9.少女を守るため
馬上の男が抜いた剣は、細長く、両刃でありながら少しだけ反りがある奇妙なものだった。
しかし、始めて見る武器を相手にしても来須は些かも怯えることなく、冷静にツルハシを手にして、ヒヴァリーと少女を背にして立ちはだかる。
「あくまで、抵抗すると言うのか」
「当然だ。大の大人が小さな女の子相手に大人が武器を持って追いかけ回すなんて、趣味が悪いにも程がある。それに、この矢」
来須は先ほどヒヴァリーを狙って飛来した矢を握り絞め、へし折った。
「俺の大切な人に向けて矢を放った。それだけで万死に値する」
「はっ……ははははは! 万死! 万死とは大きく出たな!」
大笑いしている馬上の男に構わず、へし折った矢を放り捨てた来須は、構えることもせずに無造作に前へと進み出る。
その姿を見て、馬上の男は笑みを消し、吐き捨てるように言う。
「狂人め。自分が正義の使徒とでも勘違いしたか。良い、もう殺してしまえ。後ろの二人も、だ」
男の命令が下ると、武器を手にした男たちが一斉に襲い掛かる。
まずは来須を殺し、そして後ろにいる二人を嬲り、そして殺すために。
だが、その目的は果たせない。
「なんだと……?」
先頭に居た一人がツルハシで脳天に穴を穿たれた時には、まだ「間抜けめ」と苛立った声を出すだけだった馬上の男は、戦闘が続くにつれて驚愕の表情へと変わる。
二人目、三人目と迫る相手に対し、来須は身軽に避けてツルハシの先を胸や足に叩き込んでいく。
それだけならば馬上の男も部下たちの動きの悪さを嘆くだけだが、攻撃を受けた者たちが次々に倒れ、動かなくなっていくことには違和感を覚えた。
そして、五人ほどが倒れ、絶命した。
「なんということだ! 一体どうなっている……!?」
十五名連れてきた部下の三分の一を即座に失った。それもたった一人の少年相手にだ。
「貴様、何者だ!」
「く……クラウス。クラウスとでも憶えておけ」
来須は咄嗟に偽名を名乗った。なんとなく、自分の足跡をアレクシスやギルバートが追えない、わからないようにした方が良いと思ったのだ。
「聞かない名だ……だが、危険な相手だとは私にもわかる」
「危険なのはお前の方だが。この子を追い回してどうするつもりだ」
「……ちっ!」
来須の問いには答えず、馬上の男は剣を振り被り、馬を走らせて迫った。
近くへ来ると、来須の身長を優に超える馬と、その上から剣を振り下ろす男の迫力は腰が震えそうな程に圧力が強い。
だが、背後にヒヴァリーと少女、守る相手二人を背負った来須は、退かない。
「おおっ!」
「なんと!?」
馬の横っ面を思い切り引っ叩いた来須は、そのまま目の前にある男の太腿へ向けてツルハシを横なぎに振るった。
そのまま太腿に突き立つかと思われたツルハシだが、間一髪、男が鞍に手を突いて腕一本で身体を浮かせて避けた。
代わりに馬が痛みに嘶き、大きく前足を振りながら仰け反った。
それでも男は落馬せず、むしろその動きを利用するかのように、馬が立ち直ると同時に剣を振り下ろしてきた。
「くぅっ!」
「躱すか! だが!」
縦一文字の攻撃をどうにか避けた来須だが、男が手首を返して横なぎに振るった剣は速度も相まって、避けようがない。
確実に首を刎ねた、と確信した男はにやりと笑う。だが、その表情はすぐに強張った。
「……痛ってぇ……」
「なんという真似を……」
来須は、首へ迫る剣戟に対して、左の前腕でガードをしたのだ。
剣は鋭く皮膚を斬り裂き、肉を断ち、骨へと食い込んだが、柄に近く刃が鈍かった為に両断は免れた。
魂の力がどろどろと流れる血を止め、まだ骨に食い込んだままの刃を締め付けるように切断された筋肉がみるみるうちに回復していく。
「貴様、人間じゃないのか!」
「人間だとも。ただちょっと、祝福が……いや、呪いと言った方が良いかもしれんが」
「なにをたわごとを!」
叫びながら剣を引くが、それでも来須の腕から抜ける気配はない。
その間に、来須の右腕が振り上げられ、男の目にツルハシの鋭い先端が見えた。
「ちいっ!」
振り上げたツルハシを避けるように馬の反対側へと転がり落ち、そのまま男は逃走する。
それに部下たちも慌てて付き従った。
幾人かは来須の様子をちらりと振り返っていたが、ツルハシを掲げたままの来須は微動だにせず、それが逆に恐ろしかったようで、一目散に逃げ去っていく。
「……やれやれ」
ちらりと見遣ると、腕の傷はすっかり治っている。
しかし痛みはまだ残っていて、振り返ってヒヴァリーと少女が無事でいるのを確認すると、来須はその場に座り込んだ。
「クルスさん!」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと疲れただけだから。それより、その子は?」
「眠っているだけの様です。問題ありませんわ」
良かった、と来須は笑顔を浮かべ、まだ燃えている村へと目を向けた。
「酷いな……近くの豪族から襲われた、とかそういう話かな」
戦乱の世界、というよりそういう時代にあるのだろう、と来須は理解していた。
日本にもそういう時代があったことは学校で習った。そこから武家が生まれ、国としての形が少しずつ出来上がっていく。
できるなら、アレクシスがその覇権を握る一人で会って欲しいと今は願っていた。
「クルスさん。あの、この子……」
「怪我してる?」
「いえ、そうじゃないんです」
近づいてきた来須へ向けて、ヒヴァリーは抱えていた少女の首元を見せた。
「刺青? いや、違うなぁ」
少女の首筋、耳の下を這うようにヘビのような形の青黒いあざが見える。
それが何を意味するのか、来須にはわからないがヒヴァリーには心当たりがあるらしい。
だが、話をする前にどこかで野宿をする準備をしよう、と来須は立ち上がった。
「クルスさん……」
「話はあとでゆっくり。それよりも、その子が凍えないように焚き火を用意して、寝る場所を作ってしまおう。起きてから、その子の話もゆっくり聞きたいし」
まだ燃えている村の中に、ちらほらと人の形をしたものが見える。
そのどれもが黒く炭化し、一部は身体の一部が欠損していた。それを少女に見せるのは酷だろう。
来須の意思を理解したヒヴァリーは、彼に少女を抱えて貰うと、近くに落ちていた塀の一部と思しき板を手に取り、先端に火を燃え移らせた。
「焚き火の準備は問題ありません。水も周りに有りますから、少しだけ……村の中が見えない所の道沿いまで離れましょう」
水はある。道沿いならば運よく行商が通った時に食糧が買えるかも知れない。
来須は頷き、少女を抱え直してヒヴァリーの先導に従って、村を離れた。




