~最強宣告~
草原の中心―――
豊かな自然の香りが鼻をくすぐる。
しかし、そんな風情やらを感じている暇などはなかった。
理由は極めて単純で、そこで俺は迫りくる強敵を待ち構えているからだ。
「来ます!《13魔軍》の1人、最恐を誇る“ドラゴンイーター”です!その食欲は凄まじく、ドラゴンでありながらドラゴンを喰い尽くします!」
クマのぬいぐるみ姿になった女神の透き通るような美しい声。
だが、発せられた内容は果てしなくえげつない言葉だった。
目の前から迫りくる最恐のドラゴン、俺の傍らには助けを乞う少女。
これらはすべて、この世界に降り立ってから3分の間に起こった出来事だ。
「クソッ!もうどうなっても知らないぞ!」
覚悟を決める時間などない。
大きく一つ深呼吸をし、目の前の敵に対して行う行動は一つしかない。
俺は背に担いでいる《神武》である女神から授かった剣の柄を持ち、鞘から取り出す。
「信じているぞ、神武!」
剣を大きく持ち上げ、素振りをするように構える。
「行くぞ!」
目の前に現れたのは想像を絶する強敵。
正直に言えば自暴自棄気味だが、自身の出せる最大の気迫でドラゴンと対面する。
「グ、グググオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!」
それに答えるかの如く、目の前に迫りくるドラゴンイーターは悲鳴を上げながらバラバラになった。
……うん?
「やりましたねセイタ様!ドラゴンイーターを無事に退治できました!」
そうだ、何だかよくわからないバカ強そうな最恐の敵が目の前で息絶えているのだ。
それはもう間違いなく、この上なく死んでいた。
「え?なんで?どうやって?」
状況が一切として理解できない。
あのドラゴンは今にも大地ごと全てを貪り喰うような、充血し狂気に満ちた眼をしていた…
それが真っ白になっているどころか、ジワジワと肉が削げ落ちていっている。
「なんでって、セイタ様がその神武で倒したんじゃないですか!」
目の前で敵とは言え、死を目撃しているのにぬいぐるみ姿で女神はキャッキャと喜んでいる。
そして、あろうことか、この地に足を付けて3分の俺が倒したなどと宣っている。
「す、すごいです!あのドラゴンイーターを本当に討伐するなんて!」
しかも俺がドラゴンから救った少女…という目撃者まで存在していた。
救った…というよりは、素振りをしただけな訳だが。
ま、まさか女神に貰ったこの神武の仕業なのか…
これは凄い…
「って凄いとかじゃない!コワいコワい!恐い!イヤだッ!こんな武器!」
自分でも驚くほどに“コレ”を拒絶している。
「一振りしただけで触れてもいないのに消滅なんて冗談じゃない!」
そんな必死な抗議も虚しく、女神が反論してくる。
「えー、でも…お姉様方によると、魔法のない世界から来た人たちは、こういった強い武器や能力で喜ぶと仰っていたのですが…」
そりゃあ、強い能力やら人類最強には憧れるものはある。
だが、どうやらこの女神様は限度というものを知らないらしい。
「あッ!そうだ!」
女神がなにやら閃いたようだ。
正直聞きたくない…
「その神武はついでに付与された加護によって、相手が人間並みに知能の高い生物であるならば気分次第で即死の呪いをかける事もできますし…」
ちょっと待て
「セイタ様以外の人間が神武に触れれば四肢が爆発四散するので、防犯もバッチリですよ!」
おいおいおいおいおい
「代償も必要ありません!来来来世あたりで、この世の不幸…あッ、とても楽しい人生を一度過ごすだけで調整できますから!」
とんでも無く恐ろしいことを言われ続けて感覚が麻痺しそうだったが、これで決心は固まった。
ニコニコと絵に描いたような純真な笑顔を見せる女神に対して、絵では到底表現できない、半錯乱状態の顔で対抗して発言する。
「あのな!確かに俺は《血沸き肉躍る異世界物語》を期待していたのは認める!」
そう、転生して魔法やモンスターの存在する世界に行く。
「強力な能力や才能にだって憧れるさ!」
そこまでは良かった。
しかし…
「それでしたら良かったです!」
女神がよかった!よかった!と満足気にうなずいている。
だが実際は何も良くない。
「だけどそれは!地味な村やこじんまりとしたギルドから始まり!ライバルや強敵との熱い戦い!困難なクエストやダンジョンを仲間と共に協力をして名声を上げる!」
理想の異世界生活を並べていく。
「そうした青春にも似た冒険を励むことによって成立するんだよ!こんな武器はただ凶悪なだけなんだ!あと来来来世はどうなるんだよ!?」
女神がぬいぐるみ越しに冷や汗を浮かべながら頷いている。
「そ、そうですよね!わかりますよ…?」
絶対に何も分かっていないのに頷いている。
しかし、俺は止まらない。
「この暴虐な武器は威力も効果も倫理的にアウトだろ!こんな力を使う責任やリスクがあまりに大きすぎる!」。
熱い抗議に俺の舌は回る。こんなに舌を回したのは、借金を残して蒸発した父を1年後に発見して以来だ。
…新聞配達の途中で、パチンコ屋の整理券を貰っている現場を。
「あ、あの落ち着いて……」
ダメだ、これを言うまでは止まれない。
「とにかく!こんな武器は破棄させてもらう!」
そう言い放ち、女神に剣を差し出す。
これで良いんだ。こんな剣はいち早く手放したい。
来来来世が怖いし。さっきのドラゴンがいつの間にか骨しか残っていないんだもの!
「大体だな―――」
「申し訳ございません…できません…」
驚いた事に、俺の口を止めることに成功したこの困ったちゃんは、困った事に剣の返品を拒否した。
本当に困った。
申し訳なさそうな表情でこちらを見ているが、それで許せるのならば警察もJASR○Cもいらない。
抵抗の意味を込めて、ひたすら困った表情を女神に返してやった。
「あの…その剣はセイタ様を持ち主として認めてしまったので、その使命が果たされるまでは、おはようからおやすみ、健やかな時も病める時も、それはもう死しても尚付きまといます。」
中々に丁寧な追い打ちをかけてくれる物だから、関心さえ覚えてしまいそうだ。
そうだ、いっその事もう一度死ねば……
…だめだ、死んでも付きまとうとか言いやがったコイツ。
「おい、死しても…ってどういう事だよ。」
あらゆることに対して疑問、困惑、絶望etc...負の感情を凝縮した形容しがたい様々な思いがジワジワと押し寄せてくる。
そんな事を気にも留めていないのか、はたまた感じていないのか、女神様はひとつひとつ丁寧に答えてくれる。
「死しても尚。というのは例えば、セイタ様がこの世界でも死んでしまったとして、仮に元居た世界に転生をするとしましょう。すると物心がついた辺りから、この神武が宅急便であなたの元に届いて、引越ついでに家に置きっぱなしにしようものなら、次の家までゆっくりと近づき、電話で近況を伝えてくれる。などなどの現象が発生します。」
なんという殊勝なサービスだろう。
あろうことか、紛いなりにも神と名の付く装備が呪われていた。
「あぁ、でも仮に死んでしまってもスグに蘇生できますから安心してください!それに―――」
女神が聞いてもいない事までイキイキと語り始めたが、俺はもう耳を塞ぎたかった。
タダより高い物は無いなんて事は、小学生の頃にはわかっていたつもりだった…
TVで詐欺事件の再現を見て鼻で笑っていた自分がいた。
毎日宝くじを買いもせずに当たらないかと願っていた自分もいた。
達観した気になり他人を小馬鹿にしていたツケが周ってきたのか…
「なにも心配する事はありません!セイタ様は勇者なのですから!」
女神はとても屈託のない笑顔を向けてくれた。
とても綺麗なその声と御尊顔に俺の意識は浄化されそうだった。
俺は、小学生の頃に自由帳で創作した『ぼくのかんがえたさいきょうのゆうしゃ』を思い出しながら、意識が遠のいて行くのを感じた―――