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Blank-Blanca[ブランクブランカ]  作者: 奥山柚惟
第5章 砂塵の向こう、揺らめく陽炎
43/97

修羅①

  ◇ ◇ ◇






 フォーメーションD、第七項。

 ラヒムの爆弾と俺の連射攻撃で敵を攪乱し、浮いた駒を遊撃手役のイザベラが討つという作戦だ。今回はイザベラに加え、ナダという特殊な遊撃役もいる。打ち合わせナシのぶっつけ本番だが、やるしかない。

 ラヒムが肩を叩いてきた。



「ナダが動きやすいようにコントロールしてやろう。できるなベイズ」

「空気は読める奴だ。何とかなるだろ」

「何だ、新手のギャグか?」

「ハァ……ラヒム、C-3地点にボム。イコ、イザベラから離れて俺らンとこ来い」



 そう通信を送ると、イコが姿勢を低くしたまま壁の中に転がり込んできた。いつもは下ろしている髪も今は括っているが、前髪が汗でびっしょり濡れている。



「ねえベイ。あいつら……」

「ああ。火炎放射器とかじゃねえな」

「そんなことってある? だって、ナダしか使えないはずじゃん! あいつら肌白くなってないし、ナダの故郷の人じゃないだろ? ……最悪、マジ最悪じゃん……」



 そうだな、とだけ返した。まさかキース族の力を使うなど、俺も予想だにしなかった。エイモス社の仕業だろうか。キース族を捕えていた期間と、奴らが姿を消した時期は……。



(被るか? まあいい、関係ねえ)



 そう、俺の知ったことではない。今はタスクをこなすことが最優先だ。

 どんな手を使っても。



「……俺は移動する。ラヒム、適当にボムとスナイプだ。イコはラヒムから離れんなよ。イザベラ、今どこだ」

『E-3。背後取りたいとこだけど、なかなかねえ。どうしようか。ショットガンぶっ放してもいい?』

「今そっちに行く。大体の地形を把握してえ。そっち側からも気になることがあったら教えろ」



 イザベラは背の低い壁の陰で匍匐(ほふく)姿勢をとっていた。彼女の視界に入った辺りでハンドサインを出すと、身を起こして左の壁へと場を変えた。俺は反対側から回り込み、建物の陰を伝いながら連中の様子を観察する。

 何やら言い争いをしている。来ているのは四人。男が二人に女が二人。十年ぶりに見る顔だが、誰が誰かすぐに分かった。



(イールにサラ、リダ……それにジハルドか)



 サラは昔も直情型の人間だった。今もそれは変わらないのだろう、先ほどからジハルドに掴みかかってはイールに宥められる、というやり取りを繰り返している。ジハルド、奴も奴で感情任せなところがある男だ。戦い方も力任せ、煽れば簡単にこちらの手に乗ってくるはず。リダも頭の回る女ではなく、いつも立場の強い者に従うような、取り巻き型の女だった。

 問題はイール……見ねえ間に銃の腕上げたもんだ、と素直に感心した。不器用だが真面目な男だった。



(……真面目だったから、お前はそこにいるんだな)



 腹の奥で燻る黒い熱を抑え、今度は地形をざっと見渡す。緩やかな傾斜を描いていて、俺たちのいる方がやや地面が低い。あまりにも低い壁は遮蔽物として信用しない方が賢明だ。

 ただ、斜面の上の方が、家屋の崩壊が激しい。二階部分が露出している家もいくつか見られる。逆にこちら側は比較的原型を留めた建物が多い。現に俺が身を潜めるこの建物も、上階の壁がいくらか残っているようだ。


 素早く地形情報を頭に叩き込み、イザベラを呼び出す。



「待たせた。俺は上から狙う。気にせずガンガン撃ちまくれ」

『いいのかい? 大将からは“殺すな”ってお達しだけど』

「連中もやわじゃねえ、むしろ全力出さねえとこっちが殺られる。左の(サラ)を頼む、挑発すりゃあすぐ乗ってくる。他の奴らは俺とラヒムがばらけさせる、そうすりゃあいつが……」

『我らが隠し玉の出番ってわけね。了解。女同士、仲良くやらせてもらうわ』



 ゴーサインを出すや否や、イザベラは散弾銃(ショットガン)ではなく拳銃(ハンドガン)をサラの足元めがけて放った。ついでに舌でも出したのだろう、たちまち頭に血を登らせたサラは標的を追いかけ始めた。



『あはは。お嬢ちゃん、二人でランデブーしようか!』



 このクソ(アマ)ァ! と叫ぶ声が、上階に陣取った俺の耳にも届いた。



(まあ、頭にくるのは分かるぜ)



 深追いするな、とイールが呼び掛けているのが見える。が、すぐに諦めたようだ。リダに右手から攻めるよう指示を出す動きをしている。

 当時から変わらないハンドサインで。



「そっちに行くんじゃねえよ。お前はそこに立ってろ」



 今にも走り出そうとしていたリダの足元をライフル弾が弾いた。三人が慌てて身を伏せるのを目視確認し、俺もすぐさま頭を引っ込めてリロード。

 狙撃用ライフルだがスコープは使わない。太陽の向きが右前方向にある、レンズに光が反射して居場所が特定されることを防ぐのだ。そもそも大した距離でもない。スコープなどなくとも十分だ。

 目だけ隙間から出し、状況を確かめる。三人は身を屈めたままで特に動きがない。通信でラヒムに指示を出すと、数秒と間を置かず、陣内に手榴弾が放り込まれた。

 気づいたリダの声掛けに三人が散開したところへ、また集合しないよう数発撃ちこむ。


 これで駒が浮いた。

 あとはナダの仕事だが──。



「ラヒム。さっきと同じところに煙幕だ。ナダが動きやすくなる」

『イエッサー』

「それと──」



 背負っていたアサルトライフルに武器を持ち換えて弾を込めた。腰のホルスターに普段は持ち歩かないハンドガンが納まっているのも確認した。

 陽射しが俺の肌を焼くのを感じながら声を落とす。



「例の約束。頼む」



 ぐ、と顎に力を入れると、奥歯で砂が鳴った。



『……ああ、わかった。友よ』

「恩に着る」



 通信を切って、煙幕の張られた陣地に目を遣る。

 立ち込める煙の中でカーキ色が翻ったのを見届け、俺は二階から飛び降りた。






  + + +






 リダは苛立っていた。

 ここのところ、ジハルドは以前に増して強情で奔放になってきている。自分たちが能力を使えることは奥の手にしようと皆で話し合ったというのに、もう早速炎を放ってしまった。


(ベイザムにこだわりすぎなんだよ、**野郎)



 たしかに、昔の(ベイザム)は強かった。チームの誰もが憧れた。

 それまで()()()()はせいぜい弾避けか、敵を攪乱させる道具でしかなかった、その常識を同じ子供が覆したのだ。

 “ベイザム”は希望だった。彼が戦場にいて、彼が背中を守ってくれていると思うだけで、子供たちは大人の何倍も強くなれた。特にジハルドのような頭の弱い子ほど妄信的に彼を慕った。


 ──一方で、別の感情を抱く子も、中にはいた。




「リダ!」



 不意にイールが鋭い声を発した。そちらを見ると「敵影発見」のハンドサインを作っていた。辺りに何もないことを素早く確認し、イールの近くへ走り寄る。



「どこ?」

「あの建物の二階に。煙幕で見えねえ隙をつかれた……風で吹きとばしちまうか」



 イールが風を起こし、煙はたちまち散って視界が開けた。しかし付近に人影はない。気配もしない。



「イール、ホントに見たの?」

「見たよ! たしかにこの目で……クソが、どこにいやがる──」



 その時、カーキ色の何かがヒラリと、リダの視界にも入った。

 すぐさまそこへ二人分の銃撃。しかし何も捉えはしない。ハンドサインでのやり取りを交わし、二手に分かれて回り込むことにした。


 ジハルドが愉しそうに銃を放つのを背中に聞きながら、神経を研ぎ澄ませて気配を探る。やはり何も感じない。蜃気楼の類だったのかとすら疑ってしまう。

 落ち着け、とリダは自分に言い聞かせた。自分とイールが冷静を保たずして、誰がみんなの頭を冷やす?


 緊張による耳鳴りを、突然響いた銃声が打ち消した。イールの発砲音だ。何やら叫ぶ声がするが、何を口走っているのかまでは聞き取れない。ついには風が巻き起こり、瓦礫や砂が宙に舞い飛んだのが、建物越しの空に見えた。



「イール?」



 徐々にくぐもっていくその声に、不安そうにリダが呼び掛ける。



「ねえちょっと……何があったんだよ、見つけたのかい?」



 とうとうリダは建物の反対側に辿り着いた。

 恐るおそる銃を構え、周囲を警戒して見回す。何もいない……と思ったのも束の間、リダの息が止まる。


 イールが、気絶していた。

 壁から生えた蔓に絡めとられて。



「はァ!? ちょ……何だよ、なにこれッ、どうなってんだよ……ッ!」



 イールを締め上げている蔓草を何とか緩めようとするが、引き抜こうにも壁に埋め込まれていて指の入る隙間がない。


 ナイフで切ろうと腰に手を伸ばしたその時、リダの背に怖気が走った。

 ばっと勢いよく振り返る。

 誰もいない。が、何かいる。イールを縛り上げた奴かもしれない。一体どんな技を使ったのか、何者なのか、そもそも人間なのか、確かめなければならない──



 ──のに、リダの足は意に反する動きをした。



 初めてリダは敵前逃亡した。蔓で縫い留められた戦友を捨て置き、瓦礫だらけの足場を必死で走った。とにかくあの異様な()()から逃れたかった。



(ここなら大丈夫……)



 イールから数十メートルも離れた家屋の残骸に身を潜め、祈るように銃を抱きかかえる。もう嫌だ。こんなことなら自分はあのくそ女と待機していればよかった。うざいくらいの子供扱いも、この状況よりはマシに決まっている。


 ずん、と。

 空気が重みをもった。


 リダの体が縮こまる。下唇を噛みしめ、その場に縫い留められたかのように、呼吸ばかりを荒くして()()が姿を現さぬように祈っている。



(来るな……来るんじゃねえ、そのまんまあっち行け……)



 彼女の祈りが強くなればなるほど、場の空気が徐々に重さを増していく。

 リダは腹の奥がうねるような感覚を感じた。細い蛇のようなものが、腹から胸へ、胸から腕へ、伝っていくような。空気の重さが強くなるのに合わせて、蛇も体の中で身を震わせているような。


 気持ち悪い。

 吐き気がする。

 体がかゆい。




「見つけた」




 空気が揺れた。

 リダの目の前に、カーキ色のケープをまとった男がいた。フードの中は暗く顔が見えない。陽射しの強さと対照をなすような、涼やかな声で、男は言った。



「お前は話を聞いてくれると良いのだが。あの男は問答無用に銃を向けてきたのでな、悪いが眠ってもらった」



 若い声が老人のような言葉を紡ぐ。

 銃も構えられぬまま、リダはただただ息をしていた。息ができるだけでも幸いだとすら思った。目の前にいるヒトをかたどったものが、この場のすべてを支配している、そんな心地だった。


 動けば死ぬ。

 許可なく声を出せば、足元で地が裂ける。



「先の男と向こうの女は風遣いだな。お前もそうか?」

「…………ッ」

「この地はまるで水気がない、お前たちのうちの誰からも水の気配がせぬのも頷ける。どこでその力を手に入れた? 仔細を語るならば見逃してやっても良い」

「ッ、う、動くな!」



 男が一歩足を踏み出そうとした途端、リダが突然叫んだ。

 男は止まった。リダは銃口を彼に向けた。



「近寄るな。テメエ、人間じゃねえな……人間の皮被りやがって、何者だテメエ!」

「命は取らぬと云うておろう、落ち着かんか」



 男の言葉と共に突如として風が巻き起こり、砂が舞ってリダの視界を塞いだ。思わず顔を覆った次の瞬間、ヒェッ、とリダの喉が鳴った。

 構えていたはずの銃がない。



「お前は風遣いではないのだな。先の男は俺の風に少し抗ったが、お前はそうしなかった。なれば炎か、一体どれほどの──」

「…………うわあああああッ!」



 パニック状態に陥ったリダが両手を突き出し、逆巻く炎がケープの男を包んだ。熱に炙られた空気が揺らめき、日光熱とは比較にならない熱量が迸る。その明い光を頬に躍らせてリダは引きつった笑みを浮かべていた。()()()の裁きを自分が下してやったのだ、この異形の化け物に打ち勝ったのだと──




 ──過信していた。




「ふむ……この程度とは。しかし脅威には違いない」



 何が起こったのか。

 既に正常性を欠いていたリダの脳は、事態を上手く呑み込めなかった。ただただ、温度の低い男の声が、彼女の上を滑っていく。



「単純な使い方しかせぬが……訓練されとらんだけが理由でもあるまい。やり方次第ではいくらでも、俺を殺す方法はあったというのに。体内の熱を暴発させる、水の流れを逆流させる、それから」



 男の声が上からするのは、リダが膝をついているせいだった。その声がだんだんと遠のいていく。視界に星が飛び始める。必死に酸素を求めて呼吸を荒げるも、胸が苦しくなっていくばかり。



()(よう)に、空気を操って酸欠で気絶させることも」



 とうとう、両目が裏返ってぱったりと倒れてしまった。

 静かになった廃墟で、男の来ているケープを風が微かに揺らした。


 男は屈んだ。取り出した数粒の種をリダの周囲に撒いて、両の手を地面につけた。数秒と間を置かず、撒かれた種からするすると、芽が生え茎が伸び、あっという間に生長した蔓が気絶しているリダを絡め捕って地面に縫い付けた。



「へえ。オホロ様ってのは草も操れるってわけか?」



 くつくつと低く笑う声。ケープの男がリダを気絶させる様子を、いつの間にかやって来たジハルドは黙って見ていたのだった。

 男はゆっくりと立ち上がり、そして振り返った。フードの中から蒼い眼光が放たれる。



「そう睨むなってェ。俺ァ感動してンだよ。俺の屈強な兄弟たちが、歴戦の戦士が! 全員あっという間にのされちまった! アハハ、ハハハハハ! すげえな、ますます欲しくなった!」



 男の殺気にもたじろぐことなく、ジハルドは広げた両手を空に掲げて高笑いした。十字傷の走る浅黒い肌に白い歯が映える、その様は剥き出しの狂気を放っていた。



「ヒヒ……なあ“白い少年”。俺らと来いよ。その力はてめえだけのモンにしとくにゃ勿体ねえ。大人しくついて来てくれりゃあ、てめえとお仲間の命は保証してやるぜェ」

「断る。“見知らぬ人について行ってはならぬ”、育て親の教えなものでな」



 あくまで冷静な古めかしい口調に、ジハルドも思わずといったふうに口を噤んだ。その隙を逃さず、男が動いた。



「やれやれ……お前も仲間も頭に血が昇り易くて敵わん。()らば、拘束して尋問するよりあるまいて……」



 ケープが翻った。空気が揺れた。どこからともなく吹き湧いた風が、腰元まで覆っているケープを巻き上げた。ズボンのベルトに挟まるナイフが、ポーチが、異様な白さの手が、布に垣間見えた。



「炎遣いよ」



 風が強まる。砂が舞う。

 荒れ土に生えたなけなしの雑草が騒めく。乾いた空気に水が混ざる。

 フードの奥で、ブルーグレーの炎が燃える。



「貴様に問う。貴様らミズリルは、如何にして力を得た?」



 ジハルドの、瞳孔の開いた目に、青灰色が焼きつく寸前。






 ──イールの絶叫が空にこだました。

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