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占いが指し示したもの

「嫌な雰囲気ね」

「だな」


 キメラの骸と結界に閉じ込めた男を残し、良治と結那は部屋の奥にあった鉄製の扉から更に奥へと入っていく。


 良治は転魔石で喚びだした時腰につける余裕がなく、そのまま放ってしまうことになった鞘をベルトに装着。結那は戦闘時に放り投げていたコートをどうしようか迷った後、結局この部屋の壁際に畳んで置いておくようにしたようだ。

 この後も戦闘の可能性はある。邪魔だし何より汚したくないのだろう。


 良治が扉を開け、結那が拳を構えて中を見るが特に変化はない。誰の気配も感じられず、頷く結那と共に良治は内部へと足を踏み入れた。


 扉の先は通路。しかし奥行きはさほどない。すぐに全容が理解出来た。

 真っ直ぐ行った突き当り、そして左右それぞれに扉。計三つの扉が存在し、それ以外は壁しかない。


「また三つの扉か」

「さっきは三つ目が正解だったけど、何処から開けるの?」

「正解は、たぶん結那が見た女性がいる部屋か。無事ならいいんだけど」

「大丈夫じゃない? だって時間はあんまりなかったはずだし。あのキメラは違うと思うし」

「そうだな」


 良治たちはキメラの合成に詳しくはないが、ほんの数分で完成させることが出来るほど手軽ではないはずだ。つまりあの頭部の女性はしばらく前に攫われたと思われる。新宿に来る前に資料は見たが、そこに彼女の名前があったかはわからない。


「まずは一番近いところから行こう」

「おっけ」


 結那の同意を得られ、良治は一番近い右側の扉を開けることにした。先ほどと同じように良治が開け、結那が警戒する。これは単純に狭い室内で刀を振るうよりも拳の方が立ち回りやすいからだ。


(もう戦闘はしたくないけど)


 あの男に切られた腕の止血は済んでいて、今の良治に大きな影響のある傷はない。しかし連戦の消耗は隠し切れず、出来ればもう今夜は戦闘をしたくない。


 出来る限り音を立てないようにノブを回し、すっとドアを開く。


「誰もいないわ」

「……みたいだな」


 結那に続いて中を見る。

 しかし中は狭い。左側奥にもう一つ扉があり、ここは通路のようだと感じた。


「あの奥、行く?」

「行かないとダメだろう。……?」


 廊下の頼りない灯りが射し込み、入った部屋の左側の壁に何かが鈍く反射をする。そこで汚れで曇ったようなガラスのようなものがあるのに気付いた。

 ガラスは二mほど張られており、良治は昔見た病院の新生児室を思い出した。ちょうど腰くらいから上部にガラスがあったからだ。


「ね、向こうに何かある感じしない?」

「この向こうか?」

「うん」

「……結界だな」


 壁に触れてそこに結界があることに気が付く。これはこのビルに張られていたものと同じものだろう。あの男、結界士と呼べるほど結界術に通じているらしい。かなりの凄腕だ。


 しかし結界の中に結界を張る技術はまだないはず。となるとあの結界とは重ならないように張られていたことになる。

 良治の知らない技術があるのかもしれないが、良治はだいたいの予想をつけた。


 結界を張る方法は大きくわけて二つの方法がある。

 一つはほとんど退魔士が仕事中に張るもの、そしてもう一つは拠点防御や長時間、大規模だったり限定した狭い場所に張る為に石などを複数用いて張る方法だ。

 前者は張った場所から球状に広がるが後者は石の場所で区切ることが出来る。良治が以前中国地方に行った時に旅館で使用したようにだ。


 つまりこのガラスの向こうを隔離するように何かを配置し、ビルの方も同じように何かを配置して別々の結界を張ったということだ。それも気配遮断なども織り込んでだ。

 同時に別々の場所で結界を張るのは難しいが慣れればそこまでの技術ではない。しかしそれぞれ条件付けとなると間違いなく良治よりも上の結界士。それも良治が知っている誰よりも腕の立つ結界士だ。


(あまり長い間放置しない方がよさそうだな)


 出来るだけ探索を短時間で終えてあの男が目覚める前に戻るべきだろう。

 そうなるとこのガラスの向こうの状態を早く調べなければならない。


「結界、壊すぞ」

「おっけ」


 薄汚れたガラスだが、向こうが見えないほどに汚れているわけではない。見えていないのは結界の影響だ。結界がある限り向こうに何があるかは見えなくなっている。


 良治はガラスに掌を押しつけ結界に力を流し込むと、急に負荷をかけられた結界は甲高い音をさせて弾ける。

 だがガラスや部屋の壁には何の影響もない。純粋に結界だけがなくなっただけだ。


「う……なにこれ」

「これは……」


 結界が消えガラスの向こう側に見えた光景に、良治は思わず後ずさった。その後ろで結那も口元を抑えて嫌悪感――いや、単純に気持ち悪さを口にしていた。


 良治が仕事モードの時に思わず後ずさる、そんな状況はそうそうない。だがそうしてしまうほど、結那も吐き気を覚えて口に手を当てるほどおぞましい光景がそこには存在していた。


 ――蟻。それは蟻と普段読んでいる昆虫の姿にとても似ていた。だが道端で見かける蟻とは幾つか違う点がある。

 まず蟻はこんなに大きくはない。三十cmはあろうかという巨体だ。そしてその巨体でも目立つ赤く大きな目、更に口には鋭利で複数の返しがある牙。

 全身は赤黒く、全体像、ぱっと見はただの蟻に見える。遠くから見れば、の話になるが。

 だがこんな近さで唐突に出現すれば普通は驚くだろう。それは仕方のないことだと言える。


 良治たちが驚いたのはそのどれも原因ではなかった。これだけなら普段時折見る魔獣そのもの。驚くには値しない。


「なによ、この……多さは!」


 壁を、部屋を覆う赤黒い群れ。

 蟻たちは互いの身体に乗るようにせわしなく脚を動かし続けている。身体の大きさもそうだが、何よりもこの部屋に対して密度が高すぎる。まるで虫籠に無理やり詰められたようなものだ。


「ギッ!」


 壁際にいた個体が二人に気付いたのか騒ぎ出す。それと同時にガラスを牙で傷つける耳障りな音、そして奥の扉ががたがたと動き出したのが見えた。


「ちょ、出るつもり!?」

「もう一度張り直す!」


 刀を鞘に戻して振動するガラスに手を付け直し、結界を張るべく力を通――そうとして失敗する。


 この部屋にあった元の結界の基点を利用しようとしたのだが、先ほど破ったことで基点も吹き飛んでしまったらしい。良治はもう一度力を通そうするが手応えを感じることは出来なかった。

 こうなれば完全に自力で結界を張るしかない。


「くっそ……!」


 同時に結界を張ることはやったことがある。練習もしてそうそう失敗もしなくなった。だが見えない場所と同時、そして消耗状態で試したことはない。

 そして昔行った練習では一つは内部に入り、もう一つは目に見える近場で張るものだった。今回とシチュエーションがまるで違う。


「構えとけッ!」

「――!」


 結那は結界が張れない。大の苦手だ。

 良治は彼女に声をかけながらイメージする。目の前の部屋全体を包み、それでいてこちらを巻き込まない範囲の結界を。


 ――そして、あれほど激しかった衝撃が、蟻の群れの姿が消えた。


「……出来たの?」

「不安定で、最低限だけどな。あとはこれをどうするかだ」


 最低限の結界。それは結界から出れないように壁を作ることと内部を見えなくするという、結界本来の効果だけだ。罅の入ったガラスの向こうからは相変わらず足を動かすような気持ちの悪い音は聞こえ続けている。


 閉じ込めることに成功はしたが、問題はこの後だ。

 良治の体力は限界に近い。意識を失えば何の基点も使っていない以上結界は二つとも消失してしまう。


 すぐにでも応援が欲しいが今動ける者はいない。


(どうする……?)


 結那にこの蟻たちを相手にしてもらうのはない。いかな結那と言えど多勢に無勢だ。群がられてしまうのが目に見えている。


(結界を一つにすれば負担は減る。安全でもある、が)


 あの男を殺してこの部屋だけに結界を絞る。そうすればあの男にかける労力は減り、こちらの結界もある程度安定するだろう。

 だがあの男からは聞きたいこともある。気絶している人間を一方的に殺すことに僅かながら抵抗はあるが、自分はともかく他の者たちの安全を考えれば躊躇する理由にはならない。


「……結那」

「なに? 決まった?」


 一分ほどたっぷり考えた後、良治は決断を下した。

 隣で待っていた結那に結論を伝える。


「――この部屋の蟻を始末する。たぶん俺は使い物にならなくなるから、その時は結那の裁量で色々頼む」

「……それって、良治は死なないわよね?」

「最悪気絶、ってパターンだな。そうなったらもうなりふり構ってられないから他の部屋覗いて女性がいるなら救出、見つからなかったら離脱。あの男に関しては両手両足縛って高村さん――じゃない。世良さんに引き渡すのが妥当か。勿論出来るだけ気絶するつもりはないよ。この後もまだやることが山積してるのはわかってるから」

「良治が死なないならいいわ。……嘘は吐いてないわよね?」


 じっと見つめてくる結那に苦笑する。

 良治としては今までもほとんど嘘を吐いた覚えはないのだが。


「まさか。――っと、時間はないな。というかマジか」

「え、もしかして結界、破られるの? なんでっ!?」

「そりゃまぁその場凌ぎだったってことだよ」


 ピシりと結界に亀裂が入ったことを感じ、予想よりも遥かに早い展開に良治も苦虫を噛み潰す。


 最低ラインの結界だが数時間は持つだろうと思っていた。それが早まったのは蟻たちの獰猛さ故だ。

 先ほどと同じような勢いなら持つと予想していたが、もしかしたら閉じ込められたことに気付いたのかもしれない。もしかしたら今まで相手をしてきた魔獣の中でもトップクラスの攻撃能力があり、それが容易く結界を破壊しようとしている可能性もある。


 だが、今はそれを深く考察している場合ではない。

 良治は結界に手を触れ、内部に荒れ狂う風を巻き起こそうとして――思い出した。


 ――でも火系統の方が良さそうかも。


(これか!)


 結那が聞いたという慧からの助言。おそらくこの場面へのアドバイスだ。

 風系統なら扱い慣れ、消費する体力も少ないが火系統はそこまで得手とはしていない。それこそ気絶するかもしれない。


 良治は迷う。きっとこの蟻たちには火系統の術が有効なのだろう。しかしその後のことを考えると――


「全部……燃え尽きろ――ッ!」


 良治は助言を受け入れて火属性の術を使用することにし、右手から力を伝わせて結界内部に炎を充満させる。樽の中の水が底から蛇口で出ていくような感覚に襲われながらも、気を抜くことなく力を振り絞る。


 そして、炎が消え去ると同時に――結界が壊れた。


「……はぁ……はぁ」

「大丈夫? 意識ある?」

「……ああ。ちょっと目の前真っ白だけど意識はある。ちょっとだけ、待ってて」

「座る? それとも膝枕でもする?」

「いや、だいじょう、ぶ!」


 膝に手をついて下を向きながら息を切らせていた良治は、強がるように天井を向いて答えた。


「もう、別に私にそんなこと言わなくてもいいのに」

「大丈夫だから、大丈夫って言ったんだよ。……うん、視界も戻って来た」


 視界が白から薄暗い黒に変わっていく。

 罅割れたガラスの向こう側はよく見えないが大量の煤がありそうだ。おそらく蟻は殲滅出来たはず。だが念の為確認するべきだろう。


「結那、あの扉から中に入って確認する。開けてくれ」

「え、私が入るんじゃなくて?」

「ああ。生き残りがあるなら殴るよりも斬った方が良さそうな感じだしな。触れなくていいなら触れない方がいいとも思うし」

「ま、そうだけど。大丈夫なの?」

「何回目だそれ。大丈夫だって」

「……もう」


 呆れながら扉に向かう結那。ここで押し問答をしていても時間の無駄だと思ったらしい。溜め息を吐きながらも従ってくれるのは長い付き合いのお陰だ。


「行くわよ」

「ああ。一気に開けないでいい。」

「ドアノブ熱い……」

「ごめん。諦めてくれ」

「はいはい」


 良治は刀を抜いて構える。扉という構造上、縦にスペースが発生していくので良治は上段に構え息を整えた。


 そして結那が扉を開く。指示通り三十cmくらいの隙間が生まれる。


「――はっ!」


 縦に振り下ろし、そして返す刀でもう一閃。

 地面にいたのが一体、扉を開いて落ちてきたのが一体。そして天井から這い出してきたのが一体。一瞬で三体を討ち取る。


「燃えてなかったってこと……?」

「完全に無傷だったな。……まぁそれは後で考えるとして中に入るぞ」


 地面に倒れた蟻の死骸を刀で部屋の中に弾き、内部に視線を飛ばす。


 見える範囲にはやはり焼け焦げた蟻の死骸が溢れており、不快な臭いが満ちていた。

 大多数の個体は死に絶え、あの三体は何らかの要因でたまたま生き残っただけなのだろう。


 良治は慎重に部屋に一歩踏み込み、部屋の全体を把握しようとした。だがそこには――


「く――!」


 部屋の隅、焼け崩れた死骸の影から、そして天井の隅からも数体の蟻が良治を殺そうと、喰おうと襲い掛かって来るのが見えた。

 手近にいた一体を切り伏せ、良治は扉に背中を打ちながら脱出する。部屋の中では蟻の死骸が邪魔なうえ、多方面からの襲撃をかけられては面倒だ。


「まだいる!」

「任せて! はぁぁぁぁ!」


 結那と入れ替わるようにスイッチし、部屋から出て来る蟻を蹴り、殴り、時には踏み潰して狩っていく。一対一の戦闘は結那の得意分野だ。一分の隙すら見当たらない。


「……もういないかな」

「ありがと、助かったよ結那」

「どうしたしまして。やっと役に立てた気がしてほっとしたわ」


 結那は手を軽く振り、そして部屋に入っていく。

 中を凝視して見渡すが、動くものは見当たらなかったようですぐに出て来る。どうやら本当にこれで殲滅できたようだ。


「ここは完了かな」

「……そうね。動くものも気配もないからもう大丈夫だと思う」

「よかった。で、どうした。何かあったのか」

「うん……」


 蟻をすべて倒した達成感など一切ない、浮かない顔をした結那に問いかける。隠し事が出来ないのは彼女のいいところだ。


「その、部屋の端っこにあったの。……たぶん女物の腕時計とか、バックとか。……切れたネックレスも」

「……そうか」


 沈痛な表情が良治にも伝染する。結那の言葉ですべてを察してしまった。

 行方不明になった女性たちはキメラの素材にされただけではない。むしろその大半は蟻たちの食事にされてしまっただろうことに。


(端に、か。……ああ、なるほど。道理で生き残った個体がいたわけだ)


 ここで何故生き残りの蟻が存在したのかを良治は思い至った。

 ヒントは結那の発見したものだ。普通ならバッグなど燃え尽きていなければおかしいのだが、それが形を残しているということはそこには火が行き渡っていなかったことの証左だ。


 良治の張った結界は部屋全体に包むように中央部から球形に存在していた。だがそれでは部屋のすべてを結界内に入れることは出来なかったのだ。

 つまり部屋の端、特に角の八か所は結界が届かず、当然結界内に放った炎もそこには向かわない。正方形の箱にボールを入れても隙間が出来ると考えるとわかりやすいかもしれない。


「他の部屋に行きましょ。ここにはもう、何もないから」

「……そうだな」


 早く立ち去りたい気持ちを汲み、良治も素直に部屋を出ていく。

 どんな形であれ人の死に触れるのは気持ちのいいものではない。


(これで結河原さんの占いは全部か。さすがの的中率)


 部屋を出て背後に少しだけ視線を送る。やはり彼女は敵に回したくはない。

 蟻の魔獣と火系統の術の使用の推奨。慧の未来視は味方にすれば非常に有効だ。常時活用出来はしないが結那と同じように重要な場面の前にはあの店の扉を叩くのがいいだろう。


「結那、ちょっと待ってて。向こうの結界を見てくる」


 返事を待たずに最初の大部屋に戻る。良治は蟻との戦闘で更に疲労し、あの男の結界が本当にまだ残されているか不安だった。

 本来なら消えれば把握できるが、その感度が著しく低下している気がしていた。


「……大丈夫だな」


 そっと扉を開いて覗き見るが広がる光景は変わっていない。

 倒れたキメラと結界に包まれ意識を失って横たわる男しかそこには存在していない。


 鞘を抑えていた左手を離しながら扉を閉め、結那へと振り返る。彼女は出てきた右側とは逆側にあった左側の扉の前で良治を待っていた。


「大丈夫そうね」

「ああ。今のところは。そっちは?」


 右側の扉は最初に入ってきた部屋に近いが、こちらの右側の扉は廊下のほぼ中央にある。なので先ほどの部屋と同じかそれ以上の広さがありそうだ。


「何か音が少しだけ聞こえる。気配も感じる。もしかしたらここにいるかも」

「わかった。でも油断はしないように」

「おっけ」


 音が聞こえる。それはつまり何かが扉の向こうに存在するということだ。ただそれは誘拐された女性でなく、ここに来てから出逢ったキメラかもしれない。魔族や悪霊などなら気配で見当もつくが、それ以外は微かな音だけで判断するのは難しい。


「開けるぞ」

「いいわ」


 小声で言い、良治はノブを回す。鍵はかかっていない。

 埃っぽい空気が廊下に流れてくる。部屋に灯りはなく、真っ暗な部屋に廊下からの僅かな光が埃を煌かせる。


「……奥、二人。たぶん女性。それ以外は……いないはず」


 結那の言葉に良治も部屋を覗き込み、安全そうだと判断して侵入する。薄闇の向こうに座ったような体勢の人間が二人いるのがわかった。


「電気あるみたいだけど、どうする?」

「……つけてくれ」

「罠の可能性は?」

「ここが誘拐した女性たちの保管場所なら罠は必要ないと思うから」

「なるほど」


 普通の人間には結界は突破出来ない。鍵がかかってなかったのも、この部屋を出てもそれ以上逃げることが出来ないという自信からだろう。


 納得した結那が扉の近くにあったスイッチを指で下から上に切り替える。

 予想した通り電灯で、すぐに部屋中央から眩しい光が放たれた。


「あ、やっぱり誘拐された人たちみたいね。生きてて良かった」

「……ああ」


 ほっとした結那の言葉通り、部屋の奥の柱には二人の女性が縛られていた。柱にだけでなく、両手両足に猿ぐつわまでされている。確かにこれなら扉に鍵は必要なさそうだ。


 一人は高校生だろうか、ブレザーの制服を着た長い髪の毛の目つきの鋭い女の子でこちらを睨みつけてきていた。まだ助けだと思っていないようだ。

 だがそれも当然のことで、良治の腰には刀がぶら下がっており、結那の拳にはグローブが装着されている。


 普通の人間よりもあの外法士の方に近い雰囲気を纏っていることは否定出来ない。外法士と退魔士との違いなど、ただ何を行うかの違いだけなのだから。


「……!?」


 もう一人はスーツ姿でショートカットの女性だ。その女性は良治を見て驚いた後、ゆっくりと苦笑するような表情に変わっていく。


「……良治?」


 途中まで歩いていた結那がおかしな雰囲気に気付いて振り返る。


 良治は動揺していた。

 立ち竦んでいた。

 今敵に襲われれば何の抵抗も出来ず、せずにそのまま殺されてしまうだろう。そんなことを思わせるほどに。


 ――こんなところで、再会するなんて。


 見覚えのある顔と表情。まさかまた見られるとは思っていなかった。

 この新宿まちに来ることになって、思い出すことはあっても。


 柔らかな微笑みのその、良治の一つだけ年下の女性は――良治がかつてこの街で一緒に暮らした彼女だった。


【火属性】―ひぞくせい―

数多ある術の属性。メジャーな四属性の一つ。

炎という物質の副次的な効果で火傷や建物を燃やすなど、直接的なダメージもさることながら役に立つ場面が多いことから使用者もまた多い。

その反面力加減という側面では扱い難く、殺さずに捕まえるということには向かない。

一瞬で山を二つほど燃やし尽くしたというまるでほら話のようなことをした人間もいる、らしい。

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