09
眩しくて目が覚めた。なんだか頭が重いのはきっと昨日泣いてしまったからだと思う。
隣には龍の姿のカムイ様が私を見つめていた。ぱちりと目が合うと、カムイ様は蕩けるような笑みを私に向ける。
「おはよう、ルビリア」
「おはようございます、カムイ様……」
ごしごしと目を擦ると、カムイ様が私の唇に口付ける。恥ずかしい。かぁっと頬を染めて思わず顔を逸らすと、カムイ様が不安そうに瞳を揺らした。
「その、嫌か?」
「いいえ、カムイ様。私、カムイ様とのキス、好きです……」
素直な気持ちを伝えると、カムイ様がそわそわと顔を動かす。その様子に不思議に思って首を傾けると、カムイ様が小さな声で「もう一度いいか?」と呟いた。
断る理由なんてない。むしろその言葉が嬉しくて、小さく頷く。
また唇が重なろうとした時だった。
「おはようございます、白龍様、その番様」
コンコンと部屋の外からノックが聴こえて、次いで女性の声が聞こえた。
はぁ、とカムイ様が大きなため息を吐いたと思ったら、首を振り、「入れ」と不機嫌さを隠さず一言放つ。
扉から入って来たのは金の髪に一筋の白髪が混じった美しい若い女性だった。
カムイ様とお逢いしてから、美しいものしか見ていない気がする。美しいものは美しいものを呼ぶのかしら。
私は、カムイ様の隣に立っていていいのか少し不安。でも、きっとカムイ様は私の不安なんてすぐ吹き飛ばすのだろう。カムイ様はそういうお方だ。
「朝早くから申し訳ございません」
「それはいい。我が番に挨拶を」
「はい」
ぱっちりと目が合った女性の瞳の色は優しいオレンジ色。とても整った顔をしている女性は美しい仕草でお辞儀をする。
「初めまして、番様。わたくしは光竜の長の長子メラニーと申します。この度、番様のお世話をさせていただきます。お身体に触れることをお許しください」
光竜の長の長子って、とっても偉い立場にある方なのでは……?
そう思い、戸惑ってカムイ様を見ると、カムイ様は渋い顔をしてメラニー様を見てらっしゃる。
「身体には触れねばならぬのか」
「はい。そうでなければ番様のお世話ができませんので。もちろん披露する際には番様のお顔にヴェールをかけさせていただきますが、身体はそうとは参りませんので僭越ながら本日はわたくしが着飾らせていただきます」
「我が選んだものではいけないと申すか」
「そうではありませんが……白龍様。お言葉ですが、白龍様のお選びになったものは少々シンプル過ぎかと。人前に出るのであれば龍族の頂点に立つお方の番としてもう少し煌びやかにした方が映えると思います」
ぐっ、とカムイ様が言葉に詰まった。確かに、カムイ様の選ばれるものはシンプルでかつ動きやすさ重視のものばかり。
言ったことはなかったけれど、令嬢だった私が着たことがなかったようなシンプルなもの。
前世の記憶のおかげでそこまで戸惑わなかったどころか一人で着替えることができるようなワンピースで安心したけれど、前世の記憶がなかったら盛大に戸惑っていたと思う。
「だが、我の番の美しい姿を他の者の目に映すなど……」
そう言って渋るカムイ様の腕に自分の手を重ねる。きょとん、とカムイ様が私を見た。
「あの、私はカムイ様の隣に立てるように着飾りたい、です」
「そなたがそう言うのならそうしよう」
カムイ様は美しい。それは人型でも、龍のお姿でも。神秘的な、人ではありえない容姿。その隣に立つのなら、せめて衣装だけでも着飾りたいと思った。
ふむ、と頷いてカムイ様は人型に戻り、私を起き上がらせる。
「式典はいつからだ?」
「日が真上に上がる少し前からになります。白龍様とその番様は、式典が始まるギリギリの時間までこちらで準備を進めるようにとのお言葉を青龍様よりいただいております」
「そうか」
おそらくそれはリュウカイ様のお心遣いだろうと思った。その優しさに感謝しながら、メラニー様へと頭を下げる。
「よろしくお願いいたします、メラニー様」
にっこりと笑みを浮かべる。この美しい人がカムイ様とお似合いだと思うから、負けたくない。カムイ様だけは譲れない。
私を抱き締めてくれるカムイ様の腕を握る。確かにカムイ様はここにいる。誰にも渡したくないお方。
カムイ様だけはどんなことをしても渡したくないの。
「いいえ、白龍様の番様。お願いするのはわたくしの方です。お美しい番様を着飾ることのできる名誉、とても嬉しゅうございます。まさかわたくしの生きている間に白龍様の番様が見つかるなんて……。とても夢のようです。わたくしのことはどうかメラニー、とお呼びください」
本当に夢を見ているような蕩けた瞳で私たちを見つめるメラニー様にギョッとした。メラニー様を呼び捨てになんてできるわけがないのに、メラニー様はうっとりと私を見ている。
カムイ様を取られないように、なんて考えていたけれど、もしかしてそんな心配はしなくてよかったのかもしれない。
そう思ってゆっくりとカムイ様の腕から自分の手を離すと、カムイ様に手を掴まれた。
「なぜ離す」
「あ……」
「我はそなたに縋るように腕を掴まれて嬉しかった。だから、ずっと我と触れ合っていてほしい」
カムイ様の言葉は直接過ぎて、素直なその言葉にクラクラと身体中が沸騰しそう。
実際、顔が熱くて仕方ない。
頭の中がカムイ様でいっぱいになってしまいそう。ううん、きっともうなってる。私の『好き』はもうカムイ様に塗り替えられていて、カムイ様に裏切られたら私はもう生きていけない。
そのときは、死んでしまおう。カムイ様の目の前で。
ずっと昔にそうしたように。
「カムイ様が許してくださるなら、あなた様に触れていてもいいですか?」
「ああ。我はそれを望む」
今度はカムイ様の腕ではなく、カムイ様の手に自分の手を重ねて指と指を絡ませる。カムイ様は少しピクリと身体を揺らして、それから私に応えてくれた。
私とカムイ様の指同士が絡まっているのを見て、このままずっといられたらいいなと思った。ずっとずっとカムイ様と一緒。寿命は違うけれど、私の死の瞬間までカムイ様と一緒にいたい。
「まあ」
メラニー様の驚いたような声が聞こえてハッとした。顔が真っ赤になる。
恥ずかしい。メラニー様がいることを忘れていたわけじゃないけど、周りを気にしなさ過ぎた。メラニー様の微笑ましいとでも言うような視線により一層恥ずかしさを感じる。
「お二人ともとても仲睦まじいようで、これなら御子様も時間の問題ですね」
「み、」
「そうだな……。我はあと五百年ほどは二人きりでもいいが、我が番が望むならすぐにでもそなたの子が見たい」
突然子どものことを言われて動きが固まった。続いたカムイ様のお言葉に、ギョッとしてカムイ様を見つめる。
みこさまって、子どものことよね? 突然一体どうして。
それに、カムイ様は人間の寿命を忘れていらっしゃるのかしら。私は五百年も生きられない。
できることならカムイ様とずっと一緒にいたいけれど、私は人間だから。だからこそ、カムイ様を一人にする将来を考えると、カムイ様の子どもは早くに欲しいのだわ。カムイ様に私の面影が残るものを残してあげたい。私がいなくなってもカムイ様が寂しくないように。
そう考えると自然とお腹に手を当てる。
カムイ様との、子……。それを考えると、なんだかどきどきして、ふわふわする。
「カムイ様のおっしゃる通り、二人で何年か過ごすのも幸せそうですけど、私はなるべく早くカムイ様の子どもが欲しいの……」
「ん、んむぅ……。そなたは本当に、本当に! 愛しい! 我が狂ったらどうしてくれる!」
ぎゅーっと、力加減なんて知らないような力で抱き締められる。意識が薄れていくけど、どうしてかしら。とても幸せを感じる。
痛いのが好きなのかしら? けれど、そんなことを思ったことは一度もない。カムイ様にだけ感じることだわ。不思議。
「白龍様っ! 番様の意識を刈り取らないでくださいませ!」
悲鳴のようなメラニー様の声が聞こえたと思ったとたんに、カムイ様の腕の力がすぐに緩まった。
あ、寂しい……。




