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1話 試合開始

 まばゆいばかりの太陽の光が地面を照らし、真っ青な空にはやわらかそうな白い雲がゆったりと流れていた。7月も中旬に差し掛かり、うなだれるような暑さの日がだんだんと増えてきている。周りを海に囲まれたとある人工島で、百人近くの色とりどりの学生服を着た高校生たちは列をなし、緊張した面持ちで、前に立つ黒く焼けた肌のよく似合う恰幅のよい男とその横に立ついささか貧弱そうな細身の眼鏡をつけた男を見つめている。

今からこの島では、全国高等学校最速帰宅選手権が行われようとしていた。


「それでは、スタート地点に移動しますので、皆さんついてきてください」


眼鏡をかけた細身の男はそう言うと、恰幅のよい男とともに歩き出した。高校生たちもそれに続き、列を崩して、ぞろぞろとついていく。

その中で立ちつくしたまま、早川は体を震わせていた。それに気づいた遠野が心配して声をかける。


「大丈夫かよ、早川。体調が悪いのか?」


遠野がそう心配するのも無理はない。この島には一時間ほど前に着いたばかりであり、それまでの船旅の間、早川は船酔いを訴えて横になっていた。


「心配ない。武者震いだよ。体調ならさっきの選手宣誓の間にだいぶよくなった。それよりも、さっき前で話していた二人、あれってそうだよな?」

「ああ、まちがいない。圧倒的力であらゆるものをなぎ倒して帰宅する、東京の巨大熊・宮田剛さんと、まるで風に流されるかのように軽やかに帰宅する、青森の一反木綿・沢野伸さんだな」

「まさか帰宅界に燦然と輝く七英傑のうち二人が同時に見られるとは驚いたな」


早川はいまだに興奮が収まらないようであった。


「今は自分たちの試合に集中しよう」


遠野は前を進む集団を指さし、早川を促した。

二人は早足で、様々な制服で彩られた集団の最後尾に追いついた。


「こんなに色々な種類の制服を一度に見るなんてなかなかないよな」


早川は物珍しそうに前方を見つめている。


「なんてったって、各都道府県の代表校が集まっているからな」


遠野も前を見つめながら返事をする。

集団は47都道府県それぞれの代表校から二人ずつ、計94人で構成されており、早川と遠野は鳥取県代表として参加していた。


「おやおや、鳥取代表の早川くんと遠野くんじゃないか」


二人が声の方向に視線を向けると、にこやかに笑っているさわやかな顔立ちの少年と、ショートカットの快活そうな少女が立っていた。


「北海道代表の出野と百瀬!」


早川はつい声を荒らげる。

出野と百瀬についての噂は早川も耳にしたことがあり、百瀬については、過去に面識もあった。

出野順平は、優雅な帰宅を磨くためにバレエと闘牛を習っており、その帰宅の優雅さはまるで白鳥のようであると言われている。

百瀬綾香は、どんな生物が帰宅途中に現れても対処できるように、学校が長期休みの間はアマゾンのジャングルで生活していると言われている。


「わざわざ鳥取から出てきたとこ悪いけど、この大会の優勝は僕たちがもらうよ。阿寒湖寒中水泳で寒さ対策も完璧さ」


出野が挑発を仕掛ける。


「鳥取砂丘で鍛えたあげた強靭な足腰をなめるなよ」


早川は自信満々に切り返す。


「あんたがあたしに勝てるの?」

「うっ……」


百瀬の言葉に対し、早川は返答に窮する。

早川は中学の時の全国大会で百瀬に敗れていた。早川の脳裏にその時の情景がよぎる。


「百瀬さん、昔早川に勝ったことがあるらしいが、今の早川はそのときよりも断然強いぜ。もちろん俺も強い」

「そ、そういうことだ」


すかさず遠野が助け舟を出したことで、早川も気後れした気持ちを持ち直した。

今度こそは勝つと、早川は自分の心を奮い立たせた。


集団の行進はどこにでもあるような何の変哲もない高校の校舎の前で止まった。

早川は開いている正面玄関から校舎の中を覗き込む。この大会のためにのみ使用されているこの校舎は何十年も前に建てられた割にはきれいな内観を保っているようだった。


「それでは、この校舎に入り、4階の事前の抽選で選ばれたクラスの席に座ってください。」


沢野が指示を出す。選手たちも試合の始まりが近いことを感じ取り、一気に引き締まった表情になる。

校舎に入り、指定されている席に向かう途中、遠野が早川に声をかける。


「最後まであきらめずに、優勝目指して頑張ろうぜ」


その言葉は自分自身に言い聞かせているようにも見えた。


「もちろんだ」


早川は力強く返事をする。

全国高等学校最速帰宅選手権では、各都道府県代表の二人の順位のうち、良い方の順位をチームの順位とする。帰宅すること自体が困難なこの大会では、優勝するためにも、二人の力を合わせることは必要不可欠であった。

三階に着いた二人はそれぞれ、自分の指定されている席のある教室に向かう。

早川は教室に入ると、自分の席を探す。—―どうやら、教卓の目の前の席らしい。

教卓にはすでに、先生役と思しき人物が直立不動で待機していた。

だんだんと教室の席が埋まっていく。


「すべての選手の着席を確認しました。ゴールはこの校舎から北に10kmの地点にあります。それでは、五分後に試合を開始します」


校内放送のアナウンスが流れると、教室内の緊張は一気に高まった。

無理もない。選手たちはゴールの場所を先程の放送で知ったばかりであり、ゴールへの段取りを考える余裕などなく、現在置かれている状況についても何の説明もなかった。

早川は良いスタートを切るために思考を巡らせる。


スタートの合図はその日最後の授業が終わるチャイムを想定したものだろう。帰りのホームルームに参加せず、『授業終了即帰宅』は帰宅部の常識だ。目の前にいる先生はそんな選手たちを連れ戻そうと追いかけてくるだろうし、捕まれば失格は免れない。教室には31個の机と席がある。この状況で一番前のこの席から階段に近い教室後方の扉に向かえば、渋滞と机やいすに進路を阻まれてしまう。そうなれば簡単につかまる。それなら――


「久しぶりだな、早川」


突然背後から声をかけられたことで早川の思考は途切れる。

その声の存在感と力強さに、早川は覚えがあった。


「やっぱりお前が東京代表だったか……宮田」


振り向きもせず、早川は言葉を返す。

半年前、早川は強豪校が集まった練習試合で宮田と出会った。宮田は、今大会では進行を務めていて、七英傑の一人でもある東京の巨大熊・宮田剛を父に持ち、幼いころから才能を開花させるための厳しい訓練を重ねてきた。190㎝程もある長身に、鍛え抜かれた鋼鉄の肉体。そこから生み出される力は小手先の技など必要としないほど圧倒的なものであり、大会に出場するたびに優勝を勝ち取り、歴代の高校生帰宅界の中でも最強と謳われる存在である。今回の大会でも、断トツの優勝候補である。


「俺はこの半年、毎日東京の満員電車の人ごみに揉まれたことで、さらなる耐久力を得た。もはや俺を止められるものなどいない」

「力だけで勝てるわけでもないだろ。優勝するのは俺たちだ」

「せいぜい足掻くことだな」


早川は視線を落とし、机を見つめて集中力を高める。


そして、試合の始まりを告げるチャイムが鳴った。




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