3話 駆ける
出野がドームを見上げながら二人に問いかける。
「このドームは通る必要があるのかな?」
「おいおい、帰宅界の常識を忘れたか? 『逃げずに挑め』大切な基本だろ」
「早川の言うとおりだ。入ろう」
三人が入り口に入り、玄関ホールを抜けると、その先はラグビーのフィールドになっていた。
フィールドには、おびただしい数の屈強なラガーマンが、フィールドを通る選手たちを待ち受けている。
「こんなものか!」
フィールドの中心で、フィールド中に響き渡るほどの大声をあげているものがいた。
宮田であった。
たった一人で数人のラガーマンとぶつかり合い、なぎ倒している。
「次!」
宮田がフィールドを抜けていこうとする気配はない。どうやら満足いくまでラガーマンたちとぶつかり合ってから進むつもりのようであった。
「僕の華麗な技を見せる時が来たようだね」
そう言ってフィールドを走り出した出野に、ラガーマンたちが突っ込んでくる。
細身な出野がラガーマンとまともにぶつかれば、ただでは済まない。
あわや衝突するという紙一重のところで、出野がひらりとラガーマンをかわす。次々と向かってくるラガーマンたちも紙一重のところでかわし続ける。
早川と遠野は、ベテランの闘牛士による凶暴な牛を相手にした魅力的なショーを見せられている気分になった。
「素晴らしい技術だな」
「ああ、想像以上だ。そして、出野のおかげで俺たちにチャンスが生まれたようだぞ」
フィールドでは出野と宮田がたくさんのラガーマンたちをひきつけているおかげで、守備の薄くなっている部分があった。
その部分を通り、二人はフィールドの出口に向かう。
二人に対しても、数人のラガーマンが向かってきたが、その数は決して多くはなかったので、なんとか振り切って走り抜けることができた。
ドームを抜けた瞬間、早川達に向かって鳥の群れが突撃してきた。気が抜けていた早川達は腕で顔を覆うことが精いっぱいだった。ドームの出口は森につながっていた。
この鳥たちは、偶然早川達に向かってきたのではないと、早川は理解していた。
「いるんだろ、百瀬」
早川がそう言うと、少し離れた茂みの中から百瀬が姿を現した。
「あの小鳥の群れ、お前が操ったんだろう?」
「えぇ、そうよ。あたしはついに動物と心を通わせることができるようになった。そして、この森にはたくさんの動物がいる。ここで、あんたたちをみんなリタイアさせてから、私はゆっくりゴールに向かうわ」
百瀬が早川達に指を向けると、上空で待機していた鳥の群れが再び早川達に襲い掛かる。
「早川、二手に分かれてこの森を抜けるぞ!」
二人が二手に分かれると、鳥たちも半分に分かれて二人を追いかける。
「ちっ、逃がさない!」
百瀬は早川を追いかけてくる。
空中の鳥と百瀬にばかり気を取られていた早川の足に突然痛みが走った。
苦痛に顔をゆがめながら早川が足元を見ると、足首に蛇が噛みついていた。
「安心していい、毒はないよ」
百瀬が口角を上げながら言う。
早川は毒があっても痛いものは痛いと叫びたい気持ちを抑えつつ、急いで蛇を振り払い、視線を前に向け直す。前方からさらに複数の蛇が迫ってきていた。早川はそれを一気に飛び越える。
「ほんと、無駄に基礎能力が高いのがむかつくわ」
蛇の群れを一気に飛び超える早川を百瀬が恨めしそうに見る。
早川は中学の時から帰宅部としての能力が全体的に高かった。なので、中学の全国大会でも上位に食い込むことは何度もあったが、何かに特化した選手にはなかなか勝てず、優勝の経験は一度もなかった。そのため、周りからは器用貧乏だと評されていた。
「まだ量が足りないのなら増やすまでよ」
「百瀬君!」
背後から百瀬を呼ぶ大きな声に、百瀬だけでなく、早川も思わず足を止めて、後ろを振り返る。
出野が、両手で小さな器を作り、その中にいる何かを大切そうに包みながら、二人を追いかけてきていた。出野の手の中にいたのは翼にけがを負っている小鳥であった。
「ここに来る途中にこの小鳥が倒れていたんだ」
百瀬の指示で早川を襲っているときに木の枝に翼をひっかけてしまったのだろうと早川は考えた。
「私のせいだ……。自分の目的ばっかり考えてこの子たちのことを考えられなかったから……」
百瀬の顔に後悔の念が浮かんでいる。百瀬も早川と同じような考えに至ったようだった。
「早く治療しなくちゃ」
「僕も手伝おう」
「俺も手伝うよ」
「いや、早川くんは先を進んでくれ」
早川は手伝おうとしたが、出野に断られてしまった。
「これは、僕たちのチームの問題だ。他のチームにまで迷惑はかけられないよ」
「あたしに責任があるんだからあたし一人でいいよ。出野も進んで」
百瀬の言葉に出野は首を横に振る。
「僕はさっきのドームでもう十分舞ったよ。ここでリタイアしても悔いはないさ」
「今なら出野の言う優雅さを求める心ってのが、少しわかる気がするよ」
早川は、百瀬が今の流れの一体どこからそれを読み取ったのかさっぱり理解できなかったが、そのことについては言及しないことにした。
早川が森を抜けると、体中に葉っぱをつけた遠野が5メートルほどの高さの壁にもたれかかっていた。遠野の方もなかなか大変だったようだと早川は同情した。
「やっと来たか、百瀬は?」
「出野と一緒にけがをした小鳥の治療をしている」
「そうか」
遠野は不思議そうな顔をした。遠野にとって、百瀬が治療しているというのは意外に思えたのだろう。
「このでかい壁は何なんだ?」
「迷路だな。そこにある入り口から少し中を見てみたが、道がいくつも分かれていた」
「さっさと突破しよう」
二人が迷路に入っていくと、さっそく道が三つに分かれていた。そして、そのうちの一つの道の壁には、マジックで大きな矢印が書かれていた。
「俺はお助けアイテムみたいなものだと思うな」
「とりあえず、この道を進んでみるか」
二人がその道を進むと、再び分かれ道が現れた。そして、またしてもそのうちの一つの道の壁には大きな矢印が描かれていた。二人は矢印がさす道を進む。
そんなことを何度も繰り返した結果、たどり着いたのは行き止まりであった。
「そもそも、迷路なのに答えを示すような真似するか?」
早川はこの矢印を書いた主について考えがあった。
「丸川兄妹かもな」
早川の考えを聞き、遠野が大きなため息を吐く。
「少し、時間をくれ」
遠野はその場で胡坐をかいて座り込み、全く動かなくなる。
時間はかかるものの、遠野は全身の五感を研ぎ澄ますことで、直感の精度を一時的に大幅に向上させることができた。
その能力を使えば、たとえ知らない土地で帰宅することになったとしても、正しい道を直感で選ぶことができる。今回の迷路では、その能力は非常に有効であった。
「いけるぞ」
胡坐をかきだしてから5分ほど経った頃、遠野が立ち上がった。
「こっちだ」
遠野は迷いなく走り出し、早川もそれに続く。
分かれ道のところどころにある矢印に惑わされることなく、遠野は道を選んでいく。
「もう少しで迷路を抜けるぞ」
遠野が早川の方を振り返りながら言う。その声とともに、道の先の曲がり角から別の声も聞こえてきた。
「すごいわ、お兄ちゃん! こんな矢印があったら、だれもこの迷路を突破できないわ!」
「そうだろうなぁ、あいつらみんなずっと迷い続けるだろうなぁ」
その声は丸川兄妹のものであった。