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いち


私には双子の姉がいる。

名前をメリナと言う。

双子なのに私と彼女はまったく性格が違っていて、メリナは頭もよくて優しくてどちらかというと部屋で編み物をしたりするのが好きな大人しい子で、私は男の子に交じって遊びまわっては母に怒られているような子だった。

それでも一応双子なので見た目はそっくりで、私たちは髪型をお揃いにして黙ってさえいれば誰も見分ける事すらできなかった。

非常に失礼な話だが一言口を開けば、アホっぽい方がリア、つまり私だとわかるので周囲が困ったことはなかったらしい。

失礼すぎる。

そんなふうに中身はかなり違ったが、私とメリナはいつもお揃いの服を着て、毎朝お互いに髪を結びあって、決して裕福ではなかったが普通の子供らしい子供時代をともに過ごしていた。


私たちの運命が決定的に別れたのは、十歳の誕生日を迎えた二か月後のことだった。

私たちの国では十になる子は、みんな女神様からの祝福を受けに聖都の神殿にいかなければならない。女神様からの祝福を受けることで、私たちの中の魔法の力が目覚めるのだ。

といっても庶民もいいところな私たちには、小さな魔法が使えるようになるだけでも凄いことだ。

毛刈りのために集められた羊たちみたいに、事務的に子供たちは祝福を授けられていき、私たちはひそひそとお互いがもし魔法を使えるようになるならどんな魔法かと予想しあった。

初めて訪れた聖都に興奮していたこともあって、メリナの頬がリンゴのように真っ赤だったことをいまでも覚えている。

「きっとリアは風の魔法よ。だってあんなに走るのが早いんですもの」

「じゃあメリナも風の魔法かな?」

「やっぱり双子だから同じなのかしら。でも二人とも風の魔法が使えたら、とても高く凧を上げられそう」

「ベンにも勝てるかな?」

「私たちが勝ったら、悔しくて泣いちゃうかも!」

ベンとは私たちの斜向かいに住む、一つ上の男の子で、体が大きく凧あげが上手いからといつも威張っている嫌な奴だった。

メリナはしょっちゅうベンにちょっかいをかけられていたので、今思うとベンはメリナのことが好きだったのかもしれない。

先に祝福を受けたのは私だった。

メリナが予想した通り、私は風の精霊から加護を受け、続くメリナも同じものだと信じた。

けれど神官がメリナの額に触れた瞬間、光が満ち溢れて、洪水のように広場を満たした。クリスタルを打ち合わせたような澄んだ音が響いて、誰もが直感で理解した。

この子が次の聖女だと。


それからは大騒ぎで、メリナは聖女として正しい教育を受けるのだということで公爵家に養子として引き取られることとなった。

聖女とは女神様に祈りを捧げ、国を守る結界を強化するという大変な役目を担っていて、歳の近い王族がいれば王家に嫁ぐこともままあった。

そしてちょうどメリナと歳の近い王子が二人。

メリナは聖女に選ばれたのと同時に、王族に嫁ぐことも決まったようなものだった。

まるでおとぎ話の主人公みたいだ。

我が家には近隣はもちろん遠方からも人が押し寄せて、上下がひっくり返ったような忙しさに母は何度も卒倒しかけたという。当時の私は急にメリナが遠い存在になってしまって、寂しくて泣いてばかりいたのでよく覚えていないのだが。

しかし所詮子供だったので悲しいほどにすんなりと私は一人の生活に慣れ、我が家は裕福になり、城下町で暮らすようになった。

そして時々メリナから届く手紙を楽しみにしつつ、私はすくすくと育った。

もちろん時にはやっかんでくる人や、騙そうとしてくる人たち、聖女を崇拝するちょっと過激な人たちとトラブルになることもあった。

それでも私たち残された家族の暮らしは、大変平和なものだった。


城下町は大変な賑わいであった。

ついに次期聖女と第一王子ハインリヒとの正式な婚約が結ばれ、それを祝うパレードが明日執り行われるからだ。

我が国では、第一王子、つまり長男が必ず王位を継ぐことになっている。

つまりメリナは将来、王妃になるのだ。

双子の姉が王妃様だなんて、いまだに信じられない。

噂ではハインリヒ王子は貴族からの支持が薄いとかで、それを補うために聖女との婚約を決めたとか、実は王子は呪いを受けていて聖女の力を求めているのだとか、真面目な理由から眉唾なものまでまことしやかにささやかれている。

けれど平民から王妃様が誕生するのだから、なんにせよおめでたいことに変わりはない。

というわけで気前のいい店主たちが、ご婚約祝いだ!と大幅な値引きやサービスをしているので、大変な賑わいとなったわけである。


仕事を早めに上がらせてもらった私も、いつもなら我先にと混雑する店に飛び込んでいくのだが、今日ばかりはメリナが城下町の人々からも本当に慕われていることを喜ぶだけにとどめておく。

「お、我らが城下町の聖女様だぞ!」

メリナとお揃いの菫色の髪は人ごみの中でもよく目立つ。

馴染みの布屋のおじさんが、接客中だというのに通りがかった私に気が付いてわざわざ手を振ってきた。

私は聖女様の真似をして、彼に手を振り返した。

柔らかにほほ笑んで、ゆっくりと肘から先だけ振るのがポイントだ。

城下町の聖女とは、メリナの双子の妹である私についたあだ名みたいなものであり、この名前で呼ばれたらメリナの真似をするのがお約束の展開なのである。ちょっとメリナに悪いなという気もするが、みんなが喜んでくれるので辞め時がわからない。

「そうやって手を振ってると本物の聖女様に見えるんだけどなぁ」

布屋のおじさんが顎に手を当てしみじみ言うと、手伝いをしていた息子が笑いながらかぶりを振る。

「無理無理、リアじゃ偽物の聖女様にもなれやしないって」

「失礼な!」

抗議の意味を込めて拳で空中を殴る振りをすると、おじさんも息子も怖い怖いと赤い顔で笑った。

お詫びに布の切れ端をもらった。流行りの薄いピンクの生地で、小物を作るのに良さそうだ。

お礼を言って別れ、その後もいろんな人から話しかけられたり、お祝いを言われたりしながら歩いて家に着く。

この調子だと玄関の方はお客さんが来ているだろうからと裏口に回ると、近所に住む男の子が生まれたばかりの妹のアンを抱えて困った様子で立っていた。アンは機嫌が悪いのかグズグズと泣き出す寸前である。

「あ、リア!」

彼は私に気づくと妹を落とさないように慎重に走り寄ってくる。

「どうしたの?」

「あの風見鶏を回して欲しいんだ。そしたらきっとアンも機嫌がよくなると思うんだけど」

屋根の上の風見鶏は時々揺れるものの回る気配がない。

「いいよ。ほら、見ててごらん」

つんつんとアンの柔らかいまあるい頬を突いて、風見鶏を指差す。

彼女がそちらを見たのを見計らって、私はふぅと息を吹きかけるように吐いた。

するとそよそよと風がたちあがって、屋根の上の風見鶏がゆっくりと回り始める。

メリナが起こす奇跡などとは比べ物にならないが、実は私は私でちょっとした風の魔法を使えるのだ。本当にそよ風を起こすくらいのものなので、風見鶏を回すくらいしかできないのだけれど。

さっきまで泣き出す寸前だったアンは、呑気に自分の尻尾を追いかけるように回る鶏をじっと見つめたかと思うと、口の端をもごもごさせて、そして嬉しそうに笑った。

ほっとした表情をするお兄ちゃんの頭を、今日も子守りをしてて偉いねと撫でてやる。

青空を背景にまだ回り続けている風見鶏を見て、彼はにっこりと笑った。

「今日は調子がいいね」

「そうかも。いつもより多めに回っております」

確かにいつもはこんなに長く風を吹かせることができないから、今日は調子がいいのかもしれない。たまたま私が魔法を使ったあとに、本物の風が吹いているだけなのかもしれないけれど。

それもこれもきっと、今日はメリナが六年ぶりに我が家に帰ってくる日だからに違いない。





明日は王子との正式な婚約を祝うパレードが予定されているメリナだが、これまで真面目に頑張ったご褒美として、特別に帰ってくるのだそうだ。

それで我が家にまで王子が迎えに来て、王宮までパレードをするということになっているのだ。

早めに帰ってきた私は、両親とともにお客さんの対応をしつつも、掃除にも加わり、時間は飛ぶように過ぎていった。

だから夕方になるころにはみんな正直クタクタだったのだけど、それも豪華な馬車で帰ってきたメリナを一目見て吹き飛んだ。


菫色の髪は手入れが行き届いてつやつやと輝いていたし、肌も信じられないくらい白く、なにか粉をはたいているのかキラキラと輝いていた。

顔は私とつくりは同じはずなのに、なんだか目も大きいし、唇だってぷるぷるしている。

馬車から降りる仕草はどこまでも上品で、彼女が私たちみたいな普通の人間と血がつながってるのが不思議になってしまうほどだった。

「ただいま帰りました」

ぺこりと彼女が頭を下げると、花の華やかで優しい匂いがした。

「ひさしぶりね、リア」

きっとメリナが帰ってきたら自分は感激して飛びついてしまものだとばかり思っていたのだが、気圧されてしまった私は、あ、うんと気の抜けた返事をしてしまったのであった。


何度か公爵様のお屋敷に会いに行ったことはあったけど、それも二年近く前のことだし、メリナがうちに帰ってくるのは初めてのことだ。

とはいっても彼女が知っている実家と、今の家とではだいぶん違うので、メリナは終始私たちの暮らしぶりを興味深そうに見ていた。

奮発して用意した料理も公爵家や神殿で暮らす彼女には粗末なものだったろうに、優しいメリナはおいしいと何度も言ってくれた。

ただ少食だからたくさんは食べられないのだと、少し申し訳なさそうにしてはいた。


「子供の頃は私たちですら見分けられなかったのに、今見比べてみると全然違うのね。本当に綺麗だわ、メリナ」

メリナは言葉少なだったが、よく笑った。

口元に手を添えて上品に笑う彼女は、どこからどう見ても公爵家の令嬢で、自分とメリナが全く違う人間になってしまったのだと寂しくなる。

けれどメリナは聖女で、そのうち王子様と結婚するのだから、私なんかと同じではいけないのだ。

「お前もメリナみたいに上品になればなぁ」

「リアは今のままでいいのよ、お父様」

昔は父さん、なんて気軽に呼ばれていたことを思い出したのか、お父様と呼ばれた父は寂しそうなむず痒いような複雑そうな顔をしていた。


食事もすみ、メリナを客間に通した私はどうしても聞いてみたいことがあって、隣の部屋にいるお供の人たちに聞こえないようひそひそと彼女に尋ねた。

「ねぇメリナ、王子様ってどんな方なの?いい人?格好いい?」

メリナはちょっと驚いたように目を見開いて、それから困ったように微笑む。

「凄く綺麗な顔をしてらっしゃるわ。背も高いし」

「そうなんだ!」

「……けど」

ふと長いまつげを伏せて、メリナは窓の外を見つめた。

ずっと奥の方、夜を押し返すように明るい王宮がある方を見つめた彼女は少しだけ苦しそうに見える。

「あの人は私に興味がないの。ただただ厳しくて冷たい方よ」

「確かにハインリヒ王子は怖い方だって聞くけど、そんな……」

なんと言葉をかければいいのかわからなくなって、私は手をうろうろとさまよわせる。

そんな私の姿が面白かったのか、ふっと口元をほころばせてメリナはさまよう私の手をとった。

「ねぇリア、私、幸せになりたいの」

「え?」

「応援してくれる?」

それはつまり王子は冷たい人だけど、よりよい結婚生活になるよう頑張るということだろうか。

思いつめたようなメリナの瞳にじっと見つめられ、とっさに私は両手でしっかりと彼女の手を掴んで、もちろんだと力強く言った。

メリナの手は私と同じ大きさで、今日初めて私は彼女と自分が双子なんだと思い出せたような気がした。

「私はいつだってメリナのことを応援してるよ」

「そう、よかった。……そうだわ!明日の朝、髪を結ってくれない?昔みたいに」

「え?ええ、もちろん!」

急に年相応の少女らしくはしゃぐメリナの様子に、私はなにやらざわざわする嫌な予感めいたものを感じたのだが、思い過ごしだということにして、その日は別れた。

今思えば、もっと彼女の話を聞いてあげれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。

後の祭り、後悔先に立たず、私は愚図だからご飯を食べるのも、後悔するのもいつも遅い。

などといくら言葉を並べてもこの時はそんなことみじんも思っていないというか、後悔するはめになることすらも知らないわけなので、当然何事もないまま夜は更けていった。



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