0.Prologue
新作同時四作品開始の一つです。
同タイトルのものがありますが、内容は全く違います。
「見つけた……見つけた! とうとう、見つけた!」
高校生活最後の夏休み、薄暗くなってきた山の中で、崖の途中にある小さな穴に顔を突っ込んだまま一人叫んでいる青年が居る。
これといって特徴の無い……とは言い切れない。数日間も山に籠っていたせいか、ボサボサになった髪に伸び始めた無精ひげ。上下に着こんだレプリカ品の米陸軍野戦服は、あちこちが擦り切れて穴が開いている。
贔屓目に見てホームレス一年生のような風貌だが、彼にしてみればいつもの探索で最も合理的な格好をしているに過ぎない。
「間違いない。これがあの本に載っていた古代の儀式に使われていた道具だ! やっぱり、地盤が隆起してできたこの山にあった!」
土に埋まっているのは瑠璃色に光る宝石をちりばめた、複雑な紋様が刻まれた丸い板だった。恐らくは鏡だろうと思われるそれの周辺をゴリゴリと素早く、そして慎重に掘っていく。
彼が右手に握って穴掘りに使っているのは、やや小ぶりな愛用のツルハシだ。
ひょんなことから古代の文明に心奪われた少年時代から数年。彼は片っ端から関連の本を読み、地域の資料を漁った。
そして、呪術によって政を行っていたとされる文明の遺跡が、一部だけ住んでいる地域の近くで発掘されたというニュースを聞いて、居ても立ってもいられなくなった。
それからは病的なまでの熱心さで独自に調査を進め、この山にあたりを付けた。
そして夏休みを利用して幾度となく数日間にわたる発掘調査を(地主に無断で)決行し、残された日数もわずかとなった今、念願の発見を果たしたのだ。
問題は盗掘同然の状況で見つけたことだったが、今の彼にはそこまで頭が回っていない。別に目立ちたいとか誰かに褒められたいがためにやっているわけでは無いのだ。
では、何故か。
「なんという浪漫! 過去と現在を繋ぐことに成功したぞ俺! なんたる僥倖!」
興奮に包まれて半狂乱で発掘を続ける彼の目的は、ただひたすら古代の風を感じることにある。
「この時、この瞬間! 俺は過去と繋がっているんだ!」
誰かが彼の姿を見たら、警察に通報するのは間違いない。それが猟師ならうっかり撃ってしまっているかも知れない。
「取れた! やっぱり銅鏡かなんかだな。これを磨いて月の灯りを映すことで、占いを……あれ?」
掘り出された鏡は、一見して古いものだとわかる。紋様も彼が調べていた古代文明に見られる特徴的なものだ。
だというのに、指で軽く撫でただけで、鏡はハッキリと彼の顔を映すほどに輝いている。まるで、つい最近磨き上げられたかのように。
「どういうことだ? 誰かが最近埋めたとか? それにしては掘った後なんて……」
気付けば夜になっていた。
彼はふと思い立って、木々の隙間から見える満月に向けて鏡を傾けた。
「すごいな……」
神秘的な月の輝きを孕んだ鏡は、彼の顔を眩しく照らしてはいたものの、柔らかな光であって目を刺すような痛みは無い。むしろ視線を吸い寄せるような怪しげな魅力すらあった。
他の場所で発掘されたものから推察されている内容によれば、この鏡は月の力を借りて未来を予見するために使われた、いわば予言の道具であったらしい。
もちろん彼は予言などを信用しているわけではないが、それでも神秘的な輝きを放つ鏡を美しいと感じる心はある。
「綺麗だなぁ。もう何日も空振りだったけれど、これだけでも充分報われたよ」
場所は崖の上。命綱でぶら下がっただけの危うい場所ではあるが、彼は大きなため息を吐いて命綱に体重を預けた。
その瞬間、どこからか声が聞こえる。
『美しいなんて、そう言ってくれると嬉しいわ』
「えっ? うわっ!」
手に持った鏡から放たれていた月光が中空に向けて激しく伸びたかと思うと、彼の目の前にひらひらとした薄い衣装を纏った、美しい女性が浮かんでいた。
そう、宙に浮いていたのだ。
「え、あ、な、な……」
幽霊というにははっきり見えすぎている。
色白で透き通るような肌をしているが、赤くつややかな唇や、ねっとりとした視線を送ってくる翡翠色の瞳は、霊と言うには神秘的過ぎた。
「丁寧に、割れないように掘り起こしてくれたうえに、月の力をくれたこと、感謝するわ」
「こ、この鏡の? まさか儀式で未来を予見するっていうのは……」
「未来を予見? 随分と時代が過ぎてしまったようだけれど、そういう風に伝わっているのねぇ。でも、ちょっと違うわよ」
するりと顔を近づけてきた女性に、彼は思わず顔を赤らめた。
息がかかるほどに近いはずだが、呼吸は感じない。
「わたしはね、この鑑に封印されていたのよ」
「封印? てことは、悪霊とか……?」
「失礼ね。わたしは元々人間なのよ。鏡を使って世界と世界を繋ぐ力で色々な情報を得て集落をまとめていたのだけれど、少しだけ相手も味方も殺し過ぎちゃったせいで、封印されたの。言ってみれば、人間の枠を超えた女神みたいなものよ」
絶対女神とは違う。神は神でも邪神だろう。
彼はそう思ったが、口には出さなかった。
「とりあえず、まだ力が万全じゃないの。そこで、あなたに一つお願いがあるのだけれど」
可愛らしい顔をした邪神のウインクを受けて、彼は心底おぞましい物を見ているような目をした。
だが、邪神は見えていないかのように自分の話を続ける。
「わたしの力、封印されている間に少し弱くなっちゃったみたい。ちょっとだけわたしの力をわけてあげるから、ここと違う世界で魂を集めてくれない? そうねえ……五千万人くらい殺してくれたら充分よ」
「ごっ……ちょっと待って! 待ってくれ! 何を言っているのかさっぱり……」
「それじゃ、いってらっしゃーい♪」
ひらりと、邪神の細い指が動いた。
鏡が再び光を孕み、今度は邪神では無く、彼の身体を包みこむ。
「うわ、なんで……」
ツルハシや懐中電灯といった装備一式もまとめて光に包まれたかと思うと、あっという間に鏡の中へと放り込まれてしまった。
「あら、そう言えば名前を聞きそびれたわね。まあ、いいか」
力を使いすぎた、と邪神は小さなあくびをして、少し眠ろうと言って鏡の中へと消えていった。
後に残されたのは、古ぼけた鏡だけだった。