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南の島へ

 野太い男の高笑いが突如響き渡り――むせた。

 口元を抑えるのは中年の男。白髪が見え始めたパッとしない外見だ。


 扉を開けて良治と天音を出迎えたのはそんな光景だった。

 退魔士である二人の虚をつくということが目的だったのなら、それは成功と言えるだろう。


「ふぅ……もう少し練習をしておかんとな」

「お水を」

「うむ。すまんな晴稀はるきくん」

「いえ。でも高笑いは控えてください。物凄く引かれてますから」

「む、そうか。残念だ」


 扉の近くにいた小柄なおかっぱの女性が冷静に良治たちの心情を伝えてくれるが、それが実際にきちんと男に伝わったかは微妙な線だ。


 煙草の臭いのする雑多な部屋で、昔ながらの探偵事務所というイメージがしっくりくる。

 中央に置かれたテーブルとソファ以外の机には書類が山積みにされていて、とても効率の良い仕事が出来そうだとは思えない。

 例外的に一つだけ綺麗なデスクがあったが、あれはきっとこの少女のものだろう。


「ええと、初めまして。私たちは――」

「おおっと! 私は探偵だ。推理してみせよう。なに、これはサービスというやつだ。うぅむ、そうだな――」


 良治の言葉を手を突き出して止め、芝居がかった仕草で急に語りだす男。奥の一番大きな木製の机に座っているところから、どうやらこの男が所長で探偵なのだろう。

 そっと視線を少女に向けると、静かに首を振る。諦めてくださいというニュアンスがとても強く伝わってきた。


「ふむ。君たちはおそらくその若さからして――新婚さんだ! そしてこの探偵事務所を訪れた。その理由は……ずばり――旦那の女性関係、更に言うならストーカーをどうにかしてほしい! これだッ!」


 ダンッ、と机に片足を乗せて言い切る。ちなみにきちんと靴は脱いでおり、よくわからない律義さが見えた。もしかしたら以前靴でやって少女に怒られたのかもしれない。


「素晴らしい推理です。完璧です」

「待ちなさい天音さん」


 珍しく目をキラキラさせながら突拍子のない推理を肯定する天音。思わず突っ込んでしまう。


「あの、すいません違います。私たちは四階と五階に越してきた『京都ホワイトサービス』と申します。今日は引っ越しの挨拶にと」

「んん? ……ああ、上の階の。となると依頼ではないのか!」

「はい」

「くっ、久し振りの依頼だと喜んだというのに! 不倫調査やペット探しでも、もうやらないとまずいというのに……!」


 良治の挨拶に、したり顔から一転唸りながら椅子に座る所長。

 様子を見てみるにあまり上手くはいっていないようだ。


「あの、これどうぞ」

「ご丁寧にありがとうございます」


 このままでは話が進みそうにないし脱線しそうだと思った良治は、天音から紙袋を受け取ってそれを少女に渡す。

 これで挨拶は終わった。あとは帰るだけだ。


「ちょっと待ちたまえそこの君」


 振り返ってドアノブに手をかけようとした瞬間背後から声をかけられる。振り返りたくはないが無視はできずに顔を向ける。


「……柊です。なにか」

「いやなに柊くん、依頼などないかなとね。新婚で忙しいだろうし、何かしら手が必要なこともあるだろう?」

「あの、新婚というか結婚してませんから。彼女は――」

「それは失礼をした。まだお付き合いの段階か」


 お付き合いというのは否定出来ない。

 とりあえずめんどくさいので否定しておく手もあるにはあったが、隣の天音が嬉しそうなのでその選択肢は選べない。


「……まぁ、何かあったらその時は」

「うむ。楽しみにしているぞ!」

「ごめんなさい、あんな所長で。なにか困ったことがあったら私に言ってください」

「その時は遠慮なく。それでは」


 この所長は話を聞いているのか聞いていないのかわからない。

 二人が付き合っていることを初対面で看破したのも、探偵という職業からの洞察力ゆえかもしれないが判断がつかない。

 なら少なくとも話を聞いてくれるこの少女の方に話を持っていくのが妥当だろう。とりあえず少女の様子からいつもこの調子なのは理解した。


 ばたんと扉を閉めて探偵事務所を出る。

 そのまま無言で階段を上がって自分たちの事務所に入ると、良治はソファに腰を沈めて深く、深く溜め息を吐いた。


「はぁ……」

「お疲れ様です。コーヒーでいいですか?」

「ん、ありがと」


 テキパキと真新しいティーカップにコーヒーを淹れる天音。その後ろ姿はとても楽しそうで機嫌が良いことが誰の目にも見て取れる。


(……珍しい)


 天音はそこまで感情の起伏を表に出さない。

 もちろん笑ったり怒ったりはするが、今のようにステップをしそうなほど浮かれたりはしたことはない。少なくとも良治は見たことがない。


「どうぞ」

「サンキュ」


 良治の隣に座り、コーヒーを二人で味わう。ようやくここで一仕事終えたという実感が湧いてくる。逆に天音に疲れているような雰囲気は全くない。


「色々と個性的な人たちでしたね」

「まったくな。まぁ迷惑はかけないようにはしよう。悪い人たちじゃたぶんなさそうだし」


 特に二階の占い屋の孫は僅かに資質のありそうな感じで注意しておくべきだろう。接近しないとわからない程度とは言え、なんらかのトラブルに発展しないとも限らない。


「そうですね。特に先ほどの探偵さんは良い人です。とても。鑑識眼も中々のもので信頼できます」

「そこに私情を挟むのか」

「まぁ半分冗談ですが。でもあの人は鋭いところもありそうです」

「それはまぁ」


 二人が付き合っていることを前提にした物言い。天音もやはりあれが引っかかっているらしい。

 二人ともあの探偵とは初対面だ。もちろん少女とも。


「さすが探偵、ということなのでしょうね」

「たぶんな。じゃあ少し上で身体を動かそうか」


 今日から開設だがやらないとならない仕事はない。事務所の整理も終わっていて、あえて言うならこの場所にいることが仕事になる。

 扉に五階にいますとでもメモを残しておけばいいだろう。備え付けの電話はあるが、公表はしてないので仕事の電話は直接良治の携帯電話に来るので問題はない。


「ベッドを使ってですか?」

「違う。どうした天音、まるで結那みたいなこと言ってるぞ」

「あの人はどれだけ積極的なんですか……。いえ、わかってますけど。いいですよ、いきましょう」

「助かる」


 ここ数日は郁未の訓練に付き合っていて自分の時間が取れていない。少しでも実戦レベルの訓練をしておきたかったので彼女の同意が取れてほっとした。


 少しでも力をつけたい。

 特化した能力のない良治は、僅かでも地力をつけることでしか強くなれない。

 先日戦った、郁未命名『イヒおじさん』も難敵だった。

 全力を出さないと勝ちは拾えないだろうし、出し惜しみなどしたなら敗死するのは良治の方だ。


(――それに)


 このまま劣等感を持ったままなんていられない。

 月下の親友の姿が未だ脳裏にこびりついている。


 後輩や年下には負けたくない。

 そんな負けず嫌いな面もある。


 それを自覚して、良治は小さく笑った。


(それに、『先生』が弱くちゃ情けないからな)

「どうしました?」


 笑ったのを見た天音がカップを片付けながら問いかける。


「いや、なんでもないよ」

「そうですか。でも――」

「でも?」

「とても私の好きな貴方の表情かおです」


 微笑んで、天音はそんなことを口にした。













 支部を開設はしたものの、良治の過ごす日々に大きな変化は起こらなかった。

 二日に一回は事務所に行かなくてはならないが、徒歩十分の距離にある上野支部に行っても、少しばかりの事務作業が待つだけだ。


 優綺と郁未の訓練も基本的には以前と同じで深夜、上野公園で行われているので変わりはない。良治が上野支部に行かなければならない時にだけ、五階の部屋で個人で出来る訓練をするようになったことだけだ。


 優綺はこの四月半ばの時点で、それなりの棒術使いと呼べるようになってきていた。と言ってもまだ一人前には届かない。良治の主観だが、近接型八級くらいだろうか。このまま半年もすれば一人前とされる七級になれるかもしれない。

 優綺は魔術型の方に適性があるようだが、近接型も悪くない成長をしている。もし本格的な訓練を始めて、同じかそれ以上に術関連も成長するとしたなら、それは万能型と呼べるレベルの退魔士になれる可能性がある。


 万能型の退魔士は少ない。剣も術もという欲はどっちつかずになりがちで大成しないと思われていたもので、今まで――良治が白神会を抜ける直前に作ったタイプ別で初めて制定されたものだ。それからやっと『両方に手を出してもいい』という風潮が生まれ、五年の間に僅かながら万能型の退魔士が生まれたらしい。

 だがおそらくそれだけが理由ではないと、復帰した良治は感じ取っていた。

 単純に退魔士の人数が減り、一人で担う仕事量が増え、才能のある者はそれを求められたのだろうと良治は考えていた。


 優綺を万能型に育て上げる。これこそが現在の良治の目標だ。

 だが良治と同じ戦闘スタイル、同じ退魔士になる必要はない。おそらくそれは無理だと思っている。

 良治は近接型寄りの万能型だが、優綺は魔術型寄りにならざるを得ないだろう。良治よりは同じ万能型で魔術型寄りの天音に似たようなスタイルになると思われる。

 もっとも、天音の戦闘スタイルは暗部出身の独特なものなのでそこまで参考にはならないが。


 郁未の訓練も優綺と同じように順調なのものだ。

 高々半月の訓練で身体を流れる力の流れを知覚し、操れるようになっている。身体の中の力を魔眼で実際に見ることが出来たのが大きな要因だ。

 その魔眼だが、こちらも日常生活には問題ないレベルまで操れるようになっていた。

 身体を流れる力を見ることが出来、その力の流れを操ることが出来た。力の流れを操ることと、魔眼の強弱を操作することに共通点があったらしく、飛躍的に向上したらしい。簡単に言うならコツを掴んだようだ。


 退魔士としての才能は優綺と同様に魔術型に適性がありそうで、先日ほんの僅かだが、指先から小さな電気を発生させることに成功していた。

 これはほとんど訓練をしてないことを考えれば快挙と言うべきで、この先が楽しみなのは間違いない。郁未の問題は本当に長続きするかどうかだ。


 そんな風に確かな成長を見せていた二人だが、問題なく仲良くやっている。教えることはともかく人間関係に立ち入るのは苦手な良治にとってはそれが一番助かることだった。


「うん。郁未もそれなりに体力がついてきたね。さすがまだ若い」

「そ、そう? でもこれくらい、私なら出来て当然よねっ」

「うんうん。さすが郁未」

「えへへへへへへ」


 素直じゃない時もあるが、それでも良治は郁未の応対に慣れ始めていた。

 基本的には褒められると素直に喜び、時には強がったりもする。構われるのがとても好きなようだ。あまりに天狗にさせてはまずいが、まだ戦場に立たないのなら褒めて伸ばす方針が彼女には合っている。

 実際短期間で伸びたのだから、証明はもう済んでいた。


「先生、郁未さんの扱い慣れましたね……」

「優綺にも褒められてなにより。嬉しいね」

「わかってて言わないでください。……あんまりやりすぎると、知りませんよ」

「……そうだな」


 褒めるということは褒められた方に自信をもたらす。

 そして褒められた方は褒めた方に好感を持つだろう。

 それが行き過ぎれば待つものは――


「よし、今日はここまで。帰ろう」


 考えるのを止めて撤収することにする。

 春になり、朝焼けの時間が早まって来ていた。時間的にも今日はここまでだ。決して逃げるわけではない。


 訓練に使った武器を転魔石で還し、いつも通り深夜の上野公園から歩いて帰路につく。

 優綺と郁未という美少女たちを連れて歩く良治だが、その気分は浮かないものだ。


(――今日も大丈夫か)


 上野で郁未が襲われてからまだひと月も経っていない。

 通称『イヒおじさん』と郁未が呼ぶあの男の姿はあれから発見されていない。

 もうこの付近にはいないのか、それとも少し探したくらいでは見つからないような隠れ方をしているのか。

 その判断はまだ出来ないでいた良治は、外出時は常に注意を払うようにしている。特に視線には敏感で、先日うっかり視線に反応して振り返り、思わず睨みつけて子供を泣かせてしまったことは記憶に新しい。


 良治をはじめ、結那と天音も上野を中心に巡回をしている。

 だがそれは仕事がない場合のみで、くまなくとはいっていないのが現状だ。現に昨日からその二人は千葉の方に仕事に行っていて、今日は巡回が出来ていない。良治は事務仕事と二人の訓練をしている為、二人が戻ってくる数日後までは不可能だ。


 二人が戻るまでは何も起こらなければいい。

 そんな良治の願望は翌日に壊されることになる。












「ね、ね! 見てよセンセ! 景色ホントに綺麗……!」

「うん、そうだね。わかったからもう少し静かに」

「……はぁい」


 隣の席ではしゃぐ郁未を窘めて、良治は小さく息を吐きながら機内を見渡した。


 ここは飛行機内、現在絶賛飛行中だ。

 乗客はほとんどいない。そもそもこの飛行機自体がとても小さめのもので、行き先を考えれば当たり前だなと良治は思った。飛行機と言うかセスナ機と呼ぶべきとも。


 今良治と郁未が向かっているのは、都道府県レベルで言えば遠くない。何せ東京都から東京都で境界すら跨がない。

 だが想像通りの距離だったなら飛行機に乗って移動するのはおかしいと気付くだろう。つまり飛行機で移動しなければならない場所ということになる。


「えっと、どれくらいで着くの?」

「一時間くらいなはず。まぁ落ち着いて」

「短いような長いような微妙な感じ……でもでも、旅行みたいでちょっと嬉しい、かな」


 そんな色気のある旅ではないのは出発する前に何度か言ってあるのだが、彼女にはあまり関係ないようだ。郁未がはしゃぐ度にぴょこぴょこと揺れるツインテールが機嫌のよさを示している。


 確かに日帰りでない以上はちょっとした旅行にも思えるかもしれない。ただ目的は観光ではなく、当然のように当然だが仕事だ。


「えへへへ」


 郁未の緩んだ笑顔を眺め本当にわかっているのか不安に思いながら、良治は仕事に思考を移行させていく。


(――魔獣らしき動物の目撃報告。対象の正体確認、場合によっては討伐。そして場所は――)


 東京都三宅島。

 いつか、もしかしたら行かされるかもしれないと揶揄した地域。


 本当に行くことになるとは思っていなかったし、同行者が弟子になりたてで当時知りもしなかった郁未になるとは想像すら出来なかった。


 可能ならば今日を含めて三日ほどで帰りたい。

 旅自体良治はどちらかと言うと好きだが、上野支部を長期間開けておくことと、それ以上に早く戻らなければ機嫌を悪くしそうな面々がいるのが原因だ。


(嵐なんて来ない方がいい。平穏無事に越したことはない)


 自分の生活がそんな言葉からかけ離れていることに気付かず、良治は外を見て喜んでいる郁未の横で少しだけ目を閉じた。



【褒めて伸ばす方針】―ほめてのばすほうしん―

良治の教育方針。厳しい指導をする時もあるが、その場合でも褒めることは忘れない。

ただそれがどんなことを招くか良治はなんとなく理解しつつも、どうしても理不尽に厳しいことは出来ない模様。


※宣伝

この度風霜皐月さんに「自由気ままな退魔士譚」のPVを作って頂きました。

非常に素晴らしいもので感謝感激です。皆様ご覧くださいませ。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=IXxi5PrrObQ

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