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8.二人の旅立ち

 戦いを終え、完全な復活を遂げた来須は、ギルバートに事情を話した。

 そしてヒヴァリーの身柄を案じ、彼女に二つの選択肢を提示した。


 一つは、このままギルバートと共にアレクシスの下へと帰り、彼と相談して今後の身を守ること。

 そしてもう一つは、このまま来須と共にどこへともなく旅に出ること。


「……クルスさんは、いずれにせよ弟のところへ戻る気はないのですね」

「そうだね。少なくとも、今はまだ」

 アレクシスは信用しているが、このままエイグス家に自分が戻ったところで騒動の種にしかならない。

 元より殺害するつもりであったヒヴァリーはアレクシスが守るかも知れないが、エイグス家の恥部を知ってしまった来須をそのままにしておくとは思えない。


「クルスさんは、どうしたいのですか?」

「ヒヴァリーと一緒にいたい」

 即答だった。

 だが、それを選択させることは彼女に豪族の娘という地位を離れ、追われる者として流浪の生活を強いることにもつながる。


 だから、「来て欲しい」とは言えなかった。


「本当に、優しい人なのですね」

「どうだろう。少なくとも、もう俺の手は多くの人の血で汚れてしまっているよ」

「本当に、まっくろになってしまいましたね」

 ヒヴァリーが言う通り、多くの人々を殺害した来須は、ツルハシだけでなく奪い取った剣や拳をも振るって奮闘したため、頭から血を被ったかのようになっていた。


 乾いた血液はどす黒く変色し、両手を少し擦ると血の塊がべりべりと剥がれて落ちた。

 汚れていると来須が表現した手に、ヒヴァリーの細い手が重なる。

「わたくしを守るために戦って汚れたのであれば、わたくしが洗って差し上げます。当然でしょう?」

「ヒヴァリーさん……」


「どこへでも、共に参りましょう。貴方とならば、どこへでも」

「決まりですな!」

 それまで黙っていたギルバートが、傷ついた身体をものともせずに膝を叩いて叫んだ。

「クルスどの。まずは我が部下たちの非礼、深くお詫びする。どのように詫びてよいかもわからぬことだが、何よりも貴殿が不死身であって本当に良かった」


 生きていれば、こうして直接詫びる事が出来るから、と続けて、ギルバートはもう一つの理由を紡いだ。

「この件の不始末を、若様と共に」

「アレクシスと……彼は、どう思うだろう」

「これは愚弟に課せられた問題です。ここであの子が父親と同じように私を弑することを良しとするか、あるいは……」


「もし、信義に背くような判断をされるのであれば、私にも考えがあります。とはいえ、恩義ある相手ゆえに謀反を起こすような真似は出来ませんが」

「ギルバート……では、弟のことは貴方に任せます。よろしいですね?」

「御意。それともう一つ。クルスどのに、これを」

 ギルバートは腰の後ろに提げていた布袋をそのまま来須へと手渡した。


「大した額では無いが、私が持っているのはそれだけでな。とりあえず当面の路銀にでも使ってくれ。なに、クルスどのの腕前なら、この戦乱の世で金を稼ぐのは難しいことでもないだろう」

「……ありがとう。遠慮したいところだけれど、死活問題だからこれは“借りて”おく」

「ふ……律儀な御仁よな」


「それでは、ギルバート。壮健で」

「姫の方こそ、どうかお幸せに。あとは頼む、クルスどの。こちらは任せてもらいたい。そしていつか……そうだな、アレクシス様が独り立ちされた時……いや、クルスどのが納得できる成果をあげた時には、どうか戻ってきて欲しい」

 その言葉で、ギルバートはアレクシスが父親とは違う結論を出すことを確信しているのが来須にもわかった。


「ああ。その時はこれを十倍にして返すよ」

「それは楽しみだ」

 ギルバートと固い握手を交わし、背を向けた来須。

 その隣にヒヴァリーがそっと付き添う。

 二人の背中を見て、ギルバートは傷ついた身体で立ち上がった。どこまで見えるかわからないが、自分の視界から完全に二人が消えるまで、ここで見届けようと思ったのだ。


 ふと、立ち止まった来須が振り向いた。

「アレクシスに伝えておいてくれ。俺はあいつを恨んではいないから、と。いつかアレクシスの国が出来たら、雇ってくれと言っておいてくれないか」

「国か! 大きな夢だが、なるほど聞くと心が躍る! 承知した!」

 破顔するギルバートに再び背を向け、ヒヴァリーの手を握った来須は歩き出す。


 まだ何もわからない、目の前に広がる異世界へ。



「なんて格好を付けたものの、どこに向かえば良いんだか悪いんだか」

「とりあえず、どこかの村にでも寄って身体を洗いましょう。着替えも手に入れませんと」

 大きな道沿いに歩いて行けば、どこかの町なり村なりが見つかるはずだとヒヴァリーは言う。

 道路整備がしっかりと行われているわけではないが、商人たちが馬車を牽いていく通りだけはそれなりにできているらしい。


「わたくし、なんだかわくわくしています。しがらみが無くなったのもそうですが、こうして領地を出て、どこへでも行けると思うと」

「どこへでも、か」

 いずれにせよ戦いを続けるしかない来須は、とにかく歩みを進めながらこの後のことについて考えるのを止めた。


 来たくて来た世界では無いが、守るべき相手が出来た。

 この先、ヒヴァリーと共にどんな人生を歩むかわからないが、とにかく目標は「生き残る」こと。ただ一つ。

 そしていつか、アレクシスと再会できれば良い。

 懐かしい話をして、自分とヒヴァリーの子供や、アレクシスの子供とも逢えたら良い。


 そんな想像をしたり、ヒヴァリーと他愛のない話をしたりしながら歩いていた来須は、三時間程休憩を挟みながら歩き続け、ようやく村を見つけたのだが……。

「どうなってんだよ……」

 村は燃えていた。

 広い畑に囲まれた村は、ぐるりと堀で囲まれているのだが、その内側の塀も家も、燃え盛る炎に巻かれてしまっている。


「おいおい、こりゃあ……」

「クルスさん!」

 ヒヴァリーの叫びに反応した来須が指された方向に目を向けると、遠く見える村の端あたりで、ふらふらと小さな人影が歩いているのが見える。

 足を引き摺っているようで、動きは決して早くない。


「クソッ!」

 ふらりと揺れたかと思うと、人影が堀へと落ちた。

 すでに走り出していた来須は、道を外れ、草をかき分けながら村へと近付く。

 そのまま迷いなく堀へと飛び込んだ瞬間、来須の視界の端でうごめく人影を見た。

「あれは……」


 一瞬だけ気を取られたが、水の中に入り込んだ瞬間に人影のことを思い出す。

 足掻くことも無く、死体のように沈んでいく姿は、十歳にも満たないような少女だった。

 決して深い堀では無いが、濁った川底に到達した身体を、来須は右手を伸ばして掴む。

 細い身体を引き寄せ、片手で抱きかかえたまま水面へと上がり、堀から上がれるように階段状になっている場所まで泳ぐ。


「クルスさん!」

 ようやく追いついたヒヴァリーに助られながら少女を横たえ、すでに呼吸をしていないことを確認した来須は、すぐに少女の鼻をつまんで顎を引き上げ、人工呼吸をする。

 ほどなく、少女は水を吐いて呼吸を始めた。

 薄い胸に耳を当てると、鼓動も問題無いようだ。


「……間に合った、か」

 まだ意識は回復していないが、最悪の状況は避けられたと安堵した直後、来須の耳に風を切る音が届いた。

 身体が、自然と動く。

「矢が……」


 ヒヴァリーの目の前で、来須の右手が矢を掴んで止めていた。

 その向かう先は明らかに少女の方向だ。

「……てめぇら……」

 先ほど視界の端に映っていたのは、どこかの戦闘集団だったらしい。

 矢を止めた来須に驚いた様子を見せている弓兵を押し退け、馬に乗った一人の男が進み出る。


「そのガキを寄越せ」

「断る」

「では、お前も死ね」

 剣を抜いた馬上の男に対し、来須は腰のツルハシを抜いて少女とヒヴァリーを守るように立った。


 行きがかり上ではあるが、来須は再び戦いに巻き込まれた。

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