第1話 投手、クライの第一球
僕ことクライ=パプロ。数えで12になる年の春。
輝く金髪は綺麗に肩で整えられ、今日の儀式の為に整えられた紺色の礼服とマントは、幼い顔付きの僕には全く似合っていなかっただろう。
聖堂の地下、薄暗い儀式の間で僕はフードを目深にかぶった、白と黒を基調とした服の美しいの聖女にかしずく。
今、ここには僕と彼女しかいない。
「お、おめでとうございます!古代魔法!!古代魔法ですよ!この国では初めてです!すごいです!好きになりました!結婚してください!先ずは愛人からでも!!」
目の前で聖職者とは思えない発言を重ねるのは幼馴染でもあり、一つ年上の聖女レリィ。
それもそのはず、このファーミスタ公国では初めての古代魔法持ちだ。興奮するのも無理は無いだろう。
もっともその時の僕は、古代魔法への予備知識などなかった為話の大きさが分かって居なかったが、目の前のレリィの反応ですごいことだと分かり誇らしくなった。そして、心がポワポワと浮かぶ気持だった。
「え〜っと古代魔法この名前は………『投』魔法!!??わ、私も聞いたこと無い完全なオリジナル………クライ君はパプロと言う家柄の貴族様と言うだけに収まらず、しゅっごい才能があったんですねぇ…」
少し冷静になったのか、古代魔法の名前を教えてくれるレリィ。しゅっごい、とか甘く噛んだ。家柄?貴族?三男坊である僕にはあまり関係の無い話だ。
何はともあれ、僕は12歳の春、授魔の義……魔法を携わる儀式を終えることとなった。
それから数年。具体的には15になる年まで。
『投』魔法は全く発動しなかった。えぇ、しませんでした。
古代魔法は発動トリガーを見つけるのが難しいらしく、なかなか見つからない事も多く有る。ましてや、ほとんど情報の無い魔法なら尚更だ。
それでも、最初の一年ぐらいはまだ良かった。古代魔法が備わっているのは間違いないので、気軽に発動トリガーの解析をしようという両親達。
そんなクライの元を様々な人が訪れ、研究や調査の名目でどうにか『投』魔法を発動させようと努力した。もちろん、両親のバックアップとパプロ家の威光により様々な能力・階級・人種が集まったものだ。
高名な研究者、学者、神官。
経験豊富な冒険者、傭兵、魔術師。それらを含む様々なギルド。
魔力の扱いに長けた龍人、稀人、エルフ。
果ては、国の一大事として国王お抱えの勇者、英雄、将軍、医者、軍師、暗殺者まで総動員。
その誰もがクライの才能を開花させる事が出来なかった。
もちろん、クライ自身も思考錯誤を重ね、様々な方法で才能を開花させようとした。それはもう必死に。
山籠りなどの無茶なトレーニングに始まり、魔物に剣を投げるだけで戦いを挑んでみたり、魔力コントロールと称して危険な魔法を体で受けてみたり、魔力が足りないのかとも考え魔力の限界を伸ばす薬を飲んでみたり。
朝から晩まで石を投げ続けたこともある。今にして思えば、よく肩の不調を招かなかったものだ。
他国との戦争にも参加した。投石部隊、投げ槍部隊として。
一端の兵隊よりまともに扱えず、裏では笑われていたのだろう。
ある時には胡散臭い学者が人間を10人殺し、その頭を投げるのが発動トリガーだという説を持ってきた。その日の内に両親は死罪となる予定の犯罪者を集め、俺の手で斬首させた。来歴を聞けば死んで当然の奴らでは有ったのだが嫌な感触だったのを今でも忘れられない。
案の定というべきか、『投』魔法は発動しなかった。奴隷商人と組んで、犯罪者を高値で売りつけるつもりの詐欺師だったと後に判明した。この事件から周囲の失望がさらに膨らんだのを覚えている。
気付けば三年が経っていた。
最初は国中に大大的に報じられた古代魔法持ちの誕生も、俺がその力を発揮する事が出来無かった為、周囲の人々は失望し離れていった。最初は様々な協力者。次に王族や領民。最後に兄弟、そして両親。
その流れは時が経つ毎に波及して行き、国全体が古代魔法の持ち腐れに失望したものだった。
僕の場合さらに酷かったのは、投魔法以外の全ての属性に適正がなかったのだ。
貴族ならば使えて当たり前の火や水といった基礎魔法。それが全く使えない。発動しない古代魔法と合わせ、何も出来ない置物という意味で古代の遺物、ひどい時には首狩り、叛逆者などと影で呼ばれた事も有った。
悪いニュースと言うのは続くもので。僕らの国は東のマリベ帝国との戦争に負けたらしい。国境の小競り合いに連戦連敗。不満の一部は僕に向いた。そして、東に位置するパプロ領で暴動が起こったのだ。理由は……僕の国家叛逆。
我が国にまともな古代魔法さえ有れば負けなかった、と言うのは当時民衆が抱く不満で有ったし、王家は自身への飛び火を恐れ静観を決め込んだ。敗戦の責を何故か僕が追う形になってしまった。
ここまで両親は流石に貴族の外面を取ったのであろう。僕から名前を取り上げて放逐することにした。「旅に出ろ。他国で冒険者でもなんでも好きにするといい。但し、古代魔法もパプロ家の名も他言無用」という味気ないのが最後の会話であった。両親も今思えば苦渋の決断だったのかもな。
最後に一つだけ気に掛かっていたのは幼なじみのレリィ。その元を訪れたのは出立の前日だ。噂は聞いていたのか、レリィは会うやいなや泣いていたのでまともな会話が出来なかった。僕もレリィへの影響を恐れて暫く近寄っては居なかったので、話題もなくなだめるだけで精一杯だった。
とまぁ、僕の初恋はそこで終わった。
翌日、家を出た時に手元に残ったのは僅かな路銀と発動しない『投』魔法だけ。剣の心得なども多少有ったが、古代魔法の開花を求められたため、平民よりまともという程度であった。
街道を行く僕は燦々と照り付ける太陽を恨んだものだ。
時は15歳の夏で有った。
暫くは南のメジャーノ王国を目指すことにした。東のマリベには敗戦したので行きたく無かったし、北のネット運河を越えた先にはなにもない。
南へ南へと街道を歩き続けた。
幸いにも水場は豊富だったし、発動トリガーを調べていた時から多少の無茶には慣れていた。10日断食だとか。
途中の渓流の森を抜けた水場で大きな滝を見つけた。
何となく、本当に何となくだが、滝の音をバックに瞑想した。
古代魔法の事、両親や兄弟の事、様々な無茶の事。
そして……レリィの事。
そこまで考え___俯いていた状態で目を開けた。やたらと平べったい石が目に入った。クライは授魔の義より前に兄弟達とやった水切りを思いだしそれを拾った。
中腰の姿勢からサイドスローに近い、水と平行に腕を振り切るように投げたアンダースロー。滝に向かってそれを『投』げた。鋭い軌道を描き、水面でワンバウンド____ツーバウンド。そのまま、平べったい石は滝の中央に消えた。
ゴウゴウと言う水の音は、石を飲み込んだ後も未だに鳴り響く。
石と共にこのモヤモヤした気持ちも少しは飲み込んでくれないものだろうか?
「さて、行くか。森も抜けたからメジャーノの最初の村は近そうだ」
独り言である。自分に気合いを入れ語りかける様に踵を返しその場を後にした。
メジャーノの最初の村、ルースを目指し僕はまた歩き出した。
何となくだが頭の後ろで滝の音が少し大きくなったような気がした。
★
「放送席、放送席!遂に始まったプロヤキウ、グランドリーグ、やはりと言うべきか初日のヒーローはクライさんです!!いやぁ、しかし素晴らしい投球でしたねクライさん!」
「ありがとうございます。しかし、このヒーローインタビューってやつ……辞めません?恥ずかしくて」
「またまた、そんな謙遜なさらず!!本当は嬉しいのでは無いですか!?」
「え、えぇ……嬉しいのは嬉しいですが……」
「そんなクライさんにご質問!!あの素晴らしい『投』魔法が初めて発動したのはいつでしょうか!!なかなか発動せずに苦労したとは聞き及んでいますが、初発動エピソードはみんな知りたいものです。」
「えーっと、僕自身自覚したのはある村での彼との特訓だと考えてますが……彼から言わせたら例の滝、らしいです。」
「例の滝、とは?」
「ルース村近くの滝です。滝裏の洞窟が魔物の巣窟だったらしく、むしゃくしゃして一石を『投』じたらボスの水竜を倒した上で洞窟が半崩落したらしくて……えへへ」
明日18時に次の話を投稿します。