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06

 透き通るような青色に真っ白な砂浜。今生では初めて見るもの。


「ここが、青の大陸のリュウカイの孤島ですか?」

「ああ、そうだ。……くっ、地名とはいえ他のやつの名を呼ばせていると思うと……!」


 火竜の彼──結局彼の名前は聞かなかった──は聖世祭の開催場所を伝えるとすぐに飛び立ってしまった。らしい。

 らしい、というのは私の記憶がないから。カムイ様に抱き締められる力が強過ぎて気絶してしまった。

 目が覚めたらカムイ様が泣きそうになりながら謝っていて驚いた。

 そのあとはとにかくくっついて、くっついて、くっついてた。比較的男女の仲がオープンだった前世の記憶とも合わせて、これ以上ないっていうぐらいにくっついてた気がする。お風呂とトイレだけはカムイ様が「我慢ができなくなる」という理由で一緒じゃなかったけど、それ以外はずっと一緒だった。

 たぶんカムイ様は我慢できなくなる、の意味が私にはわからないと思ってるけど、前世の記憶がある私はその意味に気付いてしまった。カムイ様には言わないけど、そういう意味なのだろう。

 一応理解できます、って意思表示はしたんだけど、カムイ様のほうが恥ずかしがってしまって私の顔が見れなかった。あれだけくっついておいて、とは思ったけど言わなかった。

 ……だって、キスもしてない。そんなこと私からははしたなくて言えないけど、いつか、してもらえるのかしら、キス。


 と、まあそんなこんなで現在私がいるのは白の大陸リュウセンの森を遠く離れた青の大陸リュウカイの孤島。

 それぞれの大陸にリュウの名を模した場所があるけど、その場所が龍族の方とドラゴン族の方がいる住まいなのだとカムイ様に教わった。つまり、カムイ様の名乗るリュウセンの名は襲名制らしい。

 リュウカイの孤島もリュウカイという名前の青龍様がお住まいの場所らしく、聖世祭は百年ごとに祭りを行う場所は変わるらしい。百年という単位に驚いたけど、龍族もドラゴン族も数えきれない年を生きているらしいし、百年単位が普通だそう。むしろ十年単位で祭りを開催しているほうが珍しいらしい。

 私とカムイ様は百年も一緒にいられないだろうし、ちゃんと一日一日を大切にしよう。今よりももっともっとカムイ様と一緒にいられる時間を幸せだと思うようにしよう。後悔のないように。

 リュウカイの孤島まではカムイ様の背に乗って休み休み来た。

 できれば今後は遠慮したい。死ぬかと思ったこともしばしば。その度にカムイ様が「我が命よりも大切な番を落とすはずがなかろう!」って言うけど、高いところは怖い。飛ぶのも怖い。いくらカムイ様が風に作用する魔法を使うことによって必ず落ちないと豪語されていても、怖いものは怖い。

 だから帰りはお願いだから船や馬車を使って帰りましょう、と懇願した。最初は他の雄に番を見せるのは、と渋っていたカムイ様も、「新婚旅行の気持ちを味わいたいのだわ」とお願いすれば折れてくれた。


「カムイ様、海が光に反射してキラキラとしていてとても綺麗ですね」

「海よりもベルのほうが綺麗だ」

「カムイ様に言われると本当のような気がするから不思議……」


 エドガー様には地味と言われてきたし、実際自分でもそう思う。

 ラベンダー色と言われる淡い紫色の髪は蜂蜜を溶かしたような艶やかな髪をしたエドガー様と並ぶととても地味だと影で言われていたことは知っている。顔立ちだって、前世の私よりも整った顔立ちだとは思うけど、派手な顔立ちの周りの中で、私は埋もれるような平凡だった。唯一自信を持てるのがラピスラズリのようだと言われた青い瞳。一族の中でも滅多に現れない色であるこの瞳だけはよくみんなに褒めてもらえた。あとは肉付きのいい身体もよく褒められたけど、男性からいやらしい視線をもらうのはとても不快で気持ち悪かったから考えない。

 ほとんど地味な私だったけど、カムイ様に綺麗だと言われると、本当に自分が綺麗なような気がしてくるから不思議。


 ──私はカムイ様を信じきれていないのに。


「我がベルに嘘などいうわけがなかろう? そなたはちと控えめ過ぎるところがある。我が番に言う言葉に偽りなどない」


 心底不思議そうに首を傾げるカムイ様。私の身体ほどあるお顔なのに、なんだかそのお顔が可愛く見える。

 でも、黄金色の瞳は真剣そのもので、気後れしてしまう。

 好きなのに、信じられない。それはなんて苦しいのだろう。


「あ──」


 なにかを言おうとして、口を開く。


「リュウセンは真名の交換しかしていない番を連れてきたのか?」


 そのとき、男の人とも女の人とも言えない不思議な声が私たちの間に降ってきた。カムイ様は素早く龍の姿から人の姿へと変化して、私を隠すように抱き締める。

 自然と視線が声の方へと向くと、カムイ様に顔を隠された。

 真名の交換だけ、とはおそらくそういうこと。それは、他の人にバレてしまうのだろうか。そしたら、それはとても恥ずかしい。


「何の用だ、リュウザン」

「何の用って、ミカルの坊やがおまえに番が出来たのなんだのきゃんきゃん言ってたから、見に来た」


 ちらりと見えた視界の隙間からはキモノではなく、深くスリットが入っていて太ももよりももっと上の際どいところまで惜しげも無く見せている前世ではチャイナドレスと呼ばれていたものを着こなしている女性がそこにいた。

 カッ、と胸の奥が熱くなる。カムイ様が私以外の女性と話している。その事実に黒いなにかが頭の中を染めて、だけどすぐにそれが怖くなってカムイ様の腕をギュッと抱き締めた。

 これは、この感情は知っている。


 ──嫉妬だ。


「その女が番か? なかなかいい匂いだな」

「やめよ。おぬしに嗅がれては我の番のなにかが減る」

「なにかってなんだよ」

「なにかはなにかだ」


 カムイ様が私を抱き締める力が強くなって、小さな呻き声が漏れる。するとカムイ様が「すまぬ」と言って慌てて私を抱き締める力を弱めた。

 寂しい。一度はその力に気を失わされたのに、その力強さが恋しいと思う。


「やーっぱ番がいると頭狂うよなぁ。それがあたしたちの習性だから仕方ないけど。おまえは特にか。あたしらなんかよりも年季入ってんもんな」

「赤龍も火竜も、おぬしらは口から生まれてきたのか? 黙るか死ぬかを選べ。今ならば我が手ほどきしてやろう」


 カムイ様は怒ってらっしゃる。それはわかる。理解しているのだけど、どうしても相手は女性ということが頭をちらつく。

 胸は、たぶん私のほうが大きかったけど、あの人の太ももはとても素敵で、顔もとても美しい顔立ちしていて、カムイ様と二人並んでもお人形さんのように文句のつけようがない。


「カムイ様……」

「んむ? どうした?」


 カムイ様が優しく私の顔を覗き込む。


「あの、あんまり、……ん、っと、」


 ただカムイ様の意識を私に向けたかった。ただそれだけ。火竜の彼へと私の意識が向いていたときのカムイ様もこんな気持ちだったのだろうか。

 こんなに、ドロドロとした? この気持ちはあまりにも汚くて、前世の私が最も嫌悪して恐れていたもの。この気持ちのせいで彼らの気持ちは離れていったのだから。


「どうした、ベル」

「……なんでも、ありませんの」


 出かかった言葉はうまく声にはならずに口の中で霧散され、私は曖昧に微笑む。

 気持ちが言葉にならない。いいえ、この気持ちは言葉にしてはならない気持ち。

 グッと自分を律する。理性的に、ならないと。感情的に、泣かないように。心を制御して。そうしたら私はめんどくさい女にならない。


 私はきっと捨てられない。


「ベル、そなた、」

「なんかめんどくさそうな女を番にしたな、おまえ」

「リュウザンッ!」

「うわっ」


 ずきりと、彼女の言葉が突き刺さったのは一瞬。すぐにカムイ様が私を背に吼え、彼女の人の姿が解けて龍の姿が現れた。

 赤い、どこまでも赤い緋色の身体とカムイ様とそっくりな黄金の瞳。


「これ以上我が番にそのような口を聞いてみよ。そなたを炭にしてやろう」

「おぉ? 万年ぐーすか爺さんのリュウセンがそんなになるとは、やっぱ番ってのは面白いな。いいぜ、やってみろよ。番を守ったまま、どうやってあたしを炭にする気だ?」


 ニヤリと細められる目元にゾクリと悪寒が走る。好戦的な瞳。元とはいえ一応高位貴族の令嬢で、真綿に包まれるように庇護されてきた私はこんな攻撃的な目で見られたことがない。今までの令嬢たちの攻撃的な目なんて子猫のじゃれ合いに思える。

 けれどそこには殺意だとか、嫌悪だとか、そういった負の感情がないことはわかった。

 だから、私はあえて微笑んでみせた。


「ぐっ! な、なんだ、なんで笑ってんだ?」

「初めまして、赤龍様。リュウセン様の番です」


 アウレリアの名前はもう捨てた。カムイ様の番となった私にもうアウレリアの名前は必要ないから。でも、カムイ様に許しを得ずに名乗っていいのかわからなくて、名前は名乗らなかった。

 不気味そうに私を見る赤龍様を見つめ、にっこりと笑顔の仮面を貼り付ける。社交界でそうしたように。完璧な笑顔を。

 けれどすぐにカムイ様に視界を隠された。


「ベル! 他の者に挨拶などせずともよい!」

「でも、カムイ様。私のせいでカムイ様が侮られているのなら、私は番として侮られないようにしなくてはいけないと思うのだわ」

「………!」


 私が侮られることで、カムイ様がお怒りになるのなら、私は侮られてはいけないと思う。カムイ様にはいつだって笑っていてほしいから。

 気持ちを伝えると、カムイ様は衝撃を受けたような顔をして私を見つめる。

 少し、出過ぎた真似だったのかしら?

 不安になって視線が揺らぐと、カムイ様が私の脇に手を入れて、高く持ち上げた。


「なんと、なんと! 聞いたか、リュウザンよ。我が番のなんと愛らしいことか!」

「……ふぅん。めんどくさい弱い女かと思ったけど、そうでもないな。まあ、悪くない」

「ありがとうございます、赤龍様」


 よかった。いつも笑顔を練習するようにしていて。

 王子妃教育を受けていたときのことはあまり思い出したくない嫌な思い出だけれど、こうしてカムイ様のためになるなら無駄じゃなかったことなのだと


「あんた、名前は?」

「私は……」


 名前を名乗ろうとして、カムイ様を見つめる。

 私はこの人に名前を名乗ってもよいものなのだろうか。

 私の疑問が伝わったのか、カムイ様は私に優しく微笑んでくださった。

 普段は無表情の顔がこうして崩れるのは、少しだけ心臓に悪い。


「ベルローズだ、リュウザン。おぬしはローズと呼べ」

「ふぅん。よろしく、ローズ。あたしのことはリュウザンでいいぞ」

「ベル、リュウザンはこれでも女だ。そこまで気にせずともよい」

「なら、リュウザン様と……。よろしくお願いします」


 カムイ様からのお言葉もいただいたので、ありがたくリュウザン様と呼ばせていただくことにした。


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