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よん


控室のようなところに通された私を待っていたのは、一人の男性だった。

年はヴァルターと同じくらいか少し下のように見える。

色の薄い金髪はふわふわとしていて、眠たそうな目をしている。

彼はにこりともせず、無表情に私に椅子を勧めた。

服装を見るにけっこう偉い人っぽいのだが、雰囲気が緩いというかなんというか。

私は自分がメリナだと思われているのかどうかがわからず、落ち着かない思いで背中に棒でも入っているかのように背筋を伸ばしてじっと沈黙に耐えた。

クリーム色の小花があしらわれた壁紙や、ローテーブルの猫足に彫られた精緻な模様、高そうな額縁に入ったどこかの貴婦人の絵。

窓の外をちらちと見ると、不安しかない私の心とは裏腹に、空は高く、小鳥のさえずる声もする。

何か話しかけた方がいいのだろうか?

でもボロしか出ない気がするし。

私がうろうろと視線をさまよわせていると、ローテーブルを挟んで対面に座っていた彼ははっと気が付いたように口を開いた。

「殿下から話はうかがっております。聖女様の双子の妹君だとか」

よ、よかった。この人は私が偽物だってちゃんと知ってる人だった。

さすがに二人っきりでごまかせる自信はなかったので、ほっと息をつく。

出来る事ならもっと早く言って欲しかったけども。この人、ちょっと天然なのだろうか。

「見た目は確かに似ていますね。でも双子なのに随分と違う」

彼がふくろうのように首を傾げると、長い前髪がさらさらと流れる。じっと見つめてくる瞳はこれまた薄い水色だ。

色合いと雰囲気が相まって、ふわふわと輪郭の掴みづらい人だなと思った。

「そうですか?」

「はい。聖女様は髪の毛みたいな紫色でしたが、あなたは綺麗な緑だ。若草みたいな色をしている。いい色ですね」

……何が?

何の、話をしているのだろうか。

私の体にはどこも若草色の部位などないはずなのだが。

よくわからなかったが、謎の色について褒めてもらっているようなので、お礼を言ってあいまいに笑っておく。

彼はちょっと満足したように笑った。


少し打ち解けたような気分になって、私は勇気を出して彼に話しかけてみることにした。

「……あなたはメリナのことをご存じなんですよね?」

「はい」

「メリナはどんなふうに過ごしていましたか?」

私は私の知らないメリナを少しでも知ることで、彼女の気持ちがわかりはしないだろうかと考えたのだ。

「どんなふう……」

ぼんやりと呟きながら、彼は困ったように数度瞬きをする。

「誰もが思い描くような聖女様でした。少し気が弱いようでしたが、誰にも優しく、たおやかに笑う人でした」

私は子供の頃のメリナを思い出す。

誰にも優しくて、素直で、手先が器用で。

どちらかと言えば部屋にこもりがちで、確かに少し気は弱かったかもしれない。

そんなメリナが聖女の役目を放棄して、駆け落ちなんて大胆なことをするなど、やはり信じられそうになかった。

「ああ、でも」

ぽんと手を打って彼は窓の外を見る。

「殿下とはあまり仲良くなかったかもしれないですねぇ」

「それはメリナがヴァルター様のことを怖がっていた、とか?」

「どうでしょう。殿下はあの顔ですから」

「ああ、確かに」

でも笑うと意外と優しそうな気もする。

うんうんと頷いた私は自分の上に何やら影が落ちてきたことに気が付く。

「誰の顔が怖いだって?」

「ヴァー!?」

「おや、殿下」

振り返ると背後にヴァルターが無表情に立っていた。

驚きすぎた私は椅子ごと倒れそうになり、ヴァルターに支えてもらって事なきを得る。

ちなみになぜヴァー!と叫んだかは自分でもわからない。ヴァルター様のヴァだったのかもしれないし、とっさに出たのがそれだっただけなのかもしれない。

「落ち着きのない奴だな」

「す、すみません」

不敬に不敬を重ねてしまい、よたよたしながら立ち上がろうとする私を手で制して、ヴァルターは余っている椅子にどっかりと腰を下ろした。


「聖女様は見つかりましたか?」

のんびりと尋ねられ、ヴァルターは苦虫をかみつぶしたような顔になった。

「俺が到着する三十分前に逃げ出したと考えて、私設隊に逃げられる範囲を捜索してさせたがダメだった。メリナはパレード用の服を着たままだったはずだ。そこに加えて走り去る黒い馬車を見たという証言もある。突発的ではなく、相当用意をしたうえでの駆け落ちだったんだろう」

「相手に心当たりは?」

「ない。王宮、神殿内で急に姿を消したものがいないか調べるよう指示をだしたが、相手がどこぞの貴族だとすれば屋敷にかくまえば済む話だ」

「ですが聖女様の行動範囲を考えれば、その可能性は低いのでは?」

「わからん。俺は最近まで近隣諸国を回っていたんだぞ。メリナがどういうふうに過ごしていたかなど知らん」

「そんなふうだから逃げられたのでは?」

話しに加わることができない私は、そうだそうだと心の中で同意する。

ヴァルターは頬をぴくぴくさせたが、思い当たる節もあるのか怒りだしてテーブルをひっくり返すなんてことはしなかった。

私は居心地悪く、メリナは、私はどうなってしまうのだろうかとテーブルの木目を見つめた。

「三か月後の挙式は延期できそうですか?」

「難しいだろうな。だが、それまでには必ず見つけ出す」

「ふむ。見つかればいいですが……。それまでにもいくつか大事な予定が入っています。それらすべてキャンセルするとなると、聖女の不在を疑われても仕方ないでしょうね」

「……」

なんだか静かだなと思って、顔を上げるとなぜか二人とも私のほうを見ていた。

あ、嫌な予感が。


「フェル、いけると思うか?」

薄い金髪の人は、フェルという名前らしい。おそらく愛称だろう。

「かなりの急ごしらえにはなるでしょうが、彼女自身は風の魔法を使えるようですし、ないことはないかと」

どうして私が風の魔法を使えることを知っているのだろう。そんなこと一言も言っていないし、ヴァルターは私の名前すら知らなかったのに。

というか、いける、とは?

ピクニックの話か。そうか、ピクニックか。いいよね、ピクニック。私も行きたいです。

ヴァルターは口元をきつく結び、こちらに体を向けた。

「三か月後、結婚が執り行われる。それまでにメリナを絶対に見つけ出さなければならない。だがメリナの不在を悟らせるようなことがあってはならない」

「それは混乱が起きるから……?」

「そうだ。この国を守護する要である聖女がいなくなったと噂になれば、良からぬことを考える人間もでてくるだろう。最悪戦いが起きるかもしれない」

「そんな!」

戦いと聞いて、ゾッとした。

城下町に移ってからは戦いなど遠い存在になっていたが、昔住んでいた町の近くには時々盗賊が出ていた。盗賊が暴れまわっているというだけでも恐ろしいのに、それが戦いなどになればどれだけの人たちが危険にさらされることか。

私を安心させるようにヴァルターは力強く頷き、続ける。

「メリナは必ず三ヶ月以内に見つける。だがそれまで、誰かに代役をしてもらわなければならない。わかるな?」

「……それってまさか私に代役をしろということでしょうか」

「そうだが」

何食わぬ顔でヴァルターは肯定した。

「む、無理です!」

「無理とか無理じゃないとかいう話じゃない。やるしかないんだ」

「でも、メリナと違って私は小さな風の魔法しか使えませんし、立ち居振る舞いだってわからないし」

「三週間後に婚約を祝う舞踏会がある。それまでにお前をいっぱしの聖女もどきに仕立て上げる」

「三週間!?」

そんなの絶対無理だ。

たった三週間でただの町娘の私が、公爵家で六年間教育を受けて立派な淑女になったメリナに追いつけるわけがない。

ヴァルターはおもむろに立ち上がり、私の肩を両手で掴む。

背の高い彼が小柄な私に覆いかぶさると、ちょっとした雨風は避けられそうな気がする。威圧感が凄まじいので、吹きさらしの目にあった方がよっぽどマシだとは思うが。

「いいかリア、お前が立派に代役を果たせば、メリナが戻ってきた時も最小限の人間しか駆け落ちのことを知らずに済むんだ。大勢を騙すことにもなるが、それもこの国の平和を守るためだ。長くても三か月だが、絶対にその前に見つけ出してみせる。それにちゃんと代役の報酬も払う」

「そんな、報酬なんて……」

「俺は正式にお前に依頼している。だから報酬は当然だ」

私を見下ろす彼の瞳があまりに真剣だったからか、それとも身内の不始末は自分で何とかしなければいけないと思ったからなのか、パレードが思いのほか上手くいったのでちょっと調子に乗っていたのか。

いろいろな要素が考えられるが、気が付くと私は椅子から立ち上がっていた。


「わかりました。でもその代わり、条件があります」

ヴァルターは言ってみろと目で促す。

「私もメリナを探すのに協力します。そして彼女を見つけたら、必ず最初に私と話をさせてください」

もしそこで彼女にとって、聖女として生きていくことが、ヴァルターと結婚することが重荷にしかならないというのならば、私は彼女を助けてあげたい。

何ができるかはまだわからない。

けれどメリナをはいどうぞと差し出すことだけはできない。

「わかった。約束する」

ヴァルターは大真面目な顔で右手を差し出した。

本当にこれでいいのかはわからない。でも私がメリナのためにできることがあるとすれば、今はこれしかないように思えた。

私は怯むことなく、彼の手を強く握った。

わずかに手袋越しにヴァルターの手が震えた気がしたが、すぐに強く握り返される。

かくして私は聖女の代役、偽物聖女を務めることとなった。




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