Sランク冒険者ジャスティン、呪われた少女を引き取ることになる
時刻は昼。アルレドの街にある冒険者ギルド一階の酒場は、昼飯を食べに来た冒険者達で大いに賑わっていた。
屈強な男達が肉を食べたり、昼間から酒を飲んだりしていた。
冒険者の男。ジャスティン・ストレンダーは、その酒場で一人、食事をしていた。
「よう、ジャスティン。今日も一人なのか?」
「ハロルドか」
いかつい髭面の男ハロルドが、ジャスティンに声をかけた。彼はジャスティンと同じく冒険者だ。
ハロルドは、ジャスティンの目の前に置かれている木のコップを手に持ち、中の匂いを嗅いだ。
「お前これ水かよ! 酒飲め酒!」
「俺は酒など飲まん」
「てめぇ酒飲めねぇのか?」
「飲めないのじゃなくて飲まない。頭を馬鹿にする飲み物など飲んで、何のメリットがある。酒など飲まないのが正しい」
「うへー相変わらずつまんねー奴だなぁお前は」
ハロルドはそう言いながら、ジャスティンの前の席に座った。
「お前はパーティーメンバー探しているらしいけど、見つかったか? いやまあ一人で食ってるって事は見つかってないんだろうけど」
「分かっているのなら聞くな」
「見つからねーかぁ。だろうなぁお前のパーティーメンバーになろうってやつは少ないだろうなぁ」
「何故だ」
「お前はさぁSランク冒険者だから、実力は申し分ないぜ? 俺よりはるかに強い。ただなぁ……お前、だいぶ悪評が立ってるからなぁ」
「悪評? 俺は犯罪行為を働いた覚えは一度もないぞ」
「そうじゃなくてさぁ……こんな話を聞いたんだよ。えーと前にお前もパーティーにいた……回復魔導師の女の子。名前は……何だっけ?」
「ミセラだ」
「そうそうミセラ。そいつに何故やめたのか聞いてみたんだけど、とにかく批判されるんだと。ちょっとしたミスでも批判してくるから、怖くて胃が痛くなってやめたらしい」
「批判するのはおかしなことではないだろ。欠点は自分では気付きにくい物だ。ちょっとしたミスが死につながる冒険者と言う職業では、どんな小さなミスでも見逃さず指摘してやるのが正しい」
「や、まあそうかもしんねぇけどさぁ。他にもあるぞ。メンバーと仲良くなる気がないように見える」
「冒険者はいつ死んでもおかしく無い職業なため、そこまで情は抱かなように個人的な付き合いは少なくするのが正しい」
「あと、訓練が異常に厳しい」
「冒険者は遊びではない。厳しい訓練をするのは必須だ」
「それと、人の心が無いように見える」
「心は間違いなくある。何故そんな勘違いをされた」
「仲間が死んだ時、異様に淡白だからじゃねーのか?」
「冒険者たるもの仲間が死ぬ覚悟もしておくべきで、死んだからといちいち悲しむのは正しくない」
「普通はそう割り切れるものじゃねーからな」
そう言った後ハロルドは「ビール一杯」と店員に向かって大声で叫んだ。
「お前はさぁ。正しいとか正しく無いとか、よく言ってるけどさ。普通正しいから良いことだとか、正しく無いから悪いことだとか、完全に割り切って生きてるやつっていないんだぜ?」
「どういうことだ。正しい事は良い事で、正しく無い事は悪い事のはずだ。これは絶対だ」
「いやさぁ……まあ俺も馬鹿だから上手く言えねぇけどさ。お前そんなんじゃ友達もなかなかできねぇし女にもモテねぇぞ? ちょっとは考えを変えねようとは思わねーか?」
「正しく無い事をやるくらいなら、友達も女もいらん」
「……お前筋金入りだな」
店員がビールを一杯ハロルドの前に持ってくる。ハロルドはそれを一気に飲み干し、大きく息を吐く。
ジャスティンは最後の肉を食べて、出された食事を全て完食した。
「ま、俺はお前のそんな所は嫌いじゃねぇーよ。悪徳でもあるし美徳でもあると思う」
ハロルドはそう言いながら、席から立ち上がった。
「ただ同じくパーティーにはなりたくは無いがな」
そう言い残して、受付で金を払った後、冒険者ギルドから去って行った。
ジャスティンは何と言われようと表情を変えていなかったが、最後は僅かに眉をひそめた後、席から立ち上がり、金を払って冒険者ギルドを出た。
◯
(納得いかん)
ジャスティンは帰宅する途中、先ほどハロルドとの会話の事を考えていた。
ジャスティンは子供の頃、今は亡き両親に常に正しくあれと教えられてきた。
名前もそんな両親の思想から付けられた。正しいことをすればそのうち報われると教えられ、それを信じ常に正しいことは何かを考え行動してきた。
その結果ジャスティンは、若干12歳で冒険者になり、それからわずか6年、18歳という若さで最高ランクであるSランクの冒険者まで上り詰めた。
両親の教えは正しかった。自分の考え行動は正しかった。ジャスティンはそう信じていた。
そのためそれが理由で周りから疎まれているというは、どうしても納得いかなかったのである。
しばらく歩いて自宅についた。
それなりに金を稼いでいるジャスティンだが、家の大きさは普通だった。
ジャスティンが自宅に入ろうとしたその時。
「あああ! あんた! 避けてくれ!!」
背後から男の叫び声が聞こえる。
ジャスティンは驚いて振り返ると、石の矢が頭目掛けて一直線に飛んで来ていた。
避ければ家に当たると咄嗟に判断したジャスティンは、矢を手で掴み取った。
「ああ……よ、よかった……」
向かいの家の入り口から、魔法使いの格好をした男がほっと一安心したような声を出した。
「どういうつもりだ?」
ジャスティンは、魔法を放ったのはこの男だと判断して険しい顔で理由を尋ねた。
「すまねぇ……魔法の練習をするために上に向かって魔法を放とうとしたら、何故か横に飛んで行ったんだよ。その先に運悪くあんたがいたんだ」
「こんな所で練習するな」
「分かったよ。次からはもっと人がいない所でするさ」
そう言って男はその場から立ち去って言った。
「迷惑な奴がいたもんだと」と呟いた後、ジャスティンは自宅に入ろうと扉に触れる。
すると突然、家の中から、
「ぎゃあああああああ! あたしのおニューの服がああ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私のせいです!!」
家の中から大声で騒ぐ、二人の女の子の声が聞こえてきた。
一人は飽きるほど聞いて来た声で、もう一人は始めて聞く声だった。
ジャスティンは呆れた顔で家の扉を開けて中に入った。
「リーナ 、何を騒いでいる」
「あ! お兄ちゃん! 聞いてよ聞いてよー!」
家の中から少女が一人、ジャスティンの元に駆け寄って来た。
少女の名はリーナ・ストレンダー。ジャスティンの妹である。
兄妹で同じ黒髪だが、顔の雰囲気はあまり似ていなかった。
「聞いてよお兄ちゃん! 私のおニューの服が、外から入って来たギリギリ虫に、切られちゃったんだよ! ギリギリ虫は叩き潰したけど、もう着れないよあの服は!」
「それは災難だったが、あんまり大声を出すな。近所迷惑になる」
「すごい悲しかったんだもん。大声も出ちゃうよ」
「なるべく出すな。ところでもう一人の声が聞こえたが、友達か? なんか謝ってるから、てっきりその子と何かあったんだと思ったんだが」
「ううん? その子は全く何もしてないよ。なんで謝ってたんたんだろう?」
リーナは不思議そうな表情を浮かべる。
少し歩きリビングに行く。リビングには見覚えのない少女が悲しげな表情で正座していた。
短い紫髪の少女。質素な服を身につけている。
「あの子か。名前はなんていうんだ?」
「名前? うーん……知らない!」
「は? 友達じゃないのか?」
「友達だよ、知り合ったばかりだけど。ちょっとお散歩して帰ってきたら、うちの玄関の前に座り込んでたの。そっから家に上げて一緒に遊んでたんだ」
「今日始めて会ったのかよ。普通それでも名前は最初に聞くと思うがな」
「忘れてた」
「まあいいけどな。うちの前に座り込んでたのは何の用だったんだ?」
「さぁ? 聞いてみれば」
「お前は一緒に遊ぶことに興味はあっても、相手がどんな奴かに興味はないのか」
「あるよ! 何となく聞くタイミングを逃しただけ! 今から聞いてくる!」
リーナは少女に駆け足で近寄った。
「ねーねー! 名前なんていうの? あたしはリーナだよ!」
「名前……私の名前など世界で一番無駄な情報ですよ……」
「いや、私が知りたいから教えてよ!」
「しかし、私の名前を覚えることで、他の誰かの名前を覚えられなく可能性が、少しでもある場合、私なんかの名前は覚えないほうがいいと思うのです……」
暗いテンションで少女はそう言った。
何か変わった奴だな、とジャスティンは率直に思った。
「いいから教えてよー! あたしも教えたんだしー」
「う……私みたいな人間が、人様に名前を教えてもらったのに教え返さないなど、言語道断の所業です。サナといいます。特に面白みの無い平凡な名前です」
「サナちゃんね! あ! えと、こっちはあたしのお兄ちゃんで、ジャスティンって言うんだよ! 冒険者でかっこいいんだよ!」
「!!」
リーナがジャスティンの方を指差して、紹介した。
「あ……ジャ、ジャスティンさんですか……」
「よろしく。リーナが世話になった。引き続き遊んでくれ」
ジャスティンは仏頂面でそう言った後、自室に行こうとする。
「あの……」
「ん?」
サナはジャスティンの袖を掴んでそう言った。ジャスティンは立ち止まってサナを見る。サナは困ったような顔をして何かを言いたそうにしている。
「これ…………いやダメだ……渡しちゃダメだ……あの、私帰ります。騒いで申し訳ありませんでした」
「ん? いやそれは気にしてないが」
ジャスティンはそう言ったが、サナはそそくさと家を出ようとする。
「あー! だめだよ! せっかく名前教えっこしたのに! まだ一緒に遊ぼうよ! 遊ぶまで返さないぞー!」
リーナがそう言って、サナの前に立ちふさがる。
「え……いや……ごめんなさい……ダメなんです。私みたいなの一刻も早くこの家から出ないといけないのです」
「よくわかないけど、あたしは遊ぼうと思った人ととは、絶対に遊ぶんだぞ!」
「おいリーナ。帰ろうとしているのに無理に引き止めるな」
「えー! でもサナちゃん何か隠したよね! お兄ちゃんに何か渡そうとしてたでしょ」
「だ、駄目です」
「みせてみせてー!」
リーナは強引にサナが隠した物を見ようとする。
「やめろ、リーナ」
ジャスティンが止めに入る。
すると、サナが隠した物がジャスティンの足元付近に落ちる。
それは手紙だった。
ジャスティンはその手紙を拾い上げる。
手紙には宛先が書いてあり、それが不意にジャスティンの目に入ってきた。
「ジャスティン・ストレンダー様へ……俺宛の手紙か?」
「あ……」
「もしかして、俺に手紙を届ける為に俺の家に訪ねてきたのか? 何故隠そうとしたんだ」
「……そ、それは……」
ジャスティンが問い詰めると、サナはかなり困った表情をした。
「これを俺が読んだら困るのか? 俺宛の手紙なら読んでおきたいんだが」
「……えと……読んでいいです。はい……」
サナは何か諦めるようにそう言った。
ジャスティンは手紙の封を解き、中から紙を取り出し読んでみる。
"ジャスティンさん久しぶりです。ミセラです"
「ミセラから?」
「ミセラって、昔お兄ちゃんのパーティーにいた人? その人からの手紙なの?」
「そうみたいだ」
ジャスティンは手紙の中身を声に出さずに読んだ。
"突然ですがお願いがあります。この手紙を持たせた子、サナちゃんをジャスティンさんに救って欲しいのです"
「救う?」
疑問を解消する為、続きを急いで読み進める。
"サナちゃんはとある理由で両親から捨てられてしまった子なのです。とある理由とは、サナちゃんにかけられた呪い『不運領域』の存在があるからです"
(呪い……不運領域?)
ジャスティンは呪いについてあまり詳しくないが、基礎的な知識はある。
呪いにかかったものは基本的には、なんらかの不利不便をしいられる。
生まれつきかかっている者もいれば、後天的にかけられる事もあるという。
反対に祝福というものがある。これは逆にかかった者にメリットを与える。
どちらも珍しく、ジャスティンもかけられた者はあまり見たことがない
"不運領域とは簡単に説明すると、周りの人を不運にしてしまう呪いです"
不運にする呪い? ジャスティン疑問に思う。
しかし、そういえば……と心当たりがあった。
先程家の前で石の矢を受けそうになった時、あれは運が悪いと言える。
そしてギリギリ虫に服を切られたというリーナ。ギリギリ虫はこの時期はあまり見かけない虫だ。それに服をダメされたのは運が悪いと言っていいだろう。
偶然の可能性もあるがな、と思ったその時。
バリーーン!! と窓ガラスが割れて音がしたと思ったら、外から何か黒い物体が入って来た。
その黒い物体は棚の上に置いてある、ツボや皿などを床に落としていった。
落ちた物が音を響かせて床に落ち、完全に割れてしまう。
その後、黒い物体はすーっと消えていった。
「あー! お兄ちゃんがこの前、冒険でとってきた戦利品が壊れちゃった」
「…………」
ジャスティンは唖然としてその惨状を見つめる。
少し前、遺跡に冒険に行った際の戦利品が全て叩き割られた。
それなりの値段で売れはずだと思っていたため、ショックはでかい。
「ああーすまねー!! おらが召喚した使い魔が悪さしちまったみてぇだ。いつもはいうこと聞くんだが、おかしいな」
そんな声が外から聞こえてくる。
「お前のせいか! 弁償しろ!」
ジャスティンは大声で叫んだ。
「うええー? 何かやばいもんこわしただたか?? やべぇだ! 逃げるだ!!」
そう叫びながら、犯人と思われる男は逃げ出した。
ジャスティンは追いかけるかどうか迷ったが、どうせ捕らえたところで弁償する金はないだろうし、この家の惨状を放っても置けないし、追わないことにした。
(しかし、これは……)
3回目となると偶然とも思えなかった。
サナをちらりと見ると、蒼白な顔で「ごめんなさいごめんなさい」と呟いている。
最初に聞こえたが謝罪の声も、自分のスキルのせいでそうなったと思ったから謝っていたのだと、ジャスティンは察した。
ジャスティンは部屋を片付けたかったが、まずは手紙を読み終えることにして、続きを読んだ。
"サナちゃんは不運領域を持っているせいで、両親に捨てられ、その後も色々な人の元に行きますが、その度に捨てられて来たそうです。
私はサナちゃんを不憫だと思ったので何とかしてやりたいと思い呪いを解く方法を探そうと思いました。しかし、聞いたことの無い呪いを解く方法を探すのは私レベルの冒険者には荷が重いと判断しました。
どうしようと悩んだ末、ジャスティンさんにならなんとかしてくれると思いつきました。どうかサナちゃんを救ってやってください"
ジャスティンはある程度事情を理解した。
呪いを消す方法は難しいという話を確かに聞いたことがあった。
それぞれの呪いで解除方が違う為、とにかく情報を集める必要がある。
解く方法には簡単なのもあれば、高難易度ダンジョンの奥にある泉にいく必要があるだとか、ランクの高い魔物を倒す必要があるだとか、様々だ。
場合によっては数年間探さなければ、解く方法が見つからない可能性があると、ジャスティンは聞いた事があった。
そして呪いを解くまでの間、サナを引き取る必要があるとジャスティンは考えた。身寄りが無いし、呪いのため他の所に預かってもらうわけにもいかない為だ。
ジャスティンはいろいろ考えた結果、ミセラの頼みを受けるか受けないか決めた。
「サナ」
「う、あ、はい……」
「色々話をしたいんだが、まずはその前に」
ジャスティンはぐちゃぐちゃになった部屋を見回す。
「リーナ部屋片付けるぞ」
「うへー……」
二人は部屋を片付け始めた。
◯
部屋の片付けが終わり、ジャスティンとサナは向かい合うように座る。リーナはジャスティンの隣に座っていた。
サナは片付けを手伝おうとしたら、お客さんだからと断られたため、申し訳なさそうな顔をして座っていた。
「君はミセラから事情を聞いているのか?」
「……はい。聞いていますが……まさかお受けにはならないでしょうね……」
「いや受ける」
「ええ!?」
サナは驚いて、目を見開いた。
「ねーねーお兄ちゃん。あたしいまいちなにが何なのかわからないんだけど」
リーナが事情を尋ねて来たので、ジャスティンは簡単にサナにかかっている呪いと、サナの呪いを解くまでしばらくうちで預かるかもしれないと、説明した。
「サナちゃんがうちにしばらくいるの!? やったー!」
リーナはだいぶサナの事を気に入っているようで、嬉しそうにしている。
呪いついて話もしたのにあまりそちらに関心はないようだ。
服がダメにされた一因があるかもしれないため、怒るかもともジャスティンは思っていたが、予想は外れた。
「ねーねーサナちゃんは何歳なの??」
リーナはジャスティンのとなりの席から降りサナの横に行った。
「え……11歳ですが……」
「あたしの方が一個年上だ! あたしがお姉ちゃんだね!」
嬉しそうにそう言った。ジャスティンはリーナは普段から妹が欲しいと言っていたな、と思い出した。
精神的には歳上に見えないとも思ったが、口には出さなかった。
「あの……私のスキルの事……書いてあったんですよね……? 私のせいで大切な服が着れなくなり、壺や皿を落とされたのですよ? 私を追い出さないのですか?」
「服はいいの! サナちゃんがうちに来てくれる方が嬉しい!」
「あれは高く売れるから多少痛いが、激怒して追い出すほどのことでもない」
「あの……もしかしてお二人は私みたいなのをこの家に置いておこうと、本気で思ってらっしゃるのですか?」
「君は身寄りがないんだろ? 呪いのせいでどっか別の場所に預けられないしな。呪いを解くまでこの家置いておく必要がある」
「わ、私なんかを家に置いたら大変なことになります。私みたいなのには、森の中に置いとくとか、地中深くに埋めておくとか、そんな感じの処遇がお似合いなのです」
「そんなことしたら死ぬから。とにかく君みたいな子供を一人にするのは倫理的に正しくない。正しくないことはしないというのが俺の主義なんでね」
「正しいことがしたいのなら、私を殺すべきです。私みたいなのは死ぬべきなんです」
「君は俺を殺人者にしたいのか?」
あまりにネガティブな思考をしているサナに、ジャスティンは少し呆れる。
呪いの存在が彼女にこういう考えをさせているのかと思うと、哀れな気持ちになる。
「とにかく俺は呪いを解く。俺の正義にしたがって行動する。これは変えん」
「ど、どうせ呪いなんか解けっこないです」
「君はミセラに連れられてここに来たんだったよな? ここに来たと言うことはある程度期待して来たんだろ? 本心を言ってくれ」
「う……」
サナがわずかに言葉に詰まる。
「そうです……期待して来ました。でも、期待をするのは私のエゴです。私の呪いを解く為に多くの人が私の呪いで傷つくかもしれない。本来ならどこかに篭っているべきなんです。もしくは死ぬべきなんだ。それをやれない私は弱い……醜い…………」
ひどく落ち込んだ様子のサナ。ジャスティンはそんなサナを見ても表情を変えずに、
「一つ言っておくが、俺は君の呪いとやらで傷つくつもりはないぞ。さっきは呪いの存在を知らなかったから、うまく対処し切れなかったが、日々警戒を強めて生活すれば何の問題も無い。リーナもこう見えてそこそこ強いしな。」
「そうだぞーお兄ちゃんは強いからな! 呪いなんかあってもへっちゃらだ! 呪いも絶対解いてくれるぞ! だから安心して良いと思うぞ!」
「う……嘘です……今まで私を不憫に思って引き取った親戚の方たちも、三日で私といることに限界を感じて追い出されてきました。私と一緒にいるなんて無理なんです……私に居場所なんてなんです」
「俺をそこらの一般人と一緒にするな。一応Sランクの冒険者なんでね。さっきあった程度の呪いなら何一つ問題はない」
「う……嘘です……嘘です」
今まで何度も呪いのせいで、不幸な目に遭ってきたサナは基本的に他人を信じる事が出来なかった。
「一つだけ言っておくが、君はあまりにも自分を卑下しているが、俺はそれが気に食わん。君の呪いが回りにどれだけ迷惑をかけていたのかは知らないが、一つだけいえることは、悪いのは君ではなく呪いだということだ。君自身は何一つ悪くない」
「え……」
「君には誰にでもあるように幸せになる権利がある。それを呪いが邪魔しているというのなら、俺は呪いを解くことに尽力しよう。それが正しい行いなはずだ」
「……」
ジャスティンは真剣な目でサナの目を見つめながらそう言った。
「じゃあサナちゃんはしばらくウチにいるって事で! 歓迎会しようよ!」
「そうだな。買い物に行って来るか」
「あ、あの……」
サナは拒絶するかどうか少し迷った。先ほどジャスティンに言われた言葉が響いていた。
結局サナは何も言わず、ジャスティン達の家に居ることになった。
◯
翌日。
ジャスティンは情報を集める為酒場に来ていた。
「呪い? 不運領域? 知らねぇな」
酒場の人間に聞いてみるが完全に空振りだった。
「よう、ジャスティン。今度は何してんだ?」
ハロルドがジャスティンに話しかけてくる。
ジャスティンは事情を説明した。
「めんどくせーことやってんなお前も。俺なら絶対にやらねーと思うわ」
「お前と一緒にするな」
「ひでー。そういえばお前んちって妹いたよな結構可愛いの」
「いるが、それがどうした」
「あーいや何となく思い出してな。確かお前が冒険者になったのも妹のためだったよな。結構シスコンなのかお前は」
「シスコンとやらが何を意味するが知らんが、妹は間違いなく大事だ。妹なので当たり前だろうがな」
「そうかーでもあの子、結構可愛いよな。俺こう見えてお前と同じ18歳だから、歳の差的に結婚は無しではないよな。今のうちに高感度を稼いでおけば……」
ハロルドがそこまで言った時、
気付いたらジャスティンの剣が首元突きつけられていた。
「笑えない冗談はやめろ。お前ごときにリーナがやれるか」
「あ、いやでもさ。仮に俺が惚れられたら……」
「そんときゃお前を殺す」
「えええ!!??」
こいつ前はいつも正しいこととか何とか言ってるけど、それって絶対正しいことじゃないだろ!?? とハロルドは心の中でつっこみを入れた。
ジャスティンはリーナの事となると冷静な判断が出来なくなる事があった。
「じゃあ俺は帰る。呪いについて情報が入ったら言ってくれ」
「分かったよさっさといけシスコン野朗」
その後ジャスティンは一日、呪いについての情報を調べたが、全て空振りに終わった。
サナの呪いを解くと決めて、3日目。
「ごめんない! リーナちゃんごめんなさい!」
「大丈夫だって! サナちゃんは悪くないし! 謝らなくていいよ!」
リーナとサナが家で軽く体を動かしたりなどして遊んでいた最中。
近くの井戸からスライムが大量に出てきて、リーナに襲い掛かった。
スライムは瞬殺したが、倒した時ぬめぬめが服について汚れてしまった。
「サナちゃんと一緒にいると退屈しないで楽しいよ! あたし服着替えてくるね!」
そう言ってリーナは服を着替えに行く。
普通なら皮肉かもと考えてしまうような言葉だったが、何の深い意味はなく純粋にそう思って言ってるんだろうなぁ、と短い付き合いながらもサナはそう推測した。
三日経ってサナは、今までと違うな、と思っていた。
この三日で結構不運な事が発生しているのだが、どれもこれといった影響が無かった。
ジャスティンは当然として、リーナが同じくらいの歳と思えないほど強かった。
動きが妙に早くて簡単に避けるわ、降ってきた岩を素手で簡単に砕くわ、女の子と思えないほどだ。
ただサナはリーナの強さより、リーナの人柄に惹かれていた。
サナの呪いによってリーナに不運が降りかかり、サナはごめんなさい、ごめんなさいと謝るのだが、いつも笑って、サナちゃんは悪くないよ! 謝らないで! と言ってくれるのだ。
基本的にリーナはいつもポジティブで、天真爛漫な子だ。
そんな子とずっと一緒にいると、さすがのサナも多少は前向きに物事を考えれるようになってきた。
自己評価をスライム並みから、ゴブリン並みに引き上げるくらいではあったが、一応前進した。
「着替えてきたよ! 次は何して遊ぼうかな!」
簡単な話、サナはリーナの事を好きになっていた。
友達が出来たことの無いサナは今まで感じたことの無い気持ちになっていた。
一週間後の朝。
三人で朝食を取っていた。
「呪いを解く方法だが、町の人達に一通り聞いた結果、想像通り知っている者はいなかった。ただ呪いに詳しい呪術師がハルド山の山頂付近にいるらしい。その呪術師に一回サナを見せに行きたいと思う。ハルド山は近いしそこまで時間はかからないだろうから、リーナはその間、家で留守番をしてくれ」
「えーー ! あたしも行く!!!」
「駄目だ」
「何で! あたし前にBランクの冒険者でもおかしくないくらいの力があるって言われたんだよ! 一緒に行ってもいいでしょ!」
「駄目だ駄目だ。危険だから駄目だ」
「えー! 危険だからあたしも行ったほうがいいんじゃない!」
「とにかく駄目だ。お前は留守番」
そんな感じで言い争う二人をサナは見て、ジャスティンさんは本当にリーナちゃんが大切なんだな、と思った。
「とにかく駄目だ。俺は色々準備をしてくる。出発は三日後くらいだ」
「は、はい。分かりました」
「ぶーーー!」
リーナのブーイングを受けながら、ジャスティンは家を出た。
「むーーー……」
リーナはジャスティンが家を出てから、だいぶしゅんとし始めた。
一人で留守番するには、やはりさみしいのである。
「むーーー! 仕方ない!! 三日間サナちゃんと遊びまくろう!!」
「う、あ、遊びまくるの?」
「うん! 家の中じゃ退屈だから外に行こう!!」
「外は駄目だよ……人が多いからリーナちゃんみたいに強くない人にも不運がかかるかもしれないし、私なんかが外に出たら大迷惑だよ……」
「だいじょーーーぶ! あたしが全て何とかする!! サナちゃんは黙ってあたしについてこーい!!」
「え、えええ!?」
リーナは強引にサナの腕を掴み外に連れ出した。
向かったのは町のはずれにある小規模な森。
ここには弱い魔物がそこそこ住んでいる森で、リーナは行くなとジャスティンに言われていたが、言いつけを守らずこっそりと行っていた。
ただこの森にいるのは弱い魔物、スライムとかゴブリンとかだ。リーナがBランクほどの実力を持っていると言われたのは誇張ではない。この森の魔物は敵ではなかった。
「てりゃーーー!」
「ゴビャア!」
リーナは雄たけびを上げ近くのゴブリンだとか、スライムだとかを蹴散らしてゆく。
そして倒した後、ゴブリンの角や爪、スライムの特殊なぬるぬるの液体などを集めて、持ってきた袋に入れた。
リーナはそれらを売ってお小遣いを稼ぐ為にこの森に来ていた。もっとレベルの高い所のほうが稼ぎはいいのだが、近場にはこの森しかなかったので、仕方なく行っていた。
「リーナちゃん強い。凄い」
「えっへん」
多くのの魔物達を蹴散らして、得意げな表情をするリーナ。
「私では絶対何があってもあんな感じには動けないな……ん?」
サナの背後からがさがさと音が聞こえてくる。気になって振り返ると、
「きしゃーーーー!」
複数のゴブリンが雄たけびを上げて襲ってきた。
「ひゃあ!」
サナが悲鳴を上げたそれと同時。
晴れなのに何故かピカッと空が光り、ゴブリン達に雷が直撃した。
雷が落ちてゴブリン達は黒焦げになる。
「リ、リーナちゃん魔法使ったの?」
「い、いや、呪いの効果なの。何故か私に危害を加えようとすると、危害を与えようとした人にこうやって強烈な不運が降りかかるようになってるっぽいの。はた迷惑な呪いだよね……」
「でも、それがあるとサナちゃんに怪我させられないから、いいじゃん」
「そう言われるとそうだけど……」
リーナは雷で倒したゴブリンを見て角や爪を取ろうとするが、黒こげで売れそうに無いので放置した。雷は大分威力があるようである。
その後二人はしばらく森を散策して、売れそうな草や花などを採っていた。
時刻は昼になり、
「お腹減ったし帰ろうかー」
とリーナが言った。サナは頷いた。二人は町へ帰った。
町へ帰ると集めた素材を売った。大金にはならなかったが、小遣いとして十分な額だった。
二人は昼飯を食べる為、市場で買い物をして家に帰ろうとしていた。リーナは以外と料理が出来た。
「でも今日はこれって不運は来なかったねーいつも何かあるのに」
「うん、よかった……来なくて」
「あたしは何か来て欲しかったなー」
「ええ!? 駄目だよ! たまに本気で危ないのが来るから油断しちゃだめだよ?」
「えっへん。あたしなら大丈夫! 何が来てもワンパンではじき返す!」
胸を張ってリーナは言った。
サナはそんなリーナに少し呆れたが、同時に頼もしくも感じた。
「リーナちゃんはあの森にはよく行くの?」
「んー? 結構行くかなー。お兄ちゃんがお小遣い厳しいから、欲しいものがある時はいっぱい言ってるんだ」
「へー。普段は私以外のお友達と行くの?」
「んーあたし、サナちゃん以外の友達少ないからなー」
「えー?」
大分意外だった。人懐っこい感じだし、友達百人くらいいるとサナは思い込んでいた。
良く考えればリーナがサナ以外の子と遊んでいるのを見たことが無かった。
「こういっちゃあー自慢に聞こえるかもしれないけど、あたしは同じ歳のくらいの子と比べると以上に強いからねー。昔は良く遊んでたんだけど、何か最近はうまくいってないんだー」
「強いとうまくいかないの?」
「うんー。一緒に遊ぶと、どうも浮いちゃうって言うか……お兄ちゃんがSランクの冒険者なのにいまいち評判が良くないってのもあるかもねー」
「ジャスティンさんって評判悪いの……?」
「心が無いとか、性格悪い奴とか、いろいろ言われてるんだー。本当はそんな事無くて、かっこいいのにお兄ちゃんは。だから悪口言っている所聞いちゃうと、つい文句言いたくなって、たまに手を出しちゃう事もあってねー。我慢できないあたしが悪いんだけど」
「そうなんだ。リーナちゃんはジャスティンさんのことが本当に好きなんだね」
「うん、お兄ちゃんはね――」
リーナは割りと長い間、兄の好きなところを語った。
絶対に折れない信念を持っているということ。とにかく強い所。努力かな所。厳しいけど時折優しい所。ジャスティンの話をすると止まらないようだった。
「でも。過保護すぎる所は嫌い!」
「あはは……」
「門限は厳しいし、冒険にも中々連れてってくれないし、結婚相手は俺が決めるとかとも言ってるし、あたしの事になるとちょっとおかしくなるし、そこは直して欲しい! てかそういえば、お兄ちゃんに置いていかれそうになってるから外出したんだっけ、すっかり忘れてた!」
好きな所を語るときも生き生きとしていたが、駄目な所を語るときも大分熱が入っているようだった。
サナはそんなリーナの様子を見て微笑んでいた。
(そういえばリーナちゃんといる時、後ろ向きな事言わなくなったな……)
とサナは思う。
リーナには何か人を明るくさせる。不思議な力でもあるようだった。
二人はそんな感じで会話をしながら歩いていた。楽しいひと時だった。
呪いの事などしばらく忘れてしまうほどに。
それは油断していた時にやってきた。
リーナ達は道の左端を歩いていた。道の右端方面にある建物では改修作業が行われているようだった。男が屋根の上に乗って作業をしていた。
その道の右端を小さな男の子が無邪気に歩いている。そこで、
「あ」
屋根の上で作業をしていた男が作業を誤ったのか、屋根の上から複数のレンガ落ちてきた。
ちょうどそのレンガの落下地点に、男の子が歩いていた。
その様子が視界に入ったリーナはとっさに動く。
足に全ての力を込めて地面を蹴り、男の子を助けに行った。
男の子を突き飛ばし、落下地点から遠ざける。リーナは自分で動いて落下地点から出ようとする。が、レンガはリーナの頭のすぐそこまで落ちてきていた。
そして、
「リーナちゃん!!!」
鮮血が舞う。
レンガはリーナの頭に直撃した。
倒れて動かないリーナと、大量の血。
その光景をサナは茫然自失と言う表情で見ていた。
◯
夕方。
ジャスティンはある程度メルノード遺跡に行くための準備を終えて帰宅しているとこだった。
家の前に着いたところ、誰が扉の前に立っていた。
「あ!! ジャスティン!! やっと来たか!!」
「ケルドさん、どうしたんですか?」
家の前に立っていたのは、ジャスティンの隣に家に住むケルドだ。
何やら尋常じゃないくらい慌てている。
「お前の……お前の妹のリーナちゃんが!!」
「!!」
ジャスティンはその先の話を聞いた瞬間、全速力で走り出した。
ジャスティンが向かったのは町の診療所。
この町の診療所には高レベルの回復魔法を使える魔導師がいた。
「リーナ!」
ジャスティンはそう叫びながら、診療所の一室に入った。
「っ!」
そこにあった光景に思わず息を呑んだ。
頭を赤く染めたリーナがベットの上に横たわっていた。ベットのシーツには血があちらこちらに染み込んでおり、赤くなっていた。
診療所にいる回復魔導師と、緊急で集められた冒険者をやっている回復魔導師が、真剣な表情で汗を流しながらリーナに魔法を使っていた。
まるで生死の境を彷徨っている者を治療しているかのようだった。
ジャスティンはあまりのショックにめまいを覚え、これが現実なのかと疑問すら覚える。
「ジャスティンさん! すいません。治療中は中に入らないでください!」
診療所の助手に外に出るように言われる。
ジャスティンは焦りながら、
「リーナはどうなるんだ……!? 何故こうなった!? 助かるのか!?」
そう言った。
「焦るのは分かりますが、とりあえずこの部屋から出てください」
様子を見ておきたい気持ちは強かったが、ここにいても迷惑になるだけだと悟ったジャスティンは、大人しく部屋の外に出た。
とにかく事情が知りたいと思ったジャスティンは、周りに事情を知ってそうな人がいないか探す。
「あれは」
サナがリーナのいる診療所を茫然自失といった表情で見つめているのを、ジャスティンは発見した。
何か知っているかもしれないと思い、ジャスティンはサナに話しかけた。
「サナ、何故リーナはこんな目に遭ったんだ」
「……ジャ、ジャスティンさん」
サナはジャスティンを見て、目を見開く。
その後、震えだし俯いて涙を流し始めた。
「私の私のせいなんです……」
泣きじゃくりながらサナは事情を語った。呪いが発動したせいでリーナが怪我してしまったと語った。
「やっぱり私は呪いを解こうなんて思ってはいけなかったんです」
「……」
サナは何かを決心したような表情をして、どこかに向かって走り出した。
ジャスティンは走り出すサナを止めようと、手を伸ばそうとしたが途中で止めた。
ジャスティンも心のどこかで、サナのせいだと思ってしまっていたからだ。
何かに責任をぶつけたかったのだ。ただその考えは以前、自分が言った言葉を否定するような考えだった。
(俺は最低だ)
サナに責任を負わせようとする自分に嫌悪を感じた。
それでも思わずにいられない。
あの時、サナを受け入れてなければ、自分の正義を貫こうとしなければ、サナがいなければ、こんなことにはならなかった。
いろいろな思いが浮かびジャスティンの心を乱していく。
とにかくジャスティンはサナを追いかけずに行かず、リーナのいる病室の前でひたすら待ち続けた。
しばらく時間が経ち。外は暗くなってきた頃。
「ジャスティンさん!」
「!!」
診療所のドアが開く。
「何とか妹さんは助かりましたよ! まだ意識は戻っていませんが、助けることが出来ました! 本当に良かったです」
「そ、それは……よかった……」
心のそこからジャスティンは安堵した。
「リーナちゃん見ていきますか」
「はい」
ジャスティンは助手についていって、部屋に入った。
ベット上でリーナが眠っていた。
血の付いたシーツは取り替えられたのか綺麗な白色になっており、リーナ頭も綺麗にいつも通りになっていた。
「傷は完全に塞ぎました。増血の魔法で血も増やしましたしもう心配は無いと思います」
「いつごろ目覚めるんでしょうか?」
「正確にはわかりませんが、明日までには目覚めると思いますよ」
「そうですか、目覚めるまで此処にいていいですか?」
「ええ、構いませんよ」
ジャスティンはリーナが目覚めるまでこの部屋で過ごすことにした。
回復魔導師達が部屋を出て行き、部屋にはジャスティンとリーナだけになった。
リーナが大丈夫そうでホッとしたジャスティンだが、同時に懸念もあった。
(これでいいのか?)
ジャスティンの脳裏にサナの事がよぎる。
今頃一人でどこかを歩いているんだろうか、とジャスティンはサナの現状を推測した。
何とかしてやりたいとは思った。
(しかし、探して見つけた後、どうするんだ?)
サナに呪いを解いてやると約束はした。
リーナが死ななかったから、サナに対する暗い感情はある程度は消えた。
しかし、今回は助かったもの、下手をしたら死ぬ可能性もあるような怪我をリーナが負ってしまったのは事実だ。
そんなリスクがあるのにサナと一緒に暮らすことは、もう出来ないとジャスティンは考えていた。
呪いを解くという約束ももう守れないかもしれないと思った。
仮に今見つけてきても、どうせすぐ約束を放棄するのなら、見つけてくる意味などあるのか?
サナは何かを決心したような表情をして、走って行った。
もしかしたら、サナはこれから呪いを解くことを諦め、一人で生きていく決心をつけたのかもしれない。
今の自分にそんな人間を説得する資格などあるのか?
ジャスティンは自問した。
ここですべき正しい選択は変わらない。
サナは何も悪くは無い。だから救うべきなのだ。この考えは絶対的に正しいはずだ。
ただその選択は、大切な者を犠牲にする可能性を秘めていた。
ジャスティンは初めて、正しい選択こそが絶対に正しいという自分の価値観に疑問を抱いた。
ハロルドは、この価値観こそがうまく人となじめない原因だと言っていた。
ジャスティンはハロルドの言っていたことの意味が、少しだけ分かるような気がした。
ジャスティンが悩みぬいているちょうどその時。
「ん……」
ベットからうめき声が聞こえてきた。
ジャスティンは驚いてリーナの様子を確認する。
「ん……お兄ちゃん……?」
「リーナ……!」
リーナがうっすらと目を開けていた。意識が戻ったようだ。
目覚めたばかりで意識がはっきりしないのか、リーナは数秒間、ぼーっとジャスティンの顔を見つめていた。だが、数秒達、何かを思い出したかのように目を見開いて、
「お兄ちゃん! サナちゃんは? サナちゃんはどこ!?」
焦りながらリーナはジャスティンに聞いた。
ジャスティンは正直に「知らない。どこかに行ってしまった」と答えた。
「どこかに行ったって……お兄ちゃん探さなきゃ! サナちゃんあたしが怪我した時ひどい顔してた! 早く探して見つけないと、大変なことになっちゃう!」
「リーナ! 落ち着け、病み上がりなんだぞ!」
病み上がりで大声を出したせいで、頭が痛くなったのか、リーナはうつむき頭を抑える。
「落ち着けないよ! お兄ちゃんはなんでここにいるの!? 探しに行ってよ!」
「いや、それは……」
ジャスティンは言いにくそうにわずかに視線をそらす。
その仕草を見たリーナは、ジャスティンが何を考えているのか察した。
「お兄ちゃん言ってたじゃない、サナちゃんは悪くないって、絶対に呪いを解いてやるって」
「……言ったが……お前が怪我をしてしまうようじゃ……俺は……」
「おかしいよお兄ちゃん!!!」
リーナの叫び声が響き渡る。
「そんなのお兄ちゃんじゃない! あたしの好きなお兄ちゃんじゃない! どんな時も自分の考えを曲げないで、正しいことをする! 正義の味方みたいなお兄ちゃんが好きだったのに! あたしがちょっと怪我をしたくらいで、自分の考えを曲げるなんて、そんなお兄ちゃんは嫌いだよ!!!」
叫び終えた後リーナは、はぁはぁと肩で息をする。
ジャスティンはリーナの言葉に衝撃を受けていた。
「……今回怪我したのは、あたしが悪かったの。外に出たのも悪かったし、油断してたし。何よりあの程度で怪我しちゃうのはあたしの実力がなかったから。サナちゃんには絶対に何とかすると言ったのに、恥ずかしい。次からはあんな事で怪我なんかしないから、お願いお兄ちゃん。サナちゃんを探してきて……」
「…………」
リーナの言葉を全て聞いて、自分はなんと愚かだったか、何を考えていたんだ、とジャスティンは思った。
(そうだ、俺らしくなかった)
リーナが傷ついて言い訳ではない。
ただジャスティンは今まで正しい事を行うのが、困難だと言うことは何度かあった。その度に苦労して努力して自分の力を高め、その困難に立ち向かい最終的に何とか自分の正義を貫き通して来たのだ。
簡単な話、リーナを絶対に傷つかないように守りながら、呪いを解いけばいい。
どれだけ労力をかけてもそうすればいい。簡単な答えだ、悩む必要などなかった、とジャスティンは自分で自分に呆れながら思った。
(リーナに気付かされるとはな。兄貴失格かもな。まあ汚名返上する方法は一つだ)
ジャスティンは自嘲気味に笑った後、部屋の出口に向かって歩きながら、
「行って来る」
そう言って部屋から出て、サナを探しに行った。
◯
アルレド付近にいある崖。
崖下には海がある。海は荒れており激しい波が崖の岩を削るように何度も押し寄せていた。
サナはその崖から、海を覗き込んでいた。
泣き腫らした目は赤くなっており、もはや涙も枯れ絶望を感じているような表情をしていた。
リーナを呪いで傷つけてから、サナの過去の思い出を思い出していた。
最初に呪いで傷つけたのは親だった。親にはその後捨てられ別の人に預けられた。
その人も傷つけた。その人はサナを殺そうとした。しかし逆に大きな呪いが降りかかり死んでしまった。
死ね。お前は生きる資格が無い。悪魔。
そんな事を何度も何度も言われ続けてきた。
そしてサナ自身も何も間違ってない。その通りだ。私は死ぬべきだと思っていた。
自殺しようと思ったが死ねない。勇気が出ない。死ぬこともできない自分にサナは絶望した。
人に絶対に会わないように生きていこうと思った。しかし、腹をすかせて彷徨っていると、親切な誰かが現れてご飯をくれることが良くあった。腹をすかしたサナは本能には逆らえず、ご飯を食べた。そしてその度にその親切な人を呪いで傷つけてきた。
そんな人生をここまで生きてきた。
そして、今日、初めて出来た友達を傷つけてしまった。
(私はやはり死ぬべきなんだ)
その考えが頭の中を支配するようになった。
やはり自分は生きていていい人間ではないと、早く死んでおくべきだったと後悔していた。
サナは死のうと思ってこの崖に来たのだが、中々飛び降りる勇気が湧かなかった。
(死なないいけないんだ。私みたいなのは死なないいけないんだ。早く、早く飛び降りろ!)
心の中でそう叫ぶが、どうしても崖下の海を見ると恐怖が勝り、飛び降りれない。
サナは、どうして死ぬ事も出来ないんだ……と自己嫌悪に陥っていた。
サナは何とか歯を食いしばり恐怖を押し殺して、一歩また一歩と前に進む。そしてもう一歩進めば落ちるんじゃないか、という位置まで来た時。
「サナ!!!」
聞き覚えのある声で自分の名前を呼ばれた。
サナは驚き振り返る。
そこには汗をびっしょりとかいたジャスティンの姿があった。
「やっと見つけた。だいぶ探し回ったぞ。さあ帰ろう」
「な、何で、どうして来たんですか。わ、私のせいでリーナちゃんが大怪我をしたんですよ? 何で来たんですかどうして来たんですか」
「今回リーナはが怪我をしたのは、サナのせいでもなく呪いのせいですらない! 俺とリーナが悪い!」
「何を言って……」
「俺はサナの呪いでもう誰も傷つけないようにすると約束したのに、ちょっと油断して目を離した。まずはそのせいでリーナは怪我をした。正直すまなかった!
リーナはリーナはで俺の妹なら、簡単に怪我なんかしなかったはずだ! あいつもちょっと油断していた。だから、リーナも悪い! 兄として謝っておく! すまなかった!」
「な……ち、違います! 私が悪いです私が!」
「サナは悪くない! とりあえずそこは危ないからこっちに来い!」
あんな事があったのに自分は悪くない言い、まるで自分を見捨てる気の無いジャスティンにサナは心を動かされた。
しかし、何と言われようと私は生きてはいけない人間だという考えは変わらず、ジャスティンの元には向かわなかった。
「お前が来ないならこっちから行く」
「!」
ジャスティンはサナに向かって歩き出した。
サナは後ずさろうとするが後ろにいったら落ちてしまう。
まだ完全に覚悟を決めたわけでは無かったサナは、近づいてくるジャスティンを見ても飛び降りれはしなかった。
すると、そこで物凄い突風がジャスティンの横から吹いて来た。
常人なら吹き飛ばされるくらいの強い風が吹き、ジャスティンは何とか身を屈めて耐えきる。
その風が止んだと思ったら間髪入れずに、空がピカリと光、雷がジャスティンに向かって落ちた。
「ジャスティンさん!!」
その光景を見て青ざめながらサナは叫ぶ。
ジャスティンは倒れそうになるがすんでので持ちこたえた。
「雷耐性には結構自信がある。さすがに雷そのものが落ちると気を失いそうになるがな」
そう言ってジャスティンはサナの元に歩きつ続ける。
ジャスティンは、何度かサナの不運領域を経験してきたが、立て続けに普通なら死んでもおかしくないレベルの不運が来たことは無かったので、何かがおかしいと感じた。
なにか条件があるのかとも思ったが、とりあえず気にせずサナの元に向かった。
サナはかつて殺されそうになった時、自分を殺そうとした者たちがこんな感じで、大きな不運を連発で受けて死んでいったいう事を思い出した。
もしかして不運領域は、自分が死にそうになったら強大な不運を周りにいる人間にかけるようになっているのかと思った。
仮にそうならジャスティンはかなり危険だということにも気づいた。
「ジャスティンさん!! 今近づかないでください!! さっきみたいなのがもっと来ます! 私なんかの事は放っておいてください!」
そう叫んでいる間に、風に飛ばされた大きな木の幹がジャスティンめがけて飛んでくる。
それを殴って粉砕した後、ジャスティンは叫ぶ。
「俺はSランクの冒険者だ! 雷だろうが、風だろうが何だろうが! 全て跳ね返してやる!」
そう叫んでサナの元に向かおうとする。
すると、今度は竜巻が発生してジャスティンに直撃する。何とか吹き飛ばされないように、足を硬い地面にめり込ませて耐える。
吹き飛びはしなかったが、竜巻が巻き込んでいた、石や木なのだ体や頭に当たり所々怪我を負う。
ジャスティンは頭からダラダラと血が流れ出すが、気にせずサナを助けに行く。
本来ならサナもある程度吹き飛ばされないとおかしいが、全く微動だにしていなかった。不運領域の呪いで起こった現象で、サナ自身が何らかの肉体的ダメージを受けることは、無いようになっていた。
ジャスティンの様子を見て、このままだと死んでしまう、とサナは思った。
どうしようか少し考え、自分が死ねば呪いも止むだろうと考えた。
先程までためらっていたが、ジャスティンを助けるためなら何となくその一歩を踏み出せる気がした。
サナは一歩後退り、崖の下へと落ちていった。
「サナ!!」
ジャスティンはそう叫び、全身の力を足に集め、これ以上ないと言うほどの力を込めて地面を蹴った。
間一髪間に合い、ジャスティンはサナの手を力強く掴んだ。
「何で……何で助けるんですかぁ……死んじゃいますよ……」
サナの目から涙が溢れていた。
「この程度で俺は死なん」
そう言い腕に力を込めてサナを引き上げようとする。
その時、雷が何度かジャスティンに落ちた。
何度雷にうた打たれ気を失いそうになるジャスティン。
手を繋いでいるサナには何に影響も無かった。
ジャスティンはなんとか手を離さずに耐えきり、サナを引き上げた。
「はぁこれで……」
と少し安心した時。
大きな津波がジャスティンの視界に入った。
モルドラーと言う海に住む大型の魔獣が居る。
この魔獣は気まぐれに大きな波を起こすことで知られていた。
そのモルドラーがたまたまジャスティン達がいる海の下を通り、気まぐれにジャスティン達めがけて津波を起こしてきたのだ。
津波は完全に崖を超えて来ている。
ジャスティンはサナを抱えて、崖から離れるため全速力で走る。
波には崖に直撃して、先程ジャスティン達がいた場所がそに衝撃で無残に崩れる。
波はなおも止まらず、とてつもない速さでジャスティン達を飲み込もうとする。
波が近くまで迫って振り切れないと悟ったジャスティンは、地面に脚をめり込ませて、波に背を向けサナを抱かかえ、大きく息を吸い、波に耐える為の体勢を取る。
そして波が襲ってくる。
強烈な力が後ろから来るがなんとか耐え。石や木などが流されて背中に当たるがそれも耐えて耐えて耐え。長い時間水に浸かっていたため息が切れそうになったがそれもなんとか耐える。
そして波は引いていった。
ジャスティンは何とか耐え切った。
「はぁはぁはぁ」
「ジャスティンさん……!? 大丈夫ですか?」
「余裕だこのくらい」
余裕というがジャスティンの体はボロボロだった。
服はボロボロ体には多くの傷がつき、頭から血がだいぶ流れている。
「ほら死ななかっただろ?」
それでもジャスティンは笑いながらそういった。
「この程度じゃ俺は死なん」
「……」
「サナの呪いは必ず俺が解いてやるよ」
ジャスティンはサナを抱きしめながらそう言った。
サナは今まで感じたことの無い熱の篭った感情を感じながら、ジャスティンさんなら、ジャスティンさんなら信じてもいいかも知れない。そう思った。
「さ、帰るぞ」
ジャスティンはサナから離れてそう言った。
サナは少し名残惜しさを感じながら、
「……はい」
と返事をした。
こうして二人は家に帰った。
○
「リーナちゃ~ん!!」
「サナちゃん!!!」
診療所で元気なったリーナと、サナが泣きながら抱き合っていた。
「ごめんね。ごめんねリーナちゃん」
「謝るのはこっちの方だよ……ごめんね無理やり連れ出して、怪我しちゃって」
「そんな。謝らないでよぉ……」
二人は泣いて謝りながら抱き合っていた。
そんな様子を見て、
「傷に響くから少し静かにやってくれ」
とジャスティンが診療所のベットで寝ながらそう言った。
ジャスティンの怪我は思ったよりひどかったらしく、「回復魔法でも完治不可能。なんで普通に立っているのか不思議なぐらいの大怪我です。しばらく安静にしていてください」と怒りながら言われた。
それでジャスティンはリーナと入れ替わるような感じで、ベットで寝ていたのだ。
「ぶー感動の場面なのに水指さないでよー」
「あのな結構重症なんだぞこっちは。もうちょっといたわれ」
「お兄ちゃんだし三日後くらいにはピンピンしてそう」
「まあ、三日は短い、五日はかかる」
「それでも短いよ!」
「あのすいません、私のせいで……」
「ああ、いや、サナは悪くないからな。落ち込むなよ」
リーナにいろいろ言われたり、落ち込むサナを慰めたりとしていた。
「さっさと治して、サナの呪いを解いてやらないとな」
「あ……」
そう言われてサナは少し戸惑うような表情を浮かべる。
その後、微笑んで、
「よろしくお願いします」
そう返答した。
こうして呪いを解く為の冒険が始まった。
面白いと思った方、下の方から評価していただけると凄く嬉しいです。