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相棒の喪失

 木造の門の脇に着地した六人は素早くこちらを観察すると一気に走り出した。良治たちに向かってきたのは二人、そしてその影に隠れて一人が一直線に玄関へ走る。


「く、来るならこいっ!」

「ぐぇっ!」


 なけなしの勇気を振り絞って立ち向かう覚悟をした福島支部の退魔士の目の前で、敵の退魔士が真横に吹き飛ばされる。ずしゃあああ、と顔を庭の土に塗れながら滑っていき、その男は動かなくなった。死んだとは思えないので気絶したのだろう。


「ここは通さねえよっ!」

「高坂くん、ナイス!」


 敵を蹴り飛ばした一が啖呵を切る。そこに昔の面影はなく、あったのは頼もしい一人の退魔士だった。

 群青色のジャケットの懐から数枚の『符』を取り出し構える。彼の戦い方は普通の退魔士とは一味違う。彼は『符術士』と呼ばれる特異な退魔士だった。

 符術士はその名の通り符を扱って戦う退魔士だ。その符はそれぞれ一族の秘伝であるため詳しい作成方法はわからない。しかし自分で作り、目的や用途によって効果の違う符を使い分ける。良治の知る知識はその程度だった。


「っと!」

「良治よそ見しないっ!」

「ごめん!」


 結那に注意されながら相手の刀を受けて鍔迫り合いになる。逆に少し離れた場所で別の敵を相手にしている結那は、敵の持つ槍を躱しながら様子を見ていた。


「柊さん、北にも何人か来てますっ!」

「了解!」


 一の力量では結界内にどれだけの人数が入り込んだのかはわからない。しかし現在二方向から敵が侵入してきたことは間違いない。一か所に絞らなくて良かったと良治は安堵した。


「良治、冷静にね!」


 結那の声に自分が少し焦っていたことを自覚した。目の前の敵から視線を外さぬまま気持ちを、心を落ち着ける。

 考えてみるまでもなく、命の奪い合いは五年振りだ。それも突然頼まれてから数時間しか経っていない。周囲の期待に応えようとする気持ちで恐怖は紛れたが、確実に任された仕事を遂行したいという気持ちで心が逸っていたと言える。結那はそこを見抜いたのかもしれない。


「っ!」


 鍔迫り合いから押し込まれそうになるが、なんとかバランスを保ったまま後ろに下がって刀を構え直す。思った以上にブランクは大きいことを感じて焦りそうになるが、結那の言葉を思い出して踏み止まる。


(やらかしたかな……?)


 焦りは無理やり止めたが、それでも迷いは生まれてしまう。

 実戦に不安のある良治を前線に配置したのは他ならぬ良治自身だ。どうしても人手が足りず、戦えそうな人材は全て直接戦闘に参加するであろう場所に配置してある。自分だけ避けるなんてことは彼には出来なかった。


「ぐ……!」

「ちっ!」


 斬りかかってくる敵に後ずさりそうになるが、何とか踏ん張って刀を合わせる。そこでようやく良治は、今殺し合いを演じている相手の顔を見た。三十代くらいの目つきの鋭い男。しかしその表情に何かしらの違和感を覚えた。


「――これが霊媒かっ!」


 今まで相対した退魔士とは違う気配。何かがずれた感覚。そこに良治は襲撃者が霊媒師同盟、そして霊媒師と呼ばれる退魔士だと断じた。

 切り結んでいた男がにやりと笑う。良治の言葉を肯定するように。

 霊媒とは、大まかに言えば霊を降ろして喋らせることを差す。しかし熟練者は更に思う一歩進んだことが出来ると聞いたことがあった。今良治はそれを目の当たりにしていることに戦慄した。


「はっ!」


 男の刀から鋭い突きが放たれる。それを村雨で弾くが更に一歩踏み込まれて横薙ぎ。村雨で受けるが力の差で思いっきり後ろに飛ばされる。

 無駄がない。自分の習っていたものは剣道ではなく剣術と認識していたが、男の使っているものは良治の知る剣術よりももっと実戦的で、言うなれば殺人術だった。


(南北朝辺りから、一番近くて幕末くらいの剣豪ってところか……?)


 適当に当たりをつけて構え直す。相手を分析してわからない箇所を減らしていく。そうすればわからない、知らないことからの恐怖は確実に減る。そして勝機を掴める可能性が増える。


 じりじりと摺り足で近付いてくる男。良治は覚悟を決めた。ブランクはある。殺し合いの経験も相手と比べれば足りないだろう。

 だがそれでも、真っ向勝負をする覚悟を。


「――ッ!」

「ッ!」


 コンパクトな振り上げから斜めに斬りかかる男。避けるなら後方に下がることだけ、受けても押し切られる危険性を孕む。追撃や切り返しの速さは自分を上回る。なら良治に出来ること、それは一番得意なことで挑戦することだけ――


「……ぐ」


 どさりと前のめりに倒れたのは男だった。しかし良治の右肩にも裂傷が刻まれ無事とは言えなかった。

 良治の最も得意なこと、それは受け流し。得意戦術を対応と認識している、とても彼らしいものだ。

 彼から見て左上から斜めに襲う銀閃を、左前に出ながら村雨で受け流して背後を取った。そして男が振り返り切る前に首に一撃を与えることに成功した。


「はぁっ!」

「が、ふ……」


 誰かが倒れる声にぎょっとして振り返る。しかし倒れたのは襲撃者で、したり顔で仁王立ちをしていたのは見慣れた結那だった。彼女の相手も良治の相手とほとんど変わらなかったはずなので、やはり結那の実力は計り知れないと再認識した。特に怒らせてはいけないと。


「良治、そっちは大丈夫?」

「ああ。峰打ちにはしたけど生きてるかどうかは運次第かな」

「そういうのは命取りになりかねないから気を付けてね。昔に比べて甘くなった?」

「……そうかもな。俺も今死にかけてからそう思ったよ」


 わざわざ峰打ちにするなど昔の自分を思い返せば想像もできない。圧倒的な余裕があり、相手を殺すまでの理由がなければ行わないことだ。こんなぎりぎりの勝負ですることではない。


「まだ終わってない、次に行こう」


 いつの間にかかいていた冷や汗はまだ引かない。しかしこのまま休んでいるわけにはいかなかった。庭の反対側では一と遥がまだ戦っている。そして様子見をしている男が門の前に立っていた。

 そしてその男はこちらの視線に気付くと、身長以上の長さの槍を手にゆっくりと歩き出した。


「中々にやるなぁ。御子神みこがみ典膳てんぜん殿も月丹げったん殿も一人前以上の武芸者なんだが。こんな若者にやられるとはなぁ。身体が合わんとやはり力は発揮出来ぬか」


 指揮官らしきその男の服装は派手なものだった。赤い革ジャンに紫色のパンツ。背の高さと相まってちぐはぐながらも堂々とした着こなしに見える。


「ね、どうする」


 結那の言葉にどう答えるものか。彼女の問いはこの大柄な男の相手を二人でするか、どちらかが一たちの援護に向かうかというものだ。

 段々と間合いに近付く男は先程の二人、一が倒した者も含めれば三人よりも実力は上に思える。あの長槍も脅威だろう。


 しかし迷った瞬間、あらゆる状況が変化した。


「あの音は……!」


 小さな打ち上げ花火のような音が結界内に響き渡った。あれは配置に着く前に決めていた、持ち場を維持出来そうにない状況の合図だ。現在襲撃が来ているのはここと北方面。つまり北はもう支えきれずに敵がすぐにでも建物内に侵入されかねない状態だということだ。


「はぁぁっ!」


 ほんの僅かに意識を削がれたのを一は見逃さなかった。二対二で戦闘をしていた中、一人に符を投げつけて吹き飛ばしていた。しかしよく見ると相棒の遥が蹲っていて戦況はいいところ互角だ。こっちが有利とは言い切れない。

 ここで戦闘を続けてもいいものか。このままでは加奈や眞子たち、怪我人たちに被害が及ぶのは避けられない。


「――撤退する、南と東に連絡を!」

「は、はいっ!」

「結那は高坂くんの援護、とりあえずそいつだけでも頼む!」

「おっけー!」


 撤退の判断をすることは苦渋の決断だ。それは自分の作戦が間違っていたことを認めることに他ならない。だがそれを認められずにずるずるとしていけば被害が広がるだけだ。奥歯を不甲斐なさを、無力さを噛み締めた。

 良治に出来ることは可能な限り被害を減らすこと。それは責任者の役割の一つだ。伝令役と結那に指示を飛ばして、良治は槍の男に向かい合う。男の目を見るだけで威圧感に晒され、逃げ出したくなりそうな気持を責任感で抑えつける。


「今枝殿よ、お主は後備えに伝令を。北から押し込むのが良いと伝えてくれ」

「……承った!」

「あ、ちょっと!」


 一たちと戦っていた男は槍の男の言葉に逡巡したが、すぐに門へ走り出す。しかし背を向けた相手をむざむざと見逃すほど一は甘くなかった。


「ハッ!」


 一直線に飛ぶ符。やったかと思えたその瞬間、走っていた男は懐から小刀を取り出して自分と符の軌道の間に放った。男の手を離れて間もなく符が小刀に触れて爆発し、煙が舞った。


「しくじった……!」


 薄い煙が立ち消えかけた頃にはもう男の姿はなく、一が悔しそうに地面を踏みつけた。


「高坂くん、瀬戸さんを連れて撤退しろ! 結那は加奈さまを頼む!」

「……はいっ!」

「良治は!?」

「こいつをこのままにはしておけないだろ。少しだけ時間を稼ぐ。だから早く!」


 この場にはもう槍の男しかいないとはいえ、放置して逃げ出すわけにはいかない。こいつが建物に侵入して暴れるだけで支部が壊滅しそうな危険性を感じる。


「そんなこと言われて、はいそうですかって行くわけないでしょ。二人がかりで倒して一緒に行きましょ」

「そういやそういう性格だったよな、結那」

「でしょ?」

「でも駄目だ。時間がない。加奈さまたちも危険を感じてるとは思うが遅れたらまずい。行ってくれ」


 役割分担をしたい良治と、良治を危険に晒したくない結那。

 絡み合う視線に折れたのは結那だった。


「……わかったわよ」

「悪いな。借り一つでいいから」

「こっちが借りっぱなしだから、一つくらい返して貰ってもあんまり変わらない気もするけどね。――あとで良治からキスってことで」

「……全部終わったらな」


 あまりにも彼女らしい言葉を残してその場を後にする。ちゃんと約束が果たせるかは怪しいなと思いながら見送り、律儀にも待っていてくれた男に刀を向けた。


「いやぁ時代が変わっても恋とは良いものだな。しかしもっと、がっと接吻でもすればいいものを」

「それはちょっと恥ずかしいから勘弁してもらいたいな」

「四百年経って色々変わったと思ったが、色恋は変わらんな。惜しむらくは観察する時間がないことか」


 顎に手を当てながら残念そうに言う。だがその言葉で確信を得る。身体はともかく、今目の前にいる相手は戦国時代の武将、もしくは剣豪だと。

 先ほど男が言っていた者の名前もなんとなく聞き覚えがあった。となるとやはりそういうことなのだ。良治が倒した相手も相当の使い手だった。勝ったのは運が良かったと思っている。そして今度の相手は更に上を行くだろう。


「さて、行くぞ。お喋りばかりしていては身体の主に怒られてしまう。と言うかもう急かされているんだがな!」

「――では」

「おうっ!」


 小手先の技術、駆け引きなど無用だと言わんばかりに穂先が襲い掛かる。それは良治が予想していたコースではあったが、彼の予想以上のスピードだった。

 だがそれを村雨で軌道をずらし、首の薄皮一枚で防御することに成功する。ここから反撃――そう思った良治の傷に風が当たった。


「っ!?」


 攻撃モーションに入りかけた良治の目に映ったのは、槍を引き戻し再度構えた男の姿だった。良治にはそれがまるで巻き戻し、そして早送りのように感じた。

 神速の二撃目は正確に体の中心を狙ってくる。中途半端な体勢の良治には成す術はなく――


 ばきん、そんな鈍い音を良治は確かに聞いた。

 一人前の退魔士となったその日から、十年以上の時間を共に過ごした愛刀。幾多の戦場を超えてきた相棒が、根元、刃とはばきの境目から折られた光景をスローモーションのように感じ取った。


「ぐ、あぁっ……!」


 村雨が犠牲になった代償は槍の軌道が変わったことだった。しかし槍の勢いをまともに受け、肩に槍が刺さったまま支部の壁に激突する。激痛と悔しさに呻くような声が勝手に漏れ出ていく。


「おお、生きているか。中々やるなぁ」

「ぐ……っ」


 槍を引き抜き笑う男。良治は壁を背にしてずるずると座り込んでしまう。右手には刀身を失った、柄だけになった村雨。折られて宙を舞った刀身は地面に刺さり、そしてゆっくりと倒れた。


(なんつう相手だ……)


 力量レベルが違う、格が違う、そして何より覚悟が違う。

 敵を確実に殺すための二撃目。それは男の駆けてきた戦場では当たり前のことなのだろう。相手を警戒していた、強敵だと認識していたが、それでも何処かに油断があった。その結果がこれだ。

 良治の左肩から血が流れ続けている。早めに止血しなければ手遅れになる。しかしそれよりも先、数秒後にはトドメを刺される。見逃すなんて甘いこと、戦国時代を生きていたであろう男がするとは思えなかった。


「その刀、妖刀の類と見たが担い手の技量がそれでは残念ながら宝の持ち腐れだな。だが某の槍を受けて生きているのは中々見事。そうさなぁ、その褒美に選ばせてやろう」

「選ぶ……?」

「うむ。このまま某と戦って玉砕するか、恥辱に塗れて逃げ出すか。某はどちらでも良い。再起を図るのも良いし、会津の老将のように無謀に出るのも良かろう」

「勝夫さんを殺したのはお前か……」

「名は知らん。聞いておらぬからな。しかし最後まで諦めず戦い抜いた気骨は立派の一言よ」


 男の言う会津の老将、それは間違いなく福島支部で散った蓮岡勝夫だろう。つまり彼を殺したのはこの男。蓮岡勝夫の仇だ。

 奥歯を噛み睨み上げる。しかし男はそんな良治の視線など何処吹く風だ。


「さてどうするね。そのうち此処にも誰かしら来るだろう。そうなれば結末は一つだが……と。良いではないか、これくらいのお遊び。ええい、少しの間だけ黙ってくれ。どうせこちらには期待はしておらんであろうに」


 どうやら身体の持ち主と意見が合わずに口論になっているようだ。それはそうだろう、殺せる時に殺さなければ自分が殺されることなりかねない。当たり前のことだ。


 逃げたくない。蓮岡勝夫の仇、そして村雨を折ったこの男をここで殺したい。今後もこの男は白神会にとって大きな脅威になるのは明白だ。

 だがしかし。


「それでどうする。ここで屍を晒すか」

「……遠慮しよう。逃がしてくれるなら逃げるよ。ここで死んでも意味はない」


 責任を取る意味でもここで死んでも良いとは思っている。しかしそれがどれほどの意味があるのか、良治はわからなかった。どうせ死ぬなら誰かを助けるか、誰かを道連れに死にたい。明確な意味を求めたくなってしまった。


「ふ、そうか。ならだ行くがよい。ただ某以外の者は見逃さんはずだ。見つからないようにな」

「……この借りは必ず返す」

「はっ、期待しておこう! ……誰か来るな。行け」


 肩を抑えながら立ち上がり、真っ直ぐに睨み付けてから走り出す。後ろから刺すことはないと、それだけは信じられた。

 地面に落ちた村雨を拾って手早く鞘に入れ、柄で蓋をする。折れたとは言え、長年命を預けた相棒だ。置いていくことなんて出来なかった。


「利益殿、こちらは――」


 誰かの声が聞こえたのは、良治が庭を出た直後のことだった――



【霊媒】―れいばい―

恐山を拠点とする霊媒師同盟の霊媒師と呼ばれる者たち固有の能力。

魂そのものを喚び出すのではなく、喚び出すのは魂の残滓。魂の強さや死後どれだけ経っているか、霊媒師自身の技量などで喚び出す難易度が大きく変わる。狙った魂を喚び出すのは難しく、ある程度の年代やどのような人物だったかなどを強く念じることにより引き寄せ、降ろすことになる。

降ろされた魂と降ろした霊媒師との相性によっては生前の力を振るうことも出来る。だが逆に性格や体格が合わない場合はすぐに魂と術者は分離してしまう。

本来は生者が死者に会うべく、霊媒師に依頼をして話をする技術。戦闘に使用することは外法とされている。

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