5.それぞれの役割
「なるほど。君は結構な年上好きだったのか」
「そういう言い方は誤解を招くからやめろ」
敵を迎撃するということは早々に決まり、その方策についての軍議も来須の提案をアレクシスが受け入れ、ギルバートが追認したことによって即座に決まった。
その方法は、いわゆる釣り野伏せである。
敵が来ている方向は来須が素早く確認して、調査に来たらしい少人数の斥候を倒している。その際にわかった情報で、分散せずにこちらの野営地を目指しているのは解っていた。
そこで来須は自らを囮にして敵を野営地に誘い込み、隠しておいた味方に挟撃させることを提案したのだ。
「ヒヴァリーさんの年齢はともかくとして、アレクシスは良く了承してくれたな」
今は天幕のいくつかと放棄予定の物資などを残して、慌てて撤退したように見せるための準備を行っている。
そんな中で、来須はアレクシスと詰めの打ち合わせを行っていた。そこでふと、疑問が出たのだ。
「俺はポッと出の新参だし、まだ他の兵士のみんなに信用されているわけでもない」
それなのに、アレクシスは来須を中心とした作戦を即座に受け入れ、兵たちを動かすことを決めた。
「君の事情はわかっている。……軍議の前に、少しだけ姉と話したんだ。あんなに幸せそうにしている姉を見たのはいつ以来だろう。だから、僕もできるだけ協力しようと思ってさ」
クルスが功績を上げるために、と続けたアレクシスだが、少しの間をおいて、小さく息を吐いた。
「……すまない。はっきり言って今回は君を犠牲にするような作戦が、本人から出たことで少しほっとしている。そして、それに乗る形で利用する自分が情けなくなる」
「どうした? お前の言う通り、俺が言いだしたことだから気にすることじゃないだろう」
「僕はね、怖いんだ」
集団から離れ、二人だけの会話になると、アレクシスは弱々しい声を出した。
「兵士達を傷つけることが怖い。自分が先陣を切って戦うのは別に良いんだ。負ければ僕が死ぬ。それで終わりだから」
来須と最初に出会った時もそうだったように、猪突は彼なりの理由があるらしい。
「でも、兵士達が死んで、僕が生き残る。そうなるのが怖い。僕が無能として生き延びて、僕の命令で人が死ぬと思うと……あ痛っ!?」
バシッ、と景気の良い音を立てて、来須の平手がアレクシスの尻を叩いた。
「あのな、アレクシス。別に俺は死のうと思って囮になったわけじゃない。兵士達だって死にたいわけじゃないのは当たり前だし、お前だって部下を殺すために命令しているわけじゃないだろ?」
「と、当然じゃないか!」
「だったら、できるだけ部下たちが生き残れる方法を考えろよ。それが指揮官の仕事だし、どうやって戦場で戦果をあげて、尚且つ生き残って故郷に帰るのか、他にもギルバートとか仲間だって一緒に考えるだろう? 俺だってそうさ。帰りたい場所は遠いけど、とりあえずヒヴァリーさんともう一度話したい。そのために生き残るし……人を、殺す」
「クルス……」
まだ不安そうなアレクシスの背中をもう一度軽く叩いて、来須は「始めよう」と言った。
「俺の役割は楽なもんだよ。ただ相手に姿を見せて、少し刺激したら逃げるだけ。だから心配はいらない。だからアレクシスは自分の役割に集中してくれ。大丈夫、うまく行くさ」
「そう、そうかな……うん、女神様の使いであるクルスに言われると、なんだかそんな気がしてきた。そうだ、我がエイグス家には女神の加護があるわけだからね!」
励ましの言葉を言いながら、来須は自分がとても無責任なことを言っていると自覚していた。戦場の経験などほとんどない素人が、多くの家臣を率いる豪族の長子に偉そうな話をしているとは、冗談にも程がある。
それでも、凹んだままの指揮官についていく兵士や、作戦のことを考えるととても放っておけなかった。彼を元気づけるためなら、あの邪悪な女神の使いだと思われるのも我慢できる。
それから、来須は数人の兵士達を連れて、敵の侵攻ルート上で待機していた。
当初は一人で囮役を担うつもりであった来須だったが、アレクシスが「クルスの活躍を見届け、姉に伝えるため」という名目と、連絡役も兼ねて部下としてつけてくれたのだ。
「あの……」
そんな中、一人の兵士が話しかけてきた。
「はい。なんです?」
「女神様の使徒であると聞いたのですが」
気付けば、兵士達は来須の周りに集まっていた。
「そんな格好良いものじゃないけれど、とりあえずはこの世界で戦うことになりました」
あまり細かい説明をしても、納得してもらえるかどうか。アレクシスやヒヴァリーが自分をどういう位置に付けたいかもわからないうちは、具体的な話は避けることにした。
「それと、この戦いが終わったら、ヒヴァリー姫を娶られると聞いたのですが」
「あー……」
他の兵士からも質問が飛び、来須は耳を赤くして頬を掻く。
「戦いが終わってから、あの人の気持ちをもう一度確認してから、かな。この世界に長く居ることにはなると思うけれど……っ!」
熱い、と感じた直後には、それが痛みであると知る。
「な、なにを……」
「何が『気持ちを確認してから』だ。偉そうに」
「あの呪い姫がこの家に居着くのが迷惑だって、何でわからないかなぁ。馬鹿かお前」
脇腹に突き立てられたナイフを押さえて膝を突いた来須に、兵士達が口々に罵り声を上げる。
「あの人が何をしたんだよ……」
「知らねぇで言ってんのか? あれだけ豪族を潰してきたってのに。暢気なもんだな」
唾を吐いた兵士に反論しようとするが、来須は痛みで声が出ない。
「もうそいつは死ぬから、放っておけ」
「いや、このままじゃ不十分だ、よ!」
「ぎぃっ……」
更にもう一本を背中に突き立てられ、歯を食いしばって耐えていた来須にも限界が来た。
自分で作った血だまりに倒れ、どくどくと二つの傷口から流れていく液体の熱さを感じながら、寒気がやって来るのを味わう。
「これでいい。確実に死ぬな」
「これで餌は出来たな。あとはアレクシス様に報告だ。“使徒様は敵にやられました”ってな」
「ぶっはは! 敵か、敵って言えば嘘じゃねェな。オレらはこいつやヒヴァリー姫の敵だからな」
笑い声を上げながら兵士達が去っていく。
「どうして……」
意識が朦朧とする中、来須は二人程の兵士が残っているのに気付いた。
不思議と、二人の会話がはっきりと耳に届く。
「で、おれ達は敵の監視が任務ってことだな」
「もう一つあるぞ。まあ、やらなくちゃいけない可能性は低いけどな」
何かあったか、と聞かれた兵士は、苦笑いで応えた。
「万一にも、自分の男が死んだと知ったヒヴァリー姫が、頭に血が上ってここに来たら、始末しろって話だったろ?」
「ああ、そんな話もあったな。すっかり忘れてたぜ。何しろ……」
来須はヒヴァリーの危機を知って血塗れの拳を掴む。そして信じられない話を耳にする。
「領主様直々に姫を殺せって言われたのはだいぶ前、郷を出る時の話だからなぁ」
そこまでを聞いて、来須の意識は闇に落ちた。