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2.月と鏡の邪神

「俺は来須信一郎と言います。敵ではありません」

「クルス……? シンチーロという家名には聞き覚えが無いな。ここで何をしている?」

「何って……」

 偉丈夫に問われ、来須は両手を上げたまま周囲を見回した。

 冷静に考えてみれば、怪しいことこの上ない。


 答えに窮している来須に、

「待って待って! 話すと長くなりますが、なんというか、襲われたので戦いました。殺す気はありませんでしたが、仕方なく」


「この全員をか? たった一人で?」

 一同が息を飲み、互いに顔を寄せ合ってひそひそと話すのを来須はじっと待っていた。

 漏れ聞こえてくる話の内容をまとめると、怪しいが敵ではなさそうで、腕が立つから味方に引き入れるべきではないかといったものだ。

 声が大きいのか来須の耳が良くなっているのかわかららないが、内緒話ならもっと用心深くやって欲しい、と来須は思った。


 数分の会議は終了し、偉丈夫に守られるような格好で、先頭にいた青年が馬を進めてきた。彼は馬を下りて兜を脱ぐと、爽やかな銀髪を揺らして、慎重に笑みを作った。

「クルス・シンチーロ。僕の名はアレクシス・エイグスという。一つ聞きたい。ここで何か光るのを見なかったかい?」

「光るもの?」


「僕たちは敵陣がある方角の空に神秘的な光が輝くのを見て、もしかすると新しい武器か秘術でも敵が使っているのではないかと思って、阻止するために来たんだ。その可能性は低いと思ったのだけれど」

 アレクシスたちの軍は、偶然この場所で敵と遭遇したらしい。

 斥候は放っていたものの敵の動きが早く準備不足のまま戦闘に陥り、混乱していた兵士をようやく落ち着けたところで、謎の光を見た。


 光の正体を探して、脅威になるものであれば破壊するつもりで、敵の前線を力で叩き割って敵陣深くへと突入してきたらしい。

「無茶苦茶やるなぁ」

「全くだ。若様のやることはいちいちハラハラさせられる」

 来須の意見に偉丈夫は、同意するように大きく頷いた。若様とはアレクシスを指すようで、偉丈夫の言葉を受けて「申し訳ない」と頭を掻いている。


「それで、光の場所を探して来てみれば、この状況だ。随分と腕が立つようだけれど、君はどこかの豪族に仕えているのかな。もしそうでなければ……」

「お待ちください、若様」

 友好的に握手を求めるようなしぐさをしたアレクシスを止めて、偉丈夫は来須の前に立ちはだかる。


「この男がどの程度できるのか、まだ私の目ではっきりと見ておりませぬ。敵の間者やも知れぬ相手。まずは私が腕試しをば」

 槍を構えた偉丈夫は、来須の目を見つめ、ニヤリと笑う。

「私の名はギルバート・ギネス! エイグス家に仕える戦士だ。さあ武器を取れ。お前の実力が若様の役に立てるレベルかどうか、見極めてやろう」


「そんなこと、頼んでいないんだけれど……」

 来須は迷惑そうな顔をしてアレクシスを見るが、相手は首を横に振って諦めろとでも言いたげな苦笑を浮かべた。

「悪いけれど、僕たちにもあまり余裕が無いんだ。縄張りが接する他の豪族との戦いはどこから何をされるかわからない。実力があるなら頭を下げてでも来てもらいたいけれど、ギルが言うことも一理ある」


 そう言って、アレクシスは静観の構えを見せており、他についてきたいた彼の部下たちも、同様に馬を下りて様子見を決め込んでいた。

「乱世の戦場に現れ、これだけの死体を並べたのだ。さぞや腕自慢の猛者であろう」

「そういうわけじゃないけれど。……ええい、仕方ない」

 来須は腹をくくった。


 ツルハシを手にして、腰を低く構える。

 来須は日本でこれといって格闘術を習ったわけでもない。ただただ、発掘のために山を歩き回り、ツルハシとスコップを振るって、自然と身体が鍛えられただけだ。

 身長は百八十センチを超える長身で、すらりと手足は指も長く、器用な方ではある。

「妙な感じだけれど、落ち着いていられる。普通じゃないな、こんなの」


「何をブツブツ言っているか!」

 対して、ギルバートと名乗った男は身長二メートルを超え、肩幅も来須の倍はあろうかという巨漢。そんな彼が、戸惑っている来須に向けて槍をしごき、恐ろしいほどに早い突きを二度、三度と繰り出してきた。

 一撃一撃が重く、少しでも気を抜けば身体に大穴が開きそうなほどの勢いで、躊躇いなど欠片も見られない。

「おいおい、腕試しじゃないのかよ。本気で殺すつもりか!」

 口ではそう言っているが、来須の心はやはり落ち着いていた。邪神の影響だろうか、それとも、人を殺してしまったことで、何かの箍が外れてしまったのだろうか。


「くそっ! 死んでも知らないぞ!」

 腰から引き抜いたツルハシで来須が四度目の突きを弾いて、相手に肉薄する。近づいてしまえば槍のような長物は扱い辛いと考えたのだ。

「うぬ、素早いな! だが!」

 ギルバートもそこは巧者。素早く引き寄せた槍を、横にして押し付けるように殴りつけてくる。


 そこいらの戦士ならば、太い槍の柄で前歯を叩き折られていただろう。

 しかし、来須は邪神の影響か吸収した魂の力か、日本にいたときとは比べ物にならないほどの反応速度を得ている。

 そして、膂力も。

「おおおお!」

「なんと!?」


 空いた左手で槍の柄を鷲掴みにした来須は、そのままギルバートの巨体を力づくで引き寄せた。

 戦場に出て初めて力比べに敗れたギルバートは、驚きの声を上げたまま、上空へと放り投げられる。

 槍を引き寄せた来須が、そのまま背負い投げで放り捨てたのだ。


「ぐおっ!」

「ギルバート!?」

 信じられない光景を目にしたアレクシスが声を上げ、他の兵士たちが慌てて槍を構えて来須を包囲した。

 槍衾に囲まれた来須だが、ギラギラとした殺気を放ったままツルハシを下ろすことも無かった。


 戦いの興奮が来須を支配しようとしていたその時、起き上がったギルバートの声が響いた。

「待て! 槍を下ろせ、その御仁は迎えるべき客人である!」

「ギルバート、大丈夫かい?」

「若様、お恥ずかしいところをお見せいたしました。ですが、あの御仁の強さは本物でございます。それに、身体つき以上の怪力。これはひょっとすると……」


 腰を打ったらしく、立てずに上半身だけを起こして顔を顰めているギルバートの言葉を聞き、彼に駆け寄っていたアレクシスは立ち上がる。

 そして、来須へと向き直った。

「クルス。改めてお願いしたい。君の力を貸して欲しい。勝利した暁には、君が望むものをできるだけ用意すると約束する」

「ふぅーっ……」


 アレクシスの言葉を聞いて、槍の包囲から解放された来須は、ようやくツルハシを腰に戻し、大きく息を吐いた。

「戦わなくちゃ、殺さなくちゃ解放されない、戻れない、か」

 小さな呟きは誰の耳にも届いていない。

 ただただ来須自身の胸に重たくのしかかってくるだけだ。


「わかりました。でもとりあえず、今のこの世界の状況について教えてくれませんか。信じてもらえないかもだけれど、他の世界から強制的にここに放り込まれて、右も左もわからないんです」

 変人扱いを覚悟のうえで、来須は正直に話した。隠し事をしたところで、意味は無いと思ったからだ。


 ところが、アレクシスやギルバートの反応は違った。

「他の世界、ということは、やはり……!」

「若様、これはとんでもない拾い物をしたやも知れませぬぞ」

 驚きに目を見開いたアレクシスは、来須の言葉を信用すると断言した。

「あの時見た光は、月光のような、冷たくて静かで、神秘的なものだった。そんな光に導かれて君がここに来たとすると、もしかして……」


 期待に満ちた瞳に、来須は嫌な予感しかしない。

「導かれたというか、放り込まれたというか、あの邪し……」

「君はひょっとして、月と鏡の女神の使いなのか!? おお、なんという僥倖!」

「は?」

 そんな立派なもんじゃないだろう、と戸惑っている来須の周辺で、気付けば戦士たちが槍を放って手を組み合わせ、祈るように跪いていた。


 どうやら、あの邪神はこの世界では有名な女神様らしい。

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