ランドリーの幽霊
◆ランドリーへようこそ
みなさん、こんにちは!
突然だけど、ちょっと怖いお話をするよ。僕は幽霊。十歳です。気軽に『幽霊くん』て呼んでくれていいよ。僕が住んでいるところは、とあるコインランドリー。なぜって? このランドリーの洗濯機の中で僕が死体で発見されたからなんだ。あ、僕の年齢はその時の年齢だよ。
僕が住んでいるランドリーには、いろいろな種類の洗濯機と乾燥機があるんだ。ちょっと紹介するね。
まずは七キロから多くは三十六キロまで洗える洗濯機が八台。それぞれ二台ずつで、七キロまで用は一回三百円、十六キロ用は七百円(何と羽毛布団まで洗えるんだ!)、二十三キロ用千円、三十六キロ用は千五百円だよ。あと一台、スニーカー専用の洗濯機まであるんだ。二足で二百円! どの洗濯機も洗剤が元から入っているから、洗濯したいものを持ってくるだけでいいんだ!
乾燥機は十三キロまでが十分毎に百円で、二十三キロまでが九分毎に百円なんだ。普通の洗濯物なら二、三十分で乾くよ!
どうかな? 僕は結構お得だと思うんだけど。コインランドリー、使ったことある人いる?
僕のランドリーには毎日いろいろな人が来るよ。
平日の昼間はおばちゃんが多いかな。雑誌や絵本も置いてあるから、洗濯中に読んで待つこともできるし、お子さん連れのお母さんでも大丈夫。自動販売機もあるから喉が渇いたら買ってね。あと、平日がお勧めなのは、午前中の十時から午後の二時まで、係りの人がいて、洗濯機の使い方を教えてくれたり、洗濯が終わったものを代わりにカゴに出しておいてくれたりするんだ。初めてさんはこの時間帯に来るといいと思う。
休日は逆に男の人が多い気がするな。多分一人暮らしで、洗濯物がたまってからまとめて洗濯するタイプかなって思う。週一くらいで洗濯するなら、わざわざ洗濯機を家に置くほどではないものね。あと、単身赴任のお父さん、とかなのかな?
こうやって色々とお客さんのことを想像するのが僕の趣味。
その中でも少しきになる人たちを何人か紹介するね。
一人目 羽毛布団のお姉さん
さっきも言ったように、僕のランドリーでは羽毛布団も洗えちゃう、そしてふわふわに乾かせちゃうんだ。
そのお姉さんが始めてきたのは一年くらい前。小型車に羽毛ぶとんをぎっしり詰めてやって来た。お姉さんも小柄なので、まるで布団が歩いているみたいでおかしかったな。休日だったので係りのおばちゃんがいなくて、お姉さんは戸惑っていた。洗濯機の上には、これで何キロまで洗えます、とか羽毛布団(こたつ布団なんかもオッケー)はこの機種からみたいに絵で説明がある。僕は見慣れているからわかりやすいと思うんだけど、お姉さんはどれで洗ったらいいか悩んでいるみたいだった。ああ、僕が実体化できれば、教えてあげられるのに!
そう思っているのは僕だけではなかったようで、ちょうど常連のサラリーマン風の男の人が入って来て、お姉さんに気づき、「手伝いましょうか?」と声をかけていた。わかるよ。お姉さん、可愛いもんね。
お姉さんは、
「ありがとうございます。これ、どれで洗えばいいんでしょうか?」
とサラリーマン(仮)に質問していた。サラリーマンは十六キロ用の洗濯機を指差して(大正解!)、
「これで洗えますよ。手伝いましょうか?」
と羽毛布団を持ってあげようとした。するとお姉さんが慌てて、
「だ、大丈夫です。あの、猫が粗相をしてしまって・・・」
と恥ずかしそうに言った。サラリーマンはそれを聞いて、「大変ですね」と苦笑いし「僕も昔犬にやられたことがありますよ」と言いながら、洗濯機の扉を開けてあげた。ついでにプリペイドカードがお得なことも教えてあげていた。いい人だ。
それ以来、だいたい月に一回ペースでお姉さんはやって来る。猫はどうしてもお姉さんの羽毛布団でおしっこをしたいのかな? それとも、ふわふわに仕上がった布団が気持ちよくて、また洗いに来てくれているのかな? そうだと嬉しいな。
二人目 乾燥だけのお兄さん
次に紹介するのは乾燥機だけ使いにくるお兄さん。晴れの日には来ないから、きっと家で干してるんだろうな。気になるのはその洗濯物の持って来方だ。家で洗濯した洗濯物をビチョビチョのままリュックに入れて持って来る。それで十三キロ用の乾燥機に慣れた手つきで放り込んでパパッっと三百円入れると、すぐにいなくなる。三十分くらい待ってればいいのに、と思うが、忙しない人なのだ。せめてスーパーのレジ袋とかに入れてくればいいのに、なんで直接リュックに入れちゃうかな。僕だったら絶対にやらない。しかも、ワイシャツもネクタイも靴下もジーンズも一緒に洗っちゃって、色移りとか気にならないのかな? ワイシャツ、気のせいか青っぽくなってるよ。
でも、このお兄さん、意外と神経質なんだ。こんな洗濯の仕方をする癖に、乾燥が終わる一分前には必ず戻って来る。遅刻したことはない。それで、乾燥機がピーッと終了のお知らせをすると同時にドアを開けて、またリュックに入れていく。・・・そのリュック、湿ってないの?
人間って不思議だね。
三人目 スニーカーのおじいちゃん
その人はいつもサンダルでやって来る。スニーカーを洗うからだ。だいたい二ヶ月に一回くらいかな。スニーカー専用の洗濯機で一足だけ洗濯する。だいたい二十分くらいで終わるんだけど、このおじいちゃんはさっき紹介したお兄さんと反対に、ずーーーっと洗濯機が回るのを見ている。それこそ平日の真昼間、係りのおばちゃんもいるから、ちょっとくらい目を離しても大丈夫なのに、と思う。それに、言っちゃあなんだけど、そんなに使い古したスニーカー、誰も盗まないと思う。
でもおじいちゃんは動かない。洗濯が終わるとそのすぐ上にある電子レンジみたいな靴専用の乾燥機に入れ、それもまたじーーーっと見つめるんだ。試しに目の前に立ってみたけど、当然、僕のことは全然見えない。その真剣な顔がおかしくて、思わず笑っちゃう。
「どうぞ、座ってください」
係りのおばちゃんが洗濯機のところまで丸椅子を持って来てくれた。おばちゃん、ナイス!
「こりゃあ、どうもすんません」
おじいちゃんは照れ笑いを浮かべながら丸椅子に腰掛けた。これもいつもの光景だ。
「いいえ、何か思い入れでもあるんですか?」
おばちゃんが聞く。僕も気になっていたので洗濯機の上に座って聞いていた。おじいちゃんは照れ臭そうに、
「家内がね、買ってくれたやつなんですわ」
と頭をかいた。おばちゃんは「まあ、そうなんですか」と朗らかに笑う。
「もうね、一年も前なんですがね、俺には若すぎるって言ったんだけど。このくらいの方がいいって言って」
「素敵な奥様ですね」
おばちゃんは聞き上手だ。いろんなお客さんに話しかけては、聞き出すのがうまい。
「家内、その後すぐに死んじまいまして」
「まあ、それはお気の毒ですね」
そうか、おじいちゃんにとってこのスニーカーは奥さんの形見みたいなものなんだな。使い古しだなんて言ってごめんね(まあ、事実なんだけれど)。
四人目 洗濯ネットのクソジジイ
タイトルから言葉が悪くてごめんね。それくらい、僕はこのジジイ怒っているんだ。スニーカーのおじいちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
そいつは突然やって来た。洗濯ネットいっぱいに洗濯物を持って来たと思ったら、すぐに洗濯機に放り込みドアを閉めようとする。ところがうちのランドリーの洗濯機はお金を入れないとドアが閉まらない。「なんだ、壊れてんのか?」と言いながらガンガンとドアをぶつけている。壊れるからやめてほしい。
どうせ見えないだろうけど、と思いながらも耳元で「バーカ!」と叫んだとき、洗濯機の中から「ミャウ」と聞こえた。
まさか!
僕は洗濯機の中に入るとその洗濯ネットの中身を確認した。
猫だ! 仔猫が七、八匹入っている!
こいつ! 猫を洗濯機に入れてどうしようというのだ! 決まっている、虐待、いや、殺そうとしているのだ。
僕が外へ出ると、ジジイが洗濯の方法を理解し、お金を入れてスイッチを押してしまった。
させるか!
僕は日頃貯めておいた霊力を使って、洗濯機を停止させた、幸い、水も洗剤も出て来る前だった。ガチャッと洗濯機のドアを開けると、ジジイが不思議そうな顔をして「やっぱり壊れてんのか?」などと言いながら、またドアを閉めようとする。僕は普段滅多に使わない力で警報を鳴らした。ジジイは焦ったように出て行こうとする。ここで逃しては、また新たな被害が出てしまう。僕はランドリーの自動ドアを閉めた。ちょうどジジイが出て行こうとした瞬間だったのでジジイの首を挟む形でドアが閉まった。僕は絶対に逃さない、とドアを締め続けた。
一部始終は監視カメラに写っている。間も無く警報に築いた警備会社の人が駆けつけ、洗濯機の中の仔猫に気づき、警察に連絡した。
ザマーミロだ。もう二度とシャバに出てこなきゃいい。小動物を虐待する奴は、最後は人間に手をかけるのだ。
五人目 にーにとママ
クソジジイのせいでちょっと気分が悪くなっちゃったよね。話題を変えよう。今度は僕のことを『にーに』と呼ぶ男の子の話だよ。そう、この子には僕が見えるんだ!
この子が始めて来たのは先月のことだった。お腹の大きいママと二歳くらいの男の子が入店して来たんだ。男の子はすぐに僕の姿に気づいて、
「にーに!」
と指差した。僕はちょっとびっくりしたけど、小さい子にはたまにあることなのですぐににっこり笑って手を振って見せた。男の子もすぐ手を振る。かわいいよね。
ママは「そうね、たっくんはもうすぐ『にーに』になるのよね」と男の子に言っている。『たっくん』ていうのか。
たっくんにとっての『にーに』は僕のことだ。でもたっくんも『にーに』になるのか、いいな。僕、妹がいたから本当に『にーに』だったんだよ、たっくん。
たっくんとママの洗濯物には大人の男の人の服がない。つまり、たっくんとママは二人暮らしってことだ。それがきっともうすぐ三人暮らしになるんだろうな。そしたらママはもっと洗濯が大変になるから、たっくん、『にーに』として手伝ってあげるんだよ。僕も出来る限りの手助け、するからね。
たっくんの頭を撫でると、陽だまりのように暖かかった。たっくんがにっこり笑って、また「にーに!」と僕に言った。
六人目 管理人
六人目、と言っても紹介するのは最後になるかな? このランドリーには管理人がいて、普段はランドリー内にある事務所にいる。防犯カメラをチェックしたりしなかったり、係りのおばちゃんの勤怠をチェックしたりしなかったり。いい加減な奴だから、奥さんと娘に逃げられたんだ。もう何年前になるかな?
僕が洗濯機の中で発見された時は、たまたま一服に出ていていなかった。僕はお客さんに発見されたんだ。
最初にも言ったけど、僕は当時十歳。身長は百四十センチ、体重は、多分二十五キロくらいだったと思う。細身かな? あまりご飯がもらえていなかったから、学校の給食が一番のご馳走だったな。余った牛乳とか、こっそり先生に貰ったりしてた。みんなはそういう経験ない?
僕は気づいたら一番大きい洗濯機の中でグルングルン回され、水と洗剤でバシャバシャ洗われた。たまに真水や熱湯だったけど、お風呂には毎日入っていたから、汚くないと思うんだけどな、と思えたのは最初だけ。グルグル回されて気持ちが悪いし、あちこちぶつけて痛い。目にも花にも口にも石鹸水が入って来て、それも痛いし、苦しかった。「助けて!」ってドアを必死で叩いたよ。でも誰にも気づかれなかった。当然だ。その日は管理人が休みを取るからと、ランドリーは休業だったんだ。だから僕が死体で発見されたのは次の日だった。
もうわかったかな? 僕を殺したのは管理人なんだ。そして僕の父さん。
僕は父さんが経営するランドリーで、父さんに殺されたんだ。でもそれを知っているのは僕だけ。監視カメラがあるだろうって? 残念。僕の父さんの本業はハッカーなんだ。ランドリーの監視カメラは巧妙に細工され、僕が洗濯機に入れられているところなんて映っていないんだ。
でも僕は諦めない。この手で、僕と同じ目にあわせて父さんを殺す。つまり、洗濯機で洗ってやるんだ。あの苦しみは絶対に味わってもらう。そう決心してここにいる。
ポルターガイストを起こすにはそれなりの霊力が必要だし、大人の人間一人を運ぶのはもっと霊力がいる。もっともっと霊的に強くならないと。霊力を貯めるには何をすればいいか知ってる? いいことをたくさんすることだよ。だから僕はランドリーに来る人には親切にしているつもり。あの洗濯ネットのクソジジイを逮捕できたのだって僕のおかげだ。あれは相当役に立てたと思う。
もう十年くらいそうして頑張ってるんだけど、あと少しってところだ。だからみんな、僕のランドリーに来て! うんとサービスするよ!
終