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3.美しき姫君

 エイグス家が収める領地とエイグス家に従うと決めた周辺領地を治める豪族は今、隣接する同規模程度の豪族連合と激しい戦いを繰り広げている。

 それがアレクシス・エイグスの説明だった。

「この大陸はあちこちで似たような戦いが起こっている。エイグスは大陸の南部……この辺りにあるんだけれど」


 来須を伴って自陣へと戻ったアレクシスは、適当な石を拾ってがりがりと三角形を右向きに倒したような大陸を描いた。

 東の先端から三つ目がエイグス家と属領。その東隣が、今戦っている相手のサンシン家とその属領であるという。

「西側にも豪族の所領があるけれど、そっちは東側の相手をしている余裕も無いくらいにごちゃごちゃしているよ」


 アレクシスの言葉には、諦めのような嘆息が混じっていた。

 多くの豪族がひしめき、属領を作るどころか互いの勢力を傘下に収めるべくしのぎを削り合っている。

「戦国時代かよ……」

「うん。言い得て妙な表現だ。国と言うには未熟な集まりばかりだけれど、豪族たちが相争う時代がずっと続いている」


 話の途中で来須はアレクシスやギルバートに案内されて、陣を布いて兵士たちが行きかう場所の中央までやってきた。

 そこには、簡単な木の器に盛られたいくつかの料理が並んでいる。

 鳥がそのまま焼かれていたり、木の実を茹でただけというような簡素な料理ばかりだったが、その香りに空腹を思い出してしまった来須は、目を奪われた。


 しかし、彼の視線はすぐに別の場所へと向かう。

「兄上! よくぞご無事で! ……あら、そちらの御方は?」

 用意された食事を前にして、満面の笑みを浮かべて兄の無事を喜びながらも、慎ましく膝を揃えて椅子の上に行儀よく座り、来須の顔を見て不思議そうに首をかしげる少女。

 来須は、彼女を一目見て固まってしまった。


 美しいというべきか可愛らしいというべきか。

 大きな瞳は金色の輝きを放ち、同じ金ながら太陽の光を幾倍にも高めるかのように光を放つ長い髪。

 大きな髪飾りを揺らして兄に見せている笑顔は、先ほどまで邪神の影響を受けて荒んでいた来須の心を、まっさらに浄化してしまいそうなほど清らかだった。


「あの邪神とは正反対だ……」

 呆けたように呟く来須に、アレクシスはげんなりとした顔で“真実”を伝える。

「彼女は僕の姉だよ……」

「は?」

 可愛らしい女の子を前にして何の冗談を言っているのだろうか。来須は口の端を引き上げた歪な笑みを浮かべながら問う。


「ああ、なるほど。こっちの世界だと妹を姉と呼ぶんだな。それともエイグス領だけのことかな?」

 混乱のあまり敬語が抜けているが、アレクシスは咎めようとはしなかった。

「そうじゃない。彼女はヒヴァリー。正真正銘僕の姉で、年齢はにじゅ……」

「ストーップ! おう、アレク。ちょっとこっち来い」

「いたい、いたい!」


 先ほどと同一人物の声とは思えないほどドスの利いた低い声を放ったかと思うと、ヒヴァリーは自分より頭二つは背の高いアレクシスの耳を引っ張って、近くの天幕へと消えていった。

「……あれ? さっきまでここに居た俺の天使は?」

「クルスよ。ショックが大きいのはわかるが、現実逃避は止せ」


 呆然としていた来須が、今まで見ていた可愛いヒヴァリーの幻影を探して右に左にと視線を送るのを、ギルバートは気の毒なものを見る目で憐れんだ。

「あのお方は正真正銘、若様の姉君だ。年齢は私からは言わずにおこう。あとが怖い」

「マジでか……」

 邪神といい、ヒヴァリーといい、出会う女性は見た目と性格が違い過ぎる。今まで恋人なんていたことは無いが、次第に女性不信になりつつあった。


「……お待たせ」

「あー、なんというか、大丈夫か? いや、ですか?」

「いいよ。敬語は要らない」

 数分後、顔にいくつかの切り傷を作って戻って来たアレクシスは片方の耳たぶが赤くなっていた。相当な力で掴まれていたようだ。


「僕は君に協力をお願いする立場だし、力のある豪族の子と言っても、僕が継ぐとは限らないからね」

「あら、そんなことは無いわ」

 食事を前にして、何故か中央の席を勧められた来須は、左隣にアレクシス、そして右隣にヒヴァリーと、エイグス家の姉弟に囲まれる格好になった。


「アレクは充分に良くやっています。今回の戦いで指揮を任されたのも、戦場を知ってお父様の後継となるための経験を積むためでしょう?」

 ヒヴァリーはアレクシスの能力を認めるような発言をする。他に幾人かの弟が居るらしいが、まだ戦場経験は無く、本邸で勉強しているらしい。

「お父様は何よりあなたに“結果”を出してもらいたいの。それは必ずしも武功ではなくて、何を選択し、何を成し得たかなのよ」


 それで、とヒヴァリーは来須へと視線を向ける。

 来須は鼓動の高鳴りを感じたが、それが彼女の美貌による者なのか、先ほどの恐ろしい姿を思い出してのことなのか、自分でも判別はつかない。

「クルスさん、でしたね。お話は愚弟から聞きました」

「ぐて……いえ、右も左もわからないところで、アレクシスさんには助けてもらいました」


「あれのことは呼び捨てで結構ですよ。弟には友人が必要ですから」

 優しさなのか扱いが軽いのかよくわからない助言を受けた来須がアレクシスを見ると、彼はニッコリと笑って頷いた。

「友になってもらいたいと思っている。君の強さを利用するようで申し訳ないけれど、女神の使いと友人になれるなら、最高の名誉さ」


 鎧を外しているアレクシスは、先ほどよりもずっと若く見えた。彼は素直で人好きのする笑顔で、来須をまっすぐに見ている。

「アレクシス……。わかった。今から友達ということで」

 打算的な意味でも、力のある豪族の後継者と友人になるのは悪くない。来須は頭の中でそう納得しつつも、短い時間でアレクシスの爽やかさは嫌いでは無くなっている。


 そして、もう一つ。ヒヴァリーの存在がある。いや、最も多くを占めているかもしれない。

「ありがとう、クルスさん。良い友人と力強い味方を得て、愚弟はきっとこの戦いを切り抜けられることでしょう。わたくしからも感謝しますわ」

 戦場ゆえ酒はありませんが、と茶の入った器をそっと差し出したヒヴァリーの細い身体が、来須の腕に降れた。


 柔らかな感触と花のような爽やかな香りが届くと、来須は頭の奥が痺れるような心地になる。

「何かの薬でも嗅がされているんじゃないか……」

 とも思ったが、覚悟を決めてお茶を飲み、供された料理を食べても、何も変調は無い。

 むしろ、美味すぎて驚いたくらいだ。


 塩だけのシンプルな味つけながら、丸焼きになったキジの様な鳥はこぼれ出る肉汁に不思議な甘みがあり、木の実を噛むととろりとした食感で香ばしい香りが口いっぱいに広がる。

「お気に召しましたか?」

「はい。めっちゃ美味いです。ほんとに」


 思わず素直になって砕けた言葉を使った来須に、ヒヴァリーは口元を押さえてクスクスと笑った。

 恥ずかしくなった来須が頬を染めると、ヒヴァリーは「ああ、失礼しました」と詫びる。

「戦場で無ければもっと手の込んだものをお出しするところですけれど」

「いやいや、充分ですよ」


 発掘作業中はジャンクフードや缶詰がメインだった。火を通した温かい食事なのも嬉しいが、大勢で囲む食事というのも嬉しい。

「ところで、愚弟から聞きました。他の世界から来られて、それにとてもお強いとか」

「然様ですぞ、姫!」

 ヒヴァリーの言葉に、同じく食事を囲んでいたギルバートが大声で同意した。


「この者は私の槍を傷一つ負わずに捌いただけでなく、いとも簡単に投げ飛ばしてしまいました!」

 宴席に響き渡ったギルバートの声に、周りの兵士達から感嘆の声が上がる。

「信じられないが……」

「ギネス様が嘘を言うとは思えん」

 などという声も聞こえてきた。


 アレクシスと近いということもあるのだろうが、ギルバート・ギネスという人物は兵士達から信用されているらしい。

「クルスの助力が有れば、今回の戦いで負けはないでしょう!」

「あら、それは僥倖。女神様のご加護もお持ちで……あら?」

 女神の名を聞いて、来須が苦い顔をしたことに気づいたヒヴァリーは、細い指を来須の手に重ねた。


「女神様のお話はお嫌いですか?」

「いや、その……」

「お話を変えましょう。そういえば先ほど聞いたのですけれど、愚弟に協力する代わりに何かを差し上げるお約束をしたとか」

 ヒヴァリーが話題を変えると、今度はアレクシスが反応する。


「そうなのだけれど、彼からはまだ希望を聞いていないんだ。戦いが終わってからにはなるけれど……」

「そんな無理を言うつもりもないから、安心していいよ」

 それは来須の本心だった。精々が周辺の町の情報やしばらく暮らせる程度のお金しか考えていない。


「そう……なら、わたくしから一つ提案があるのですけれど」

 人差し指を口元に当てて考えていたヒヴァリーが、花が咲いたような笑顔を来須に向ける。

「な、何でしょう?」

 妙な緊張で痛い程に固く感じる唾を飲む。

「この戦いでクルスさんが本当にお強いことを確認できたら、わたくし自身を差し上げるというのはどうかしら?」


 宴席が、静まり返った。

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