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4.二人の呪い

「わたくしは呪われているのです」

 ギルバートと共に、来須が与えられた天幕へ入って来たヒヴァリー。

 本題に入ると言ってまず彼女が口にしたのは、呪いの話だった。

「呪い?」

 現代社会で生きて来た来須にとって、昨日までならば一笑に付したかも知れない言葉だった。


 確かに古代文明で呪いの類は珍しくない。

 原始的な社会において宗教儀式が有効だとされていることは多く、呪いの存在が政治に影響を及ぼしたとみられる記録もある。

 だからと言って、科学技術に溢れた現代で考古学を齧っていた来須は、そういったものに対して極々冷静に、論理的に思考することができると自負していた。


 そう、あの女神に出会い、呪いに等しい力を与えられるまでは。

「どうかされましたか?」

「いえ、どうぞ、お話を続けてください」

 微妙な顔をしていた来須は、不安げなヒヴァリーに無理やり笑って見せた。

 自分の秘密を話そうとしている女性に心配されてどうする、と来須は自分を叱咤して、きちんと耳を傾けることに集中する。


「わたくしは、本来近くの領地を有する豪族へ嫁ぐ予定でした」

 それは彼女が十四歳の時の話だった。

 隣接する領地を治める豪族と血縁となることで、一時的にでも他の領主との戦いに向けて憂いを失くす目的もあったようだが、ヒヴァリー自身は納得の上であったという。

「そういう運命であることは、豪族の娘に生まれた時点でわかっていたことですから」


 しかし、その婚姻は成立しなかった。嫁ぎ先に内定していた豪族が、他の豪族との戦いで滅ぼされてしまったのだ。

 夫となる人物は十五も上の相手だったが、戦いの最中で敵中に孤立し、二目と見れぬほどに斬り刻まれたらしい。

その後もいくつかの縁談が持ち上がったが、その悉くが相手に不幸が起きるという形で破談となったという。


「いつしかわたくしは『呪い姫』などと呼ばれ、敵対する勢力からはエイグス家が刺客として送っているなどと言い出す始末で……」

「根も葉もないことを噂する卑怯な手段だ」

 そう言ってギルバートは憤っているが、だからと言って何かができるわけでも無かったようで、ついにヒヴァリーを娶ろうという人物はいなくなったと彼女自身が説明する。


「わたくしは怖くなりました。このままエイグス家にいると、実家にも……アレクシスにも悪い影響が出るのではないかと。本当に忌まわしい呪いをかけられた忌み子だったのではないかと」

 思いつめた結果、ヒヴァリーは自分の“使いみち”を探すためにアレクシスの行軍への同行を願い出た。


 ヒヴァリーの覚悟は、直接の戦闘におけるものではない。

 もしアレクシスが窮地に陥ったとき、自分の身を盾にして、そして相手の豪族に捕まれば、相手を滅ぼすことにつながるのではないかと考えたのだ。

 たとえそれが、慰み者になる運命だとしても。

「ですが、弟はあなたを連れて戻りました。……女神様の使いであるあなたを」


 彼女にとって、来須という人物は救世主のように見えたのだろう。

 抗い難い呪いに身を委ねるしかないと考えていた彼女の目の前に現れた、巨大な力の予感。

「何ら根拠のある話ではありませんが、あなたであればわたくしの呪いなどはねつけてしまえるのではないかと、期待してしまいました」


 同時にエイグス家を出る口実にもなる。

「わたくしとエイグス家の都合だけでお願いしたことです。褒美などとはとても言えないものですから、他にもご希望があればできるかぎりお応えします」

 だから自分を貰って欲しい、とヒヴァリーは頭を下げた。先ほどまで弟にきつく接していたような気丈さはまるで見られない。か弱い一人の少女がそこにいる。

 しかし聞けば聞くほど自分勝手な話ではある、と来須は思った。


「うーん……。武功を上げた褒美って形にするのは、豪族の娘を娶る条件として周囲を納得させるため、ってところかな」

「そ、その通りです」

 同時に、女神の加護を受けた来須という人物を喧伝し、エイグス家の勢力に完全に取り込むためでもあるだろう。


 計算が多分に含まれていることは鼻に付くし、何よりも来須自身の意見や考えは完全に無視されているのが気に入らない。

 気に入らないが、突っぱねる気も無かった。

「結論を出す前に、今度は俺の話を聞いてくれないか」

 来須はそう言って、ギルバートにも聞いてもらいたいと伝えた。


「俺のことを高く評価してくれるのは嬉しいけれど、俺が戦わなくちゃいけなくなった、こんな力を得た理由を伝えておくよ。本来は俺の力ってわけじゃないしね」

 二人が聞く態勢になったと感じた来須は、話を続ける。

「俺が前の世界で例の女神に会ったとき、ある命令を受けた。そのための能力として、殺した相手の魂を吸収し、自分の力を増し、傷を癒す能力を与えられたみたいなんだ」


「なんと……して、その命令とは?」

「五千万人の魂……。それだけの人数を俺に殺せって内容だった」

 あまりの数字の多さに絶句している二人を見て、来須は苦い笑みを浮かべた。

「多すぎると思わない?」

「し、少々冷静さを欠いてしまいそうな数字ですわ。ごせん……エイグスの民全てを合わせても、五百万いるかどうか……」


「なんとも壮大な話ですな。ひょっとすると、ここら一体の豪族と民を滅ぼしても、まだ足りぬかも知れませぬ」

 ギルバートは悪い冗談で言っただけかも知れないが、ヒヴァリーは為政者としての立場を知っているせいか、具体的な規模にまで想像が及ぶのだろう。青い顔をしてふらりと床に手を突いてしまった。


「恐ろしい、と思ってしまう。本当にごめんなさい、クルスさんのお立場が、まさか、そんな……」

「こういう状況だから、正直言ってヒヴァリーさんの希望通りにことが運ぶとは思えない。俺が活躍したとして、君が俺のところに来てくれるっていうのは、正直嬉しいよ。その、可愛いし、最初に見た時に、心臓が止まるかと思った。……ああもう、俺は何を言ってるんだ」


 顔を真っ赤にして、来須は顔を振って話を本筋に戻すと言った。

「俺は元の世界に戻りたい。人を殺すのは不本意だけれど……女神に心をいじられたのかも知れないけれど、今はそんなに忌避感が無い。だから、やらされてやることでも、今はやり遂げて帰ることしか考えていないんだ」

 敬語が出てこないのは、ヒヴァリーよりも自分に向けて話している気分の方が強いせいかもしれない。それに気づいた来須は、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「あ、なんか、すみません」

「構いません。どうか話しやすいように」

「ありがとう。なんだか、俺の話が主題になっちゃったね。じゃあ、結論を言うけれど」

 正座をして、真剣な目をしてヒヴァリーの瞳を真正面から見つめる。

 金色の瞳に、まだ十代の半ばくらいにみえる幼さが残る顔つきを改めて確認した来須は、自分の気持ちを再確認することになった。


「……うん。ヒヴァリーさんの話を受ける。人の命を奪う呪いを受けた俺で良ければだけれど」

「クルスさん!」

 腰を浮かせてしがみつこうとしてくるヒヴァリーをどうにか宥めて、来須はまだ大切なことが残っていると言った。

「話は決まったけれど、前に進むには俺がエイグス家にとって役立つ人間だと証明しないといけないんでしょ?」


 立ち上がった来須は、腰にツルハシがしっかりとさがっているのを叩いて確認する。

「ギルバートさん。敵が近くに来ている。沢山の魂の存在を感じるんだ」

「なんと! 若様に報告をして迎撃の準備をせねば! して、その方角は!」

 彼も来須のことを信用してくれているのだろう。疑問を挟むことなくすぐに立ち上がって天幕の柔らかな天井に頭を押し付けていた。


「さっき俺が居た方角から。俺も行くよ、アレクシスのところに案内して欲しい」

「心得た!」

「クルスさん」

 慌てて立ち上がったヒヴァリーが、天幕を出ようとする来須の袖を掴み、驚いた彼の頬にそっと唇を当てた。


「どうか、ご無事で」

 不思議と頬に心地好い熱さを感じて、来須は自然と笑みを浮かべることができた。この世界に来て、初めてこれだけリラックスして笑えたかも知れない。

「もちろん。待っていて」

 ギルバートを追って走り出した来須の頭は、すでに切り替わっている。


 人を殺す、邪神の使徒になる覚悟を持った戦士のそれに。

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