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にじゅう


メリナたちと別れ、私はヴァルターが捕らわれている部屋目指して走っていた。

見た目だけなら聖女と区別できない私に、すれ違う人々はぎょっと一瞬目を剥くが、みんなそれどころではないので止められたりはしない。

というか王宮広すぎ!

地下牢からヴァルターの部屋までどういけばいいか全然わからない!

なにこの構造!?迷宮か!?

十字路の真ん中で私は立ち止まり、左右を何度も見比べた。

どっちも似たような廊下とドアが並んでいて、わけがわからない。

「こんなところで迷ってる段じゃないのに!」

あまりの焦りから子供みたいに地団駄を踏んだ私は、とにかく自分がどこにいるのか把握するために窓の外を見ることにした。

何も考えずに上へ上へとのぼってきたからか、隣の塔に続く回廊の屋根がすぐ下にある。

しかし夜のとばりに包まれた城は、ぼんやりと白く浮かぶ似たり寄ったりな建物の集合体だ。

せめて中庭がどこかわかればなんとかなるのに。

そこまで考えて、はっと閃いた。

建物の中にいるから迷うんだ、と。

ヴァルターが城下町へ連れ出してくれた時みたいに、屋根の上を渡っていけば早いに違いない。

そうとなれば、やることは決まった。

私は窓を開け放ち、枠へよじ登った。

「おっと、っと」

不安定な体勢を立て直し、隣の屋根の峰へと狙いを定める。そこだけは一部平らになっているのだ。

こちとらやんちゃな城下町育ち。本当はかなり怖いけれど、私ならできる!と信じて、えいっと窓から飛び降りた。

一瞬の浮遊感。

右の踵から綺麗に着地が決まった。

「お、ふぅ……」

想像よりも高低差があったようで、足にじーんと痺れる痛みが走る。

くぅ、地味に痛い……。

よろよろと立ち上がり、私は平らな峰の部分から滑り落ちないよう気をつけながら走り始めた。

より高い屋根へよじ登った際にスカートの裾が破けたが、むしろ動きやすくなったと裾をたくし上げて進んだ。

中庭らしき開けた空間を探して走り回っていると、いつの間にか一際高い塔の近くまで来ていたらしい。

てっぺんがどういう原理でかゆっくりと回転している。

初めて王宮に来た時も、たしかこの塔を見上げた覚えがある。

ということは、かなり目的地に近づいているのではないだろうか。

慎重にあたりを見回した私は、自分と同じように屋根の上を移動する人影に気が付いた。人影は随分と長身で、塔に向かって突き進んでいるように見える。


その時、空が赤く光った。


「きゃっ!」

反射的に両腕で顔を庇う。

塔の上の空が燃えていた。

いや、正確には結界が燃えている。

赤い炎が、結界の頂点へ吹きつけられ、丸いその輪郭をなぞっている。

向かい側の建物の上を走っていた人物もその光に驚いて脚を止めた。塔を仰ぎ見る横顔は、ずっと探していたものだった。

「ヴァルター様!」

彼はハッとこちらを見た。

「リア!」

ここにいますと大きく手を振ると、彼は自分がいる建物と私がいる建物を何度も見て何かを確認する。

そして私が何か言うよりも先に、なんと助走をつけてこちらへ飛んだ。

「ヴァルター様!?」

いくらなんでも思い切りが良すぎませんか!?

目を白黒させる私めがけて飛んだ彼は、長い手足を巧みに操り、見事こちらへ渡ってみせた。

「リア!無事か!」

「はい!ヴァルター様は……」

無事ですかという言葉は、彼に抱きしめられたので口にすることができなかった。

シャツ越しの彼の体は熱く、力強い腕に勝手に体が震える。

思いっきり抱きしめ返した私に、ヴァルターはよかったと息を吐いた。

「ハイデマリー様とメリナが助けてくれたんです」

「そうか。二人は?」

「百合の塔に」

「リリー様のことは聞いたな?」

「はい」

ヴァルターも状況は一通り把握しているようだ。

「ヴァルター様、フェル様が……」

「わかっている」

フェルという名前に、ヴァルターの眉間のしわが濃くなる。それは憎しみではなく、悲しみゆえの苦悩に見えた。

「とにかく塔にいかねばならん」

炎は止まない。

夜空は終末の日でも訪れたかのように、赤く燃え上がっている。

「結界の天頂はあそこだ。あの塔には特に結界の天頂を補強する働きがある。塔を取られたら終わりだ」

だから回っているんですか?などという質問は場違いな気がしたので飲み込む。

そこで私は自分の手がじっとりと濡れていることに気が付いた。

「血!?」

手のひらが真っ赤に染まっている。

登ってくる時に切ったのだろうか。でもどこも痛くないし。

まさかと思ってヴァルターのシャツを見ると、ところどころ血で汚れていた。

「ヴァルター様、血が!」

「傷口が少し開いただけだ。騒ぐな」

「騒ぎもしますよ!」

そういえばこの人、一日安静にしていなくちゃいけない怪我人だった。

「リア、とにかくお前は安全なところへ……」

「一緒に行きます!」

「お前が付いてきても邪魔だ!」

「そうですけど!でも、私は」

私は。

私は、ヴァルター様の。

「あなたの聖女です!だから今度も奇跡を起こして見せます!」

何も当てはないけど!

でもこのまま一人で行かせてはいけないって、私に女神さまが囁いている気がするのだ。いや、わかんないんだけど!

私の勢いに気圧されたようにヴァルターは数度瞬きをした。

緑の瞳が、空の赤を映して、つやつやと光る。

呆気に取られていたヴァルターだが、こんなところで言い合いをしている場合ではないと覚悟を決めたようだ。

「絶対に俺から離れるな」

「はい!」

行くぞと声をかけられたかと思うと、あっという間に横抱きにされる。

自分で走れますと言いたかったが、凄まじい速度と揺れに口を開くこともできそうにない。


私を横抱きにしたままヴァルターはぐんぐん塔へと近づいていった。

彼は塔の中腹に開いた窓をたたき割り、布を巻いた手で窓枠に残ったガラスを丁寧に割り落としていく。

「気を付けて入れ」

窓枠には触れないように注意しながら乗り越え、私はついに塔の中に入った。

螺旋状の階段が塔の内部を舐めるように上まで続いている。

私たちはその中腹よりもずっと上に近いところにいた。階段下をのぞき込むと、誰かが倒れているように見える。

「ヴァルター様、下に人が倒れています。もう上にいったのかも!」

「クソッ」

「先に行ってください!すぐに追いつきますから!」

早くと背を押すと、わずかに逡巡したのちヴァルターは塔のてっぺんに向けて駆け出した。

さすがの脚の長さで彼はみるみる階段を上っていく。

私も頑張って二段飛ばしで彼を追いかけた。

ぐわー!ふくらはぎが痛くなってきた!

大事な塔なら昇降機でもつけなさいよ!

ひぃひぃ言いながらなんとか一番上までたどり着く。

おぇ。

ちょっと吐きそう。

呼吸も整わないまま、扉を開ける。


塔の頂上はちょっとしたダンスホールほどの広さがあった。

円柱の柱に囲まれた広間の中央に、何かを置くための台がある。しかし台に鎮座しているはずの水晶は、粉々に砕けて床に散乱していた。

台を挟んでヴァルターとルーデルハイトが対峙していた。

ルーデルハイトの背後にはフェルと、そして百合の塔へ向かったはずのメリナがいる。

メリナは柱に寄りかかって座り込んでおり、その手を黒髪の少女、カーヤが握っていた。

「メリナ!」

彼女はのろのろと顔をあげる。

その顔は今にも死んでしまいそうなほど白い。

「やぁ」

私に気が付いたフェルが片手をあげた。それはまるで気持ちのいい午後に友人へ向ける挨拶のようで、私は一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。

けれど、彼の背後では空が燃えている。

人々の不安が、悲鳴が、この禍々しい色の夜空をごうごうと揺らしているようだった。



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