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天音との真剣勝負

「お疲れ様。調査か?」

「はい。こういったことは早い方が良いですから。訓練見てなくても?」

「ちょうど昼休憩だよ。それにこっちも気になっていたから」

「私、でないのが残念ですね」


 黒ヒョウの群れとの戦闘の翌日、良治は弟子たちの訓練の休憩中昨日訪れた崖下に来ていた。すると常に冷静で頭の回転の速いくせっ毛の先客がいたというわけだ。

 想定外ではあったが納得のいく光景と言える。


「それで何かあったか」

「いえ特に不審な点は。身体は塵になって消えてますし、その点では普通の魔獣でいつものように偶然開いた魔界との扉から出現したと思われます」

「いつものように、ってのは嫌だけどな。普段からこの場所には?」

「以前この一帯に来たのは三か月前ですね。その時には何もなかったはずです。このタイミングで魔獣を発見出来たのは僥倖でしょう」


 天音が見回りに来た夜に魔界との扉が開いて魔獣が現れた。被害を最小限に出来たのはただの偶然で、あの夜見回りをしていなければ被害者が出た可能性は十分にある。定期的な見回りが重要だと再認識させられる出来事だった。


「普段来てないのになんでまた昨日は」

「昨夜は別に遠出しても問題ないと思ったので。支部の心配はしなくて良かったので遠出することにしたんです」

「なるほどね」


 昨日はまどかと正吾は仕事に出ておらず支部にいた。それに加えて良治と結那もいたので安心して遠出をしたということだろう。


「普段の見回りは支部の近いところくらいしか行けてないと思ったので。どうしても人数が足りませんし」


 東京支部の主力は二人しかいない。仕事で支部にいないことも多く見回りは疎かになっていただろう。


「……ああ、なるほど。だから帰り道まどかが礼を言っていたのか」

「そういうことです。でも私もただの思い付きでしたし、実際に何かと遭遇するとは思っていませんでしたけど」


 話をしながらも天音は辺りを観察しながら森の中へと足を進めている。天音がこの場所に来たのと良治が来たのは同じ理由だろう。


 森を散策をしていくが彼女の言ったように魔獣の死骸はない。残っていたのはほんの僅かな黒毛と赤く変色した血痕だけだ。

 二人は確認してそれ以上のものがないと判断したものから土をかけて痕跡を消していく。一般人に発見されて余計な心配事を抱かせない為だ。


 天音は更に進んでいく。彼女が目指すのはきっと最初に魔獣を認識した場所だろう。だが目的地はそこではない。更に奥の、魔獣の群れがこの世界に出現した場所を特定したいのだ。


「――ここ、ですかね」

「たぶんな」


 無言で歩き進んでおよそ十分。そこは森の中だが少し開けた場所で剥き出しの地面に多数の足跡があった。その足跡は今二人が来た方向にしかなく、この場所から現れて崖下まで来たと推測できた。


「瘴気の薄さからも間違いないでしょう。……よかった」


 魔界の扉が現れやすい場所の共通点として瘴気の濃いというものがある。しかしそれは出現すると数分で消えてしまう。場合によっては十秒も持たない場合もあるが、最終的に消えてしまうと周辺の瘴気がごっそり消えてしまっていた。

 つまりこの瘴気のとても薄い状況は魔界の扉が現れ消えた痕跡と言える。


 天音の安心した声はここまで人家や人間を襲った跡がなかったことに対してだ。魔獣を倒すことが目的でなく、人々を守る為に戦うことを決して忘れていない元暗殺者の彼女に良治はなんだか温かい気持ちを抱いた。


「これでここでの目的は終わりましたね」

「ああ。一安心だ」


 想定していた時間よりも早く終わったのは天音のお陰だ。きっと向こうも同じ気持ちだろう。


「そう言えば昨夜は久し振りに戦闘モードを見ましたが、もうほぼ全盛期という感じですか?」

「まぁ、だいたいな。足手纏いにはなってないとは思いたいね」


 あの黒ヒョウたちは強かったが、それは魔獣としてはという注釈が付く。多対一でもなく、それぞれが無難に戦い続けられれば問題ではないだろう。正直良治の指示などなくても、それこそ良治がいない三人でも勝てていたと思える。

 それに良治もまどかも奥の手である半魔族化を使用していない。そこまでの相手ではなかったというこのの証明だ。


「――良治さん」

「ん、なんだ……?」


 先ほどまでとはまるで違う剣呑な雰囲気の天音に思わず呑まれかける。彼女の瞳は鋭く彼を射抜いていた。


「あの時は……初めて会った時は互角でしたね」


 初めて会った時。それはまだ彼らが高校生だった頃、敵対していた頃の話だ。


「そうだったけど、それが……?」


 本題に入る枕だと理解はしたが肝心の本題が見えず訝しむ。天音は未だ鋭い眼つきを緩ませていない。


「ブランクはありましたが、今はもう戻ったと貴方は言いました。じゃあ――その今の状態で、良治さんは私よりも強いのでしょうか?」

「それは……」


 身体は思ったように動いてくれている。それは以前まどかや結那と模擬戦を行い、勝利出来たことからも確かだ。

 だが三人はそれぞれ得意なものが違う。長所ストロングポイントが、戦闘スタイルが違う。二人に勝てたからと言って同レベルの天音にも勝てるとは限らないのだ。


「きっと……」

「きっと?」

「はい。きっといつか、貴方はまた何処かに行ってしまう。私はそう思っています。ああ、答えなくて大丈夫です。話す時はまどかさんからするべきでしょう。それで、もし良治さんが何処かに行ってしまった時……私が良治さんのことを心配になるのは当然でしょう?」


 恋人が自分から離れて、ということとは少し違う気がする。おそらく彼女が言いたいのは精神的なことではなく身体的なことだ。


「つまり?」

「私に心配なんて要らないと示してください。安心して貴方の背中を見送れるようにしてください」


 寂しげな微笑に変わった天音。しかし戦意だけは変わらず――その手に大鎌が握られた。


「力をもってそれを証明せよ、ってか」

「そういうことです。わかりやすいでしょう?」

「まったく……」


 結那のような物言いだ。

 笑みを口端に残し澄ました顔の天音に良治は苦笑で返す。

 わかりやすいことは嫌いではない。彼女に応えてポーチの中から転魔石を取り出した。


(自分の行動が予測されてるってのはさすが天音と言うべきか。でも)


 彼女に自分の思考が読まれて嬉しい反面、先読みされていることに退魔士としては拒否反応が出る。


「いくぞ」

「はい。いつでも」


 広場というには広くない空間で少しばかり距離を取って構える。そしてすぐに良治は走り出した。


 日本刀と大鎌が交差し、鈍い音が森に響き渡った――










 重量のある巨大武器に属する大鎌を軽々と振るう天音。時に盾に、時に支えにしてひらりと身を躱すさまは熟練の業を感じさせる。


「はっ!」

「っ!」


 二人とも接近戦は得意と言えるが日本刀と大鎌では間合いが違う。受けと躱しに時間を割くのが多いのはやはり良治だった。


(――そろそろか)


 戦闘開始から十分ほど経とうとしていた。たった十分だがそれは相手に刃を向けての十分、相手から刃を向けられての十分だ。神経のすり減り具合は訓練の時とは桁違いと言える。


 天音は大鎌の柄の中心を軸に回転させ舞うように攻防一体の技を繰り出すが、良治は踏み込みかけた足を斜めに向けて勢いを殺さないまま避ける。天音の技は全てではないがほとんどは把握している自信がある。選択肢の一つとして頭に入っていれば対応は難しくはない。


「……ふぅ」


 避けられたことですぐに大鎌を止めてこちらを見据えたまま大鎌を構え直す。天音の呼吸は乱れてはいない。しかし。


(大鎌の構えの高さが落ちてる。疲労が溜まってきたか、それとも誘いか)


 疲労だとしたら大鎌を振り回した後の今が好機だ。だが罠だとしたら。


(――いくか)


 僅かな逡巡の後、良治は真っ直ぐに走り出す。天音はそれを見て背後の森に後ろ向きのまま飛び込んだ。


 森の中では地の利は天音にある。それなりに身軽であると思っている良治だが、天音には敵わない。だがそれでも良治は木の枝や幹を足場に移動する彼女を懸命に追う。


「――!」


 木と木の間を縫うように追う最中、天音のスピードが落ちて来たと感じたその時、突如として彼女が振り向きこちらを見た。


詠唱術えいしょうじゅつ!)

「――濁流だくりゅう瀑布ばくふ!」


 天音の両手から放たれた水流は即席の滝のように上から下、つまり良治目がけて一気に流れ出た。


 逃げながら詠唱術に必要な言の葉を紡いでいたが良治は気付けなかった。きっと一度でも振り向いてくれれば何かをしようとしている気配を感じられただろう。


 術での防御、回避、突撃など様々な対応が過ったが選んだのは――


「ぐっ、とぉっ!」


 素早く木を盾にするとすぐさま刀を突き立て樹上の枝に上って水流を避ける。半身は水に濡れたが勢いは流されるほどではなかった。


「――っ!?」


 数M先の木の上から術を放ち続けている天音と目が合ったのは良治の足が枝から離れた直後のことだった。


「うっ!」


 良治の体当たりは的確に彼女の身体を捉えて縺れるように落下する。


「……あの、天音さん?」

「なんでしょうか良治さん」


 良治が口を開いたのは落下してから数十秒が経ってからのことだった。二人とも怪我はないはず。良治からぶつかったことから彼が上から覆い被さるような体勢になってしまったが、落下する前に彼女の後頭部と地面の間に手を滑り込ませたので大事はないはずだ。


 だがそれでも言葉を発するのに時間がかかったのは身動きが取れなかったからで、天音に声をかけたがそれは改善されてはいない。むしろ更に動けなくなったくらいだ。


「そろそろ手と足を放してくれませんかね」

「……仕方ないですね」


 渋々といった感じで抱き付いていた両手を離し、絡みついていた両足を開放する。良治は小さな溜め息を吐きつつ立ち上がると自分と彼女の姿を見る。


「どうしました?」

「いや、お互い酷い格好だなと」


 水を放った方向とは逆に落ちたのでそこまでではないが、それでも地面は水と土が混じった泥でぐちゃぐちゃだ。当然そこに転がった二人もだ。


「はぁ……刀回収してくる」


 足場にした刀は木に刺したままだ。抜くような余裕はなかった。

 結局最速でいくしかないと判断した結果、転魔石で新しい武器を出さずにそのまま体当たりという結論だったのだがそれは正しかったのだろう。一秒遅れていていたら躱されていたかもしれない。


「帰ってお風呂にしましょう。……ああ、一緒でもいいですよ?」

「おいおい。さすがにそれはまずい。まぁまたいつか機会があったらな」


 一緒に入りたい気持ちは多少あるが東京支部で他にも人がいる状況では酷い修羅場コトが起きる予感しかしない。新宿の占い師の予知並みに自信がある。


「さ、では帰りましょう。ああ、それと言い忘れたことが」

「ん、なんだ」


 先に歩き出した天音が振り向いて、笑顔で言う。


「参りました。心配なんてやっぱりいらなかったですね」

「……そか」

「ふふ。では行きましょう」


 再度歩き始めた天音の後を追いながら気づかれないようにそっと息を吐く。しかしきっと彼女は気付いているだろう。そして微笑んでいるだろう。


(なぁんで天音の笑顔ってあんなに可愛いのかね……)


 参ったのはこっちの方だ。

 なんて言葉を心に止めて抜いた刀を鞘に納めた。



【新宿の占い師の予知並みに】―しんじゅくのうらないしのよちなみに―

良治のちょっと苦手な占い師。あまり率先して会いたい人物ではないらしい。

余談だが彼女は妹に罪悪感のある出来事があったようで、回らないお寿司を妹に奢ったらしい。

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