。
──倒れこんでしまった。
……正直いって。さ──「『さっぱり何が起こったのか分からない』でしょう?
そうだ。もし、何かできるとしたら──
「まあ、一般の方はそちらの。
少し心地は悪いかもしれませんが、『おせき』についてお待ちください……」
…………。
謎の男は『決まった……!オレ、カッコいい……!』って感じの声と手振りで。
異物が突っ込んできたときに吹っ飛ばされてきたのだろう……。
崩れたガレキへ俺を案内した。
正直(何言ってんだ?こいつ……)と、とまどいつつも。
今は何もできそうにない自分に。
若干いらだちつつ渋々従った。
──そんな、今の俺の姿は。
まさにヒーローか何かに助けられる『一般人』とでもいったところか?
そんなヒーローの見た目の特徴と言えば……。
装飾が少しついているくらいの地味な服装と。
ちょっと耳が長いくらいのよくも悪くも普通の人って感じか。
その中でも一番わけわかんねぇところは……。
持ってるのが『バイオリン』だけってことだ。
あれだけでいったいどうやって……。
あのデカ異物をぶっ飛ばしたっていうんだ……?
不可思議な状況に疑問を感じつつも。
俺が『おせき』に着いたことを謎の男は確認すると。
──くすりと笑い。
『着いて』は『座って』って意味だったんだけどなぁ……。
とか。にやけながら小声で言ってやがるけど……。
こんな状況で座ってのんきに見物できるわけねぇだろ……?
全体的な印象として『なにいってんだコイツ』以外感じられなくなるやつは初めてだな……。