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Blank-Blanca[ブランクブランカ]  作者: 奥山柚惟
第6章 前後不覚を取らぬよう
57/97

分かつ袂③

  + + +






「そろそろ休憩すっか。ラヒムも煙草吸いてえだろ」


 山道の路肩に車がゆっくりと止まった。久々に快適な停車を味わった気がすると言って、ラヒムは口の端を上げた。


「いーや。おじさん、そろそろいい歳だからさ、煙草やめることにした」

「うっそだろ?」

「ホント。……約束しちまったからさあ、長らくの友人と」


 車を降り、煙の代わりに山の空気を味わう。ザンデラ山を越えていくらか北へ進めば、植物も温帯地帯のそれに代わり、青々しい香りが湿った空気に蒸されて立ち上っていた。

 吸おうと思えば吸える。現にラヒムのポケットには、ケースに半分も残った煙草が入っている。だが、少なくとも当分は吸わないで置こうと、ラヒムは口の中で飴玉を転がした。






 数日前。“ハポネラ”の町を発つ前夜、廊下で一服しているのを()()に見咎められた。


「また吸ってんのか」

「あーあーバレちまった。お前もどう?」


 ニヤリと笑って一本差し出す。普段は吸わないが、酒も煙草もいける男なのだ。一つ舌を打ったものの「一本だけだ」と廊下に出て来て受け取った。


「真面目だねえ。煙草臭ごときで仕事に支障なんざ出ねえよ」

「それでどっかの社長令嬢に嫌われてたの、忘れたか?『護衛対象に近づくなって言われた』って泣きついてきやがったくせに」

「ちぇっ、若ェ奴ってのァ無駄に物覚えが良くてかなわねえ」


 ライターで器用に火をつけ、煙を吐き出す年下の友人。同僚。恩人。

 この男の救いになったのは結局、更に若い少年だった。それもガラクト人にとっての悪夢──“オホロ”と同じ力を宿す、白い少年。


「いい(ツラ)ンなったな、お前。毒気抜けた」

「……そうかね」

「おう。よかったよ、本当」


 早々に吸い尽くしてしまったラヒムは、靴で火をもみ消して新しい一本を取り出した。


「宙ぶらりんに“ベイズ”の名前を付けたの、俺だろ。それなりに気にしてたのさ。そのうちミズリルのことなんざスッパリ忘れちまうだろって、そう思ってこの会社に誘ったってのに、お前ときたら『ミズリルを見つけ出して殺すまで』って契約結んじまうんだもんなあ」

「……それしか頭になかったんでな」


 苦そうにベイは言い捨てた。その通りだったのだろうとラヒムも思い当たる。あの世界で生きてきて、ミズリルがすべてだった少年が、突然新しい生き方をできるはずがなかった。


(気付けなかった俺も、まあ若かったんだよなあ)


 なら、今もしあの時に戻れたとして、今度こそ助けてやれるかと言われても、ラヒムの答えは「NO」だ。然るべき時機、人物、時間、そういうものが揃ったのか“今”だったのだから。


「あの子たちについてくんだろ」

「借りを作っちまったからな。それに顔を引っ(ぱた)いてやる奴が必要だろ。後先考えた上で突っ走るどうしようもねえバカと……教育の足りてねえアホがいるからな」

「いやあ、将来の楽しみな嬢ちゃんだわあ」

「外野のおっさんは黙ってろ」


 ベイがますます苦虫を潰すような顔になってしまった。ラヒムは笑った。捕縛プレイはたしかに不憫でこそあったが、そうして親しまれるくらいには丸くなったということだ。


「……とうとうお前と敵同士かあ」

「まだ決まってねえだろ」

「だけどさァ……嫌だねえ、元少年兵なんて容赦なさそうじゃん? 躊躇いなく俺の頭ぶち抜いてきそうじゃん、超怖ェ」

「どの口が。笑いながらボムぶっ放す爆弾魔がよ」

「派手でいいだろ」

「ラヒム。お前ちゃんと家族に会いに行ってねえだろ」


 以前より笑顔の増えた友人に安心していると、思わぬ不意打ちを食らってラヒムの笑みが凍った。


「かみさんとキチンと話して来い。別れるなら別れる、やり直すってンなら仕事辞める、いい加減けじめつけた方がいい」

「……本ッ当お前って奴ァ、ボディーブロー効かせてくるよね……知ってるだろ、俺ァお前みてえに(おとこ)じゃねえのよ。もう少しソフトに言ってくれよ」

「話はぐらかすんじゃねえ。……宙ぶらりんでいるな」


 ベイの煙草が灰に変わった。燃えさしを床に踏みつけて、ベイは窓の外を見た。


「好いて一緒になった女だろ。腹痛めてテメエの息子まで産んでくれた女だろ。ちゃんと話して謝って、ぶん殴られて泣かれて追い出されて来い」

「あれ、玉砕前提……」

「いつの間にか何もなくなってて、全部遅くなるよりゃ断然いい」


 窓の外に顔を向けたままで、ラヒムからはベイの顔が見えなかった。彼が言うのはフィーを亡くした後悔からだろう。それが分からないほどラヒムは鈍感ではない。


 ラヒムがその横顔に声をかけようとした時だった。

 少年の気配を、廊下の奥に感じた。


「おい貴様ら。何ぞこの体たらくは」


 男二人がぎこちない動きで振り返る。

 白い少年がモップとバケツを手に凄んでいた。涼やかな声が今は氷点下、それも素の口調である。

 二人の脳裏にその時、少年の護衛につくにあたって与えられた情報がよぎっていた。コンビニに襲撃をかけた刺客を、そういえばナダは缶詰とモップで撃退している。


「大将、ちょい落ち着け。そのモップで何しようってんだい」

「その煙草」


 ナダの声の温度が更に下がった。廊下に吹き込む風が心なしか寒いと感じたのは、どうやらラヒムだけではないようだ。ベイの喉がひゅうっと鳴るのをラヒムは聞いた。

 カンッ! とモップの柄が床に打ち鳴らされた。


「その揉み消した跡! 誰が掃除すると思ってんだ!」


 絶句する二人。

 激昂する少年。


「ここの宿泊客はどうも行儀が悪い、あまりにマナーがなっとらんから掃除が追いつかんのだろう。だからといって、貴様らも汚していいなどとは、まさかまさか思うておるまいな?」

「……まあ、ちょっと思いました、ハイ」

「正直でよろしい。ほら掃除せい、焼け焦げ掃除に如何に苦心するか、少しは学べ」


 目を逆剥(さかむ)くナダは、真夏のガラクトにブリザードを呼び込みかねない。すごすごとモップや雑巾を受け取って掃除し始めたのだった。






(……いや、煙草吸わねえって約束はしてなかったな)


 飴玉が口内に溶けきる頃、思い返していたラヒムは気がついた。何をどう勘違いしたか、ラヒムの中では「これからは煙草は控える」という約束にすり替わっていたらしい。

 これも逃げなのだろうかと自分を嘲った。ガラクトに残したままの家族と向き合わないでいる自分を。


(そうは言うけどよ、ベイ、テメエを殺しかけた父親になんざ会いたくもねえだろうよ)


「ラヒムー? そろそろ行くってよー」

「おう。今乗るわ」






  + + +






 ナダたち三人と別れを告げて数日後、とある山奥の小屋で一行は途方に暮れていた。

 この山小屋はガナンとローズが最後に通信したと思われる地点だ。手掛かりの一つでも転がっていないかとここまで来たのだが、手掛かりどころか人がいた形跡すら皆無である。単純に二人の腕がいいということもあるが、最初からここに来ていない可能性もある。


「いよいよ気味悪いぜ。俺ら、マジで一枚噛まされたかもな」


 ラヒムと同じくガラクト出身の男、ルアクがいかつい顔を厳しくしかめた。

 ルアクは先発隊としてガナンと最も多く連絡を取っていたメンバーだ。この山小屋も彼が突き止めた。


「何つーかこう、踊らされてる感じがあるよな。俺らが行き場失って得するのは誰だ?」

「ナダとイコが欲しい奴。それもウチの内部事情に詳しい人間となると……」


 先日、ガナンとローズが裏切り者として特定した“ヴィゼン”の名が、彼らの脳裏にちらついた。ヴィゼンという人物そのものはさして問題ではない。彼のバックについているのが何者かを、現時点で誰も知らないのが一番の脅威なのだ。


 ややしばらく続いた沈黙を、通信機の着信音が破った。通信を受け取ったのはメンバーの一人、マイルズだ。


「はいマイルズ……ッボ、ボスぅ!?」


 彼の声が裏返り、一同に緊張が走る。

 マイルズは慌てつつも通信をスピーカーにし、全員が聞こえるようにした。その機転で後発隊リーダーを任された男である。


「一体何が起こってんですか。ガナンたちにもう一週間も連絡ついてねえんですぜ」

『それに関しては本当に迷惑をかけたね。まさか私も、造反者の炙り出しを任せていた者たちこそが裏切り者などと……にわかに信じられなかったものでね』


 その場の空気がずしりと重くなった。ガナンとローズがあちら側の人間だった?


『ガナンたちには偽の情報を与えて移動させている。その間に君たちは一度本社に戻って来て欲しい。現在地は?』

「……ザンデラ山を越えた北側の山地です」

『ならこちらまで車で三日ほどだね。優秀な君たちのことだ、余計な心配はかえって迷惑だろう』

「あの、ボス」


 ルアクが声を上げた。黙っていればこのまま話が流れて通信を切られてしまう。


『何だねルアク』

「……“ベイズ”が()()()()しました。奴は護衛チームから離脱してます」


 “ベイズの契約満了”が何を意味するかは同僚たち全員の知るところだ。固唾を呑んだ長い数秒の後、通信機が受け取ったのは安心したような声だった。


『そうか。見つけたのだな』

「はい」

『……失うには惜しい人材だ。だが、ようやく念願を叶えることができたのは、私としても素直に嬉しいよ』


 それから二、三指示を出して、ガヴェルは通信を切った。

 一行は互いに顔を見つめ合った。言葉にならない違和感があった。


「……クロ……ってことかしらね、これは」

「どういうことだ、イザベラ」


 それまであまり発言のなかったイザベラに、ルアクが問いかけた。


「あたしとラヒムで『引き揚げる』って決めた理由だったのよ。あの白い大将は利用されてるかもしれなかった……」

「んで今、確信した。ナダだけじゃねえ、イコもボスの手駒にされてる。俺らから離れた今も」


 そして同様に、自分たちも駒のひとつである──恐らくはガナンとローズも。

 言外にそう語り、ラヒムはふと考えた。


(もしかして“裏切り”もボスが仕組んでた……?)


「とにかく」


 ルアクがパンッと手を叩いて注目を集めた。


「俺らがGHC社の社員である以上、社長ガヴェルの指示には従わなきゃならねえ。まずは本社に帰投。ボスにことの次第を説明してもらう。納得するしねえはその後だ、そこは各自で判断。異論のある奴は?」

「異論も何も、ルアクがトチったことあるか? それでいくっきゃねえだろ」


 ラヒムは目を閉じた。家族と向き合うのはしばらく先になりそうだ。そのことに焦りを感じる自分がいる一方、やはり安心してもいたのだった。






  + + +






 深紅の絨毯に置かれた、シンプルながら重厚な誂えの調度品。それらを暖かみのある照明が浮かび上がらせ、執務室の雰囲気を格調高いものに仕上げている。

 最奥に置かれた机の向こうでガヴェルが通信するのを、ガナンとローズは黙って見守っていた。


 声を発せば終わる。

 身動き一つ、取れない。


「ふぅ……すまない、もう声を出してもいいよ」

「どういうおつもりですか。あなたの意向に、僕は極力沿うようにしてきました。だけど今回は話が違う。僕……僕らはあなたが何を考えているのか、少しも推し量れないでいる」


 ガナンの声は悲痛も失望も孕んではいない。ただただ落ち着いていた。それが彼の怒り方だと、長年行動を共にしてきたローズは知っている。


「僕らを裏切り者に仕立て上げてまでしたいこととは、一体何なのです? 僕を駒として好きに動かすのは構いません。そのための僕ですから。けれど部下たちを人とも思わず使おうと言うなら──」

「はい。ガナン。ストップ」


 静かにヒートアップするガナンを、ローズが肘鉄で諌めた。寝不足の体はいとも容易く揺らぎ、背後のソファが倒れ込むガナンを受け止めた。


「申し訳ございません、ボス。ガナンは仲間に感情移入しすぎるところがありまして」

「いやいや、君のいいところだと思っているよ。だからといって働きすぎも良くない。ガナン、最近は眠れているのかい?」

「はい。ちゃんと寝てます」

「嘘です。 月平均で二時間睡眠です」

「ローズぅ!? でまかせは良くないよ!?」

「あんまりにも寝てないから睡眠記録を付けてみたのよ。そしたらびっくり、あなた寝たフリしてバッチリ目ェ開けてるじゃないのよ、毎日遠足前の子ども状態」

「……僕を何だと思ってるわけ……」


 疲れたように嘆息するガナンを尻目に、ローズは顔つきを引き締めてガヴェルに向き直った。


「ですので、私たちは()()を頂こうと思います。有給休暇全然使ってませんし、たまには夫婦水入らず、任務抜きで過ごしてもいいですよね」

「それはもちろんだ。むしろ私の方から休暇を出そうと思っていたところでね。ガナン、それで手を打ってはくれんか」


 休暇、と眠気混じりにオウム返したガナンは目を瞬かせ、ハッと居住まいを正した。ガヴェルはいかにも思索を巡らすといった風に、顎に手を当てて唸った。


「そうだな……君たちには私の所有する別荘を貸し出そう。山奥で多少の不便はあるが、長閑で眺めもいいところだ。しばらく連絡をとれていない知人を呼ぶも良し、テレビでスポーツ観戦をするも良し……どうかね?」

「近隣に人里はどのくらい?」

「麓に町がある。人の多く豊かな町だ、余所者への当たりも悪くはない。何か買い物があればそこへ行くといい。大抵のものは手に入る」

「分かりました」


 ガナンが立ち上がり、老人の手から鍵を受け取った。手渡された鍵はジーンズのポケットへ仕舞い込まれた。


「では失礼します。……そういえば、」


 その場を辞そうとした二人だが、ふと扉の前でガナンが足を止めた。


「一連の流れから察するに、“少女”の監視はもう不要ということですね」

「その通り。あの子はまだ何も掴んではおらんようだ。たといザッケス博士と接触したとしても、大した影響はなかろうよ」

「少年の方は? 先日までの報告では、日に日に不安定化しているようですが」

「そちらも問題ない。もうすぐ“二人組”と相見えることになる」


 「失礼します」と一礼し、二人は扉の向こうへ姿を消した。

 残ったガヴェルは一人、デスクチェアの背もたれに体を預けて咳き込んだ。落ち着くのを待って再び通信機に手を伸ばし、呼び出す。


『何だい? この老いぼればばあの声が恋しくなったって?』

「貴女に改めてお礼をと思ってね。先ほど報酬を振り込ませてもらったよ」

『確認したよ。随分と太っ腹じゃあないか、え?』


 ふ、と息をつくようにガヴェルは笑った。


「“殺し屋レディ・マム”──いや、この場合“エバンズの魔女”とお呼びした方がいいか。それほどの人物の手を借りるとなれば、やはり相応の対価を払わねば。老い先短い身であっても報復は恐ろしい」

『ヒヒ、どの口が言うかねえ。弟子一行に愛の鞭をなんて、まともな頭ァした男に出来ることじゃないさね。あのベイとかいう小僧を浮いた駒にして、あんた何をするつもりだい?』

「私は」


 一度受話器から顔を離して咳き込んだ後で、ガヴェルは口元のしわを深くして笑んだ。


「世界平和のためにこの身を賭している。今も昔もね」


 口の端に滲む血をハンカチで拭って、老齢の男は目に宿した光を和らげた。


「だがまだ斃れる訳にはいかない。もう一つ簡単な仕事を頼まれてくれんか。ワイユ孤児院のチェンという医師宛に、近々そちらへ伺うと伝えてくれ」

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