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二人目の弟子

「――と、そういうわけなんだけど、優綺の考えを教えて欲しい」

「なるほど、ここ数日忙しそうだったのはそういうことだったんですね」


 郁未の部屋を見舞いに訪れた二日後、良治は優綺と向かい合って自宅のリビングにいた。説明を一通り終えたのだが、優綺は怒りや不満にも似たような表情でお茶に手を付けている。


「その、どうかな……?」


 良治の隣の席でか細い声を上げているのは郁未だ。

 家に来た時は自信満々、気合十分と言った感じだったのだが、優綺の雰囲気が重くなるにつれて圧し潰されてきている。もう説得と言うよりもお伺いを立てているという印象だ。


 あれから二日経ち、彼女の体調はもう完調している。

 そもそも病気や怪我などではなく、力に目覚めたが故の不調。それは良治が少し体内の力の流れを整えてやれば簡単に解消出来るものだった。

 治したことでまた好感度が上がってしまったのだが、そのことに良治は気付いていない。それよりも今日この場のことに頭が行っていたせいだ。


「……そうですね」


 優綺が鋭い目で郁未を見、郁未は生唾を飲み込む。年齢は優綺の方が何歳か下だが、潜ってきた修羅場が違い過ぎる。肉体的な強さも歴然だ。圧倒されるのも仕方のないことだろう。


 そして郁未を見た後、優綺は良治に視線を移す。

 こちらは別に圧されることはないのだが、なんとなく後ろめたい気持ちがあるのは否めなく――そっと視線を逸らした。


「……はぁ」


 そんな良治と郁未の態度に優綺は小さく息を吐いた。仕方ないですねと言いたげな吐息をして、良治に対して口を開く。


「いいですよ、別に。そもそも私が口を挟むようなことじゃないです。先生がそう決めたのならそうしてください」

「あ、ありがとおおおっ!」


 隣の郁未が立ち上がり、優綺の手を掴んで強引に握手をする。優綺はちょっと嫌そうに見える。

 だがそれもまた仕方ないですと言いたそうな表情で握手に彼女は応えた。


「それで先生、京都本部に許可は」

「綾華さんとこで止めてあるけど、まぁ通るだろうな。優綺の答え次第で隼人さまに上がるかどうかだったから」


 良治は昨日日帰りで京都に行っていた。

 目的は言うまでもなく郁未の件、そして来月から正式に活動となる上野支部に関してのことで、どちらも良治の意に沿う結果を得られている。


「綾華さままで行った話を私がどうにか出来るわけないじゃないですか」

「聞いたらそう言うだろうと思ったから、言わずに優綺の意見を聞いたんだよ」

「う……それで本当に――ってすいません、ちょっと痛いです――で、私が嫌だと言っていたらどうしたんですか」


 郁未が握った手を離して少しさすりながら尋ねてくる。ちなみに手を離された郁未はしょんぼりして席に座り直している。テンションが上がりすぎてしまったようだ。


「そのまま綾華さんに伝えて、なかったことになっただろうね。綾華さんが良いと言っても、結局俺が納得出来なければ駄目だし」


 自分で納得の出来ないことは可能な限りしたくはない。

 先に弟子になった優綺が嫌だと言うなら、それは新しくなりたいという者よりも優先すべき事柄だと良治は考えている。


「あの、いいですか先生」

「どうぞ」

「では。その、先生はもっと自分の意思を通していいんじゃないかなって。私は先生の弟子ですし、先生が言うなら従いますから」

「いや、それは嬉しいけどさ。ちゃんと優綺の意見も聞くべきだろ。大きく関係のある話なんだから」

「そうですけど……もう」


 いまいち優綺の言いたいことがわからない。

 しかしそこまで大きな不満ではないようで、優綺はそこで口を閉ざした。


「ね、あのさ、なんて呼んだらいいかな……?」


 微妙な雰囲気を読み取ったのか、郁未が優綺に話かける。確かにコミュニケーションを取るにおいて呼び方は重要だ。それだけで距離が縮まることもよくある。


「優綺、でいいですよ。皆さんそう呼ぶので。私は郁未さんとお呼びしますね」

「うん! よろしくね、優綺」

「はい、郁未さん」


 和んだ雰囲気にそっと安堵しながら良治は微笑ましく二人を見る。ひとまずこれなら上手くやっていけそうだ。

 と、そこで良治は気が付いた。


「そういや郁未さん、年齢は?」

「二十歳よ。そういえば言ってなかったわね。柊さんと優綺は?」

「俺は二十五」

「私は十五で、四月から高校生です」

「柊さん、もっと下だと思ってたわ。私と同じくらいかなって。私がちょうど真ん中になるんだ」

「よく言われるよ。この間スーパーで酒買おうとしたら年齢確認されたしな……」


 若干遠い目をしながら思い出す。

 その時は一人でよかったと本気で思ったものだ。誰かと一緒だったら笑われていたかもしれない。


「うわ、それは嫌ね。私はそういう経験ないけど」

「まぁ金髪の客に尋ねたりしたらめんどくさいことになりそうな気はするしなぁ」

「かもね。でももう二十歳だし? 聞かれても堂々としてればいいしね。むしろ聞かれるのは若く見られることの証拠よ」


 ふふんと胸を張る郁未に苦笑する。

 良治は若く見られることが好きではない。工事現場で仕事をしていた頃、侮られたり舐められたりすることが多くあったからだ。

 表に出したことはないが内心快くはなかった。


「さて、じゃあ郁未さん……いや郁未でいいか?」

「いいわ。私は……なんて呼べばいいのかな。弟子になるわけだけど。優綺は先生って呼んでるのよね?」

「はい」


 優綺は弟子になるタイミングで『良治さん』から『先生』に呼び方を変えている。自分の中での切り替えと覚悟なのだろう。

 良治としても弟子になるというのならお客さん扱いはここでお終いだ。


「うーん、そうね……じゃあ私もそう呼ぶわ。いいわよね?」

「ああ、了解」


 郁未の中でも何かしらの変化を求めていたのだろう。新たな関係性、新たな世界、新たな挑戦。気分を一新するにはいいタイミングだ。


「じゃあ、よろしくね。センセっ」












 きちんと話を、一緒の時間を過ごしていくうちに見えて、わかってきたことがある。――生方郁未のことだ。


 年齢は二十歳、身長は一六〇を少し超える程度。体型は標準かそれよりもやや細身で、出るところは出ている。

 何よりも目立つのは染めた金髪、そしてツインテールだ。待ち合わせに適していると言えるだろう。


「ね、センセ。こんな感じ?」

「まだまだ。もっとゆっくりでいいから丁寧に」

「はーい」


 今までの話を簡単に聞いたうえで判断するが、彼女は信頼した人間には懐く性格のようだ。もしかしたら今までそこまで心の開ける人間がいなかっただけかもしれないが。


 話し合いをした三日後、バイトが休みだった郁未は早速良治の家に来て訓練を受けていた。

 自宅には常に結界は張ってある。襲撃の可能性を考慮する退魔士なら当然のことだ。


 訓練と言っても退魔士のではなく、透視の魔眼を扱う訓練だ。なので今彼女は魔眼封じの眼鏡をテーブルの上に置いてある。


「むむむ」


 目に力を入れて集中する郁未。それに伴って『力』も目に集まっていくのが良治には見えた。

 力に目覚めてからの数日で、魔眼の力が増している気がするという申告があったのだが、確かに目覚めた力が魔眼の力を増幅している。

 今しているのはその最終確認だ。


「……見えたっ」

「何が?」

「スポーツドリンクのペットボトル。センセってあんまり部屋片づけないタイプなのね」

「そこには触れなくていい」


 リビングから良治の部屋に置いてある飲み物を透視できるかというテストだったが、どうやらそこまで難しくはなかったようだ。

 良治の部屋の扉には力を通してあり、簡単には見えないようにしておいたのだがそれは大きな障害にはならなかったらしい。


「じゃあ力を弱めていって」

「うん」


 段々と力が散っていく。集まっていた力がほぼなくなると郁未は疲れたのか小さく息を吐いてから良治に顔を向けた。


「今でも透視は発動してる?」

「うん。意識してなくても見えるかな。さっきよりはだいぶ薄くだけど」

「なるほど。じゃあ以前よりは?」

「前よりも薄いかな。見え難くなってる気はするわ」

「了解。じゃあこれを毎日続けていこう」

「はーい」


 力を入れること、そしてそこから力を抜くことで魔眼の力も弱まると良治は予想していた。きっと今まで意識的に『力を抜く』という行動をしてきていなかったのだろう。


 見たくないと思った時は目を逸らし、集中を途切れさせたり弱めたりといった意識はなかったようだ。

 だが一度入れた力を抜くという行動に慣れれば、そのうち力を入れていない状態からもある程度弱めることが出来るようになるだろう。


 時間はもちろんかかるだろうが、それまでは眼鏡をかけておけばいい。切羽詰まったような状態ではないのだから。


「あれ?」

「誰か来たみたいだけど……」


 眼鏡をかけ直した郁未が玄関に目を向ける。

 インターホンが鳴らないまま、玄関の鍵がガチャリと開ける音が聞こえてきた。

 優綺ではない。彼女はまだ隣の部屋にいる。

 いつも通りの深夜の訓練をこなした後で、まだ午前中ということもありまだ眠っているはずだ。


 つまり、来訪者は三人に絞られる。


「おはよー――って」

「ん、おはよう結那。いつも言ってることだけど来るなら連絡をしなさい」


 どたどたとリビングに現れたのは絞られた三人の一人、結那。いつものようにミニスカートにニーソがとても似合っている。


「ね、それよりもこのコは?」


 長い黒髪を手で払いながら郁未を見つめる。やや冷たい印象を与えるのは釣り目がちな瞳のせいか、それとも内心を表しているのか。


「え、と……」


 視線を向けられた郁未はまるで石化したかのように動かない。動けないのかもしれない。知らない年上から威圧的な意識を向けられればそうなるのも仕方ないと言える。


「結那」

「う、ごめん……」


 良治の言葉の意味を察して場に満ちていた圧力が薄れていく。

 お互いに性格を理解しているので短い言葉で会話が成り立つ。


「わかればいいよ。で、その娘は生方郁未、昨日少し話しただろ」

「あー、良治が引き取ることになるかもしれないって言ってたコね。へー……」

「は、はじめまして。生方郁未、です……」


 圧力は消えたがまだ雰囲気に呑まれたままの郁未が固い挨拶をする。見たことのない郁未の姿に良治は口の端だけで笑う。


「よろしくね郁未。私は勅使河原てしがわら結那。白神会東京――じゃないわね、上野支部所属よ。これからよろしく」

「は、はいっ」


 まだぎこちないながらも手を動かして結那の出した手を握る。結那はそんな郁未を面白がったらしく、手を大きく上下に振り出した。


「あっ、あっ、あっ!」

「よっ、ろっ、しっ、くっ!」

「その辺にしとけ結那」

「はーい」


 手を離した結那はひらりとスカートを靡かせて台所に歩いていく。いつも通り自分の飲み物を取りに行くのだろう。


「郁未大丈夫? ちょっと休憩しよう」

「うん……」


 良治が座っていた席から隣の席に移動し、今まで座っていた椅子を引いて郁未をそこに座らせる。

 力なく背もたれに体重を預け、先ほどまでの元気は何処かに行っている。


「それで、今ここにいるってことは正式に引き取ることになったのね」

「ああ。面会はまだしてないけど許可は取ってあるから。そのうち京都に連れて行くよ」


 自分用の赤いマグカップにコーヒーを入れて戻って来た結那が良治の正面の席に座る。


「大変ねー。そういえば上野支部はどうなったの?」

「四月から正式に活動開始だよ。まぁ結那たちがやることは変わらないだろうけど」

「りょーかい」


 もう数日後に設立されることになる上野支部の所属になっても、結局のところ仕事は変わらない。変わるのは仕事のない日に見回りする場所くらいなものだ。


「ちなみにやることは変わらなくても量は増えるからな。こっちの主力は結那と天音なんだから」

「良治は?」

「俺は優綺と郁未の指導、事務作業で現場までは手が回らないよ。まぁ必要ならもちろん出るが」


 別に現場での戦闘が嫌いなわけではない。むしろ少しくらいは現場に出ていないともっと厳しい状況になった時が怖いくらいだ。

 だが実際には二人の指導で時間を取られ、中々難しいだろう。


「……そうね、指導は一からやらないといけないみたいだし」

「っ!」


 ガタッと椅子が動く音がして郁未が居住まいを正す。

 それに良治は溜め息を吐いた。


「結那、あんまり苛めてやるな」

「んー、ちょっと覚悟が足りない気がして」

「が、頑張りますっ!」


 背筋を伸ばして叫ぶが、結那の郁未に向ける視線は微妙なものだ。

 だが良治もその気持ちはそれなりに持っているのは確かだった。


 辞めるなら辞めるでも仕方ない。そう良治は思っている。

 説得する材料がなかったが故にこんなことになってしまったが、自分で諦めるならそれに越したことはない。

 魔眼の使い方と気配の消し方についてはきちんと教えるつもりだが、それ以上は本人がついてこれるか懐疑的だ。


「まぁ、本人と良治がそう言うならいいんだけどね」


 その辺を結那も感じ取っている。良治と違うのははっきり物事を言ってしまう点だ。

 だがそれは短所になる時もあれば長所になる時もある。

 良治は結那の持つそれを、自分にはない魅力だと思っている。


「これから頑張ればいいんだよ」

「そうね。教えるのは良治だし、私が言うようなことはないわ。――あ、でも一つだけ」

「?」


 緊張しながらもついていこうとしている郁未をちらりと見て、意味深に結那が微笑む。


 そして結那はテーブルに身を乗り出すと――良治の唇を奪った。


「――こういうことだから」

「え、え……? えええええええええええぇっ!」


 ああ、結界を張っておいてよかった。

 郁未の絶叫を聞きながら、良治はそんなずれたことが頭に浮かんでいた。



【来訪者は三人に絞られる】―らいほうしゃはさんにんにしぼられる―

来訪者とは、唐突に鍵を開けて入ってくる可能性のある人物。

三人いるらしい。つまりは合鍵が三本存在するということ。持ち主は言うまでもなくあの三人。

最近優綺と暮らし始めて回収しようと思ったのだが、優綺は姉代わりの三人を気にしていないようなので結局そのままになっている。

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