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 どうしてだか悲痛そうな表情を浮かべて立っているお二人に私は首を傾げた。


「お久しぶりです、王太子殿下、お義姉様」

「んむ。座れ」


 カムイ様の手を取りながら椅子に座ろうとすると、カムイ様が私の腰を掴んで自分の膝の上に下ろす。

 驚いてカムイ様を見ると、満足そうに頷くカムイ様がいたのでなにも言わずに目の前のお二人に向かい合った。


「どうして、あなたがここにいるの、ローズ……」


 最初に口を開いたのはお義姉様だった。


「それに、白龍様の番って……?」


 お義姉様は顔面蒼白で、不思議に思う。

 先ほど、カムイ様が広場に集まっていた方々に祝福を与えられてから数時間も経ってない。カムイ様はお義姉様たちに会う時間をすぐに作ってしまった。

 カムイ様、というよりはリュウカイ様が部屋を用意してくださり、メラニー様がお義姉様たちを連れてきてくださった。

 百年ごとの開催と言っていたから、きっとお義姉様たちも初めての参加。それで圧倒されたのだろうか。

 見てるぶんなら幻想的で美しかったけれど、実際に祝福を受けるお義姉様たちは大変だったのかもしれない。


「ここにいるのはカムイ様……白龍様に連れてきていただいたからです」

「いえ、そういうことではなくて、第二王子殿下は、どうなさったの?」


 お義姉様の疑問はもっともなことだった。

 国にいた頃の私はエドガー様が好きで、お義姉様はそれを知っているから、私がカムイ様の番だということが不思議でたまらないのだろう。

 少し言いづらいけれど、これは話すしかない。

 大丈夫。ただ事実を言えばいいだけ。私の感情を話さなければいいだけ。


「婚約破棄を申しつけられました」

「……え?」

「エドガー様に婚約破棄を申しつけられ、国を追われました。それを白龍様が拾ってくださり、私はここにいます」


 とても簡潔に綺麗に纏めることができたと思う。

 私の話を聞いたお義姉様と第一王子殿下は驚きに目を見開いて、私を見つめた。お義姉様は顔面蒼白に。第一王子殿下は怒りで顔を赤く染める。


「そんな……」

「俺がいない間になにをしているのだ、あいつは!」


 第一王子殿下の怒りはもっともだった。

 私はあの国では公爵令嬢。それも一人娘だった。そしてエドガー様に恋をしていたとはいえ、私と彼の婚約は政略的なもの。

 エドガー様は次期公爵だったのにその道を自ら捨て、その上アウレリア公爵家と王家の間に決定的な溝を作ってしまった。

 お父様は公爵として情けない頼りない人だけど、お父様としてはとてもいい人だった。そもそも婚約破棄の現場にお父様が残っていれば私が国を追われカムイ様とお会いすることもなかっただろう。

 アウレリア公爵家と王城が近いからといって、普通は公爵本人ではなく侍従が呼びに行くと思うのだけど。

 まあ、でもお父様だから。

 アウレリア公爵家は王都から遠い場所に領地を持つ。その場所は魔素が多く溜まる場所で、そして魔石が取れる場所でもある。魔石はさまざまな用途がある非常に重要なもの。魔石が取れる地域は王都からは離れているものの、すべて侯爵家以上の家が管理することになっている。

 重要な領地を任されているアウレリア家だけれど、あまり貴族の婉曲的なやり取りというものが得意じゃない。お母様は私とエドガー様の婚約が結ばれてから王都で過ごしている生粋のお嬢様だからそうでもないけど、領地で過ごしていたお父様は特に。それに小心者。魔物相手だと暗殺者のようにひっそりと殺すことが得意。

 そんなお父様だから陛下を呼びに行ったのも頷ける。混乱していたのだと思う、たぶん。

 そしてお母様は生粋のお嬢様。エドガー様の暴挙に精神が耐えきれずに倒れてしまったのも頷ける。

 私とエドガー様の婚約はアウレリア公爵家と王家を繋ぐ重要な役割があった。

 それなのに繋ぐどころか溝を作ってしまって、どうなるのだろう。それにアウレリア公爵家は跡取りがいなくなってしまってどうなるのだろう。

 あれ、そう考えるとお父様は私のことを探しているかもしれないのだわ。

 けれど私にはもう帰るつもりもない。

 どうなるのかしらね、本当に。

 それに私は王子妃になるのだとエドガー様に言われ続けていたけれど、それって違うわよね? 王子妃にはなるけど、すぐにエドガー様は公爵家に婿養子として入るのだもの。思い込みって不思議。


「ベル」


 カムイ様に呼ばれてハッと視線を上にあげる。そこには私の手を撫でながら不安そうな私を見るカムイ様。

 甘えるようにカムイ様に擦り寄ると、カムイ様は嬉しそうに微笑んだ。


「我と元婚約者、どちらを選ぶ?」

「どうなさったのですか、カムイ様」


 そんなわかりきったことを訊ねるだなんて。


「私を救ってくださったのはカムイ様です。私を抱き締めてくださるのもカムイ様。私が恋をしているのも、すべてを捧げているのもカムイ様です」


 カムイ様以外なんてどうでもいい。

 不安にならないで。あなたが好きです。

 そう伝えるようにカムイ様の手を包みながら、唇に持っていき手のひらにキスをする。

 カムイ様の気持ちを信じることができたらどれだけ幸せなのだろう。なにも疑わず、カムイ様の気持ちを受け取ることができたら。そうしたらとても幸せになれそう。

 そんなできもしないことを考えてしまう。


「ああ、我はそなたにそう思われていてとても嬉しい」

「カムイ様……」

「だがな、ベル」


 うっとりとするような声から一変、低く唸るような声。それに驚いていると、ゆっくりとカムイ様の手が私の首に回った。


「我以外の名前を呼ぶことを許せそうにない。そなたの声を奪ってやりたいと思うほど。だから、な。我は我の名前を呼ぶベルの声を奪いたくなどない。我以外の男の名を呼ぶのはやめよ」


 ハッとして手で口を覆う。完全に失念していたカムイ様のお気持ち。

 私だってカムイ様が他の女性の名前を呼ぶことをやめてほしいと思うのに、私がしていい理由なんてない。それに火竜様が現れたとき、カムイ様は他の男の名前を呼ぶなと言っていたのに。忘れていただなんて。


「ごめんなさい、カムイ様……」


 眉を下げて謝ると、カムイ様もどうしてだか眉を下げる。


「すまぬ……。我はそなたを縛りつけ、嫌われたいわけではないのだ……」

「いいえ、カムイ様。私、カムイ様にそうやって縛られると安心するの」


 私はカムイ様だけのものってそう思えて安心する。

 以前だったら私だけが縛る側だった。私だけが好きの気持ちを持て余してた。でも、カムイ様は私を縛り付けてくれる。私だけじゃないって実感できる。

 なんて気持ちいいのだろう。

 きっと私の考えは特殊で、カムイ様以外には理解してもらえない。


 だから私はカムイ様を絶対に離さない。


「ローズ、あなた、エドガー様は本当にいいの……?」

「はい。彼にはカムイ様と引き合わせてくださった感謝はあるけど、それだけです。私はもうカムイ様以外は全部捨てます」


 カムイ様の腕の中では私は私だけでいい。他のものはなにもいらない。

 それにエドガー様が先に私を捨てたの。


「どういうこと……? あなた、あんなにエドガー様のことを、」

「ミスティア」

「けど、だけど、アンディラ様っ! ローズが自分の気持ちを押し隠して、白龍様に脅されていたら!」

「だからといって軽率な言動で国を滅ぼすつもりか! 白龍様のご機嫌を損ねるような言動をするな、と言ったはずだ!」


「よい」


 焦ったように言葉を荒げる第一王子にカムイ様が一言だけ言葉を放つ。たった二文字の言葉は存在感を示して、目の前に座るお二人は口を閉ざす。


「お主らの言葉は全てベルのことを思ってのこと。怒りはしない。それに我は今のベルを信じている。ゆえに、過去の男のことで不安になったりなど、などは、せぬ……が、ベル。我のほうが好きだろう? その男を消さねば我はそなたの一番にはなれぬか?」


 眉を八の字にして、カムイ様は私を見つめる。

 不安になってないと言い切られたらどうしようかと思ったけれど、カムイ様はきちんと私を好きで、不安になってくださってる。

 その事実にホッとしてしまう私は本当に前世から成長していない。

 私を好きだから、カムイ様はこうして訊ねてくださってる。


 私を、好きだから。


「いいえ、カムイ様。カムイ様は私の一番です。あなたがいれば、他にはなにもいらないと思えるくらい……」


 うっとりとカムイ様を見つめる。本当の本当。カムイ様がいなければ私はいない。ずぶずぶとカムイ様にハマってしまってる。

『好き』をカムイ様に捧げたら、また前世と同じようになるとわかっているのに。

 裏切られたら死ぬ。

 わかってるのに、愚かな私は気持ちを止められない。


「んむ。では、ベルよ。そなたの過去を話すがいい」


 カムイ様にそう言われてしまえば、私は第一王子と第二王子との仲に亀裂が入ろうがどうだろうがどうでもよくなって、私がされた仕打ちを話すことに躊躇いなんて一つもなかった。

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