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年下、有能、女の子

「――失礼しました」

「いいわよ別に。じゃあ本題に入る?」


 くすくすと笑う葵に苦笑しながら居住まいを正す。もう視界を鈍らすものはない。感傷に浸る時間は過ぎた。これからはこの場所を、命を守ることを考える時間だ。


 暗闇の中ふと周りに気を配ると、この場に居る全員がこちらに注目していた。福島、宇都宮から来た者たち、そして東京支部の面々だ。その中には数日前に再会したまどか、高校の時の後輩である三咲みさき千香ちか、昔型などを教えた浅川あさかわ正吾しょうごなど見知った者も多い。怪我を負った際に世話になった、今は葵の夫となったかけるもいた。


「――はい。それではとりあえず道場を解放してくれると助かります。あと座布団や余っている毛布、暖房器具を」

「わかったわ。正吾君、千香ちゃんお願い」

「はい!」

「はいっ」

「結那、みんなを道場の方へ案内を」

「おっけ!」


 元気のいい声でそれぞれが動き出す。その声に触発されるように良治は気合を入れ直す。


「では加奈さまたちと葵さんたちは今後について相談を」

「はい」

「わかったわ」


 良治たちは門をくぐると右手の道場とは逆側の玄関に向かう。こちらは普段葵たちが生活している建物だ。手早く靴を脱いで、葵について二階に上がる。


「じゃあここで」


 襖を開けた葵に案内され部屋に入る。十畳ほどの畳の部屋の中央にこげ茶色をした木製のテーブル。これも昔からあるもので、事あるごとに懐かしさを感じてしまう。


「どうぞ」

「あ、どうも」


 全員が座ったところでお茶が出される。到着は知らせておいたので準備しておいたのだろう。しかしお茶を出してくれたこの少女に良治は見覚えがなかった。


「あ、優綺ゆきちゃんありがとうね」

「いえ、これくらいは。他に何かありますか?」

「ん、大丈夫よ」


 葵が普通に接しているところを見ると東京支部に来てからそれなりに経つのだろうか。セミロングに理知的な瞳の少女に良治は好感を持った。


「ではまず現状の整理を」


 優綺と呼ばれた少女に興味を持ったが、今はそれどころではない。まずは全員で情報の共有と意思の統一が必要だ。


「――という感じです。なので川越支部が今夜襲われるとして、東京支部は明日の夜。それまでに準備を整えて迎撃します」

「了解、わかったわ」


 東京支部を代表して葵が大きく頷いた。

 一緒に来たメンバーの加奈、佑奈、眞子に薫、そして結那。東京支部のメンバーからは支部長の葵、まどか、翔。あとお茶を出し終わって葵の後ろに控えている優綺。この場の全員に理解が行き渡ったことにほっとする。


「それにしても、そんなに強いの?」


 葵の言葉に良治をはじめ東京支部以外の面々が顔を伏せる。

 だがそれも仕方ないだろう。ほとんど一方的にやられたのだ。少なくとも西側正門を担当した良治たち以外の誰も相手を倒した者はいない。良治たちも倒したのは四人、しかし恐らく死んだ者はいないはずだ。それなら東京支部へ襲撃する時までに戦線復帰していてもおかしくはない。

 つまり相手の戦力は全く削られていないということだ。


「……強かったですよ。少なくとも一人は俺じゃとても敵わない」

「良治君が敵わないなら誰も勝てないんじゃない?」

「そんなことないですよ。昔ならともかく、今の俺は戦力としては微妙ですから」


 白神会を抜けてから体力や筋力の維持に努めてきたが、そんなものは大した役には立たなかった。常に実戦、剣を振るっていなければすぐに衰えてしまう。そんなことを痛感させられた。


「まぁそうね。一人ひとりの力量は結構なものよ。こっちの戦力も揃えないと危ないわね」

「結那の言う通りです。とりあえず一緒に来た人たちは休んで体力の回復に努めてください。明日の夜には戦えるように」

「確かにまずそれが一番かしら。じゃあ加奈さまたちはこちらへ」

「はい、すいません」


 葵と優綺が立ち上がり加奈たちを別の部屋へ連れて行く。ちゃんと気が休まるように女性だけの部屋を作るのだろう。


「あ、まどか。加奈さまは治療したけどまだ十全な状態じゃないから気遣ってあげてくれ」

「……うん、わかった」


 何か言いたげだったがまどかはそれだけを言うと彼女たちを追うように部屋を出ていった。きっと良治に話したいことがあったはずだ。


(少なくとも今はその話をするタイミングじゃないからな)


 現状はとてもそんな込み入った話をする余裕はない。それは全てが終わった後だ。


「ね、良治はどうするの? 寝ないの?」

「俺はさっき寝たから大丈夫だよ。結那は寝ておいてくれ。貴重な戦力なんだから」


 動ける戦力では結那は非常に大きなものだ。彼女と同レベル以上の戦力は眞子、まどか、そしてこれから合流する天音くらいなものだろう。


「そ? じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうわね。でも何かあったらすぐに起こしてね」

「ああ。さすがにこの状況だし遠慮なく」

「ん。じゃおやすみ」


 手を振って結那も部屋を出ていく。これで残ったのは良治と翔の男性二人だけだ。


「お久し振りです翔さん。あとご結婚おめでとうございます」

「ありがとう。まさか君が助けに来てくれるとは思ってなかったよ」


 旧姓宮森、現南雲翔。東京支部所属の医術士で葵の夫。線の細さや落ち着いた物腰は変わっていないように見えた。


「結那の功績ですよ。あとはまぁ乗り掛かった舟って感じですけど」

「それでも君は来てくれた。それだけで十分だよ」

「……まぁ全力は尽くすつもりです。宜しくお願いします」

「うん。蒔苗ちゃんと一緒に治療は任せて欲しい。じゃあ私は少し道場の方に行ってくるよ」

「はい」


 一人残った良治は天井を見上げてから目蓋を閉じた。

 ――こんなにも自分の周囲の世界は優しかった。

 そのことに初めて気付けた気がした。


「――その優しさに応えないとな」


 優しくされた分はちゃんと返したい。そしてその手段は今確かに良治は持っている。

 目的があって、それを成す手段と力がある。ならばあとはそれを行う勇気だけだ。


(昔の和弥を思い出すな……いや今もきっとそうなんだろうけど)


 彼ならどうするだろうか。そんなことは決まっている。


「――さて、気合を入れ直すかね」


 傷付いた身体に痛みが走る。だが良治はそれを無視して立ち上がる。

 やることは多い。しかしやればやるだけきっとみんなを助けられる。

 昔は常にこんなことを考えたり行っていたりしていた気がする。何故だか懐かしさと共に笑みが零れて来た。


 そして――良治は決意した。必ず守り抜くと。








「そろそろか」


 気が付けば時計の針は九時を回っていた。空気が陽の光に温められていくのを肌で感じ、眠気は何処かに行ってしまった。やることは多かったので有難い。


 あれから懐かしの東京支部を一回りし、見知った支部員たちに声をかけて回った。どうやら今の東京支部員は支部長の南雲葵、副支部長の柚木まどか、医術士の南雲翔の他には浅川正吾と三咲千香、初対面となった石塚優綺、そして今こちらに向かっている潮見天音。今支部にいるのは七人だけらしい。

 あと現在小学生のメンバーが二人いるらしいのだが、彼らは葵たちの子供を連れて事情を知っている人の家に避難したとのことだった。葵の判断は正しい。少なくとも良治はまだ小学生の子供を人間同士の殺し合いに参加させたいとは思わない。例え戦力として数えられたとしてもだ。


「どうしたの?」


 宇都宮と福島の男性支部員たちが疲れを癒している道場を出たところで女性に声をかけられた。


「早いな」

「そう? 四時間くらいは寝たから問題はないわ。それで何がそろそろなの」


 現れた結那の表情に疲労は見えない。彼女の言うように本当に問題はないようだ。昔と変わらずスタミナには自信があるらしい。


「いやそろそろちょっと行かないといけない場所があって」

あしは必要?」

「あると助かる。というか誰かに頼もうかと思ってたんだ」

「じゃあ決まりね。人手はもっといる?」

「うーん……」


 良治が行きたい場所は銀行と弁当屋だ。当座のお金とこれからの食料が目的になる。弁当は注文だけして運んでもらおうかと思っているが、それが出来るかどうかは当日注文では難しいかもしれない。


「悩むくらいだったら誰か連れて行きましょ。……あ、優綺、ちょっと一緒に来て」

「あ、はい。わかりました」


 ちょうど南雲家の方の渡り廊下から姿を現した優綺に声をかける結那。確かに彼女の意見は正しい。手が空いているのならそうした方が良い。


「ごめん、ありがとう」

「いえ、大丈夫なので気にしないでください」


 さらさらとした黒髪を揺らしながら微かに笑みを浮かべる。迷惑ではなさそうで安心した。年下の女の子から嫌われるのは少し堪える。それも可愛い娘なら尚更だ。


「んー……?」

「さ、行こう結那。車頼むよ」

「あ、そうね。行きましょ」


 頭に上に疑問符を浮かべていたが声をかけると元に戻った結那が歩き出す。それに二人も続く。


「あ。正吾、ちょっと出てくるって葵さんかまどかに伝えてくれ。多分一時間くらいで戻る。もし何かあったら結那に連絡してくれって」

「わかりました!」


 靴を履いている最中に通りかかった正吾に連絡を頼んでそのまま外に出る。今日の天気は良さそうだ。


 良治は助手席に、優綺は後部座席に乗って車は走り出す。一応周囲を注意はしてみたが怪しい気配も視線も感じない。まだここまで目は届いていないようだ。


「あの……」

「ん、どしたの優綺」

「足元に刀があったんですがこれは」

「ごめん俺のだ。すまないけどそのまま置いておいて」

「あ、はい。わかりました」


 優綺の持っていた刀をミラー越しに確認する。間違いなくそれは良治の愛刀・村雨だ。中身は折られてしまっていて使うことは出来ないが、それでも大事なものには変わりない。

 わかりましたと答えた優綺はそのまま足元に戻さないで、そっと座席に横たえた。何か感情が伝わったのかもしれない。


「なんだか不穏な雰囲気を感じるわね」

「気のせいだろう。それよりも運転に集中してくれって」


 少しずつ好感度が上昇しているのが気になるのだろう。隣の結那が一瞬送った視線が怖かった。


「ええと、石塚さん?」

「はい。あの、優綺で大丈夫です。みんなからはそう呼ばれているので」

「じゃあ優綺さん。これから弁当屋さんに送るけど、頼むことはまず四十人分のお弁当の確保。これは今日の昼と夜、明日の昼と夜の四回分。あと宅配が出来るかどうかの確認を。大丈夫かな」

「はい、大丈夫です。お金はどうしますか?」

「優綺さんを先に降ろしてから銀行に行くから、それからまた戻ってくるよ。支払いがいつ必要なのか聞いておいてほしい」

「わかりました」


 ほどなくして車が止まる。支部から車で十五分といったところだ。大きめの道沿いに昔からあるチェーン店だ。正直なところ潰れてしまっているかもと思ったがまだなんとか営業しているようで嬉しかった。


「では」

「はーい、優綺頼むわね」

「よろしく優綺さん」


 最後に少しだけ頭を下げてからしっかりとした歩調で弁当屋に向かう。軽くそれを見送った後結那は再度車を走らせた。


「一番近い銀行は駅前だよな?」

「ええそうよ。あと優綺は駄目よ。犯罪よ?」

「待て。なんでそうなる」


 確かに黒髪の美少女で、更に性格も頭も良さそうな印象だがそれは恋愛感情とは程遠いものだ。


「まだ中学生なんだから」

「……お前が俺のことをどう思ってるのかすごーく気になるが、聞いたら凹みそうだからやめておく」


 酷い勘違いをされていそうで怖い。だがそれを言葉として聞いてしまえば更なるダメージを負いそうだ。


「ちょっとずれてるわね。私が言いたいのは『もっといい女が近くにいるじゃない』ってことなんだけど」

「ああ、なるほど。だけどそれもそれでコメントしづらいからスルーで」

「残念」


 さして残念でもなさそうなまま車を走らせる。視線も前を向いたままだ。単なる軽口なのだろう。


「んじゃ行ってくる。ちょっと待っててくれ」

「はーい」


 程なくして駅前に着き、結那を車に残して銀行へ入っていく。

 暖房の効いた店内は快適で早い時間だったがそれなりに混んでいた。少し時間がかかりそうだなと感じながら良治は手近に居た行員に声をかけた。わからないことは聞けばいい。


「すいません、ちょっと多めに貯金下ろしたいんですけど手続きってどうしたらいいですか?」









 結局のところ手続きは必要なかった。

 手続きが必要になるのは五十万円を超える場合からで、彼はちょうどそれくらいを引き出そうとしていたのでギリギリATMで事足りた。面倒な手間がなくなって少し安心した。

 結那や優綺をあまり待たせるのも悪い。お金を降ろし、教えてくれた行員に軽く頭を下げて銀行を出る。


「悪い、待たせた」

「別にそんな待ってないわよ。むしろ早かったなって」

「手続き必要なかったからな」

「ちなみに幾ら下ろしたの?」

「五十万。予想外の出費も考えて」


 シートベルトを着けて懐に入れた封筒を軽く叩く。

 布団セットが一組約五千円。それを四十組で約二十万。

 弁当代が一食五百円として四十食を四回分で約八万。

 三十万では何かあった際に心許ないし、四十万引き出すなら五十万でも変わらない気がする。まだ貯金には余裕はあるので多めに引き出すことにした。


「じゃああとはお弁当屋さんに戻ればいいのね?」

「ああ。頼む」


 元来た道を引き返して弁当屋に戻る。きっともう注文は終わっているだろう。問題は宅配と金額だ。


「あ、お店の外で待ってるわね」

「寒いだろうに」


 視界に弁当屋と同時に優綺の姿も入る。薄手の服がいかにも寒そうに見えた。


「良治先に行ってていいわよ」

「おっけ」


 結那に促されて先に車を降りるととてとてと優綺が近づいてくる。やはり寒そうだ。


「遅れてごめん。とりあえず店に」

「あ、はい。ええと、宅配はしてくれるそうです。時間は十一時と十八時にしたんですがそれで大丈夫でしたか?」

「大丈夫。ありがとう」

「あとお弁当にお茶と水を合わせて四十本、それと今持ち帰りで同じ量注文しようかと思うんですが……」

「そうだ、飲み物も必要だね。見落としてた。ありがとう」

「いえ、少し出しゃばったかなと」

「いやむしろ助かったよ」

「なら良かったです」


 優綺の気遣いを再評価しつつ店内に入る。彼女は話を通していたであろう店員に注文を確認して、良治に金額を伝えた。


「予算的には大丈夫でしたか……?」

「ああ、問題ない」


 一食五百円が六百円になっただけだ。多めに引き出してもいたのでなんに問題もない。

 金額を確認してレジでお金を支払う。この場で支払うのは持ち帰りの飲み物代と昼の分だけだ。約三万円を支払うとレジの脇から箱に入った飲み物が出される。優綺は持ち運びを考えてお茶と水を一ケースずつ注文したらしい。予算は伝えてないので手間を省いたのだろう。とても合理的と言える。


「大丈夫みたいね」

「ああ。で、結那悪いけど一つ持ってくれ」

「おっけー」

「え、あの」

「優綺は後ろの席のドア開けて」

「すいません、わかりました」


 店員から二人で一つずつケースを受け取って車に向かい、優綺が開けた後部座席の奥へケースを積み上げる。


「じゃあ優綺さん悪いけど押さえておいて」

「はい」


 これで外でやることは全て終わった。

 収穫として具体的にはお金の問題も弁当の注文。そして。


「助かったよ。ありがとう」

「いえ、手伝えてよかったです」


 一人の女の子の笑顔。それだけでも十分なくらいな綺麗なものだった。


「良治ぅ?」

「わかってる。わかってるから」

「……?」


 優綺だけがわからないまま三人は東京支部へ。束の間の息抜きは終わりを告げた。




【五十万】―ごじゅうまん―

諭吉さん五十人分。それなりに大金。

良治の行った銀行では、五十万までは手続き不要でATMで降ろせる。良治が五十万にした理由でもある。

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